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かもさんのお名前は?

 休日はオモイカネとの対話とかもの呪詛をほどくのに集中していた。

 呪詛をほどく間でもかもは柴犬の姿でいた。

 柴犬の状態でもかかっている呪詛に変わりはなく、よって梓のすることも変わらない。


「よし、解けました!」


 夕食後、梓は入浴をすませて、かもの糸を解いていた。


「よーし、でかした梓!」


 青い狼やその飼い主の邪魔が入らない場で呪詛を解くのは、割と容易であった。

 もちろん、呪詛というのは複雑で、一本をほどくのだって一時間かけてやっとの状態だった。

 だが梓も多少はコツを得たようで、回数を増すごとに、彼女は確実に時間を減らしてほどいていった。

 其の本数はおよそ十。十本の糸を解いたかもは、まだ自分の本名を言いきれずにいた。


「ぐぬ……あの野郎、名前の呪詛は一番めんどくせえ絡ませ方にしやがった」


 かもはそうこぼす。


「その、すみません……。わたし、今日も学校が終わって、ご飯とかお風呂とか終わったら、また糸をほどきますから」

「いや梓のせいじゃない。むしろよくやってくれたよ。

 休日はほとんど糸解きに集中させちまって、むしろ俺の方が申し訳ないくらいだ」

「そんなことありません。かもさんの力が取り戻されれば、それだけわたしも強くなれるんです。

 ……えっと、自分の力じゃないんですけど」

「なあに些細なことよ。それに梓の力は、敵をおびき寄せて油断させる力だ。

 こういうのは他の誰かの腕力や神力と合わさって発揮される。結果オーライだから気にすることはないさ」

「ありがとうございます。……あ、学校行かなきゃ」

「おぉよ。何かあったらいつでも呼べよ。すぐ駆けつけるからな」

「はい、行ってきますね」


 そういって梓は家を出た。



 本来であれば、かもはキーホルダーに変化して梓の傍を離れないようにするのが安全だと思われた。

 だが梓の力を活かすには、あえて二人が離れている方がよいと梓自身が判断した。


 彼女のもつ巫女の力は、妖怪や神々を引き寄せる。

 それは巫女という餌を囮にしているからできる荒業である。


 かもという強力な仲間が近くにいると知られていては、引き寄せられる者たちも警戒する。

 それを防ぐため、梓は学校にいる間だけという条件つきで、かもと一時的に距離を置くという作戦に出た。


 かもからは反対された。戦う力はかもがいなければ何も持たない少女を、危険に晒すのはならないと。

 「お父さんは許さん!」というわけのわからぬ叱責を受けたが、梓は譲らない。


 自分を脅かす名前も知らない黒幕を退けるためには、相手の警戒を解かなければならない。

 そのためには、自分が無防備であることを見せなければならない。

 ずっと譲らない梓に、最終的にかもが折れた。一人でいるのは学校にいる間のみ、また身に危険が及ぶと判断したら、迷わずかもを呼ぶという条件をとりつけられて。



(神様ってあんなに過保護なものなのかな?)


 授業中、先生の話もぼんやり聞きながら梓はふと考える。

 先日会ったオモイカネという神もそうだが、一人の人間に対して結構世話を焼いているような気がしてならない。


(うーん……うん、やっぱり過保護だね……。こうなったら、受けた恩をいつかちゃんと返せるようにしないとね)


 そう前向きに考えることで、梓は完結した。

 後ろの桜花につっつかれるまで、梓は授業を完全に聞いていなかった。




「梓が授業中にぼーんやりするなんて珍しいね」

「う、うん……。ちょっとね、いろいろあって」


 昼休み、弁当を広げて、桜花と昼食をとっていた。


「あ、そうか。そろそろお母さんの命日じゃなかった?」


 桜花に言われてはっとする。

 忘れていたわけではなかったが、今年は奇妙な経験をしまくったせいで頭から抜けおとしてしまっていた。桜花は梓の母を少し知っている。母が生きている間も、一緒に遊んでいた。


「それなら物思いにふけるのも仕方ないか」

「そうだね……」

「……わたし、この話に触れないほうが良かった?」


 桜花が箸を止める。


「そんなことないよ! ほんとにね、お母さんのことは割り切ってるからさ。本当にほんとだよ」

「うん、わかってるよ。梓はすぐに乗り越えちゃったもんね」


 桜花はミニトマトを食べた。


 梓の言葉に嘘はない。

 母の死は確かに辛かったが、悲しみに暮れるよりも自分を支えてくれた父の姿があったからこそ、母の死を引き摺らずに生きていこうと決めたのだ。


 ただ最近は、まったく覚えていない夢の中で、母に関する夢をよく観る気がしてならない。

 覚えていないはずなのに、なぜか母の面影が頭の隅に残っている。


(今更会いたいとは思ってないはずだけど……)


 弁当を片づけ、梓は図書室に行く。

 何か情報が欲しい場合、梓は図書室か地元の図書館に行くのが癖だった。



 昼休みの図書館は人でにぎわう。

 そろそろ定期試験が始まるから、図書室や奥の自習室で勉強していく生徒が増えたのだ。


 梓はかもの呪詛をほどき、家事もやりつつ勉強を家でほとんど済ませていた。

 だから図書室を利用して勉強することがほとんどなかった。


「あ、梓ちゃんだ」


 目指した本棚の横には、たけるが立っていた。

「たけるちゃん、今日当番?」

「今日は違うよ。私、昼とか休み時間はたいていここに来るから。図書室から教室近いし」

「そっか」

「それで、梓ちゃんは何かお探し? 私でよければ手伝うよ」


 たけるが柔和に笑んだ。


「うーん……特にこの本が読みたい、ってわけじゃなくてね。えっと、夢に関する本が欲しくて」

「夢? 将来の夢と寝て見る夢のどっちがいい?」

「寝てる時の夢の方。最近夢見が悪いというか、変というか……。起きたら全然覚えてないんだけどね」


 梓は苦笑する。うーんとたけるは考え込み、梓をひとつの棚まで案内した。

 そこには健康にかかわる資料が詰められていた。夢の資料も、ざっとうかがうだけで本棚の一段を占めていた。


「ここから探してみるといいよ。難しい本もあるけど、誰にでもわかる入門書も置いてあるしね。

 もしよさそうな資料がなかったら声かけてね。私、探すの得意だから」


 そういってたけるは文庫の棚へと向かってしまった。

 ありがとうね、と梓は小さく礼を言い、案内された本棚に改めて向き直る。


 専門書なんて読んでもきっとわからないことをわかっている梓は、なるべく優しい中身の資料を探す。

 指先で背表紙をなぞりながら物色してみた。


 一冊、目にとまった資料がある。初心者むけの入門書があったので、それを手に取った。


(夢か。覚えてないんだけどなあ……)


 ページをぱらぱらめくり、目を通す。

 夢というのはその者の深層心理を表すとあった。


(わたしが観た夢は、わたしの心を映しているってこと? わたしの心は何を望んでいるんだろう)


 入門書から得た情報といえば、それくらいのものだった。

 他にはぴんとくるものがなく、途方に暮れた。


「……あ」


 手にした資料を本棚に戻し、梓は一つのことを思い出した。


 事典でかものフルネームを調べそこねていたことに。


(よく考えたら、今のうちに調べればいいことだった……。何で忘れてたのかな)


 本名は自分の口から語る! と言って譲らないのがあの柴犬の姿をした神である。


(先に調べちゃうのってフライングになるのかなあ……。

 いやでも、どんな神様かきちんと見ておけば、かもさんの力をもっと強く活かせるかも知れないし……)


 そう悩みながら事典コーナーの棚をうろうろし、結局昼休みが終わってしまった。

 

 午後の授業でも、梓はぼんやりしていた。午前ほどではないにしても、やっぱり授業には集中できていなかった。


(これは……次のテストはあぶないなあ)


 桜花からノートを借りて、足りない部分を写させてもらった。

 部活動も試験期間が近づいてきたので、今月最後の活動となる。


 放課後は、部活に行く桜花と別れて梓も部室へ向かおうとした。


 ところが急に眠気が誘って来て、足元がふらついた。教室を出た途端、これだった。


 壁にもたれかかって態勢を立て直す。


(昨日夜更かししたっけ?)


 ほんの少し眠気が誘うだけなら、顔を洗って無理やりにでも目を覚ますところだった。


 しかし今は、どうもおかしい。体が重いし目を開いていられない。

 ここで倒れたら廊下でぐっすり無防備に眠ることになってしまう。


 無理に帰宅するか部活へ急ぐことをせず、梓はひとまず保健室へ行く。

 こういう時はいっそ眠ってしまった方がかえって楽だ。

 教室は吹奏楽部が練習で使用する。自分の机でやり過ごすことはできない。


 重い足取りで保健室へ行ったが、保険医は不在であった。


「先生、いないですか?」


 室内をざっと見渡しても、保険医どころか生徒もいない。


(いいや、少し借りよう)


 保健室のベッドを一台拝借し、梓は上履きを脱いで横になる。

 薬品の匂いが染みついたシーツをひっかぶり、瞼を閉じる。


 あっという間に睡魔は牙をむき、梓を眠らせた。


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