夢
夢には、二つの意味がある。
一つは実現させたい、あったら良いなと思う願い。
テレビに出演し、大人気の国民的アイドル。アニメが作られて、誰もが知っているような売れっ子漫画家。現実的に考えて、家族のために働くサラリーマン。そういった将来の夢。
あるいは魔法やドラゴンが存在する、フィクションのような世界を夢見た妄想や願望。
たとえそれが非現実的でも、理想として抱くならばそれは夢だ。
もう一つは睡眠中に見る幻覚。
それは曖昧な意識の中で、現実では起こるはずのない現象があったりする。
だがお金持ちになったり、空を飛ぶ事だって可能だ。ある意味、もう一つの夢の方を実現させてくれる素晴らしいものかもしれない。
今から僕が話すのは後者の夢だ。しかしそれは決して願望だけで出来た、理想の世界ではない。
眠っているときに見る夢というのは、その時によって様々だ。それを夢として認識しているときもあれば、現実だと思い込むことがある。その時に起こった出来事を時には喜び、時には悲しむ。
でも幸か不幸か、今回の夢は夢だと認識することが出来た。
それくらい非現実的なものだと、理解できた。
はじめは日常的で、よくある普通の光景だった。
僕は何故か、スーパーで買い物をしていた、。ちょうどその時、知人らしい人物に出会った。誰だったかは具体的には思い出せない、大人の女性であることは認識できた。
昔、担任だった先生だろうか。でも確信は持てないし、そもそも見知らぬ人間だったかもしれない。
僕はその人と、なにかを話していた事は覚えている。他愛のない話かもしれないし、なにか重要な事かもしれない。けれど夢であるならば、それは関係のないことだろう。
本題はここからだった。
気がつくと空が暗闇に覆われ、あたりは真っ暗になっていた。そして僕は、なぜか逃げるように走っていた。
必死であった。なにかに恐怖し死の危険があったのは、自然と察する事が出来た。
僕は走りながら、逃げる理由であろう後ろを振り向く。
そこにいたのは、今にも僕に襲い掛かろうとする恐竜の姿であった。
おそらくそれはティラノサウルスだ。巨大な体で二足歩行をし、鋭い牙を僕に向けて走ってくる。
これはきっと僕が図鑑や博物館で見たティラノサウルスを元に想像し、創造されたものだろう。もう絶滅した恐竜が現れるなんて、夢としか言いようがない。
これで、これは夢だと確信がついた。
そして悪夢に近い夢だなと思った。
でも別に、ここで喰われたところで死ぬわけではない。夢の中では死ぬのかもしれないが、現実で死ぬわけがない。
ならば逃げる必要はない。このまま喰われて、死んでもいいじゃないかとさえ思う。
けどやっぱり、死ぬのは嫌だ。夢でもきっと、喰われたら痛いだろうなと思う。
だから僕は逃げる。
全力で、必死に逃げる。
自然と息が上がったり、疲れたりしなかった。それは夢だから、当然だと気付くにはだいぶ時間がかかった。
突如、ぽつんと別の生物が近くに出現した。それは恐竜というよりも、怪物だったかもしれない。おぞましい、醜い姿だったとは思う。他にも人間が複数出現しており何人かが喰われていた。
悲鳴が聞こえ、まわりは混乱に陥っていた。でも夢だからか、血が出たりはしてなかった。
まるでB級ホラー映画を、生で見ているような感覚だ。
でも今は、そんなことに目を向けている場合じゃない。逃げなくては、自分が同じように喰われてしまう。
だいぶ走り続けたけど、終わりが見なかった。疲れはしないがそれはあっちもおなじようで、距離はほとんど変わらない。
暗闇の中、走ったところで意味はあるのだろうか。どこを見渡しても真っ暗だ。
だが、それでも走るべきだろうと思った。
その先に希望があるかもしれない。
逃げ切った後に、幸せななにかがある。
そう信じて。
すると都合よく、光が遠くに現れた。
きっとなにかがあるに違いない。夢ならば都合よく、僕が思うように事が運んでいい。
だから走る。
ティラノサウルスに追われる恐怖もだんだん薄くなって。
時々見える、怪物によって喰われる人々の悲鳴を無視して。
ただ自分の希望のために、光へと向かった。
そしてしばらくして、僕は光の向こうへと辿り着いた。
光の向こう側に行ったとき、全てが変わった。
真っ暗だった空がいつの間にか青空に変わり、地面は草花がたくさん生えている。まわりには建物もなにもない平原。僕が思い浮かべる平和そのものだ。
さっきまでのがB級映画なら、これは化物を倒した後のハッピーエンドの場面だろう。
だがなぜか、ティラノサウルスはまだ存在した。けれど、僕を襲ってくる様子はない。目が青く光っていて、肉食のはずなのに草を食べていた。
とてもおかしな光景だった。徐々に体も小さくなっていき、犬のように可愛らしくなりそこからまた小さくなる。
そしていつの間にか小鳥の姿になっていた。
空を飛び、僕のまわりを回るように羽ばたく。
僕は手を伸ばし、小鳥がそこに止まれるようにする。すると思惑通り、小鳥が僕の手に止まってくれた。
その時の感覚はとても繊細だった。
そしてちょうど、僕は目を覚ました。
もちろん目を覚ましたときに小鳥はいない。
けれどさっき感覚はとても夢には思えなくて、終わり方も見てきた中で良い方だった。
この夢はきっと、思い出に残る夢だろう。