騒動
カゾーニャの街はもうすぐ日が暮れる。点々と灯るガス灯や建物から漏れる明かりで薄明るい。
僕とベルティーナは迎えの自動車に乗ってアジトへ戻ろうとしていた。通り過ぎる酒場からは楽しそうな活気の溢れる音が聞こえ、家路につこうとする人を何人も追い抜いていった。
吹き込んでくる風に当たりながら僕はロッコのことを思い出す。
子供達と接していた時に見せた優しい笑顔。それに見覚えがある。旅をしている最中に見たのだろうか、いやそんなに前じゃない気がする。ここ数か月くらいには見たと思う。それがどこでなのかを思い出せないまま僕はやきもきしていた。
「止めて」
ベルティーナの命令で自動車が止まった。道端で人がうつ伏せになって倒れている。酔っぱらいか、病人か、僕が様子を確かめようとしたら、先に運転手のカルロが行ってしまった。
倒れている人がカルロを支えにして立ち上がったみたい。病人じゃなくて酔っぱらいで良かった。
あれ、カルロの様子がおかしい。頭はふらっと傾き、腰が丸まり前屈み。
崩れ落ちるようにカルロが倒れた。
起き上がった人の手には血がベッタリと付いたナイフが握られている。
「……なに、したの…………?」
ベルティーナは何が起きたのか分かっていない。僕は急いで自動車から降りた。
カルロを刺した男が突進してくる。僕はがら空きになってる足を蹴り、転ばせた。
「ぁ、はぁ、はぁ、ルティーナを、殺せば、ベルティーナを殺せば…………」
頭を強く打ったはずなのに男はすぐに立ち上がった。
また男が襲ってくる。僕はナイフを握っている手を抱え込むようにして押さえ込んだ。
男の力が強い。強すぎる。これじゃ獰猛な獣。汗で滑るし、押さえられない。
僕は投げ倒されてしまい男が馬乗りになってきた。
「へッ、へッ、へッ、死ね死ね死ね」
ナイフで刺されないようがんばっているけど、だんだん刃が迫ってくる。
「ごめん」
僕は男の脇腹を殴り、ナイフが刺さるのを覚悟で起き上がり顔面に頭突きを当てた。
なんとか男を倒すことができた。
「……ジェフ、大丈夫?」
服が少し破れて血が滲んでいるけど、かすり傷だ。
「はい。僕の方は、それよりお嬢様こそ大丈夫ですか?」
恐らく、こうした命のやり取りを間近で見たのは初めてなのかもしれない。ベルティーナは暴力を目にしていなかったわけではない。むしろ見ようとしていた。ファミリーのみんなはそんなお嬢様に生々しい暴力を見せないようできるだけ遠ざけてきた。それなのに。
「カルロ、カルロを助けないと。ジェフ、カルロを助けて」
僕がしっかりしなくてどうする。ベルティーナは取り乱しているけど、正しい。今はカルロを助けるのが優先だ。
カルロに意識は無く、呼吸も辛うじて。刺された傷は深く出血も多い。倒した男の服を包帯代わりに止血してみたが、早く医者のところに連れて行ってあげないと間に合わない。でも僕は自動車を運転することができない。
「お嬢様、カルロさんをお願いします。僕は一緒に運んでくれる人を探してみます」
探そうとしたら、ちょうど家のドアが開いた。
よかった。出てきた人に助けてもらおう。欲を言えば腕っぷしが強いといいな。
状況は僕が思っている以上に良くないらしい。僕の望み通り逞しい男が出てきた。でも目の焦点は定まっていないし、口からはヨダレを垂らしている。それだけならどんなに良かったことか。どうしてスコップを持っているのか、理由を教えて欲しい。
「デュゥウッ」
振り下ろしてきたスコップに僕は慌てて飛び退いた。まともに喰らっていたら意識を持っていかれるところだった。
「な、なによ、アンタ達、おおぜいでやろうっての。いいわ、かかってきなさい」
どこから出てきたのか、ベルティーナが様子のおかしい人達に囲まれている。強がってはいるけど、みんな武器を持っているから本当はとても怖いはず。
「お嬢様!!」
僕は全速力で走り囲んでいる人達に体当たり。動けないベルティーナの手を引っ張る。
「戻るわ。カルロを放っておけない」
戻ろうとするベルティーナ。僕だってそうしたいけどできない。
「ジェフ、どうしてカルロを見捨てるの。死んじゃうでしょ。どうして――」
危うくハンマーがベルティーナの頭を割るところだった。力いっぱい引っ張っていなかったら間に合わなかったかもしれない。カルロがもし僕ならきっと同じ選択をしているだろう。お嬢様を守るようパルメジャーニファミリーのみんなから託されているからだ。
僕とベルティーナはカルロを見捨てて逃げた。
ゴミを漁る、壁をナイフで突く、包丁を持って走る、四つん這いで歩く等、とにかくおかしな人を見つけたら避けた。
道行く人を装って襲撃してくる。この手には何度も引っかかったから今はベルティーナ以外の人が敵に見えてしまう。
僕は戦わず逃げることを優先した。少しでも危険な目には遭わせたくなかったし、できるだけ暴力は見せたくなかった。だけど現実は上手くいかない。たった今二人を気絶させたばかりなんだから。
「工場で働いているトビー、調子が悪くなって止まった車を動くようにしてくれた。図書館で出会ったイザベラ、娼婦で食べながら経済の勉強をしていて、足を洗ったらウチで働きたいって言ってた…………」
変わり果ててしまった街の人に心を痛め、悲しみを堪えようとするベルティーナ。
「私の、パパの街は、どうなっちゃったの?」
「コカです。コカが街に入り込んだせいです」
僕は過去にコカを使った人を見ている。
まだ夏じゃないのに大量の汗をかき、口からはヨダレをだらしなく垂らす。夢でも見ているみたいに行動がおかしくて、猛獣よりも凶暴になってしまう。
ベルティーナを襲った人達も正にそうだった。やるせなさには応えられなかったけど、答えられることには答えた。
「アジトへ戻るわよ。総動員してカゾーニャからコカを根絶やしにしてやる」
ベルティーナはずんずんと突き進んでいる。僕はその後をついて行った。
今のベルティーナは命を狙われていることを忘れ、大好きなカゾーニャの街をクスリで汚されてしまった怒りに燃えている。
ベルティーナが歩いている先、暗闇から殺気が。僕は一気に走り出す。
頭を切りつけられる。その前に僕は相手の顔面を殴った。
なんとか倒した。今度は後ろから二人、殺そうと迫ってくる。
「逃げましょう」
僕とベルティーナは急いで来た道を引き返す。
「嘘ッ!?」
ベルティーナのおどろいた声。
まずい。取り囲まれてしまった。ざっと十人くらいか。いや、さっき殴ったばかりの人も起き上がっているし、遠くで探しているのも何人か見えるし、後三、四人は増えそう。
僕の手は上着で隠していた腰のホルスターに伸びていた。
「撃たないで。中毒者になっても街の人なんだから」
危なかった。ベルティーナのおかげで使いたくない銃を抜かずに済んだ。
僕もお嬢様と一緒で怪我をさせたくない。とは言え、武器を持った凶暴な中毒者を十人。それを素手で守りながらだなんて。正直、地獄だ。
僕は襲ってくる中毒者達を蹴る。蹴り倒し、蹴り飛ばす。一歩でも近づけさせない為だ。隙があったら少しでもいいからベルティーナと一緒に逃げる。
だけど、どうしても近づかれてしまう。中毒者達は痛みに強い。でも、殺しを生業とする人よりは隙がある。足を引っかける、ちょっと押す、つかんで投げる、それだけでどうにか切り抜けられる。上手くいけばボウリングのピンみたいにまとめて倒せる。
間に合いそうにない時は殴ったし、ほうきや棒とかを振り回して追い払いもした。
僕なりにがんばったつもりだけど数が減らない。むしろ増えている。倒しても倒しても起き上がるし、ベルティーナを探している中毒者が集まって来ているからだ。
全身が痛い。頭がクラクラして、正直、寝たい。
僕だって殴られたし、蹴られもした。何度も引っかかれたし、三、四回は噛み付かれた。武器になりそうな日用品でけっこう叩かれた。特に頭をフライパンで叩かれた時は意識が一瞬飛んだ。
「ジェェーーーッフ」
ベルティーナの悲鳴。今まで指一本触れさせなかったけど、後ろから羽交い絞めにされて引きずられていく。
「ベル」
僕は邪魔者を振り切りベルティーナを助けようと急いだ。
足首をつかまれた。倒れていた中毒者に引っ張られてしまい、僕の体は一瞬浮いたと思ったら、おもいっきり石畳にぶつかった。
「私はドラッグなんかに魂を売った中毒者に殺されないんだから。覚悟しなさい、絶対コテンパンにして病院送りにしてやるんだから」
逃げようと暴れるベルティーナにナイフを持った男が迫る。ボスらしく強気なことを言っているけど、少し涙を浮かべて助けを待っている。
助けなくちゃ。僕は起き上がりたかったけど、中毒者達に蹴られ、踏み付けられて、体が思うように動かせない。
「ベ、ル……」
目が霞んでいく。手を伸ばしても届きそうにない。
痛みが少し引いた。
「オラァッ」
気迫のある男の声。ベルティーナを羽交い絞めにしていた中毒者が倒れた。
「ソォィッ」
解放されたベルティーナがナイフを持っている中毒者の股間を蹴り上げた。
うわぁ、サッカーボールを蹴った時より強い。アーメン。
「オマエら、俺達のベルティーナに何してんだ」
「お嬢ちゃんに手を出すってんなら、アタシらが黙っちゃいないよ」
通りに住んでいる人達が中毒者達を止めてくれている。カゾーニャの街の人がベルティーナを助けに集まって来てくれた。
「ベル嬢ちゃん。ここはワシらに任せて逃げなさい」
助けに来てくれたおじいちゃんが言ってくれたけど、ベルティーナは逃げようとせず棒切れを持って戦おうとしている。
「お嬢様、ここはみなさんのご厚意に甘えて逃げましょう」
「ダメ」
頑ななのに腰が引けているお嬢様。お願いですから逃げてください。
「わ、私は逃げないわよ。追いかけようとする中毒者を食い止めて、みんなが大怪我したり、死んじゃったなんて聞かされたら、大好きなプディングが喉を通らないじゃない。最悪よ」
強がりや冗談だと思って笑ってくれている人もいるけど、ベルティーナはカルロを置いていってしまったことを後悔している。
助けに来てくれた人達は十人、正気を失い暴れている中毒者は二十人くらい。正直、押さえこめるかと言うとかなり厳しい。最悪、死者だって出る。ベルティーナはそれを恐れている。
「だからって、お嬢様が残る必要はありません。一緒に電話を借りに行きましょう。助けを呼んだら僕だけこっちに戻ります。それでどうでしょうか?」
僕だって街の人達は放ってはおけないけど、これ以上ベルティーナを危険に晒すわけにはいかない。
「部下の言うとおりにするんじゃ。ベル嬢ちゃんはカゾーニャの希望。こんなとこで死んじゃいかん」
おじいちゃんが中毒者を必死に食い止めながら、逃げないベルティーナを怒ってくれた。
「うるさい。私はみんなが守ってくれるから大丈夫よ。みんなも私の前で、希望の前でくたばりたくないでしょ。ここには二十人以上を相手に、私を守りきった優秀な部下がいるのよ。派手に騒いでんだから、その内ガイ達だって遊びに来る。だから、大丈夫に決まってる」
すごい無茶苦茶ですごい自信。助けに来てくれた人達の士気も上がっている。僕もあんな風に言われてしまったら「逃げましょう」なんて言えない。期待を裏切るわけにはいかない。内心怖いはずなのに、今のベルティーナはわがままなお嬢様と言うよりボスらしい。
街の人達を手伝いに行こうとした時、新たに二人の気配が近づいてきたので僕は警戒する。
路地から出てきたのは、制服。よかった、中毒者じゃない。カゾーニャの街の警察。とにかくこれで騒ぎが収まる。
銃口。感情がこもってない不気味な笑み。
僕は急いでベルティーナを突き飛ばす。
重なった銃声。警官二人が撃ってきた。
僕の手は既に脇のホルスターに伸びていた。親指でセイフティを外した。
抜いたと同時に撃つ。すぐにもう一発。
警官二人は拳銃を落として倒れた。狙い通り脚に当たってくれた。大怪我だけど、銃弾を取り除けば死ぬことはない。
聞こえてくるうめき声。助けに来てくれた男が倒れている。不幸にも警官の撃った銃弾が当たってしまったみたいだ。
ボスらしく気を張っていたベルティーナは銃声と苦しんでいる男を前に狼狽えてしまい立ち上がれないでいる。
「殺せーッ、みな殺せェェェェッ」
「一生分、一生分手に入れてやんぞ。クケケ」
「かみなり、かみなり、かみナリ、カミナリ、でもおれはとまらなイッ」
まずい。ほとんどの中毒者達は今の撃ち合いですっかり怯えてしまっているのに、五人だけ興奮したサルみたいに暴れ出した。
「お嬢様!!」
僕の叫びはベルティーナに届いていない。食い止めてくれる人達は力及ばず振り払われてしまった。
襲ってくる狂暴な群れから動けないベルティーナを守れるのは僕一人だけ。すぐに助けは来てくれる。でも、今の疲れた体でほんの少しだけ守り切れるのか。
僕の手には銃が握られている。
僕は銃が嫌いだ。
軽すぎる引き金を引く。やっぱり軽い反動。撃つと決めた場所に銃口を向けてすぐ引き金を引く。これを後三回繰り返す。
「……ぃや、いやっ、イヤッ、イヤアアアアアアアアアアッッ」
悲鳴を上げたベルティーナ。
怪我はしていない。
だけど、見せてしまった。間近で次々と撃たれてしまうところを。血を流して苦痛にのたうつところを。
僕は銃が嫌いだ。
撃てば、みんなが悲しい思いをするから。
頬を伝う衝撃。僕はベルティーナに平手打ちされた。
怒っているけど、瞳が潤んでいる。
あの後、騒ぎを聞きつけた警官達がやって来た。コカをやっていない、まっとうなカゾーニャの街の警官が騒ぎを治めてくれた。
僕はベルティーナを落ち着かせた方が良いと思ったから、中毒者達を捕まえている警官達の目を盗んでアジトへ戻ることにした。
帰り道の途中。僕はベルティーナに平手打ちされた。
「……バカ。撃つなって言ったでしょ」
お嬢様を守る為です。喉から出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。絶対に言ってはいけない。
「中毒者になったってカゾーニャの人よ。私は、この街を、この街に住むみんなを守らなくちゃいけないの。銃なんて撃ったら殺しちゃうでしょ」
あの時、ベルティーナを守ろうと撃った銃弾は致命傷にならないよう肩や腕、脚に当てた。すぐ警官達が来たから病院で処置してもらっているはず。分かっている。そう言う問題じゃないんだってことくらい。
「銃を撃った。カルロを見捨てた。本当は奪えたはずのボールを、奪おうとしなかった。どうして、どうして私の言うことを聞かないの」
「それは……」
僕は答えに詰まる。怒っているベルティーナにどう答えればいいんだろう。
真横から猛然と突っ込んでくる影。
僕はお嬢様を突き飛ばし、突っ込んでくる相手を蹴り飛ばす。
危なかった。気づくのが遅かったらベルティーナがナイフの餌食になるところだった。
ベルティーナを襲ったのは少年。孤児院で出会ったロッコだ。
「もぅ最悪。カゾーニャはいつから子供までコカをやるようになったの」
転ばしたけどベルティーナに怪我は無いみたい。
「シラフだよ。俺はコカなんかやってないし。ボスだってガキじゃないか」
ロッコがナイフで切りかかろうと構えている。誰かに教えてもらったのか、ぎこちなさを感じない。
「ジェフ、そのガキを骨折しない程度に痛めつけなさい。私がパルメジャーニファミリーのボスだと分かっていて襲うんだから、十分まともじゃないわ」
ベルティーナに嫌な感情を示していたけど、まさかそれが殺意を抱き、実行するまでとは。僕は怖いとさえ思う。
「ギャーギャーうるさいな。お菓子ばっかり食ってるお子様がボスになれるんだから、パルメジャーニもまともじゃないな」
「悪ぶるだけで雑魚にもなれない赤ん坊が偉そうに言わないでよ」
ロッコから小馬鹿にする笑い声が聞こえてくる。
「事実を言っただけさ。ボスの仕事もせずに遊んでばかりだからカゾーニャでコカが流行ったんじゃないのかな。パパのアントニオの頃だったら、こんな事にはならなかっただろうな」
「そッ…………」
言い返そうとしたベルティーナだけど、突き付けられた事実に言い返せず悔しそうにしている。
「街の人がせっかく助けてくれたのに。ボスがちゃんと逃げていれば、よけいなケガはしなかったし、銃まで撃たれなかったんじゃないのかな」
確かに、僕もあの場は逃げるべきだと言った。でも今は、素直にロッコの言うとおりだとは思いたくない。
「君だって、暗殺が目的で僕達の後をずっとつけてきたんだろ。どうしてさっきまでの混乱を利用しなかったんだ。本当は怖いから、陰に隠れて震えていたんじゃないのか」
できることと言ったら、論点をずらしてやるくらいだけど。
「ふっ、お兄さんも大変だね。自己満足の人助けに付き合わされちゃって。何回死にかけた?今も一緒にいられるのはボスの偽善がうつってるからかな。ハハハ」
「黙りなさい、のぞき魔」
怒ったベルティーナが前へ出てしまう。
「アンタ、コカの売人でしょ。チビで女の子っぽいし、贔屓先は娼婦かしら」
ロッコの手が動いた。ベルティーナに飛んできたナイフをなんとか腕で弾く。
速い。新しいナイフを持ったロッコが迫ってくる。僕は食い止めようと前に出て構える。
ロッコが消えた。違う。サッカーみたいな足捌きで僕を抜こうとしている。
そうはさせない。僕は急いで動きを合わせて立ちはだかる。
「ッチ」
舌打ちと一緒にロッコが下がった。
ナイフ。
咄嗟に体を傾けてかわす。投げてきた刃物が僕の肩をかすった。
ロッコは背を向け逃げていた。色々と知ってそうだし捕まえた方がいいか。
「ほっときなさい、ジェフ。どうせまた向こうから来るわ」
僕は言うとおりにした。ロッコの足はとても速いし、追いついたとしても仲間に待ち伏せされている可能性がある。そもそも命を狙う者がまだいるかもしれないのに、ベルティーナを一人置いていくなんて危険だ。
ふと足下に紙切れみたいなのが落ちているので拾い上げてみる。
写真。子供達が集まって笑っている。真ん中の方にロッコがいて、年上の少年に肩を組まれている。
「…………ごめんなさい」
どうして、ベルティーナが僕に頭を下げている。怪我をした街の人達に心を痛めている時みたいに辛そうで、どうすればいいのか分からない。
「さっきは、叩いてしまってごめんなさい。私のわがままに付き合ってくれたのに、言うことを守ろうとしてくれたのに、見ようとしてなかった」
「気にしないでください。それが僕の仕事ですから」
僕はベルティーナに少しでも安心してもらおうと笑ってみせた。
「銃を撃ったけど、ジェフは本当に平気なの?」
僕はちゃんと笑えているのだろうか。
せっかくしまいこんだのに、どうして。興味本位じゃないことくらい分かっている。話して欲しいんだと思う。だけど、今一番辛いのは僕じゃない、ベルティーナだ。
「大丈夫です」
「……なら、ぼさっとしないで、今すぐアジトへ帰るわよ。やるべき事が多すぎるんだから」
ボスらしく振る舞おうとするベルティーナ。アジトへと帰る足取りは焦りと疲れが見えて危なっかしかった。
無理していると分かっていても、僕には見守ることしかできなかった。
パルメジャーニファミリーのアジトは街中に大きく堂々と構えている。カゾーニャの街の象徴であり要。ファミリーのみんなにとっての拠点であり故郷。
僕自身はアジトにある宿舎に住んでいるわけじゃないから、ベルティーナの豪邸と言うのが本音かな。
僕とベルティーナはエントランスにいる。
「戻ったわよ。誰かいないの」
主であるお嬢様が声を張っているのに誰も来ない。見張りを担当してくれる仲間が近くにいるはずなんだけど、しんとしていて気配を感じられない。
「食堂へ行くわよ。カゾーニャが大変な時なのに、みんなで呑気に酒でも飲んでいたら、酔い覚ましに朝まで働かしてやる」
ベルティーナは強気なことを言っているけど、どうもアジトの様子がおかしい。正門にすら見張りが立っていなかった。
僕の知っているアジトは戦いに備える緊張感の中に安心する居心地の良さがあった。でも今は誰もいない不気味さで息が詰まりそう。
「キャッ」
ベルティーナの小さな悲鳴。僕の手は腰のホルスターに伸びていた。
「もうだれ、廊下にトマトソースをこぼしたのは。フィオレの仕事が増えちゃうでしょ。まったく」
そのシミは絨毯の赤よりもくすんで見えた。僕もベルティーナの言うとおりであって欲しいと思う。
広い食堂はファミリーのみんなで食事を共にする場所。僕みたいな新人や先輩である仲間、ガイオやモルガン達幹部、ボスのベルティーナを含めたみんなが利用している。
作ってくれる料理はどれも美味しい。特にコトレッタはサクッとしていて、濃厚なソースとお肉の相性が最高で僕の楽しみだった。
「……ぇっ…………えっ、えっ………うそ………………」
信じられない恐怖に怯えているベルティーナ。
料理やクロスはめちゃくちゃ。吐瀉物であちこち汚れ、悪臭が鼻を付いてくる。三十人の仲間と二人の幹部が生きようともがき苦しみ息絶えていた。
毒殺。とても凄惨な光景で目にするのも辛い。
「…………さい……おきなさい。いま、街はたいへんなのよ…………ねてんじゃないわよ」
ベルティーナがみんなを起こそうとさすっている。起きてくれるとひたむきに信じている姿が痛ましい。
「お嬢様!!」
僕は強く呼んだ。虚ろな目だけど、なんとかこっちを向いてくれた。
「………………ねぇ――」
「お嬢様。いまは…………いまは、辛いですけど、探しましょう。きっとみんな、お嬢様のお帰りを待っているはずです」
言わせなかった。口に出してしまったら最後、本当にそうなっていそうで僕も恐かった。
「……そうね…………あいつらが、かんたんに、くたばるタマじゃないわよね」
とても弱々しいけど、ベルティーナはまだ諦めていない。
「行きましょう」
僕の差し出した手をベルティーナが握ってくれた。
酷なことをしていると思う。でも、探さないと。生き残っている人がいると信じて。
僕はベルティーナと一緒に廊下を歩いていた。
アジトを隈なく回ったけど、みんな殺されていた。
ボスであるベルティーナの帰りが遅いにも関わらず、探しに来ている仲間を誰一人も見なかった。
行き違いになったのかと思ったけど、パルメジャーニファミリーの情報力は警察を凌いでいる。ベルティーナがコカの中毒者達に襲われている緊急事態を嗅ぎつけられないはずがない。
あの時、僕はベルティーナを守るのにせいいっぱいで、ファミリーに何か起こっているなんて考える暇もなかった。
でもガイオやモルガン、どこにいるのか分からない仲間もいる。いるけど僕は希望を口にできなかった。また傷つけてしまうから。
俯きながらもベルティーナは歩いていた。
死んでしまったファミリーのみんなを見ても取り乱さず、一人ひとりの名前を呼んで一言ずつ添えていた。泣き崩れて動けなくなってもおかしくないのに、今はボスとしての役目を果たそうと、権利書の無事を確かめに私室へと向かっている。
助言はしていない。壊滅した今、何をすればいいのか分からない。ベルティーナが自分で考え決めたことについて行っているだけ。お嬢様を守ると言う仕事が僕を突き動かしている。
ベルティーナの私室のドアが開く。
「……あ、アンタ達………………」
おどろいた。絶望的な状況で三人も生き残っていたなんて。
「お帰りなさい、お嬢様。ご無事でなによりです」
「すいません。ファミリーを守れず、おめおめと生きのびてしまいました」
「気にしないで、イヴァン。いてくれるだけで十分嬉しいわ」
少し涙を浮かべながらベルティーナが嬉しそうに笑っている。
「詳しい話はお嬢様の部屋でいいですか?」
「構わないわ」
「ごくろう、新入り。おじょ――」
なれなれしく近づいてきた男を僕は殴り飛ばした。
床に落っこちているナイフ。あれは僕のじゃない。殴り飛ばした男のものだ。殺気に気づいていなかったら刺されるところだった。
「ちょっと、ジェフ。イヴァン、ハンス離しなさい。なんのつもり」
ベルティーナがイヴァンとハンスに捕まった。
「ヌァッ」
僕は顔を殴られて床に倒れてしまった。
「やりやがったな。新入りのクセにッ、クセにッ」
立ち上がらないと。でも執拗な蹴りが痛くて動けない。
「ピエトロ、今すぐやめなさい」
ベルティーナが叫んでくれたけど止まらない。代わりに下卑た笑いが聞こえてくる。
「ッハッハッハッハッハッハ。やめるかよ」
「ッヒヒ。お嬢、いやベルティーナ。アンタは終わりだ」
どうして、昨日までお嬢様と呼んでいたのに。
「ふざけんな!!」
裏切りに怒ったベルティーナが振り解こうと暴れる。
「終わるのはアンタ達よ。今すぐコテンパンにして、耳を削いで野良犬のエサにしてやる。一生奴隷みたいに働かせてやる。謝ったって許さない」
お嬢様一人に悪い大人が二人、力の差ははっきりしていた。
「うっせぇ、ガキがァッ!!」
ベルティーナがピエトロに頬を叩かれた。
「いつまでもボス気取ってんじゃねぇぞゴラァッ。ガキのままごとなんざ付き合い切れるか」
許せない。僕はピエトロに殴りかかっていた。
「ッ、危ねぇな。チビ」
不意打ちだったのに避けられた。満杯にした大樽を担いでいるみたいに疲れてなければ、当たっていたかもしれないのに。
「ゃッ」
小さな悲鳴で気づいた。ベルティーナがイヴァンに羽交い絞めにされてナイフを突きつけられている。
「ナイトちゃんよぉ。妙なマネしたら、お嬢様がどうなるか分かってるよなぁ」
今すぐ助けてあげたいけど、襲いかかるピエトロをなんとかしないといけない。
振り回してくるナイフを僕は何度も避けた。最初は空を切らせていたけど、疲れで動きが鈍ってしまい、薄く切られた時のヒリッとした痛みが広がっていくのを感じる。
足払いで転ばす、鳩尾を突く蹴りで倒したい。そんなことをしたらベルティーナが傷ついてしまう。死んでしまうかもしれない。
背中の感触が硬い。とうとう壁際まで追い詰められてしまった。
ピエトロが大きく感じる。いや、単に僕が体格に恵まれていないだけか。
「手間かけさせやがって。ネズミか、テメェ」
「オイ。お前は元々ヨソモノなんだろ? だったら、沈んじまう船より、俺達に乗り換えねぇか。わざわざ小娘の為に死ぬこたねぇよ。きっと、新しいボスも歓迎してくれるぜ」
お嬢様を売って生きるか、ベルティーナの為に死ぬか。僕は選択を突きつけられる。
「ジェフ、わたしのことはどうでもいい。生きるのよ」
「嫌だ」
獣みたいな「死ね」と一緒に振り下ろしてきたナイフを屈んで避ける。僕は不格好に四つん這いで飛び出して裏切り者達から距離を取った。
「バカ、死にたいの」
嫌だな。すごく怒っているけど、本当は怖くてちょっと泣いているじゃないか。
死ぬのは怖いけど、僕は裏切らない。生きてベルティーナを無事に助け出す。後、裏切ったのは許せないけど三人も殺さない。
僕の手は腰のホルスターに伸びていた。
ベルティーナを人質にしているイヴァンの頭に風穴が空き。次にピエトロの心臓を撃ち抜いて。銃声に気づいたハンスは何もできずに倒れる。
だめだ。上着を翻してそれを握ってしまえば三人は死んでいる。
まるで決まっているみたいだけど、その銃を握ってしまったら、僕は人を殺す機械になってしまう。
「なにボサッとしてんだよ」
「ジェフ」
鳩尾を突く蹴り。僕は無様に床へと倒れた。
「ピエトロ、お前もトれぇよ。俺がブチ抜くから、そこをどいてろよ」
ハンスに拳銃を向けられた。距離は少し離れているけど、当てられる。的である僕が倒れているからよけい当たる。
「ふざけんな。テメェこそ五人やっただろ。俺の獲物だ」
言い争っている隙に起き上がろう。なんて思ったのに力が入らず、起き上がれそうにない。それよりも廊下の絨毯が寝心地良くて、いっそこのまま寝ていたくなる。
目が霞んでくる。このままじゃ、誰がベルティーナを助けるんだ。
床がほんの少し揺れた。寝ているから分かる。
揺れがゆっくりと大きくなってくる。何か重たいものがこっちに近づいてくる。
「いいかげんにしろよ、お前ら。二人で撃ちゃいいじゃん」
「アンタ達こそいいかげんにしなさいよ。私が目当てなんでしょ。ジェフは関係無いんだから見逃しなさい」
ベルティーナを馬鹿にする三人の笑い声。
「ッハハハハ。お前の言うことなんて誰が聞くかよ。悔しかったらパパでも呼んでみろ」
「最低。アンタ達なんて人間じゃないわ。ハイエナよ。ハイエナ以下のクズ」
「ほんと、口の減らないガキだな。教育してやろうか」
ベルティーナの頬にナイフの柄がグリグリと押し付けられる。
「なせ、てゃる、にゅにゅ、りょしゅ。ぬぬぅ」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
笑い声がいっそう酷くなる中、僕は見た。
圧倒的に巨大な黒い影を。あれは大熊、いや怒れる怪物だ。
「んぬぅアッ!!」
振り下ろされたげんこつがイヴァンを一撃で沈める。
「ラァッ!!」
巨体から繰り出される豪快な薙ぎ払い。吹っ飛んだハンスは窓に突っ込んで、割れたガラスと一緒に落っこちた。
「化け物がぁぁああアアっッッ!!」
銃声。撃ったピエトロは巨体に押し倒され顔面を殴られた。うわぁ、あれは痛い。
「ぅうう」
倒れたはずのイヴァンがよろよろと立ち上がっている。なんとかしないと、僕がそう思っていたら。
ボールみたいに放り投げられたピエトロがイヴァンにぶつかった。
「大丈夫か、ベル」
助けてくれたのは大熊でも怪物でもない。屈強な巨体を誇る大男で、パルメジャーニファミリーの幹部ガイオだ。
「しっかりしろ、ジェフ」
あれ、いつもの「新入り」じゃない。ガイオが僕の名前を呼んでくれた。もしかして認められたのかな。
ベルティーナの私室のドアが開いた。ぞろぞろと裏切り者が五人出てくる。
「ゲェッ、ガイオ」
「オイオイ、嘘だろ。不死身か? 死んだんじゃねーのかよ」
「バカか。簡単だろ。ベルティーナ以外、殺っちまえばいいだけの話だろ」
銃口が五つガイオに向いている。僕は助ける為に立ち上がろうとしたけど、足がふらふらしていておぼつかない。
「選手交代は無しだ。ガキはそこで見ていろ」
ガイオが飛び出した。
飛んでくる銃弾を物ともせずに突き進む。襲いかかる怪物の迫力が裏切り者達を恐怖させ、狙いを付けさせない。
「オラァッッ!!」
野太い咆哮を轟かせ、ガイオが圧倒的な力で裏切り者達をどんどん薙ぎ倒していった。
ガイオの戦いを見るのはこれで二度目だけど、とても五十代を超えているとは思えない規格外の強さ。正直、僕は今も震えが止まらない。本当に敵じゃなくて良かったと思う。
「ベウッ」
ガイオが突然、血を吐いて倒れた。
「ガイ」
心配するベルティーナと一緒に僕もガイオの傍へと寄った。
見たところ巨体で膨らんでいるスーツは所々破れているけど、動いた弾みで破れたか、かすり傷で特に致命傷は見当たらない。
「しっかりしなさい、ガイ。病気知らずで頑丈なのが取り柄でしょ。トマトソースまで用意しちゃって、そう言う悪ふざけはやめてよね」
ガイオは息をするのも辛そうで、猛獣をも黙らしそうな迫力のある顔付きは、その面影すら感じられないくらいとても弱りきっていた。
「うらぎりものは…………………………」
最後に伝えようと、やっとの思いでしぼり出した言葉だった。
「ガイ? ガイ」
ベルティーナが何度も呼びかける。
ガイオは口を開いたままで息を感じられない。
「ガイ、裏切り者って誰よ。ガイ、ガイ、起きなさい。起きるのよ。重いアンタをベッドまで運ぶなんてイヤよ。自分で歩きなさい。起きてるんでしょ。寝たフリなんてしないで」
いくらベルティーナが揺らしても起き上がることはない。既に人一倍たくましいだろう心臓は動きを止めていた。
「ガイ、っ…………」
恐らくガイオも毒を盛られていた。人より大きな体格をしているから毒の回りは遅く、でも体は少しずつ蝕まれていて、助けてくれた時には意識を保つのもやっとだったはず。
それでも嵐みたいな勢いで裏切り者達を薙ぎ倒せたのは、先代のボスであり、きっと親友くらいの仲だろうアントニオから託された大切な娘ベルティーナを、最期まで守ろうとする強靭な精神力があったからこそだと思う。
「がァぁイイいいいーーーーーーーーッッ」
ベルティーナが声を挙げておもいっきり泣いた。
暴力や命の危機、ファミリーの死を前に、目を潤ませてしまうことは何度もあったけど、ボスであろうとして泣くのを我慢していた。
ベルティーナにとってガイオはファミリーの幹部と言うより、きっと父親も同然。
そんな大切な人が二度と目を覚まさなくなってしまったのに、平然としていられるはずがない。我慢なんてできるはずがない。
広すぎるアジトはベルティーナの悲しみに包まれた。
僕は自分の住んでいるアパートにベルティーナを泊めることにした。一人暮らし向けの最低限の広さだし、男の部屋に女の子を泊めるなんて気が引けるけど、アジトにいるよりはいいと思う。
ベルティーナは今、僕のベッドですすり泣いている。
アジトを出てから今までの間、僕はずっと黙ったままだった。でも、これだけは思う。ベルティーナはもっと泣いたほうがいい。
この一夜、十五歳のお嬢様が見たのは地獄だ。狂気に満ちた暴力に晒され、世界を一変する裏切りに傷つけられ、大切なものをたくさん失った。
だから、もっと泣いていい。悲しみや怒りを遠慮せず、僕にぶちまけていいと思う。
でもそれが言えないのは、言ってしまったらベルティーナは泣くのをやめてしまう。悲しみに蓋をしてしまうからだ。
だから僕はベルティーナに何も言えず、ぼんやりとイスに座っていた。
僕も正直疲れている。戦って、戦って、ひたすら戦ったから、体が重たくてしょうがない。
まぶたはすぐ閉じて、まどろみの中にいるけど眠ることができない。
見つめてくる視線がある。もう目は無いはずなのに間違いなく僕を見つめてくる。
声を発せないはずなのに助けを求めたり、僕を責めたり、たくさんの声が聞こえてくる。耳を塞いだって聴こえてくるのに塞いでしまう。
気がつけば僕の周りは、折り重なって打ち捨てられた人だったものばかりに。久しぶりに見たせいか、とてもおぞましい。
足下がぬかるみだした。血や毒にも見えるけど得体の知れない液体がどんどん湧き出て、やがて膝にまで達した。
水面に映った顔に僕は目を逸らしてしまった。
悔しさと苦痛に満ちた最期。理不尽に呆気ない最期。パルメジャーニファミリーのみんなの最期。
獣や怪物に勝る迫力をし、毒に冒されながらも裏切り者達を圧倒したガイオ。でもその最期は守り切ることができた安堵と、ベルティーナの将来を見届けられない悲しみが一緒になっていた。
僕はやり切れなくて、なんだか申しわけなくなってしまう。
液体が僕の肩まで浸かる。このままでは飲みこまれてしまう。
これは僕の妄想だ。僕の妄想だから終わらせることだってできるんだ。
まどろみから抜け出そうにも、まぶたは重くて開かず、僕の体は石みたいに重くて沈んでいる。死んだのかとさえ思う。
いや違う。また見てしまったから、忘れたかったものが久しぶりに顔を出してきただけだ。
別のことを考えよう。考えないと。考えるんだ。
カゾーニャの街にコカを流通させたのは裏切り者達だと思う。ベルティーナを襲った中毒者達は計画の一部かもしれない。
クスリを許さないパルメジャーニファミリーの目を欺く大変さを、僕は身を持って知っている。少なくとも同じファミリーの方が格段にやりやすい。アジトにいた八人だけじゃとても足りない。頭の切れる首謀者がいるはずだし、ついていった人は多いはず。
コカに釣られた中毒者達のほとんどは警察が捕まえてくれたけど、裏切り者達はベルティーナを捕まえようと探している。
僕の住んでいるアパートはファミリーにあまり教えていなかった。アジトからここまで行く間、尾行の気配を感じなかった。少しくらいならやり過ごせるかもしれない。
でもベルティーナを助けなければよかった。奴らの言うとおりなのかもしれない。少なくとも面倒に巻きこまれずに済んだのに。そんなことがよぎるけど無しだ。
僕はベルティーナを見捨てない。
あの光景に入れるものか。