敵、倒します。
「梓、後ろっ!!」
かもの怒号で梓が我に返る。はっとして後ろを振り向くと、手はすぐそこまで近づいていた。
ぬうっ、と目の前を覆って、そのまま梓を捕まえてしまった。
「わあっ!」
巨人は丁寧に、梓だけを捕まえた。
梓が取りこぼした黒弓は床にからころと音を立てて落ちる。
白い煙がぼんっ、と現れ、黒弓が柴犬に戻ってしまう。
「か、かもさん!」
「いってぇー……デカブツのやろう、あとで祟ってやる」
胴をふん掴まれた梓は、そのまま宙に持ち上げられる。
目の高さはちょうど巨人と同じくらいだった。
間近で巨人を目の当たりにすると、改めて相手の恐ろしさがわかったような気がした。
髪の隙間からのぞける目がぎょろついていて、梓をすくませた。心なしか握られている力が強くなっている。
「おのれー! 梓を離せ、このっ!」
かもは小さな犬の姿で、懸命に巨人の足に食らいつく。
柴犬ではできることもなく。せいぜい引っ掻くか噛みつくかしかできない。
梓は必死に切り抜けようと体をよじるが、両腕もまとめて拘束されているのも手伝って困難をきわめた。
「握りつぶせ」
何やら狼が末恐ろしい言葉を発したのが聞こえた。梓は血の気が引いた。
巨人は狼の言葉に従って、その手の握力をだんだんと強めていく。
梓に、圧迫感が迫って来る。圧迫どころではない。息がつまり、内臓がつぶれる勢いだ。
「うぅ、ぁ……」
「梓! 待ってろ!」
かもがつとめて明るく叫ぶが、犬の状態である今にそれほどの力はない。
変化の力は持っているが、何にでも変化できるわけではない。
弓矢になったところで、肝心の梓が拘束状態では、かえって荷物になる。
両腕がもげるんじゃないかと梓は錯覚した。胴をこの上なくしめつけてくる。
小学校の頃、体育マットに潰されたことがあったが、あれはまだかわいい方だった。
「ぃ、やだ……」
酸素が体に回らず感覚まで麻痺してきた。締め付けられる感覚だけはご丁寧に残る。痛みが消えた。
「はなして」
巨人は梓を完全に潰すまで、力を緩めないだろう。頼りのかもは、自分と離れてしまった以上、助けとして期待はできない。
そもそも、どうして自分は意味もなく狙われるのだろう。
いや、狼の言葉からして意味はあるのだろうが、それがどうして自分だったのだろう。
狙われるのが自分でなければ、こんな苦しい思いはしなくてすんだのかもしれない。
いや、狙われたおかげで柴犬と戯れる権利が得られたことだけはありがたい。
梓はわけもわからぬ思考回路をめぐらせる。
同時に怒りも込み上げてきた。
連れ帰っても構わないが、どうしてそれがこんなにも強引で手ひどいやり口なのだ。
もっと紳士的に、そしてこちらが断るなら無理強いはさせないで欲しかった。
狼は言葉こそ丁寧だが、手段は非道だった。これなら軽口を叩いても、決して無理はさせないし、常に前向きなことを喋ってくれるかもの方が救いがある。
(どうして、わたしなんですか)
ほかの人ではだめなんですか? そう問いただしたい気持ちが溢れてくる。
早く家に帰りたい。帰ってご飯を作りたい。その後はお父さんのコーヒーを飲んでお菓子を食べて、勉強してお風呂に入ってのんびりして、くぎりのいいところでベッドに飛び込む。そんないつもの日常に帰りたい。
「……はなして」
梓の声が低くくぐもる。
「あ、梓!?」
さすがのかももこれには焦った。いつも聞きなれた少女の声が、ここまで末恐ろしくなったのは初めてだった。
「もうやだ離してえぇ!!」
梓の声が、波紋のように、空間全体に広がっていく。
その場にいるすべての生物は、梓の声に、何らかの反応を示した。声は人知を超えた生き物たちにとっては、驚異的なものだった。
声に応えるように、梓を守ろうとする力が働いた。
「うぉうっ」
衝撃に弾き飛ばされたように、かもが後ろへ吹っ飛ぶ。
小さな毛むくじゃらが、黒い床にべしべしと叩きつけられて跳ね転がる。
「いってえ!」
すぐに態勢をととのえたかもは、梓の安否を必死で探った。
その梓からは、強烈な光と轟音が一瞬発せられた。
光そのものというより、落雷による閃光に近いものがあった。
さっきまでの暗闇を一瞬にして掻き消すほどの強い光だ。
目がつぶれるほどに目映いそれは、確かに梓を中心に生み出されていた。
そしてばちんっ! と大きな音がその場すべてのものの耳をつんざく。
梓の発した閃光が巨人や狼の視界を奪い、果ては巨人からの拘束を無理やり引き剥すことに成功した。
「なに……!?」
狼はこの巻き返しを全く予想していなかった。
たかだか小さな娘と侮っていた者が、これほどまでの力を発揮するなんて。
そう自分の読みの浅さを呪っているうちに、閃光と轟音に、自分の力が抜けていくのを覚えた。
音と光を全身にひっかぶったことで、自分をまとう神の力がそぎ落とされたらしかった。
巨人は突如手に走った痛みに怯み、梓を拘束する力を解いてしまったのだ。
金棒を落とし、目を覆う。喉からうめき声が漏れて来た。
その隙間から梓は逃れ、床に落ちる。
握りつぶされかけていたせいで、全身の力は抜けきっている。
何とか足二本で着地できたが、直後にくずおれた。
「梓! 大丈夫か梓!」
かもが心配そうに駆け寄る。
つい先ほど大声を張り上げて閃光を発した少女とはうってかわってぐったりと廊下の壁にもたれている。かもの血の気を引くのは充分だった。
「んん……」
「どこか痛むか? 遠慮なく言えよ、癒してやっから」
犬の小さな手が梓の額をさすさすと撫でる。うっすらと瞼を開いた梓は、重苦しい倦怠感に苛まれている。
「何だか、だるいです……」
「驚いたぞ。あれも人知を超えた力だ。普通なら人間は持たないもんなのに、いつの間にそんなモンを……」
かもはひとりごとをぶつぶつとつぶやいていた。
「あれ? わたし、どうして」
「いや、俺にもよくわからん。しかし今がチャンスだ梓。もう少しだけがんばれるか?」
かもは梓にきちんとこれを聞いてくれる。
だからこそ、これ以上動きたくないと音を上げそうになっても、まだやれる気が梓にはするのだ。
「大丈夫、です。糸をほどきますね。あと少しだったんです」
「ありがとう。ほどいたらあとは俺の仕事だ。もうちょっとの辛抱だかんな。帰ったら飯だ。たまには親父さんに甘えて作ってもらっちまえ」
「……えへへ、全力で遠慮しときます」
梓のはにかみに、わずかな余裕が生まれていた。
「敵はまだ立て直せてないみたいだな。よっぽど強烈だったと見える」
かもは手持無沙汰の間、ずっと相手方の様子を監視していた。
見張り役がついてくれていると、梓も遠慮なく自分のすべきことに集中できる。
「でもわたし、何がどうなってたのかわからないんです」
「俺もわからん。今度近くの神々に聞いてこような。今はあいつら倒そーぜ」
「はい」
梓の目にだんだんと真剣さが滲み出てくる。
白く光る呪詛の一本を、細い指が丁寧にさぐっていた。
「あ、あとちょっとです……!」
「おっ、いいねえ。まだ余裕はあるぞ。狼野郎が巨人をぺしぺしして元気づけてる。さすがの俺も和む光景だ」
「それは見てみたい、かも……」
「あ、終わった。あいつら梓の楽しみを奪っていきよるのな。許せん。倒すだけじゃなくて骨も残さないよう祟ってやる」
「そこまでしなくても……。とけました!」
梓の指には、光る糸がつままれていた。呪詛の一つが解けたのだ。
呪詛は梓の指をすりぬけ、宙を漂い果てに霧散した。
「よくやったぞ梓! しかも解いた呪詛もいいとこいってた! これで形勢逆転、さすがだ!」
「いえ、そんな……」
「謙遜すんなって。……仕上げと行くぞ、俺を使ってまた矢を射るのだ!」
「はいっ」
梓は立ち上がって弓を構える。肝心の矢は、梓に見つけられない。
「かもさん、矢は……?」
「ああ、これだ」
梓の目の前に、オーラを纏った矢が浮かんでいた。梓はそれを手に取る。
直後、梓の周囲を守るようにして、同じ形の矢が何本も現れた。
しかしそれらの射手はいないし、弓もかもの黒塗りの弓一張だけだ。
「あの矢は」
「あれは気にしなくていい。梓が一本射ったら一緒に飛んでってくれる。おーっと敵も持ち直したみたいだぞ。準備はいいか?」
「大丈夫です、……たぶん」
「充分だ。ところでだ、今回も細かい所作とかは心配いらんぜ。あいつらが仕掛けてきて、梓がその場を離れても、周囲の矢は梓についてきてくれるからな。梓はデカブツに一本だけ矢を射ればいい。難しいことなんて何もない。ただ、射るだけだ。カンタンだろ?」
「射るだけなら、簡単ですけど……。当たるのかな」
「当たる当たる! そうなるように仕向けよう」
かもが自信満々に言うのだ。梓はその言葉を当てにすることにした。
たとえその自信に根拠がないとしても。
「ひとまず、奴らを引っ掻き回してやろうぜ! さっきの呪詛で、俺の力がたくさん戻ってきてる。勝機は充分!」
「はいっ! とにかく、相手につかまらないようにします」
「さっすが梓、わかってんな!」
朗らかなかもの声は、梓の精神を鼓舞した。
梓は弓を握り締めて、改めて巨人と対峙する。
やっぱり間近でみると、その大きさと迫力に圧倒される。
だが梓も圧倒されるだけで終わらせるつもりはなかった。
帰らなければならない。そのために、自分がかもの力を頼りとしながらも、動いていく必要があるんだ。
「体力が底をつきそうだったら迷わず俺にいいな。その時はこの俺の天才的頭脳で第二第三、いや百通りくらいの戦略を立ててやるかんな!」
「ありがたいです」
巨人の動きを、まずはしっかり読む。
覗ける眼差しからは、この上ない殺意が放たれていた。
自分を弾き飛ばしたのが、この小さな娘であることが腹立たしいのかもしれない。
あるいは突如襲ってきた痛みに、やりどころのない怒りを発しているのかもしれない。
巨人は素早く梓との距離を縮める。たった一歩で梓に近づいた。
金棒を即座に振り下ろす。梓は巨人の後ろへと転がり込んだ。
地面が一瞬だけ揺れる。振り下ろされた金棒が、床を粉々に砕いた。
巨人の足下へ回避した梓は、さらに走って距離を取る。今は巨人の背後を取った状態になっていた。
(ここかしら……?)
「いいぞ!」
かもの言葉に、梓は迷わず矢をつがえる。
だがそれを許すほど巨人ものろくはなく。床に沈んだ金棒を引き抜くと、そのまま後方へと振り回す。
「ひえっ!」
梓は頭を庇うようにしてすぐさましゃがむ。
頭上すれすれに、金棒が一直線に飛んできた。
まっすぐ飛んできた金棒は闇の中へと消えていく。
「あっぶねー。そんな物騒なもん、嫁入り前の娘に投げるなんてとんでもねえ野郎だ」
「その娘に武器を持たせるおまえはなんなのだ?」
巨人からやや離れた位置で動向を見守る狼がそう言った。
「俺だって武道でもないのに、娘っこに物騒なモン持たせたくはねえよ。けど今はそんなお綺麗なこと言ってる場合じゃねーからな。お前らが梓を諦めたらさっさと手放させるさ。そして空いた手で梓にもこもこしてもらうのだ」
「すみません、わたし、どちらかというと猫が好きなので」
「問題ない。猫と同じくらい犬も好きになってもらえるよう、俺がもっと犬犬しくなりゃいいだけだ!」
「そういう問題じゃないです……。いえ犬と猫じゃなくて!」
「おっとそうだった。デカブツの得物は闇に消えた。奴は今手ぶらだな」
かもの言う通り、巨人の手には何も握られていない。
相手が武器を失ったのは、梓とかもにとっては好機である。
武器があるだけで、その分攻撃範囲が広くなる。
梓にとって、手の届かないであろう場所まで逃げても、金棒が手元に残っていれば投げつけることもできるし、ぎりぎりの距離から金棒の攻撃を届けることだってできる。
だが今はそうもならない。巨人はそこを見越していなかったんだろうか。どちらにしても、このチャンスは充分に活かす必要がある。
「相手の頭がカラで助かったな」
「そのぶん、狼さんが頭脳でカバーしてるんだと思います」
梓は狼にも気を配る。相変わらずきちんとしたお座り状態で、巨人に対して何か短い支持を与えていた。
巨人は狼の指示に従って行動している。力と知恵でお互いを補っているんだ。
「なるほどね。じゃあ先に犬っころを……と言いたいとこだが、的にするには小さすぎる。予定通りデカい方を射るぞ」
「はいっ」
梓はしっかりと返事をした。
巨人の力は最初よりもずっと大きくなっている。
梓を狙わんとして振り下ろされる腕や踏みつける足による攻撃で、床や壁は哀れなほどに砕け散っていく。
巨人の顔がわずかに赤くなっている。頭に血がのぼったのかもしれない。
それほど、攻撃一つ一つに力を込めているんだと梓は悟った。
同時に、動きが雑になっている。怒りにすべてを預けて、力任せに梓を殺そうとしてきている。
当たったら梓の致命傷になりかねないのは、ずっと変わらない。
だが、無茶苦茶な暴れ方をしているおかげで、梓でも攻撃をかわすことがぐっとたやすくなった。
巨人の腕や足、果ては投げつけて来る大きな瓦礫さえ、梓はしっかりと回避することができた。
かもの存在や鼓舞と相まって、巨人の精神に余裕がなくなっているのが、こちらを有利に立たせている。
「梓、疲れてないか?」
「まだ、行けます。そんなに走り回ってませんから」
「頼れるねえ。まだ彼奴らを引っ掻き回すぞ。そしてできれば犬っころの余裕も奪っていきたいところだ。奴が余計な知恵を出す前に」
「わかりました。このまま、逃げ回ればいいですか?」
「わかってんじゃん。その通りさ。ついでに、ちょいとムカつくやり方しようか」
「……?」
へっへーん、とかもが嗤った。
梓はもう一度周囲を見回す。肩を上下して息する巨人と、お座りしつつ巨人に指示する青の狼。
怒り任せの暴れっぷりは派手さを増すが、代償として体力を大幅に削る。
そして巨人の暴走で砕かれた瓦礫が、そこかしこに散らばっている。
天上には、穴の空いた部分もある。巨人の金棒がぶつかってできたものだろう。
「……これ」
「いいとこに目がいくねえ」
梓は足元の瓦礫に、目をやった。かももその着眼点を褒めた。ということはこれが『正解』なのだ。
「つっても、あんまり鋭くないもんを拾いな。指切ったら大変だかんな」
「は、はい」
梓はさっと腰を落として、右手で破片をつまみ上げる。
右手には掛が装着されていたから、破片が多少とがっていても怪我はなかった。
「あとは行動あるのみ。梓、それを思いっきしデカいのに投げろ! 外れたってかまやしねえ!」
「もぅ、やけだぁ!」
梓はかもの言葉にしたがい、勢いよくそれを投げた。
体力測定でのボール投げは十メートルも飛ばなかったが、ボールよりも軽い瓦礫はもっと遠くへ飛ばすことができた。
美しい弧を描いて飛ぶそれは、運よく巨人の側頭部に当たった。
巨人と目が合う前に、梓は後退して闇にまぎれる。
一歩先は暗闇だから、巨人の視界から消えることは簡単だ。
巨人の咆哮と唸りが聞こえた。暗がりに隠れて様子を伺うと、巨人は相当怒っているようだった。
「そうそう。安全な場所から安全に奴の体力と余裕を削るのよ。油断はならんけどもな」
「それにしても、当たるとは思いませんでした」
「当たるさ。俺がちょっとズルしたもん」
「ズル?」
「俺の加護が梓についてるんだ。多少は体力と力が増えて、弓引いたくらいじゃ肩も痛まんね。奴らがアレくらい面倒なんだ、こっちも少しくらいズルしたくらいがちょうど釣り合う」
「そりゃそうですけど」
「ほい、デカブツがアホみてーにうろうろしてる間にもう一撃!」
かもに言われるまま、梓は第二撃をくわえる準備をする。
まずは闇に隠れたまま相手を伺う。
狼になだめられてどうにか精神を落ち着けようとした巨人はどうにも隙だらけだった。
梓はもう一度破片を拾い上げて素早く巨人に投げる。
そしてこちらを振り向かれる前に闇へ隠れる。
同じ方向から投げると、どこにいるかある程度見こされる。
梓はさらに闇の奥深くに進んだ。走っても息は余裕であった。これがかものズルというものなんだろう。
まっすぐ走って数分、目の先には狼と巨人がまだこちらを探していた。やっぱり、この廊下は繋がっている。
「梓、もう一度やれるか?」
「はい、やります」
梓はきちんと応えて、三つめの瓦礫を放り投げた。それは巨人の肩に当たる。
さすがに巨人も学習したようで、視界から消えた梓をきっちり見つけた。
身を隠される前に、さっとこちらを振り向いた。物を投げられた方向から予測したんだろう。
「そこだ」
狼が言葉を発した。
巨人がその言葉に応えて、丸腰のまま梓に突っ込んでくる。
「げぇ、気色悪っ」
「確かに、あんまり長く見てたくないですね……」
「気が合うな。うし、こいつを長時間見続けるのは精神に毒だ。さっさとやっちまおうか」
「はい」
梓は頷き、負けじと巨人を睨み返した。
巨人の動きは素早いけれど、梓は不思議とそれらを容易にかわした。
大振りで乱暴な攻撃に精神的余裕がない。もっと冷静になられていたら、ここまでたやすくはなかった。
なぜか狼はこちらをしかけてこない。これは罠ととらえるべきか、好機として見るべきか。
どちらにしても、今は巨人をどうにかするのが先である。罠ならば、その時はその時だ。
物事がうまくいかずにぐずる子供にも似た巨人の後ろへ回り込み、梓はもう一度瓦礫を拾って投げつける。
それは巨人の後頭部に当たった。
強引に振り向いた巨人は、緑の顔を赤らめてこちらを睨んでくる。梓はそれに怯まない。
「よし! ここだ梓、射て!」
「はい!」
梓はしっかり答えて、矢をつがえる。
その動作に連動して、梓の周囲をずっと漂っていた無数の矢も、矢先を巨人へと向ける。
弓を引くと、梓は肩がぎりぎり締めつけられる感覚に陥った。
弓など持ったこともない、しかも数日前に一度だけ引いたっきりの素人だからしかたのないことではある。
本当ならば、さっさと手放したい気持ちでもあった。
だけど、ここでめげたら帰れない。ここを乗り越えれば、あとは楽になる。自分にそう言い聞かせて必死で耐える。
それに、微調整はかもに任せることができるのだ。ならば苦難はもう少しで終わる。
「派手に! 当たれぇっ!」
かもの朗らかな鼓舞にしたがい、梓は矢を放った。
周囲の矢も、梓の撃った矢に続いて巨人へと走る。
空を裂くそれらは巨人へまっすぐほとばしり、はしった後には鋭い風が生み出された。
風で梓の髪とスカートがぶわっと広がる。
矢は巨人の胴を貫いた。漂う矢も同じように、狙いを外すことなく巨人の腹部に吸い込まれていく。
放たれた矢はすべて光に包まれている。
その光が輝きを増し、巨人の全身を覆っていった。
どうやらその光は巨人にとって矢以上に相性の悪いものだったらしい。
矢を射られた痛みよりも、光の眩しさに耐えられず目を覆っている。
巨人が低い悲鳴を上げた。元凶は刺さっている矢だとようやく頭が働いたらしい。
矢を引き抜こうと手を暴れさせるが、それよりも巨人の消滅する方が先だった。
光の輝きはだんだんとやさしくなり、同時に巨人のうめきも穏やかに緩む。
力の抜けきった巨人はもう矢に執着することがなくなった。痛みすら麻痺したんだろうか。
光が消えるのと同時に、巨人の体は砂になって霧散した。その残骸が、さらさらと風に流され消えて逝く。
撃った! と梓の胸が高鳴る。巨人の一連の末路を目の当たりにして、どうしようもない相手に一矢報いることができたと、やや頬が上気した。
「や……やりました……?」
かもはふっふーんと勝ち気に笑う。結果は当然といわんばかりに、梓の不安げな問いに対する答えは、一つだけだ。
「上出来だ」