エピローグ
目が覚めると明るいところだった。
ボーッとふわふわ浮いている感じ。気持ちいいからずーっとこのままがいいな。
あれ可愛らしい天使が僕を見ている。ああでもちょっと涙ぐんでいる。どうしてだろう。
「ジェフ」
僕を包みこんでくる温もり。天使はベルティーナで、今抱きつかれているのか。
「バカ」
痛い。ベルティーナが僕を叩いてきた。
「バカ、バカ、バカ。一か月も寝てたのよ。寝ぼすけにも程があるわよ。このままずっと起きないかもしれないって思ったのよ」
「ごめん、ごめん、ごめんなさい」
謝ったけど五、六発くらい叩かれた。あの戦いから僕は一か月も寝ていたのか。もっと早く起きたかったけど起きられて良かった。お医者さんからは上手くやれたとしても死んでしまうかもしれないと言われていたから。
「いいわよ。ちゃんと起きてくれたんだから」
ちょっと不機嫌そうだけどベルティーナは許してくれた。
「ベルティーナ、カゾーニャの――」
「ベ、ル。ベルって呼んでって言ったでしょ。寝ぼすけ」
また怒らせてしまった。なんで機嫌が悪いんだろう。それにベルティーナをベルって呼ぶのはどうも慣れない。
「ごめんなさい。ベル」
「いいわよ。じゃあ、アンタが聞きたそうにしていた一か月の話を聞かせてあげるわ」
カゾーニャの街は平和だった。コカ等の危ないものが入ってくることはなく敵対するファミリーが攻めてくることもない。僕の知っている良い街のままだった。
それはベルティーナのがんばりがあったからできたこと。
まずパルメジャーニファミリーから一線を退いた人達を集めて力を借りた。
同盟関係にあるレツォーノファミリーとビアンコファミリーにカゾーニャの街を守るのを手伝ってもらいながら、ベルティーナ達は二つのファミリーが裏切ってないか疑惑を調べた。結果は両方とも白だった。
敵対するファミリーが攻めてこないよう人脈を利用した。彼らの家族や親戚の友達、知り合い、知り合いの知り合いを通じてカゾーニャの街に手を出さないよう遠まわしにお願いをしてもらった。
マフィアと言っても人間だから家族がいて恋人がいて友達がいる。独りで生きているわけじゃないから話を聞かないわけにはいかない。それが一人じゃなくてファミリー全体だから士気も下がる。
おかげでカゾーニャの街は平和でいられた。
でもずっと平和でいるには力がいる。矛盾しているけどしょうがない。
ベルティーナはパルメジャーニファミリーを立て直そうとアジトをお店に変え、いらない土地を売った。今はカゾーニャの街を守ってくれる人を集めている最中。多くないけど集まってはいるみたい。
僕が機関車で戦った人達はモルガンに撃ち殺された二人以外はみんな生きていて、今は刑務所の中にいる。
モルガンは右目を失い右手も満足に使えなくなって特別な牢屋に入れられている。一生出られないそうだ。
「ありがとう。ジェフのおかげでカゾーニャを守る事ができたわ」
さっきはすごく子供っぽかったのに今は頼もしくてちょっと凛々しい。なんだかボスに見える。一か月の間、カゾーニャの街を守ろうとがんばってきたからだと思う。
「ベル、お父さんの懐中時計を壊してごめんなさい。七千万Rを破らせてごめんなさい」
僕のせいでベルティーナにとっての大切なものが壊れてしまった。パルメジャーニファミリーに必要なお金を破かせてしまった。謝って済むとは思わないけど謝らなくちゃいけない。
「別にいいわよ。アンタの命、部下の命を守れたんだから十分役目を果たしたわ」
ベルティーナはお父さんもそう言うだろうってお日さまみたいに笑っていた。
「あの時、私が破いたのはニセモノよ」
「ぇエエーッ」
ホッとしたよりも騙されたショックの方が大きい。僕のせいでベルティーナは自分の家であるアジトを売ってしまったと思っていたのに。
「驚きすぎよ。私はアンタよりは嘘が得意なんだから」
確かに。狙われているのを分かっているのに本物をそのままにしておくなんて馬鹿だ。僕だってすり替えると思う。
「よく隠せましたね。調べられなかったんですか?」
「当然調べてきたわよ。私の方が一枚上手だから見つけられなかったわ」
「どこに隠したんですか?」
「そんなのパ……べつにいいでしょ。見つからなかったんだから」
言いかけたベルティーナは何故か顔をトマトみたいに真っ赤にして教えてくれなかった。
もう一つ聞きたいことがある。僕が一番聞きたくて聞けなかったこと。
「ベル、どうして僕にお父さんの形見の懐中時計をあげたんですか? 大切なものじゃないんですか?」
ベルティーナがちょっと笑った。聞かれるのを知っていたみたい。
「返してくれる気がしたの。遠くへ行っても何年経っても売らないで大事に使ってくれる。いつかカゾーニャに戻って来て『ありがとう』って返すの。それで私の為に働いてくれる、なんて思っていた」
「嘘でしょ」って言いそうになった。ベルティーナの理由がすごくメルヘンチックなんだから。
「そんな。僕は返さないかもしれないですよ」
「見る目が無かった。それだけの話よ。でもジェフは戻ってきてくれたじゃない。私の為にがんばってくれたじゃない。だから私の勝ち」
得意げですごく嬉しそう。
かなわないな。やっぱりボスだ。
「ジェフ」
いつもの呼び方じゃない。ミルクみたいに甘くてくすぐったい感じ。
「ありがとう」
すごく嬉しかった。お日さまみたいに温かくて無邪気さでキラキラした最高の笑顔。
今まで見た笑顔の中で一番いい。守ることができて本当に良かった。
ぐぅぅ~~~~~~~~~っっ。
「ふふっ」
僕のお腹からすごくマヌケな音がした。
「あはははははははははは。いい音ね、ジェフ」
ベルティーナに笑われてものすごく恥ずかしくなった。
ああそうだ。僕がお腹を鳴らしたらいっぱい笑ってやるって言ってたっけ。すごい記憶力と言うかすごい執念。
バシッて肩を叩かれた。
「さっさと退院してよね。やらなきゃいけないことはたくさんあるんだから」
今のベルティーナはボスって感じ。
あの笑顔をもう一度見たいからまたがんばろうかな。
僕は旅をするのをやめた。
パルメジャーニファミリーの一員としてカゾーニャの街に住み、たくさんのものを守っている。
今は無理かもしれないけど、いつか銃を撃たずに幸せに生きていけると信じて。