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オモイカネ様、ご助言です

 はいはい、とオモイカネが手を叩く。

 これ以上かもに付き合うとろくに本題に入れないという英断だ。


「とにかくだ! 梓譲の力についてだろ。どこまで話したっけ……ああ、そうだ、母親のことだな」

「はい。えっと、すみません、お時間たくさんいただいちゃって……」

「元凶はそこの犬だ。君には問題ない。んじゃお嬢さん、ちょいとおでこを貸しておくれ」


 オモイカネが腰を上げて梓に手をのばす。

 ひんやりした小さい手が、梓の額に触れた。


「?」


 首をかしげる梓をよそに、オモイカネは目を伏せて何かを探っている。

 数秒して瞼をひらき、手をどけた。


「だいたいわかった。梓の視える力や方向性ってのが読めたよ」

「本当ですか? でも方向性って……?」

「力の活かし方は一つだけじゃないからな。戦いに特化するのもあれば、癒しに特化するものもある」



 オモイカネはまた干し芋をかじった。

「で、さ。お嬢さんの力の活かし方ってのはちょっと特殊でね。

 ストレートに化け物退治するような技でもないし、傷ついた者を助ける力でもないんだな」

「さっきの、おでこを触っただけでそこまでわかっちゃうんですか?」

「まーね。額に触れて、お嬢さんに流れる力を読むだけだ。大したことじゃない。それでだね、お嬢さんの力ってのは巫女の力なのさ」

「巫女?」


 梓の思い描く巫女といえば、神社でよく見かける巫女さんくらいのものだ。

 白い着物に赤い袴。たおやかで洗練された動きをする不思議な女性。


「その力というのは、神や霊を引き寄せる力といえる。

 昔の巫女にな、自分の体に霊をおろして取りつかせて、言葉を語らせるっていう技を持った一族がいたのだ。

 お嬢さんの場合はそれだろう」

「取りつかせるって……」

「神々を引き寄せて語らせる。取り付いてもらう。いわばおとりだ」


 オモイカネははっきりとそう言った。


「だがお嬢さんの力は少し違う。

 本来の『巫女』達は取りつかせるまでが一連の作業だったが、お嬢さんは取りつかせる前の段階で動くのだ」

「えっと……」

「化け物退治のための特殊能力といえるな。

 悪質な霊や神、妖怪や魔物の目や注意を自分に引き寄せて、油断してるところを退治するのさ。

 退治するのは『巫女』でも構わないし、力に優れた仲間がいた場合はその仲間に請け負ってもらっていたようだね。


 君のもとに小さな妖怪たちが集っていたのは、その引き寄せの力があってのことだと俺は思うよ。

 興味深いことに、どうやら君の母親も同じ力を持っていたようだ。

 娘が力を受け継いでいたと気づいてたのかは知らんがね」

「いえ……きっと、わかってたと思います。わたしが明らかに人間じゃない誰かとお話してるのを、母はわたしから聞いてるんです」


 路傍で妖怪と遊んでいた時のこと。

 妖怪と遊んでいる、と告げる娘に対して、母は大して驚かなかった。


「ほう……。中々に興味深いね。……さて、その力の活かし方を考えていかなければね」


 オモイカネは腕を組む。


「ざっとお嬢さんの力を計測したが、ここでひとつ疑問が生まれる」

「といいますと?」

「うん、君はつい先日体を壊したと言っていたね。

 かもの見当によると、それは急激な神力(じんりょく)に充てられた副作用だという」


 指摘されたかもは頷いた。

 だがね、とオモイカネは切り返す。


「お嬢さんの体質と耐性もついでにはかったのだが、別段体を壊すほどの負担ではなかったようなんだ」

「何だって……?」


 普段軽快なかもの声が、一段と低くなる。


「呪詛をほどいて新たに入手した力って、蟇目と大的だろう? 

 多少弓をかじっている者であれば使える初歩の術だぞ、それらは。

 梓譲の値は平均のやや上なんだぜ? 

 そんな数値を叩きだしてる女の子が、いくら運動ができないからって、大的を使っただけでぶっ倒れるなんてどう考えても不思議には思わんかね」


 オモイカネの淡々とした物言いに、梓は言葉を失う。

 最初に使った蟇目という術は、軽快な音を立てて矢を射た。


 次の大的という術は、梓が一本の矢を射ると、周囲で待機していた矢も放たれるものだ。

 この二つの術をよくわかっていない梓は、オモイカネからそのように説明してもらう。


 そしてこの術は、梓ほどの力であれば負担はかからないものなのだと。


「では、わたしが倒れたのは……」

「可能性として一番高いのは、君を狙う黒幕とやらの仕業ってところだろうね。君に随分ご執心のようだから」

「でも、どうしてそんなことをしたんでしょうか。

 わたしを連れ去りたいなら、倒れているうちに連れ去ってしまえばよかったのに、具合を悪くさせるだけで何もしないなんて」

「俺もそこは奇妙だと思ったんだよ。絶好の機会を与えられたのに、逃してしまうだなんて」


 オモイカネが頬杖をついた。


「まあ、相手も考えあってのことなんだろうけど、その目的を読み解くにはまだ情報が足りない。

 ところでさ、倒れた時に何か気づいたことはなかったかい? 思い出せる範囲で構わない」

「うーん……。あ、夢を見たような」

「どんな夢?」

「どんな……」


 梓はその夢を思い出そうとする。

 見ている間や目を覚ました直後ははっきりと覚えているのに、時間が経てば経つほどそれらは霧散していってしまう。


「……ごめんなさい、覚えていません」

「いやいや、気にすることじゃないさ。よっぽど強烈でもなけりゃ、夢なんていつまでたっても憶えていようはずもない。

 夢ってのはさ、その人の心の奥深くに住み着く感情や生き物が反映されるのだ。相手は梓譲の深層心理を知りたくて夢を見させるようぶっ倒したのかも知れない。断言はできないがね」

「そうですか……」

「うむ。……ああ、もうこんな時間か。これ以上引き止めるのは野暮だな。

 もう少し話をして終わりにしよう」


 オモイカネはどてらの袖から懐中時計を取り出した。

 梓もつられて鞄から携帯を取り出すが、なぜか電源が入らない。

 オモイカネが言うには、この空間では携帯電話が使えないらしかった。


「さて、俺を頼って来てくれたのはありがたいことだけどね。俺が力を貸せるのはこれくらいだ。

 また新しい情報を見つけたらいつでも来るといい。その時は情報をもとに、また一つ助言をあげよう」

「いいんですか……? わたし、視える側とはいっても、こんなにひいきされちゃっては、オモイカネさんも、偉い神様に睨まれたりしませんか?」

「大丈夫。のらりくらりかわすのは得意なんだ。心配してくれてありがとうね。

 

 ……さて、俺から助言をしよう。君の力は人並み以上だから、かもの呪詛は引き続きほどいてしまって構わないということだ。

 ほかに頼れる神はいないし、身近に力を持つ者がいない以上、君の身を守る砦はかもしかいないからね。

 呪詛をかけた偉い神様には、俺からさり気なく言っておこう。

 

 ただし、俺は直接君らに関わることはできない。あくまで助言にとどめるしかないが、そこは勘弁してもらいたい」

「いえ、充分です。こんなに色々お話して貰えて、助かりました」

「そう言ってもらえると嬉しい。


 あ、そうそう、もう一つ」


 オモイカネが立ち上がる。

 小さな手が、戸にかかった。


「かもの本名は俺の口からは言えない。本名は知ってるが、絶対に言うなと厳命されているんでね。偉い神様に。

 何より、かも自身が他人の口から言われるのを嫌がってる。呪詛がすべてほどけたときに、かも本人から聞きなさい」

「は、い……? そうなんですか、かもさん?」


 あしもとの柴犬は頷いた。


「自分の名前を相手に明かされるなんてなぁ、矜持の問題よ」

「そ、そうなんですか」

「別にいいんだけどね、俺はそれでも。そこまで名前にこだわるのはかもくらいだよ」

「お前は呪詛かかってないから言えるんだよ。

 わかるか? 自分の名前も言い切れない呪詛かかってるとすげえ間抜けなんだぞ。

 なんだよかもって。本当はもっといかつい名前なのに!」

「別にいかつくねーだろ。ほれ行った行った。

 ああお嬢さん、出口まで案内しよう」


 オモイカネが戸を開けた。


 開いたそこには、オレンジの明かりが規則的に並んで道を照らしてる。

 紙袋を抱えたオモイカネがゆっくり歩き、梓はかもと一緒にそれに続く。

 薄暗い道なのに空気は暖かい。


「俺が思うに」


 オモイカネがふと話す。


「お嬢さんはおとり役の力と一緒に、糸をほどく力も持っているんじゃないかと思うのだ」

「糸? かもさんの呪詛のような?」

「そう。呪詛にもいろいろあるが、糸や縄みたいに紐状のもので縛りつけるってのはよくあるんだよ。

 縛りつけるのが簡単だし、呪詛をかけた者にとっては解呪も簡単だから根づいたんだろう」

「解呪が簡単ってどういうことですか?」

「縛る呪詛は基本的に糸で絡めとるんだ。絡ませた本人なら、ほどくのもたやすい。

 自分がどのようにして縛ったかわかってるからね。


 逆にこれを他人がほどくとなると面倒になる。

 絡まった糸をほどくのは誰にだってできることじゃない。

 悪意的にきつく結んだりわざとがんじがらめにしたり、第三者には簡単に解かれないよう工夫が施される。


 自分にとっては簡単で、他者にとっては面倒というのが、糸を用いた呪詛だろうね」


 それでさ、とオモイカネは続ける。


「その中でもかもにくっついてる呪詛は極めて面倒なんだ。ちょっと診てみたけど、呪詛はざっとみで百はある。

 しかも糸ひとつひとつが細い。毛糸くらいしかない。きつく結ばれている。

 いくつかは簡単にほどける呪詛だけど、ほとんどは誰もが挫折するよう複雑に組み込まれているんだな、それらが」


「神様でもほどくのは難しいんですか?」


「難しいね。俺だってたくさんほどいてやろうと思ったけど、簡単な一本しか取れなかった」


 そういうとオモイカネは指先でつまんだ白い糸をひらひら見せる。

 かもの糸だった。糸は白く輝いている。


「これも偶然解けた産物だからね。かもの呪詛はもうお嬢さんにまかせた」

「ま、任されました」

「うむ、安心した。

 ……ああ、着いた。ここを辿って真っ直ぐ歩けば、自ずとさっきの神社に戻れるよ」


 オモイカネが立ち止まり、梓を手招きする。


 目の前は相変わらず薄暗い。

 だがその先にはわずかに光がうかがえる。


「わあ……」


 その光がまばゆく、暗がりを美しく照らしている。梓は感嘆の声を漏らした。


「あっ、オモイカネさん! 一つ、いいですか?」


 梓は振り向いた。オモイカネが首をかしげる。


「うん、何だい」

「わたし、呪詛をほどくと言っても、そんな大したことしてないです。

 ただ、絡まってる結び目をちょっとほどいてるだけで……。

 でもそれで、これからのかもさんの呪詛、全部解いていいんでしょうか? 

 わたしが不用意にほどき方を間違えたら、かもさんに何かかかるんじゃ……」

「心配するのか、優しい娘さんだ。


 安心しろ、その呪詛はほどく過程に大して意味を見出さない。

 結果としてほどければいいだけのものだから、お嬢さんの好きにほどいていい。


 ただ鋏や刃物は使うなよ。糸ってのは切った後が怖いからな。

 ま、呪詛をかけた本人のことだ、刀でも断ち切れないよう細工はしてるだろうけどさ」

「じゃあ……普通に指でほどいていいんですね?」

「それが一番さ」


 さあ、まっすぐ行きな、とオモイカネが梓の背中を押す。

 ふらっとよろめいて、梓は足を踏ん張った。

 前を向きなおすと、ぼんやりともる光が視えた。


「あのっ、オモイカネさん」

「何だい」

「今日は、ありがとうございました。

 今はまだごたごたしてますけど、落ち着いたら、またちゃんとお参りに来ますから……!」


 梓は深くオモイカネに礼をする。

 一瞬だけぽかんと口を開け、オモイカネは誤魔化すように干し芋をかじった。


「別に、なんてことはない。気が向いたらいつでもおいで。

 そしてできれば次は干し杏子を所望する」

「ちゃっかり好物注文すんなや」

「えっと……うちの近所に売ってましたっけ……」

「梓も真面目に取り合わなくていいからな! こいつにはべっちゃべちゃの糠漬けで充分!」

「そういうお前には布団と称したボロ雑巾寄越すぞ。

 ったく、何であんたが口をはさむとこうも調子狂うかね……。

 お嬢さん、行きな。そろそろ日も暮れるし、妖怪の動きが活発になる。寄り道しないで真っ直ぐお帰り」

「は、はい……。お、お邪魔しました」


 日が暮れて夜がやって来る時間帯は、妖怪がこぞって動き出す。

 良い妖怪も悪い妖怪も、夜が来る、とざわめき立つのだ。


 終わらない会話を中断して、梓は前を向いて歩いていく。

 十歩進むと、神社の手水舎の前に立っていた。


 涼しい風がまた吹いた。空を見上げると紅に染まっている。

 鞄から携帯を取り出して時刻を見ると、もう夕方になっていた。


 かもはキーホルダーに変化し、梓の鞄に飾られる。

 帰りの電車も人混みはなく、それどころかやっぱり梓の車両には人がいなかった。


「ふいー。アタマの堅い神は面倒だねぇ」


 キーホルダーに一時的に変化しているかもがふてくされる。

「そうでしょうか。とても楽しい神様でしたよ」

「梓まで!? まあ、あいつの知識とか知恵には何度も助けられたけど……」

「そうですよ。だってかもさんが紹介してくれた神様ですから! 悪い方じゃないのはすぐにわかります」

「む、そ、そうか……? ふはは、そうだな! かも様の知り合いたる神だものな! 

 多少ヘンでも、根っこが腐ってるわけがないからな!

 梓はわかっている、さすがだ梓」


 おだてられていい気分になったか、かもはまんざらでもなさそうに梓を褒める。


「よーし帰ったら飯だな! そしてその後は呪詛をほどいてもらうか」

「はい、ご飯も糸もお任せ下さい」


 帰りの電車内で、梓はしっかりと答えた。


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