思い出
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リリーは久しぶりにシュリア帝国に戻った。
城の兵士は母親と妹たちのを守るため出払っており、簡単に城の正面玄関から入ることができた。
長い長い通路を歩いた先に一つだけ煌めく装飾の灰色の扉がある。灰色の扉の取っ手をひくと、そこにはリリーがいたころと同じ懐かしい風景が広がっていた。壁に備え付けてある大きな鏡。自分の為にと用意された鏡台には化粧道具とか宝石箱だとか女性らしいものは置いていない。
ほとんど使われておらず、社交で使ったシンプルな形のアクセサリーが仕舞ってあった。
普段、長い時間をともにした椅子と机。語学、歴史、美術、音楽……専属の講師とともにさまざまなことを深く学んだ。羽のペンに、インク、たくさんの書物。奥の書斎。どれもが城のメイドによって綺麗に保たれていた。
それらからお気に入りだった服や妹たちとよくお出かけをした時の帽子や、何度も繰り返し読んだ本を鞄に詰め込む。
「……やはり思い残した物があるのではないか?」
「……」
ケルベロスは退屈そうに窓の桟に腰を掛け、彼女を眺めていた。チェストの中にあったものは、体のラインを見せないようなものばかりだ。しばらく眺めていたら少しは派手な衣装が出てくると思ったが、全くもって面白味がない。彼は飽きてきた。
「ドレスがもっと欲しいのなら言ってくれればいいのに」
リリーは重くなった鞄を持つと来た道を振り返る。
ここにいた頃は我慢をしていた。
自分独りになってから、本当の自分に取って必要なものを考えた時に、自分が好きだったものは置いてはいけないと思った。
世間体を気にして用意したドレスとか、流行りのアクセサリーとか、高価な食器だとか、置いていても虚しさが増すばかりで。
自分は他の姉妹のようには器用に生きれなかった。それでもそんな私でも大切に思ってくれた人はここにいてくれて。その想いだけで私は……。
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「……王妃様!」
城に戻ったルイスは部屋のドアを片っ端から開け、ライルの母親シェリーゼ王妃の姿を探した。
「ルイスさん? 私は随分と待っていたんだけど後ろの馬車がなかなか来ないから、どうしたことかと思って……」
ルイスは苛立ち震える拳を握りしめる。
「ああ……ごめんなさい、お母さま……」
追い付いたライリが慌てて声をかける。震えるルイスの手に自分の手を重ね、しっかりと握りしめた。
ルイスはリリーが皆を助けたと言うことは言えなかったが、帰りの馬車の中で母親が怪しいと思っていた。しかし、何も証拠がなく、責めることも、問い詰めることもできない。
「……黙っていましょう」
二人は馬車の中でそう約束した。
母親に仕える騎士が二人のまわりを囲む。
『シュリーゼ王妃に逆らうならば何をされるか分からない』と殺気を感じ取ったーー……。
「……私はおなかが空いたわ。さぁ、夕食にしましょう」
シェリーゼは手をたたくと、それを聞いた侍女が慌てて夕食を運ぶ準備に取りかかる。
「あなたたちもおなかが空いたでしょう……?」
シェリーゼはわざとらしく娘ライリに声をかけ、二人を机に座らせた。豪華な料理が次々と運ばれて来るが、料理になかなか手をつけることが出来ない。シェリーゼが一体何をたくらんでいるか分からないからだ。目の前の美味しそうな料理にも毒が盛られているかもしれない。
「どうしたの? 早く食べないと料理が冷めてしまうわよ?」
シェリーゼは美味しそうに料理を堪能する。ライリとルイスはお互いに目を合わせると、少しずつ料理を口に運んだ。
「ライリ……僕が絶対になんとかするから……今は少しだけ我慢しよう……君のことは、僕が必ず守るからーー……」




