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決闘

 僕はベルティーナがいる機関車に乗り込もうと全速力で駅のホームを走っていた。

 黒い煙を上げた機関車がどんどん遠ざかっていく。疲れてきたけど、とにかく足を動かせ。

 最後部車両。見張りのおどろいている顔が見えた。もうすぐホームが途切れる。僕は固い床を蹴って跳んだ。できるだけ高くペガサスみたいに。

 見張りが慌てて銃を抜いたけど、僕の膝蹴りの方がはるかに早い。

 どうにか乗り込むことには成功した。ものすごくぜぇぜぇはぁはぁする。でもまだ始めたばかり。ほんの少し休んだら進もう。

 高台を下りた後、僕はお医者さんのところへ行ってベルティーナを助けられるようにしてくれと頼んだ。

 開いた傷口は縫ってもらった。足りなくなっていた血は輸血で補った。我慢しても我慢できない痛みはモルヒネが忘れさせてくれた。それと小言をたくさん言われた。

 思っていたよりも早く息が整ってきた。疲れが取れると飲まされたカンポウのおかげかもしれない。でも二度とは飲みたくない。

 もう大丈夫。僕は扉を開けて車両の中に入った。

 車内はランプがあちこち灯っていて夕方みたいに薄明るい。二人掛けの座席が左右に十列、向かい合わせになっている。真ん中の通路は一人なら余裕で通れるけど、戦うには狭い。

「さっきゴンッて音したな。なんだっ……」

 モルガンの手下が六人。カードで遊ぶのをやめて今はみんな僕を見ている。

「お前、マッシモをどうした」

「その格好、カウボーイだろ? 俺がお前の手をロープでグルグル巻きにして引きずってやろうか」

 着ていたコートやズボンは僕よりもズタボロで、靴磨きをやっていた頃の方が立派だったと思えるくらい。

 お医者さんは僕の体を治してくれただけじゃなくて服もくれたんだけど、劇で使われていたものらしくて古臭い放浪者みたいな格好だった。ポンチョで脇と腰のホルスターを隠したら街の中なのに荒野を歩いているみたい。

「なにしに来た。答えろ」

 みんな僕を笑うのをやめて威嚇している。

「ベルティーナを助けに来た」

 僕は言ってやった。

 モルガンの手下達が銃を抜く。僕は戦うつもりでいたから既に自動式(オートマ)拳銃(チック)を握っていてあいつらを撃っていた。

 殺していない。銃を持った腕に当てた。血は出るし痛くて苦しいかもしれないけど、よほど手当てが遅れなければ死ぬことはない。

 奥の扉が開き銃を持った手下が二人入ってくる。僕はすぐ足を撃ち転ばせた。

 また銃口が二つ見えた。僕は座席に隠れて向こうの銃弾をやり過ごす。

 銃声が五回で止み足音がこっちに近づいてくる。僕は通路へ飛び出し一気に格闘戦を挑む。

 できるだけ姿勢を低くして近づいた僕は手前の男の腹と顎を殴って動けなくした。

「死ね」

 後ろにいたもう一人が銃を撃ってきた。咄嗟に体を逸らしたから当たってはいない。

 僕は銃を持っているあいつの手を蹴り飛ばした。がら空きになっている足を蹴って転ばし、顔をおもいっきり踏んづけてやった。すぐ近くで仲間が倒れているのに撃ったのが許せなかったから力が入ってしまった。

 さっき戦った車両と次の車両の間に僕はいる。煤が混じった横風に吹きつけられながら、扉についた小窓から向こう側の様子を確かめてみる。

 いつでも撃てるよう身構えているのが五人、座席に身を隠し頭と銃口だけ見えるのが四人。入ってきた僕をハチの巣にしてやろうとする殺気が伝わってくる。

 この日の為にモルガンが雇っておいたのか、協力関係にある別のファミリーの人なのか僕には分からない。間違いないのは見覚えのある顔もいるってことだけ。どうして裏切ったのか聞きたいけどそんな時間は無い。

 扉を蹴り開けてすぐ正面にいる男を撃った。

 ちょっと遅れて奴らも撃ってきた。僕は座席の下へと飛び込みながら二人を撃った。素早く起き上がり更に二人を撃った。これで立っているのはみんな倒した。

 隠れている奴らは頭が見えているけど撃つわけにはいかない。

 僕は通路へ飛び出した。弾がかすっても前へと突っ走る。隠れている奴らを横切ったら、すぐ振り返り四人の肩や腕を撃ち動けなくした。

 僕は次の車両へ行きモルガンの手下達を倒した。その次の車両でも戦った。そのまた次の車両でも。

 逃げたい。

 奴らと撃ち合い誰かを蹴っている間も頭の片すみでずっと考えていた。

 逃げないと誓った今も僕は逃げたくてしょうがない。

 僕はどうしようもなくなると逃げてしまう。逃げたばかりの頃は安心する。でもだんだん後悔が重くのしかかっていって苦しくなる。逃げたところで嫌なことはどこにでもある。逃げ切れないのを分かっていながら、また逃げてしまうからますます苦しくなる。同じことをくり返すのが癖になっていた。

 だから終わりにしよう。

 僕は誰も殺さずに生き延びてベルティーナを助ける。

 殺されてしまうかもしれない、殺してしまうかもしれない、もしかしたらこの機関車に乗っていないのかもしれない。なんとかなったとしても、この先もっとどうしようもない困難が待ち受けているだろう。

 これは今まで逃げてきたことへのツケなのかもしれない。

 大変だけど僕にとってのキラキラしたものを失わないために必要なことならやるしかない。

 八両目の扉を開けて僕は危険に気づいた。

 ダダダダダダ銃弾が激しい雨となって襲いかかる。扉、壁、床、僕が隠れている座席を穴だらけにしていく。

 マシンガンだ。僕の知っているマシンガンは大砲を小さくしたもので置物みたいなのに。今四人が撃っているのは銃で、ライフルに黒いホットケーキをくっつけただけなのにバカみたいにたくさんの弾を吐き出している。

 銃弾の嵐が止んだので僕は隠れている座席から頭と銃を出す。

 また撃ってきた。あのマシンガンに驚いてしまって装填の隙を見逃してしまった。

「死ね。ドブネズミ」

「出てこい。ミンチにしてやる」

 あんな銃があっていいのか。僕達は銃弾の一発いやナイフの一刺しで死んでしまう。それなのにあの銃は何もかもをめちゃくちゃに壊し、たくさんの人をミンチにできるだろう。もしかしたら悪魔が設計したのかもしれない。

「ハハハハハハハハハハハハ」

 銃声と同じくらいの笑い声が聞こえてくる。

 あれが子供達に向けられるのか、ちょっと大きくなった子供達があれを撃つのか。ふと考えてしまった。そんなの僕は見たくない。

 僕がいたい世界にそんなのいらない。

 僕は右の壁を二回撃った。

「グオッ」

「ッフッ」

 四人から二人に減って嵐が止んだ。

 僕は腕を高らかにあげ壁の上の方に向けて二回撃った。

 銃弾が壁を跳ね、天井を跳ね、それぞれの肩を抉った。

 撃った銃弾が壁や天井、固いものに穴を空けられずにどこかへ飛んでいってしまうことを人は跳弾と呼んでいる。

 僕は的に跳弾を当てられる。昔、隠れている敵を倒す為に練習して、ある程度は狙って撃てるようになった。鳥が空を飛ぶみたいに思いどおりじゃない。それでもマシンガンの強すぎる力に酔った四人を殺さないことはできる。

 奴らのマシンガンは撃てないようバラバラにした。本当はすぐにでも次の車両へ行きたい。そうできなかったのは誰にも拾ってほしくないのと存在そのものが怖いからだ。

 九両目、同じ車両なのにここは寒く感じる。

 奥の座席に男が座っていた。

「モルガン」

 はっきりと呼んだのに男は座ったままなにも答えない。

「ベルティーナはどこだ」

 あの男はお客さんじゃないし手下でもない。不吉で死霊に纏わりつかれる感じがするのは一人しかいない。

 通路を進んでいくと座席からナイフを持った手下が襲いかかってきた。僕はなにか卑怯なことをしてくるだろうなと思っていたから既に蹴っていた。

 今度は後ろ。迫ってきたから引きつけるだけ引きつけて、やられる前に僕は相手に肘をぶつけた。

 奥から銃口が見えた瞬間、撃たれた。僕は座席に飛び込み二発目、三発目をやり過ごす。

 手から血が出てものすごく痛い。持っていた銃は落とした。撃ったのはモルガンだ。

「アンタ、なんてことしたの。自分の部下でしょ。どうして」

 ベルティーナの声だ。辛そうだけどいちおう無事みたい。

「ジェフリー、かくれんぼは終わりにして出てきなさい」

 言うとおり出てみたら、僕が倒した手下が二人とも撃ち殺されていた。

「どうして殺したんだ?」

「この場に相応しくなかったので降りてもらいました」

 人を二人も殺したのにモルガンはアリを潰したくらいにしか思っていない。僕は許せないと同じくらい怖いと感じている。

「ジェフ、遅かったじゃない」

「ベルティーナ」

 僕の夢や幻じゃない。ちょっとやつれているけどベルティーナは生きている。

「ベル、ベルでいいって言ったでしょ。まさか頭を撃たれて忘れたのかしら」

 銃口を向けられていても怖がっていない。誰かが助けに来たから強がっているんじゃない。僕が来るまでの間、一度も諦めていなかった。最後の最後まで喰らいつこうとする強さを感じるからだ。

「ベルティーナからもらった物がある筈です。それを渡せ」

 やっぱりそうなるか。僕はベルティーナの懐中時計を持っている。ごまかすのが苦手だからどうしよう。

「誰もアンタの欲しい物なんて持ってないわ。戻ってアジトや街じゅうを探すのね。見つからないと思うけどせいぜいがんばりなさい」

「本当だよ。僕は何も持ってないし、もらってないよ」

 とりあえず僕なりにベルティーナと調子を合わせてみた。

「そうですか」

 モルガンがいきなりベルティーナの頬を引っ叩いた。

「私はベルティーナが生きているなら傷がいくらついてもかまわないのだが、君もそれでいいかな?」

 助けなきゃいけない娘が目の前で傷つけられた。雷に打たれたみたいに僕は動けなかった。

「わたしは平気よ。やっつけなさい」

 そうだ。臆病になっているんじゃない。逃げないって僕は誓ったじゃないか。

「やるか? 君が私を殺すのが先か、私がベルティーナを殺すのが先か。試すのも悪くない」

 ベルティーナのこめかみにはモルガンの銃口が突き付けられている。もう少し早く動けていれば。

 僕の自動式(オートマ)拳銃(チック)は床に落ちていて拾っている暇は無い。不意打ちに殴りかかるか、いや僕達が殺されるだろう。

 傷ついた手は腰のホルスターにしまった拳銃にすがりついていた。

「撃たないんですか? いつも隠しているつもりの銃で私を殺さないんですか? 壊れている銃で時間を稼ぐつもりならやめておけ」

 早撃ちでモルガンに負ける気がしない。それくらい自信がある。でもベルティーナの命がかかっているから危険なことはしたくない。

「まいった。降参するよ。モルガンの言うとおり、僕はベルティーナから物をもらってるよ」

「バカ」

「あげるから、その代わりベルティーナを見逃してほしい」

 ベルティーナがものすごく怒っている。モルガンじゃなくて僕をすごく罵っている。

「まずは物を出しなさい。話はそれからだ」

 とても間違ったことをしたと思う。懐中時計にはカゾーニャの街をどうにかできるくらいの秘密があってわたしちゃいけなかったんだ。目の前のベルティーナを助けたくてつい簡単な方法を選んでしまった。モルガンが平気で約束を破るのを分かっているのに。

 逃げないと誓っておきながら僕はまた逃げてしまった。ベルティーナを助けることでもなければカゾーニャの街を助けることでもない。あの銃から逃げてしまった。

 あの銃は旧いリボルバーだけど壊れちゃいない。

 平和をもたらす銃なんて言われているけど嘘。死体の上にある嘘の平和。

 僕に人殺しをさせる銃。

「これでいいかな」

 僕はモルガンにベルティーナの懐中時計を見せた。

「ぬァッ!?」

 踏みつぶされたカエルみたいにモルガンが驚いた。

「これは、昨日モルガンが撃った銃弾だよ」

 あの時、モルガンがパルメジャーニファミリーを裏切ったことを明かしていなかったら、僕はベルティーナに懐中時計を返していた。

「いいじゃない。弾が刺さっているなんて前衛的で素敵よ。流石ね、モルガン」

 嬉しそうに笑顔で言ったベルティーナの皮肉はかなり強烈で、銃口を突き付けているモルガンは怒りで震えている。

「裏面を見せなさい」

 僕は言うとおりにした。裏面は銀色の鈍い光をきれいに放っていて、とても銃弾が突き刺さっているとは思えないくらい状態が良い。

「ベルティーナ。ジェフリーから取り返してきなさい」

 解放されたベルティーナは一歩進むどころか、わざと後退した。

「聞こえなかったのか。今すぐ懐中時計を取りに行け」

「嫌よ。アンタが欲しいものなんだからアンタが取りに行けば」

 ベルティーナは動こうとしなかった。当然モルガンの怒りは大きくなっていて、いつ引き金を引いてもおかしくない。

「ベル、僕からもお願いします。言うとおりにしてください」

「嫌」

「お願いします。後でちゃんと取り返しますから」

「イヤ」

「お願いします。ここで意地を張ってもバカを見るだけです。殺されてもいいんですか」

 キッと僕は強く睨まれてしまった。

 熱い。近づいてくるベルティーナから激しく燃え盛る怒りが飛び火してくる。本当はもっと大きな邪悪を焼き払いたいのにできずにいる。

 ベルティーナが乱暴に僕の手から懐中時計を取った。

「私、アンタのそう言う臆病なとこ大嫌い」

 僕に背を向け離れてしまうベルティーナ。こっちへ来る時よりも足取りが早いのが悲しかった。

「止まりなさい。時計の裏蓋を開けて、中身を私によこすんだ」

 懐中時計を握りしめたままベルティーナは石みたいに動こうとしない。

 モルガンは「開けなさい」っていつもの品の良い仮面をかぶって威嚇した。

 ベルティーナはあがいている。仮面がぼろぼろと剥がれて、現れる悪霊の本性に怖がらず立ち向かっている。命をつかまれたって勝つ気でいる。

 それに比べて僕は目の前の光をただ見ているだけ。灯りに集まっているガと同じ。

「開けろ」

 僕は凍りついていた。モルガンは怒っているのに燃やさず吹雪みたい。今まで見た中でも一番迫力があって怖かった。

 ベルティーナは懐中時計の裏蓋を開けていた。小さな背中からは悔しさがものすごく伝わってくる。

 しかたない。本当に危ない殺意を感じたんだから、そうするしかなかったんだ。街の為に死ぬ覚悟があっても本当に死んじゃいけない。我慢してほしい。とにかく今はベルティーナが無事でいてくれれば、それでいい。

 何かが落っこちたなと思ったら懐中時計が床に。

「アンタなんかにあげるくらいなら」

 ビリビリと懐中時計の中に入っていた大切なものをベルティーナが破いてみせた。

 モルガンがベルティーナを銃で殴った。急すぎて僕が分かった時には手遅れだった。

 殴られた頬は痛々しく腫れてて血が出ている。許せない。モルガンを許せないのに動けなかった。銃口がベルティーナに向けられているせいじゃない。今も僕が逃げているせいだ。

「へいきよ。アイツに私は殺せない。度胸なんて無いわ。目の前で七千万R(リア)を破いたって私はピンピンしてんのよ」

「なっ、なななせんまんんっっ!?」

 とんでもない金額を聞いてマヌケな声が出てしまった。あの懐中時計の中にはパルメジャーニファミリーを立て直せるお金、書類が詰まっていたなんて。そんな大事なものをどうして僕なんかに。

「ジェフ、アイツはファミリーを裏切ったクセに形式にこだわってんのよ。私がボスの座を譲ったって言えば済むのに」

「私だって好きで脚本を書いたわけじゃない。関係無いのに卑怯な手を使ったと騒ぐ輩の方が多い。うるさいのは嫌いでね。黙らせたいんだ」

「アンタの脚本なんて三流、五流よ」

「ベルティーナ、今すぐサインをすれば証書を破いたことは水に流します。お互い最悪の結末は避けるべきだ。そう思わないか」

「モルガン、どうしてボスになりたいんだ?」

 数え切れないくらいたくさんの人を裏切り、殺した。そうまでして、どうしてボスになろうとしてるんだ。

「私はパルメジャーニファミリーがゴロツキだった頃からいました。アントニオはとても良い人間でしたよ。カゾーニャの人達からも慕われていましたし、私も彼に惹かれていたからファミリーに入ったんです」

 僕の質問に答えているのか。でも少しだけ昔を懐かしんでいるように見える。モルガンにも人間らしいところがあるんだなと思ってしまった。

「でもアントニオは味方よりも敵の方が多かった。敵対するファミリーは数知れず。警察や市長からも恨みを買っていました。もしパルメジャーニファミリーがドンパチだけだったらベルティーナが生まれてくる事はなかったでしょう」

「そうね。教養のあるモルガンがいなかったら、パルメジャーニファミリーがここまで大きくなる事なんてなかったわ」

 難しい書類や手続き、ファミリーにとって大事なこと。モルガンに聞けばたいてい答えてくれる。だからベルティーナやみんなから信頼されていた。

「カゾーニャは良い街です。治安も仕事も、他の街と比べれば恵まれている方だと言えるでしょう。アントニオは周辺いや国中をカゾーニャみたいに豊かにしたいと望み邁進しました」

 とても大きい夢、ベルティーナのお父さんだなって思ってしまった。見たくない光景から逃げているだけの僕が本当にちっぽけに思える。

「パルメジャーニファミリーは街一つがやっと。近くのファミリーと協定を結びましたが、あくまで手中に収めたのではなく対等な関係を前提としたもの。四大ファミリーの手の中に過ぎない。それなのに隣街、国中を。フッ。正直、疲れました」

「それでパパを殺したのね」

 ベルティーナのお父さんは病気で亡くなったと聞いている。ファミリーの誰かから聞いたかは覚えてないけど、みんなそう思っている。それが実は嘘なのかもしれない。

 もしかしたらモルガンの不吉な冷たさには大切な人を真っ暗闇に葬った罪が混じっているのかもしれない。

「パパは大酒飲みだけど、医者から健康で病気一つ無いって言われたわ。きっと毒を少しずつ盛って病気に見せかけたんでしょ。それに葬儀を仕切ったのはモルガンよね。やけに手際が良かったのは解剖させない為でしょ」

 ベルティーナの推理にモルガンは冷笑を浮かべるだけで何も答えようとしなかった。

「私を殺すんだから隠さなくたっていいでしょ」

「そうだ。私がアントニオを殺した」

「決めたわ。あんたはパパよりも苦しい思いを味わわしてから殺してやる」

 煉獄に突き落としたい。殺された仲間、お父さんの復讐をしてやる。でも今ベルティーナにできることはモルガンを睨みつけるだけ。

 僕が引き金を引けば叶えられるかもしれない。でもできない。腰にある銃がもし自動式拳銃だったら、せめて床に落ちているそれを拾うことができたら。

「正直、娘の貴女がボスになった方が楽になると思いました。贅沢と学校を与えれば、後は私の言う事を聞いてくれる。ですが貴女は学校に通うどころかファミリーの仕事に深く関わっていきました。おかげで面倒が増えましたよ」

 操り人形(パペット)みたいに人を操ろうだなんて嫌になる。本当にモルガンの思い通りにならなくて良かったと思う。もしなっていたらカゾーニャの街は違う街だったし、僕がベルティーナに出会うことなんてなかった。

「だが一番忌々しかったのは目だ。目がアントニオに似ている事だ」

 冷たくない。怒っても凍りつかせるのがモルガンなのに。憎しみの熱さを感じた。

「下らない理想に付き合わされるくらいなら、小うるさい連中とビジネスをしていた方がマシだ。これからは自由にやらせてもらう。私がボスだ。私のファミリーだ」

 なんて理由だ。「疲れた」ならマフィアをやめればいい。でもやめなかった。人を道具としか思っていない身勝手だからギラギラした野望を持っている。こんな奴のせいでたくさんの人が死んだのか。

「怒るなよ。もしあのままパルメジャーニファミリーが突き進んでいたらカゾーニャは壊滅していた。抗争、いや結集したファミリーによる一方的な虐殺が始まるだろう。避ける方法があったとしてもお前達は選ばない。奴らからコカを仕入れるか?」

 戦争を避ける為にコカを仕入れろ。売らなければパルメジャーニファミリーのお金が減り続けて、いずれ底をつく。売ったらカゾーニャの街が僕とベルティーナの大好きな街じゃなくなる。

「ダメだ」

「ダメよ」

 僕とベルティーナは一緒に怒っていた。

「その結論でどこに話し合いの余地がある? 綺麗で住みやすい街の為に戦争だ。大した喜劇じゃないか」

「向こうの欲しいものや弱みを見つけ出して取引すればいいでしょ。今までだってそうしてきたじゃない」

 ベルティーナがモルガンの皮肉に噛みついた。戦争をしない方法だってあるはず。

「バカが。もうその手は通じない。パルメジャーニは彼らの顔に何度も泥を塗っている。彼らの街で評判を上げすぎた。コカは最後通告だ。いつまでもいい子ちゃんぶるなってな」

 パルメジャーニファミリーには四大ファミリーとか敵がたくさんいて目を付けられている。どこか嘘臭くて信じていなかったけどモルガンが嘘をついているとは思えなかった。

「仮にパルメジャーニファミリーが貴方達の知っていた万全な頃の状態だったとしよう。もちろんガイオは生きている。私も裏切っていない。それでもアジトには血と銃弾の雨が降り注ぎます。見せしめに街中の店が燃やされ、無関係な住人も大勢殺されるでしょう」

 やめてくれ。もしもなのに悪霊が地獄を語るせいで僕の目には見たくない光景が広がっていた。

「やめなさい」

 ベルティーナのおかげで戻って来られた。だめだ、集中しないと。モルガンに殺されないって言ってたけど可能性が無いわけじゃない。

「味方だった警察や市長は簡単に抱き込まれます。ファミリーも裏切ります。例え私がそそのかさなくても裏切り者は出てくるでしょう。人は下らない理想や幼稚な夢だけじゃ動かない。人を動かすのは分かりやすい利益だ」

「そんなこと、ない」

 強く睨みつけるだけでベルティーナはあまり言い返せていない。僕もどう言い返したらいいのか。

「金や地位、弱み。敵は警察や市長、パルメジャーニの人間とだって取引をします。さっき貴女が使おうとしていた方法です」

 「そうだ」僕はベルティーナの味方なのに心の中で頷いてしまった。

「敵は一枚も二枚も上手なんですよ。お嬢様の浅知恵なんかでカゾーニャを守れると思っていたんですか」

 ベルティーナは何も言い返すことができず、睨みつけることすらできなくなっていた。モルガンの鋭いナイフみたいな言葉にズタズタに切り裂かれてしまった。

「私をボスにしなさい。コカやハッパは入ってきますが、みんなが使うわけじゃありません。わがままで街を戦場にするよりかはマシでしょう。ベルティーナ、私が街を更に発展させてみせます。見届ける権利だって保証してやる」

「サインしちゃダメだ」

 僕は叫んでいた。悪霊いや悪魔の誘いに乗るとは思わないけど言わなくちゃと思った。今のベルティーナはすごく傷ついているから。

「どうして君がそこまで肩入れするんですか? ベルティーナに無理やり雇われた旅人には関係無い話だと思いますけどね」

「僕はカゾーニャの街が好きだ。今の明るい街が好きだ。優しい人が多いこの街が好きだ。だから守りたいと思っている」

 関係ある。カゾーニャの街は通り過ぎるところじゃない。僕にとって大切な場所だって思いをぶつけた。でもモルガンに冷たく笑われてしまった。

「素晴らしい理由だとは思いますよ。でもジェフリー、君の本当の理由ではない」

 いくら悪霊みたいなモルガンでも僕の心の中をのぞけるはずがない。

「幼い見た目に騙されてしまうが君は兵士だったのでしょう。生き残る為にたくさんの人を殺してきた。たくさんの人を殺した罪悪感から逃れるために旅をしてきてカゾーニャに来た。辛い事があれば逃げ出してしまう君は本来こんなところに足を踏み入れたくなかった」

「ちがう。僕はここにいる」

「同時に君は感情に流されやすい。おおかたロッコが死んでルイスが死んだ時を重ねたんでしょう。次は同じくらいの年でお嬢様のベルティーナが殺される。今度こそ助けないと。そんなところかな」

「それがなんだってんだよ」

 まるで僕を知っているみたいな話し方、そもそも関係無さそうにしているけどロッコを殺すようにしたのはモルガンに違いない。今も腹が立っているけどよけい腹が立ってくる。

「別に悪いとは言っていない。ただ罪悪感で動くのはやめておけと言いたいだけです」

「罪悪感の無いモルガンに言われたくない」

 わざとらしいため息が聞こえた。

「ジェフリー、君はガイオと同じくらいに強い。私なんて簡単に殺せるでしょう。ですが街を守れるだけの力は無い」

 言われなくてもそんなの分かっている。守れないから逃げたんだから。

「君は街の人全てを助けられると思いますか。はっきり言って不可能だ。また目の前で人が死ぬ。守ろうとしていた街の人が殺される。そうなって君は耐えられるんですか? 最後まで逃げ出さずにやり遂げられるんですか?」

 目をそらしてしまったことがナイフみたいに僕をどんどん抉ってくる。

「初めて会った時、君は『殺したくない』って言ってたな。きっと私の部下を生かしてくれているんだろう。それでありがとうなんて言われると思ってないよな。あの時はベルティーナが拾ったから表に出てこなかったが、君を恨んでいる奴は大勢いたぞ」

 僕はモルガンの言う通り浮いていた。同じ時期に入った人達よりも目立ち過ぎていた。それでも仕事をしていく内にちょっとは打ち解けたのか、ファミリーの人達と一緒にご飯を食べてお酒を飲むことだってあった。

 彼らも僕と同じでベルティーナに救われていた。だから近づいてきてくれたんだと思う。でもみんな死んでしまった。

「考えた事はあるか。君が殺さずに生かした敵が君の大切な人を殺してしまう。そうならないってのは無しだ。起こりうる事だ。恨んだら復讐する、誰にでもある、マフィアなら特に」

 復讐されることは考えてなかった。倒したら二度と現れない、仲間になってくれる、改心してくれる、おめでたく思っていた。僕もするのに考えたくなかった。

「大切な人のお墓の前でも、君は殺さないを貫き通して良かったと晴れやかな気持ちで言えますか。ジェフリー」

 そんなの無理だ。言えるわけがない。命の方がなにより大切なんだから。でも大切な人を守るためだとしても誰かを殺すなんてしたくない。

「君は誰かを守りたいんじゃない。ただ罪悪感を背負いたくない。それだけだ。誰かを守るのにだって犠牲はいる。犠牲を最小にして誰かを守ろうだなんて欲張りとしか言いようがない。新たな罪悪感に押し潰されて逃げ出すくらいなら今すぐカゾーニャを去れ」

 体から力が抜けて銃が握れない。目の前が暗くなったり明るくなったりする。手からちょっと血が出ているだけなのに倒れそう。しっかりしろ。今が一番大事な時なのに僕の役立たず。


 まっ黒く汚らしい沼が一面に広がっている。それを血みたいに真っ赤な月が照らしている。

 ブクブクと泥が泡立ち、人の頭や体がゆっくりと浮かんできた。

 数はたくさん。みんな僕の前で旅立っていった人達。

 底がどうなっているのか知らないけど、まっ黒くてとても汚いものに塗れていた。

 僕の見たくない光景は罪悪感と言ってもいい。

 僕の守りたいはカゾーニャの街の為でも、ベルティーナの為でもない。旅立った、旅立たせてしまったことへの罪悪感。それを償う為にしている。あの光景から誰かが減ることはない。増えていくばかり。さっきモルガンに撃ち殺された二人もそこにいる。

 カゾーニャの街を守る。誰も旅立たせることなくできるのか。いや無理だ。戦いには死が付きまとってくる。ご飯を食べなかったらお腹が空く。太陽が東から昇って西に沈む。海の水がしょっぱい。それくらいあたりまえなこと。

 後何人、あの光景に入ってしまうんだろう。

 もし戦争をしたとして本当に守り切れるのか。カゾーニャの街の人、マフィア、たくさんの人を旅立たせてしまうのならやらないのと同じじゃないのか。

 逃げよう。やっぱり僕には無理だ。


 機関車の九両目。俯いて立ち上がれないベルティーナには銃口が向けられたまま。

 ランプの温かな光を冷たくしてしまう死霊。僕は怖くてつい目を背けてしまった。

 床に目をやると小さな写真が落ちていた。絵本に出てくる妖精みたいな可愛い女の子がすごく無邪気に笑っていた。

 幼い女の子の傍には大人の男の人がいた。顔のところは焼けたように穴が空いてしまって誰だか分からなかった。

 女の子はベルティーナで男の方はたぶんお父さんのアントニオだと思う。

 写真は懐中時計から出てきたもの。なにより大好きなお父さんの前だから、とても子供らしくて可愛い無邪気な笑顔ができたんだと思う。

 あの懐中時計はベルティーナのお父さんの形見。大切な親子の絆をどうして僕なんかにあげたのかますます分からない。

「やっぱり納得できない」

 俯いていたベルティーナが顔を上げた。泣きべそはかいていない。最後まで諦めない強い決意に満ち溢れている。

「アンタにカゾーニャを任せるくらいなら、アンタが言うお嬢様の浅知恵でカゾーニャを守ってみせるわ」

「ふっ、ふふ、何を言うかと思えば下らない」

「下らなくない」

 ベルティーナは銃口を恐れず立ち上がった。

「どうして立ち上がった?」

 モルガンが後ろに下がった。

「決まってるじゃない。カゾーニャを守る為よ」

 ベルティーナの勇敢さは燃えるように熱くて闇を照らす光。それに悪霊が恐怖している。

 カゾーニャの街を守れないんじゃないかと絶望していた。でもベルティーナは誰よりもこの街を愛している。お父さんが守ってきたこの街を守りたい。だから立ち上がることができたんだ。

「ベル、孤児院の支援を減らしましたか?」

 今聞くことじゃないのかもしれない。でもあの光景にルイスとロッコがいた。カゾーニャの街を守ると言うことは孤児院の子供達も入るはずだから聞かなくちゃいけない。

「減らしたわ。悪いのは節約できなかった私のせいね」

「ジェフリー、ベルティーナはカゾーニャを守ると言ってますが口だけです。その証拠にドルチェや華やかな衣装。誰よりも贅沢な生活。結局自分の私腹を肥やす為だ」

 ベルティーナは言い返そうとしなかった。

 僕には自分の為だけに減らしたとは思えない。もしそうだったら醜くもがいている。悔しさを押し殺そうなんてできない。恥じたりなんかしない。

 一方でモルガンのナイフみたいな言葉はその場しのぎで錆びついていた。

「僕はベルを信じるよ。モルガンの言うとおり贅沢していたかもしれないけど誰かを幸せにする為にがんばってきたんだよね。その分ベルだって幸せになっていいと思う」

 いくら大好きな街の為だとしても全てを捧げるなんてバカげている。

「幸せにする人が幸せな方がいい。僕はそう思うよ」

「ありがとう」

 嬉しそうなベルティーナ。

 僕は逃げるのをやめていた。

「ねぇ、ジェフが銃を撃たなくてもいい街にする。できていないし、今もやっつけて欲しい奴がいるんだけど。これでもちゃんと覚えているわよ。時間がかかるかもしれないし、できないかもしれない。それでも諦めるつもりなんてないから。だって私もそんな世界がいい」

 本当にカゾーニャの街が、世界がそうなったらどれだけいいだろう。揺り椅子でのどかに昼寝ができるといいなぁ。

「バカバカしい。君達のメルヘンなんて簡単に潰れますよ。妥協しなさい。私のやり方が最善だ。大きな力によって守られた街。争いの無い街。きっと気にいるぞ」

 温かくなってきたのにまた冷えてきた。

「モルガン」

「なんですか、ジェフリー」

 僕が呼んだのには理由がある。一つはモルガンの銃口がしっかりとベルティーナの脚を狙っていたから。もし不吉を感じるのがちょっとでも遅かったら撃たれていたかもしれなかった。

「僕と決闘をしろ」

 もう一つは決着をつけるため。

「ふっ、どうして私がそんな事をしなければいけないんですか? 腕は疲れますが、こうしていれば撃たれる事はない。君は昨日の怪我に加え、ここまで来るのにかなり消耗しているんじゃないかな。ここは無理せず倒れるまで待ちますよ」

 そうだよ。僕は誰かの血とモルヒネとカンポウ、お医者さんの腕が無かったらここまで来られなかった。でもとっくに効き目はなくなっていて今は意地で立っている。

「モルガン、僕は怪物だ。ガイオと同じくらい怪物だ。手負いの怪物が何をするか、僕にも分からないぞ」

 僕は怪物や何か怖いものになるつもりで威嚇した。

「なるほど」

「ちょっと、本気で決闘するつもり? 相手は卑怯で臆病ななモルガンよ。わかってんの」

 ベルティーナは納得してないけど耳をかすな。まずは銃口を僕に向けさせないと。

「決闘には決まりがある。僕はちゃんと守る。いきなり撃たれることはない。ベルを人質にするな」

「わかりました」

 銃口はベルティーナに向いたままだけどモルガンは決闘を受けてくれた。

 本当は僕と正々堂々の勝負なんてしたくない。でもやけくそで撃つぞって言えば、自分を守りたいモルガンはちょっとでも時間を稼げる決闘を受けてくれるって確信があった。

「合図がするまで待って合図がしたら撃つ。立っている方が勝ちで倒れた方が負け。それでいいかな」

「それならベルティーナにコインを弾いてもらいましょう。コインの落ちた音がしたら撃つ。どうですか?」

「いいよ。僕が勝ったらベルがパルメジャーニファミリーのボスだ。モルガンが勝ったらモルガンがボスだ」

「ジェフ」

 目はちょっと潤んでいて泣きそう。ベルティーナがしおらしくなった。

「ごめんなさい」

 どうして謝ったんだろう。大切なことを勝手に決めた僕こそ謝らないといけないのに。

「絶対生き延びてよ」

「だいじょうぶです」

 僕は笑った。不安でいっぱいのベルティーナをちょっとでも楽にしてあげたかったから。

「ベルティーナ」

 決着をつける為のコインを渡されたベルティーナ。祈るようにぎゅっと握りしめていた。

 モルガンの銃口がやっと僕の方に向いてちょっとは気が楽になった。これで撃つことに集中できる。

 ベルティーナがコインを弾いた。

 僕は腰のホルスターにしまっていた銃を握る。

 クルクルと回転しながらコインは高く舞う。

 力が入らない。握るのがやっと。

 どうして。こんなんじゃ反動に負けてちゃんと撃てない。

 いいや僕は逃げないと決めたんだ。ベルティーナを守りカゾーニャの街を守るんだ。

 コインが落ちる。

 不吉な寒気がした。命をもぎ取る手が僕の方に伸びてくる。そうじゃない。モルガンの指が動き銃の引き金を引く。まだコインは宙を舞っているのに。

 モルガンの狙いは僕の心臓、できるだけ体を逸らして当たらないようにするんだ。

 銃声。僕の左肩を銃弾が抉った。大丈夫、こんなのかすり傷、痛くない。

 僕はモルガンを殺さない。パルメジャーニファミリーを壊滅させた裏切り者。人を捨て駒としか思っていない卑怯者。平気で子供の夢を踏みにじる奴だとしても僕は殺さない。

 罪悪感。僕はモルガンの言う通りそれに押し潰されたくないから戦う。あの光景に誰も入ってほしくない。街一つなんて考えただけでゾッとする。

 ベルティーナを守ればカゾーニャの街を平和で良い街にしてくれる。今すぐは無理でも、いつか銃を撃たなくてもいい日がくるかもしれない。キラキラで楽しい日々が待っている。

 結局は僕の為だけど。

 コインが落ちた。

 腰のホルスターから銃を抜く。撃鉄は起こした。後は撃つだけ。

 引き金が重い。心臓を撃つな、頭を撃つな、お腹もダメだ。殺すな。

 またあの寒気。モルガンが僕を殺そうと心臓を狙っている。

 僕は人を殺す機械じゃない。僕は守護者になる。

 逃げない。この引き金の罪を背負う。みんなと僕が幸せになれるのなら。

 引き金を引いた。

 不吉を祓い悪霊を貫く雷。

 モルガンの銃の上半分が吹っ飛んだ。

「グァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」

 耳を引き裂きそうな悪霊の悲鳴。吹っ飛んだ銃の上半分がモルガンの右目に突き刺さっていた。

 もしかしたら今までやってきた悪いことへの天罰が下ったのかもしれない。

「ジェフリイイィィ」

 僕よりも傷ついてズタズタな右手でナイフを振り回し襲ってくる。やけくそのモルガンは手負いの獣だった。

 ナイフを振り回しているけど隙だらけ。足元を蹴れば転ぶし、踏み込んで殴ることだってできる。なのに僕の体は動かない。立っているだけでもすごくしんどい。どうしてこんな時に。

 僕の前にベルティーナが飛び出してきた。

 逃げろ。やめるんだ。無茶だ。言いたいのに言えなかった。僕の代わりに立ち向かおうとしているベルティーナをやめさせることができない。

 このままじゃ殺される。

「リャァッ」

 勇ましい叫びと一緒に放ったベルティーナの蹴りがモルガンを倒した。

「アンタの負けよ。生かして刑務所にぶちこんでやる。一生苦しむといいわ」

 ため息をしてからこっちに振り返ったベルティーナ。やり切った清々しさと昨日からの疲れが半分ずつって感じだった。

「ありがとう。ジェフのおかげで片付いたわ」

 どうして無茶をしたんだ。とか色々言いたくなったけどやめよう。体を張って助けてくれたんだから僕もお礼を言おう。

 ありがとう。

「ジェフ」

 声が出ない。ベルティーナがまた泣きそう。

「ジェフ、ジェフっ」

 ダメだ。眠っちゃう。

 眠っちゃいけないのに。

 僕は約束したんだ。

 絶対、生きのびるって。


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