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カゾーニャ

 試着室のカーテンを開けて出てきた可愛らしいお嬢様。

 僕が「似合っていますよ」と答えても、納得いかなさそうにそっぽを向いて、お店の人に次々と色とりどりの衣装を持ってこさせる。

「ジェフ。私がさっき着た服と今着てる服は同じじゃないの。仮に両方とも似合っているとしても、どちらかが私により似合っているの。分かる?」

「はぁ」

 ため息をついた僕の名前はジェフリー・ラロンド。

 お嬢様の名前はベルティーナ・パルメジャーニ。

「お嬢様。私は先程の衣装の方が、お嬢様の可憐さをとても引き立たせていて素敵だと思いますよ」

 流石はモルガン。品の良いスーツにお洒落な眼鏡と腕時計をしているだけのことはある。正直、どれも似合っていると思うから、僕には優劣がつけられない。

「モルガンの見る目は信じるわ。悪くなかったと思う。でも、ピンクって子供っぽくない?」

 子供っぽいって言うけど、お嬢様は十五歳。僕からすればまだ子供。

「めんどくせぇ。一着なんてケチな事は言わず、二着三着くらい買えよ。迷ってる時間の方がもったいねぇぞ」

 乱暴な言い方をしたのはガイオ。ガッシリと天井に迫る体格だから、初めて見た時はビッグフットかと思った。

「ガイの言うとおりね。せっかくだし、気に入ったのを三着買うわ」

「待って下さい。お嬢様。昨日は一着までしか買わないと仰いましたのをお忘れですか? 今は大事な時期だから少しでも節約しないと。私はこの耳ではっきりと聞きましたよ」

 僕は黙ってただ待つだけ。この中では一番の下っ端だから。

「いいわ。それならモルガン、ガイの給料から差っ引いてちょうだい」

「ベル!?」

「決める時間がもったいないって言ったのはガイよ。私に二着も買ってくれるから、そう言ったんでしょ?」

「……んぬぅ、参った。モルガン、ベルの言うとおりだ」

「では、そうさせて頂きましょう」

「ありがとうね、ガイ」

 僕は笑いを堪えるのに必死だった。してやったりの微笑みを浮かべるお嬢様はあどけないのに大人っぽく見える。

 港町カゾーニャ。暖かい海に面したこの街でベルティーナ・パルメジャーニを知らない人はよそ者だ。ベルティーナはカゾーニャの街を拠点に活動しているマフィア、パルメジャーニファミリーのボスだからだ。

 正直、知らなかった。僕はよそ者だから。

 カゾーニャに来た頃、僕はルーポファミリーと言う弱小マフィアに入っていた。

 マフィアになんて入りたくなかった。抗争で血を見なければならないし、人を殺さなければならない。嫌いな銃を売り、人を狂わすクスリを売る。面倒ごとから守ると言って、お店が必死に稼いだお金をたかる集団。

 当時の僕は旅をしていてお金に困っていた。うさんくさい男達から一回限りの仕事をしないかと声をかけられて、結局入ってしまった。

 カゾーニャの港にある倉庫にコカを運び込む。僕の仕事はそれの護衛。

 情報をつかんでいたパルメジャーニファミリーの襲撃によってルーポファミリーは壊滅。運び込んだコカは燃やされて灰になった。

 生き残った僕は殺されるのかと思ったけど、ボスであるベルティーナに拾われた。

「こちら、サーモンとマグロのカルパッチョ、トマトジュレ添えでございます」

 僕の前に運ばれた色鮮やかな料理。

「お嬢様、僕なんかが、ガイオさんとモルガンさんと一緒の物を食べていいんですか?」

 ベルティーナが買った服、香水や石鹸を運ぶ。荷物持ちが僕の仕事だ。新入りの雑用係がファミリー立ち上げの時からいる幹部と、ましてやボスと食事を共にしていいんだろうか。

「イイに決まってんでしょ。それともジェフだけフィッシュアンドチップスが食べたいのかしら?」

「ウーェッ。ベル、昔食ったけどマズかったぜ。ありゃ、食えたもんじゃねぇや」

「ガイオ、お嬢様の前です。それと部下に示しがつきません」

「僕、食べたことありますけど、大丈夫でしたよ」

 そう言うと、みんなの好奇の視線が僕に。

「お前、舌大丈夫か?」

 本気そうに心配しないでください。

「じゃあ、下げてもらって、懐かしのフィッシュアンドチップスにする?」

「いえいえ、とんでもありません。こんなに美味しそうな料理、僕は見たことありません。ぜひともごちそうになりたいです。ごちそうにならせてください。お願いします」

 僕は全力でお願いした。あれは空腹の時だから入っただけで、目の前にあるごちそうを蹴る方がもったいない。

「ふふふっ、そうよ。私に感謝して素直に食べなさい。ここの料理は美味しいんだから」

 得意気にするベルティーナ。しかし、一番に運ばれてくるはずの料理が運ばれてこないのはどうしてだろう。

「お待たせしました。こちらご注文のアップルパイ、ミルフィユ、ズコット、シュー・ア・ラ・クレーム、フルーツたっぷりのゼリーでございます」

 テーブルに並んだたくさんのデザート。おかしい。ベルティーナがメインを食べていたところを僕は見ていない。

「いっただきま~す。ん~、このサクサク生地にトロっとした素朴なリンゴの甘さ。アップルパイは焼き立てよね。ズコットもふわふわで、ナッツとチョコがふわふわを引き立てて、包まれるわ~。ミルフィユは甘酸っぱさの至高、贅沢と濃厚の極み、美味しいスイ~トル~ムぅ」

 甘さで口もとが緩みきっているベルティーナ。デザートにとろけて夢心地の様子。

 今まで見たことの無い光景に僕の食が進まない。どうして体を壊さないのか不思議だ。

「気にすんな新入り。ベルのアレはいつもの事だ。俺達がドルチェばっかりじゃなくて飯を食えって言ったって聞きやしねぇ」

「ジェフリー。お嬢様の不摂生は気にせず、出された食事を美味しく食べなさい」

 僕は出された料理を食べることにした。

 おいしい。サーモンとマグロが上品な酸味に包まれ、トマトジュレも爽やかで甘酸っぱい。

「こちら、仔牛肉のサルティンボッカでございます」

 かぶりつきたくなる香り。ソースの照りで輝くお肉。思わずヨダレが。

「ベル、肉を食え。肉はいいぞ。ボスらしくなる。つまり大人っぽくなれるぞ」

「いらない。ジェフリーにあげなさいよ。モルガンよりもヒョロッヒョロなんだもん」

 ベルティーナはすねてしまった。思わぬ飛び火に僕は苦笑いするしかない。

「オイ、やらねぇぞ」

 大丈夫です。僕はそこまで恥知らずじゃありません。

 サルティンボッカを食べる。

「うまい」

 トロっと柔らかい。仔牛の肉汁、巻かれていたハム、少し辛味のあるソースが合わさり、濃厚なウマさとなって飛びこんでくる。

「この街に来て良かった。そう思わない? ジェフ」

 不意の質問に「ハ、い」と答えるのでせいいっぱいだった。

「まぁいいわ。美味しい料理も食べたんだし、これからも私の為にちゃっちゃと働きなさいよね」

「ベルティーナ様。プディングをお持ちいたしました」

「ん~ッ、あっまぁ~い。ツルツルなめらかぁ。濃厚なカスタードが、んもぉサイコぉ~。プディングこそ至高にして最高ね。ん~何口でもイケちゃうわ❤」

 僕を見透かすようでドキリとさせたベルティーナ。なのに今は、プディング一つで天国に行ってしまいそうなくらい幸せでほっぺが落ちきり、一口、一口を愛おしそうに味わっている。

 パルメジャーニファミリーに入ってから物騒な仕事は少なかった。商船から商品の積み下ろし、お店の配達やチラシ配り、新しく引っ越してきた人のお手伝い。

 後は今みたいなベルティーナの雑用兼護衛の一人として、カゾーニャの各地を回ることもあった。そう言えば、海辺にあるジェラート屋さんまでついて行くことになった時は三つも食べていたっけ。

「フィリップ、景気はどう?」

「まぁまぁですかね」

「何か、変わったことない? ちっちゃいことでもいいから教えて」

「そうですね。夜、裏通りを歩く人が増えたような気がします。そう言えば、ベルティーナ嬢と同じ年頃の子も見かけますね」

 ベルティーナが支配人と話している。こうやって世間話をするのもボスの仕事らしい。

 パルメジャーニファミリーは僕の知っているマフィアとは違っていた。

 独自の販路で銃器等の非合法な物資を仕入れるけど、コカ等の危険なクスリは取り扱わず撲滅する。商売をしたい人には分け隔てなく土地や建物を提供し、売り上げの一部を良心的な価格で頂く。

 武装し他のマフィアの脅威からの盾となりながら、住人からの相談を親身になって聞いて、警察からも頼られている。

「ガイ、モルガン。孤児院には私とジェフだけで行くわ」

 懐中時計をしまったベルティーナ。

 僕が聞いていた予定とは違う。なんか、ちょっと、胃がキュッとしてきた気がする。

「裏通りに遊びに行くつもりなら帰るぞ。ベル、自分が要って事を自覚しろ」

「行かないわよ。私はただ、ガイとモルガンを連れてったら、孤児院のみんなが怖がるでしょって話」

 ベルティーナとガイオ。それぞれ一歩も譲ろうとしない。

「お嬢様。せめて、自動車で孤児院の方まで送らせてください。五時になりましたらお迎えに向かいます。それなら私もガイオも納得できます」

「わかった。でも、孤児院に着いたらちゃんと帰ってよね」

 よかった。モルガンがうまい感じに話をまとめてくれた。少しふて腐れているけど、ベルティーナは納得してくれた。ガイオも渋々頷いている。あのままギクシャクしていたら、すごく居づらかった。

「新入り。いいな、くれぐれもベルを頼んだぞ」

 肩を力強くつかまれ、ガイオの強面が迫ってきたから怖かった。

「一分一秒、気を抜かずにお嬢様から目を離さないでください」

 モルガンが眼鏡の奥の眼光を鋭くさせたと思ったら、一瞬だけ浮かべた微笑み。どうしてなのか僕には意味が分からなかった。

 子供がボールを蹴って走っている。

 それを正面から突っ込んできたベルティーナが奪っていった。

 僕とベルティーナは孤児院の子供達とサッカーをしている。

 この孤児院はパルメジャーニファミリーの先代ボス、つまりベルティーナのお父さんの頃から支援をしている。

 今日はおもちゃを寄付する為に来たんだけど、子供達にとってはおもちゃよりも、遊んでくれる相手の方がもっと欲しいみたいだ。

 僕だってたくさんのおもちゃよりも、一緒に遊ぶ友達の方がいい。

「ボスだ。ボスが来たぞーッ」

「止めろ、止めろー」

 お昼にたくさんのデザートを食べて、ここでも子供達が作ってくれたプディングを食べて、お腹いっぱいで動けないと思ったらその逆で、ベルティーナは機関車みたいな勢いで立ち塞がる子供達を次々と抜いていった。

「兄ちゃん。ボスを止めてよ」

 キーパーをしている子供からのお願い。

「ジェフ。全力でかかって来なさい」

 ボールを持ったベルティーナが僕へと迫ってくる。

 どうする。子供達の為にも、ベルティーナもああ言ってるし、全力を尽くすか。

 僕はベルティーナからボールを奪おうと前に出る。

 足を伸ばしたけどボールに届かず、抜かれてしまった。

 ベルティーナのシュート。お手製のゴールにボールが入った。

「すっげぇ。さすがボス」

「ボスつえー」

「カッコイイ」

 シュートを決めたベルティーナは子供達の人気者。みんな目がキラキラしている。

「兄ちゃんダサいな~。そんなんで戦えんのかよ」

 言われてしまった。でもしょうがない。

「フンッ」

 ベルティーナが睨んできたと思ったら目を逸らされてしまった。

 子供達のサッカーはすごかった。一生懸命ボールを追いかけ、ゴールを守ろうとする。

 それ以上にベルティーナは全力だった。大人じゃないけど、自分よりも年下の子供達を相手にいっさい手加減無し。

 ちなみに僕は途中で疲れてしまい見学に回った。

 サッカーを終えたベルティーナは遊んでいなかった子供達とお人形遊びをして、最後はみんなを集めて絵本の読み聞かせをしていた。

 僕の方は子供達から人気が無く、遠目からベルティーナを見守るくらいしかできなかった。


 気がつけば夕方。ベルティーナは孤児院の経営を話す為に職員室へと行った。僕も護衛の為ついて行こうとしたけど断られてしまい、子供達の勉強を見守ることが今の仕事に。

 頼まれたものの、子供達は僕の言うことなんて聞こうとしないから、イタズラやケンカさせないようにするのでせいいっぱいだった。

「つかれた」

「パルメジャーニファミリーの人間でしょ。昔、俺も遊んでもらったからさ。分かるんだ」

 僕の後ろから声をかけてきた少年。中性的な顔立ちで年はベルティーナと同じくらいかな。正直、あまり良い感じがしない。屍の山を築いた血生臭さとは言わないまでも、まっとうから離れたチーズ臭さがしてくるからだ。

「そうだけど。君こそ誰だい? 昼間はいなかったよね」

「俺はここ育ちでね。ヒマができたら、どうしているのか様子を見たくなるんだ」

 出た孤児院の様子を見に戻ってきた。仮に少年の言っていることが本当だったとしても、僕は子供達を危険から守らなければならない。

「それにしても大変だね。ボスの偽善に付き合わされて」

「そんなことないよ」

 子供達がおどろくから抑えたつもりだけど、僕は強く言ってしまった。

「ふぅん」

 嫌だなぁ、ものすごく斜に構えた態度。

「じゃあさ。この孤児院をどう思う?」

「いい場所だと思うよ。子供達がみんなキラキラ元気で遊べるんだからね」

「プッ、キラキラだって、ははっ、大人の癖に恥ずかしくないの? アンタもボスと一緒で偽善者だね」

 本当に思っていることを口にしたのに、少年から鼻で笑われ、偽善者呼ばわりまでされるなんて。

「ロッ兄ぃだ。ロッ兄ぃが帰ってきてる」

 あっと言う間に少年ことロッ兄ぃの許には子供達が集まっていた。

「オイオイ、今日は何も持ってないぞ。何か良いことでもあったのか?」

 子供達がベルティーナに遊んでもらったことを嬉しそうに話していると、ロッ兄ぃは本当の家族と接するように優しく笑っていた。

 ロッ兄ぃことロッコ・タロッツィ。ベルティーナと一緒に来た保母さんから話を聞いた。

 孤児院では十二歳になると独り立ちしないといけない規則がある。

 十二歳になって出て行った後、ロッコは月に一、二度くらい孤児院に戻って来て、お金や物を寄付し、保母さんの代わりに子供達を見ている。十四歳になった今もこうして続けている。そんな立派な少年が僕に見せた不穏な態度はなんだったんだろう。


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