本屋で必要なスキルは重力操作です
自分も書いてて楽しめるものを。と思いこの作品ができました。僕もこんな世界で生活したいな(笑)
第一冊
本屋のお仕事@異世界
本屋の仕事は、ある種、芸術のようなものだと思う。だってそうだろう?お客さんが欲する本へと容易にたどり着けるような機能的な棚割りの作成、そして、日々移り変わる本の流行を読み、ニーズにこたえようとする姿。そして、店舗に並ぶ古今東西のありとあらゆる本を熟知するその知識。これを芸術と呼ばずに何と呼べばよいのだろうか。
「うるさいよー。ソウイチくーん。てきぱき仕事しちゃってー。」
む。怒られてしまった。僕を怒ったのは書店『アル=ヒクマ』の看板娘のネルちゃんだ。この僕、本部宗一にとっては命の恩人である。
「あいよー。こっちはもう終わりそうー。そっちはー?」
「さぼってたわけじゃないのねー。関心関心。こっちももうすぐ終わりそうだから片付き次第、マスターに報告してお昼にしちゃいましょう。」
今日、入荷した本の発着が遅れていたため、お昼になるかならないかっていう時間まで作業をする羽目になってしまった。最後の数冊を所定の場所に配置すると、隣の棚で作業していたネルちゃんに声をかけて二人で店の奥にいるマスターの下へ向かった。
「二人とも、お疲れさま。時間も時間だし、お昼にしようか。」
低くよく通る声で僕らを労ってくれたのはマスター。その呼び名の通り、僕が勤務している書店『アル=ヒクマ』の店長をしている。
「ソウイチ君は店には慣れたかい?」
「はい。マスターも、常連さんも、それにネルちゃんもよくしてくれるので、なんとか。本も、うちのものならすべて完璧に記憶しています。」
「私だって、この店では先輩なんですからねー。もっと頼ってくれてもいいんですよー。」
マスターがお昼ご飯に作ってくれたサンドイッチを頬張りながら他愛もない雑談を続ける。
「あ、ネルちゃん、お水もらっていい?」
「はい、どうぞー。」
えいっ。というかわいらしい掛け声と共に僕のコップに水が注がれる。最初、この光景を見た時、腰を抜かさんばかり驚いたのは記憶に新しい。
そう。この世界では魔法が存在する。僕がこの世界に来た経緯は簡単だ。一か月ほど前、大学の帰りに通り魔かなんかに襲われて死んだと思ったら気付けばこの『アッスーバ』と呼ばれる大陸にいたのだ。突然のことでパニックになっていた僕に手を差し伸べてくれたのがネルちゃんとマスター。この二人に感謝の気持ちを伝えようと思ったらきっと、四書大全をも超える分量になるだろう。
「また、意識がどこかに飛んでいますね。君の悪い癖です。」
マスターが紅茶をすすりながら僕に指摘する。
すみません。と、軽く謝罪をしながらお昼ご飯を平らげる。お昼ご飯を食べ終え、洗い物を店の奥の流し場に置いたところで店のベルが鳴った。ご来客だ。
「すみませーん。今日、発売する『月刊プリ―スト』ってどこにありますか?」
お客さんの探している本を見つけ、案内していると、続けて店のベルが鳴った。今日も忙しくなりそうだ。
陽も落ち始め、最後に残っていたお客さんも帰ったところでマスターが、店じまいをするように僕に声をかけてきた。さすがにもう慣れたものなのでテキパキと店じまいの準備をしていると、少し離れたところで何かが破裂する音がした。続いて、男の怒声が響き渡る。
「ふざけんな!俺だって、好きで盗みなんかしてるわけじゃねぇ!だけどよぉ!俺に与えられた能力がろくでもねぇから盗みをするしかねぇんじゃねぇか!」
どうやら、ならず者が警邏隊に追い詰められているようだ。男の話で大体の話は分かった。前にマスターから聞いたのだが、この世界では12歳の誕生日を迎えると、とある儀式のようなものを行うらしい。その儀式ではその子供が本当に望むものに適した能力を一つだけ与えてくれるらしい。例えば、ネルちゃんなら“大気中の水を自在に操る能力。”この能力は例外なく一人一つしか発現せず、能力の変更もできないらしい。つまり、この男はその儀式で得られた能力が生活に活かせないものだったということなのだろう。
「確かによぉ!俺はあの儀式のとき、下らねぇことを考えちまった!でも、仕方ねぇだろ!腹が痛いのなんざどうしようもねぇじゃねえか!なんなんだよ!“便意を一瞬だけなくす能力”って!クソみてぇなときにしか役に立たねぇじゃねえか!」
微妙にうまいことを言うな。と僕は感心しつつ、男と警邏隊に目をやった。男の能力を聞く限り、警邏隊がなにかしらの能力で男を取り押さえて終わりだろう。と思い、店に被害がなければいいな。と現代人らしい思考をしながら店じまいに戻る。すると、また何かが破裂する音が聞こえた。警邏隊の誰かの能力なのかと思い再び騒ぎに目を向けると、どうやら違うらしい。男がどこから手に入れたのか分からないが、魔法具、簡単に言うと魔法を詰めた道具のようなものを手にしている。その特性上、そんなに安いものではないのだが、男がどこかから盗み出したのであろう。その魔法具があるせいで警邏隊もそう簡単に男を確保できないようだ。これは長引きそうだな。と思い警邏隊に無言のエールと犯人の男に少しだけ同情の念を投げかけながら、今度こそ店じまいに戻ろうとする。しかし、二度あることは三度ある。僕はまたしても騒動に目を向けなければならなくなった。
「あちゃー。やっちゃったよー。ソウイチ君、助けてー。」
ネルちゃんが本の紹介用ポップが風で飛んでいったのを追いかけて、犯人の男に捕えられてしまったのだ。いや、割と真面目に漫画やアニメじゃないんだからこんなお約束な展開は辞めてほしいと心から願うものの、現実は無常である。ネルちゃんを人質に男は警邏隊を脅す。
(いや、ネルちゃん…君、その気になれば余裕でどうにかできるでしょ。)
そう。ネルちゃんの能力は絶大だ。その気になれば一時的にとはいえ、天候すら支配することができる。ちょっと能力を使えばいくらでも対応できるはずだ。
僕がげんなりした顔でネルちゃんを見ているとネルちゃんも僕の考えに気付いたのか、僕に能力を使って地面にメッセージを書いた。
“実は、今日はもう能力一回しか使えないからここで使いたくないんだよねー。お風呂掃除に使いたいから残しておきたいの!!”
いや、最後の一回使っちゃってるじゃん。僕がげんなりした顔を再びネルちゃんに送るとネルちゃんも自分の失敗に気付いたようで照れくさそうにウインクしてきた。
(ちくしょう…可愛いじゃないか。)
そう。ネルちゃんほどの能力になると、その反動も大きい。ネルちゃんの場合は一日におよそ30回ほどしか能力を使えない。まぁ、能力の絶大さを考えたらそれでも多すぎる程なのだが...。
仕方ない。警邏隊の人の能力は分からないが、これまでの経過を見るにすぐに対処はしてくれそうもない。それに、正直、僕自身珍しく頭に血が上っている。事情はどうであれ、ネルちゃんは僕の命の恩人だ。その彼女を危険な目に会わせている犯人と、僕自身に怒りがこみあげてくる。僕は怒りを静めながら、やりすぎに注意しつつ男とネルちゃんに意識を向ける。
次の瞬間、男は地べたに這いつくばり、ネルちゃんは宙を舞いながら僕の隣に着地する。一瞬、状況についていけずに呆けていた警邏隊が彼を取り押さえる。
「ソウイチくん、ありがとねー。いやー、助かったよー。」
ネルちゃんがにこやかに僕に感謝の言葉を投げかける。照れてしどろもどろになりながらもそれに返事をすると警邏隊の人がこちらにやってきた。
「ご協力、感謝いたします。失礼ですが、今のは、あなたが…?」
「あー、はい。一応、僕がやりました。こちらこそ、身内が状況をややこしくしてしまい、すみませんでした。」
警邏隊の人は声を聞く限り、やはり女性のようだ。警邏隊の人が続ける。
「今のは、いったいどんな能力なのですか?」
「僕の能力は“重力制御”ですね。犯人にかかる重力を増加させて、逆にネルちゃんの重力を軽減しました。」
「それは、ものすごい能力ですね...。男でもそのような能力が発現することがあるのですね...。あっ、失礼いたしました。それでは、私どもはこれで。本当にありがとうございました。」
そう言って、警邏隊の人はその場を後にした。
「いやぁ、すごかったね。なんか、色々と。人質になるのって私初めてだから緊張しちゃった。」
「そうだね。っていうか、なんか突っ込みどころ多すぎて、僕も疲れたよ...。」
さっきまでの警邏隊の人の話でも分かる通り、この世界では女性の方が色々な意味で強い。というのも、さっきの犯人もそうだが12歳の男の子なんて基本、アホだ。だから、発言する能力は結構な確率でしょぼくなる。僕の店に来る常連さんでも、例えば雑誌の袋綴じの中を見透かせる能力であったりとか、本のイラストで描かれている人物などを立体ホログラムのようなもので目の前に投射する能力など、儀式のときに何を願っていたのかがすぐにわかってしまうような丸わかりな人ばかりだ。それに対し、12歳でも女の子は結構大人びているため、まともな能力の持ち主が多い。例えば、人の感情が色で分かる能力や、一瞬だけ身体強化ができる能力など、漫画などでよく見るような能力の持ち主が非常に多い。そういったこともあってこの世界では女性が強い。
「そろそろ店をしめないといい加減、マスターに怒られちゃいそうだから、早く作業にもどろっ!」
ネルちゃんの声ではっと気づく。しまった。騒動に巻き込まれたせいで作業が全く進んでいない。マスターは基本的に優しいのだが、人として大切にすべきこと、例えば時間を守るとか、仕事をさぼらない。とか、そういったことには非常に厳しいのだ。怒ったマスターは非常に怖いため、僕もあわてて作業に戻る。
「そうですか。今日は災難でしたね。ゆっくり休んでください。」
夕食を食べながらマスターに今日の騒動を報告する。ちなみに、ネルちゃんは自分の家に戻っている。僕は身寄りもないため、店の二階の部屋を一つ間借りさせてもらっている。なので、夕食は基本的にマスターと食べることになる。
「しかし、君の能力は制限もないのに効果は絶大。本屋で働いているのが本当に不思議ですね。」
マスターの疑念ももっともだ。僕の能力はネルちゃんや、他の人のもののように回数制限というものがない。そのくせ、能力は絶大である。これでもしも僕が野心のある人物だったら、実は結構すごいことになっていたんじゃないだろうか。
「あー。確かに。でも、この能力って本屋で働くには最高じゃないですか?本の配置換えとか、その気になれば埃とかも掃除できますし。」
「きっと、君に欲がなかったからそのような能力が授けられたのでしょうね。」
マスターは食後の紅茶を持ちに席を立った。僕も明日に備えてそろそろ眠ることにしよう。
異世界でも本屋に求められる仕事は変わらない。多くの本を扱う仕事は本が大好きな僕にとっては天職だ。元の世界に未練がないと言ったらうそになるけども、それでも新しい世界でも本に携われているのだから文句はない。
「ちょっと、そこの店員さん、オイルをめちゃくちゃ使う料理人の出した本ってどこにあります?」
「あ、あの本ですね?イケメン料理人の。タイトル今、調べるので少しお待ちください。」
本のタイトルを調べてお客さんに渡して代金を受け取る。背の高い本棚にある本をとれない子供には能力を使って本を渡してあげる。元の世界での日常と、ここでの日常が入り混じった空間で僕は今日も生きていく。
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