囚われの黒百合の姫君1
とある教会の裏庭には随分と古い洞窟がある。洞窟は石で固められ、動物に似せた絵が描かれていた。
普段は静かな教会には人だかりが出来ていた。教会の前には見たこともないような細やかな細工が施してある豪華な馬車や、シックで黒い色合いに金の飾り、屋根には金の鷹が乗せられているのもある。はたまたこちらは立派な馬が三頭、先頭に立つ馬の背中には国の紋章が刺繍された馬着を装着していた。
教会には一人の若い少女が祈りを捧げていた。彼女の母親は今日のために各国から名がある貴族たちを教会に集めた。そして、その中から一人、彼女の夫として迎え入れようとしているーー……。
彼女の父親は国の王である。
国王は先日、原因不明の病気で倒れた。帝国では跡継ぎがいないため、身内から、身分からと、早く次の後継者を探していた。他の姉妹たちは由緒ある貴族に嫁いでしまった、国を治める程の力がない、他にも様々な理由で誰一人として城に入れる者はいない。残っているのは第一王女のリリーともう一人の幼い妹だけ。
今日は『リリー』の夫探し『婚姻の儀式』だったーー……。
*
「それでは最初の者、姫の前にどうぞ」
祭壇の横に立つ神父が言葉を放つと扉が開かれ、いかにも王子様と言わんばかりの服を着た男性が自信満々に歩いてくる。
リリーは祭壇の前で一向に下を向いたまま、祈りの姿勢で男性の到着を待つ。男性はリリーの隣で立ち止まり、右手を差し出したーー……。
「さぁ、わが姫君、私の手につかまり、お立ち上がりください。ともに王国の明るい未来を築きましょう……!!!」
リリーはベールの中から王子の双方の瞳をじっと見つめる。
(……違う)
「……申し訳ない。次の方をお願いする」
「えっ!?!?」
リリーが王子を拒むと教会の外で並んでいた男が、われこそはとご自慢の衣装を身に纏いバージンロードを歩いてくる。……だがしかし、リリーはどんなに真面目で優秀で誰よりも優れていても、資産家や権力を主張する男が来ても、何度も頭を横に振った。
「申し訳ない……次の方をお願いする」
すると先程拒まれた王子がリリーに対して『全然納得が行かない』と抗議してきた。リリーは視線を床の紅い絨毯に落とす。
ふっとどこらから吹き付けた風によって祭壇に置いてある燭台の蝋燭の灯りが消え教会は真っ暗になった。
暗闇の中リリーのプラチナの髪色を更に上回る、燃える蒼い色が男性を捕らえ、突き刺すような冷たい視線を送っていた。
敢えて言葉にはしないが『静かにこの場を去れ』と言わんばかりの威嚇だった。
リリーはただ闇雲に男性の顔と姿形で選んでいたのではない。『自身がやつに選ばれること』を身を固め待っていたのだ。
「……俺の花嫁」
暗闇の中、錆びた鉄が絡み合い金具と金具がぶつかり合う音が響く。リリーの目の前で何かが不気味に動いたような気がした。
段々と目が冴えてきたリリーは何者かが自分の肩を抱き、深く被ったベールを取り、そっと頬に触れるのを何もせずに見ていた。
黒い影からはっきりと浮かび出されるのは、宝石のルビーのような鮮やかな真っ赤な瞳。しばしリリーの顔をうっとりと見つめた後、輪のような物を彼女の左手薬指にそっと通そうとしたーー……。
《ビリッ……!!!》
輪がはめられた指先から電気が走り、思わず指を背けてしまった。それと同時に教会は灯りがともされ、目の前にいた者の正体が判明するーー……。
「……ああ……やっと見つけた」
リリーはまるで分かっていたかのように言葉を投げ掛ける。
「あなたが妹の命を狙う魔物だね。私が姉として見過ごさないよ」