黒百合の花に溺れる
冷たい土に素足の両足をつける。
真っ白いキャミソールワンピース。ベッドから起きたばかりなのか、小麦色の柔らかな毛先がくるんとくるんと寝癖がついている。
彼女のまわりは手入れをされた沢山の花が花開き、微風に揺られて左右にゆっくりゆっくりと揺れている。
「リリー?」
彼女の背後から歩いて来たのは、神殿の主、ケルベロスである。
彼の着ているシルクのブラウスは第三ボタンまで開いており、昨晩、愛に乱れたせいか多少胸がはだけている。
ケルベロスは花を見つめる彼女を後ろから抱き締めた後、砂糖菓子のような甘い言葉を呟いた。
「ここにいたのか。目を覚ましたら、隣にいないから心配したぞ。」
急に抱き締められ、背中にケルベロスの漆黒の黒髪があたり、くすぐったそうに彼女は笑う。二人は子供のようにふざけあった後、彼女の体は花の中へ落ちた。
「…あっ」
チャンスとばかりに、ケルベロスは彼女の上に覆い被さり、指先にある棘の指輪に唇を重ねる。
ケルベロスの溺愛ぶりに愛しい妻はどのような反応をしているのだろうと表情を伺った。
「さて…どこから、いただこうか」
指先から腕、胸元…クリームを舐めるように焦らし、徐々に永遠の愛を誓った唇に近づく。
焦らされたリリーは少し不機嫌になり、ケルベロスに意地悪をする。
「…もしも、あのとき、教会にいたのが、妹のライリだったら、ケルは妹と恋に落ちていたのかしら?」
「…そんな訳はないだろう」
「私のどこに惚れたのか教えてくださいな?」
あの親にこの子ありとはこの事だろう。
リリーは乱れた布一枚のキャミソール姿でケルベロスを誘惑する。
手を出そうと思えば今すぐにでも無邪気な妻を雁字搦めにして、自身の腕の中でいくらでも可愛がることは出来る。
それをしないのは「嫌われたくない」からだった。
愛を知らなかったケルベロスにとって、「嫌われたくない」という感情が出るのは随分心が発達した証拠だ。
「リリーは俺が生涯愛する妻だ。
…この言葉だけでは足りないか?」
リリーは、はにかみながら首を横に振る。
「とても、幸せね…」
二人はお互いを見つめる。
二人の距離が近くなるにつれ、心の距離も通じあう。ケルベロスがリリーの小さな桜の葉のような唇を食べようと、顔を斜めにする。リリーはその様子を見て、ケルベロスの整った顔、長い睫毛、茜色の瞳を見てドキドキした。
好きよ…
好きよ…ケルベロス…。
その時だった。
いきなり空は真っ暗になり、分厚い雲で覆われる。雲は渦を巻き、真ん中に出来た異空間から光が差すと、その光の中から邪悪な気配がした。
「この光は…まさか…」
「ふふふ、良いものを見せてもらったぞ!ケルベロス!!」
「…ハーデス様。」
光の中から大きな黒いマントを翻し、ハーデスが再来する。ハーデスはリリーと目と目があうと、彼女の腕を引っ張り、抱き締めた。
「私はまだ、諦めた訳ではない…!」
「ハーデス様、リリーは俺の妻です。」
きっぱりといい放つ旦那の声にも、自分勝手なハーデスはリリーを離そうとしない。
彼はリリーを抱き締めると竜巻と共に冥界の神殿から消えていった。
「ちょっと…!私の意見を無視しないで下さい…!」
「え?旦那より私の方が格好いいって?」
「違います…!!」
竜巻が着いた先は、真っ暗な闇の中に置いてある赤いソファーベッド。二人はそこに座るとハーデスはリリーにゆっくりと愛を語った。
「リリー。別の男の味も知ってみたいと思わないか?」
リリーの手を取り、ハーデスの唇に寄せる。
どうして、悪魔は易々と次から次へと口から甘い言葉が出るのだろう。
「いいえ、私にはケルがおりますから!」
きっぱりとリリーは断る。
「…そういってられるのは、今のうちだ…」
ハーデスはリリーを押し倒すと、花の匂いを嗅ぐ。
「や、やめ…」
至るところの匂いを嗅がれていると、リリーは殴りたい気持ちを抑え、顔が真っ赤になる。そこも?そんなとこまで…?くんくんと犬のような仕草が妙にくすぐったい。
そのうちにハーデスはリリーの胸に抱きついてきた。
「…!」
…どこからか寝息が聞こえる。
呆れたことにハーデスは少し気を抜いた隙に寝てしまったようだ。リリーはハーデスの眠っている顔を観察する。
ケルベロスも凛々しく端正な顔立ちだが、ハーデスはどちらかというと目元が優しく、中性的な顔立ちをしている。女性のように長い髪の毛が寝返りをする度にサラサラと流れる。
もし、旦那がいる私ではなく、独身の女性だとしたら一瞬で心奪われてしまうだろう。
「リリー…」
どうしてこのような綺麗な人が私なんかを選び、離そうとしないのか分からなかった。
ただ、分かることは一つー…。
「今の状況をケルに見られでもしたら、非常に不味いわ…」
リリーはハーデスの腕の中からそっと抜け出し、見知らぬ場所でどうにかして元の場所に戻れないかと探索に出掛けたー…。
この事が後々、大事件になるだなんて、本人は知るよしもないのだけれどー…。




