不明な点、難解にて答え
「全くもって理解し難い。キミには分かるかね」
そう言いながら投げ渡されたのは少しくたびれた一冊のノート。
題字もなく、開くと目に飛び込んで来たのはびっしりと書き連ねてある縦書きの文字。
数行を読むに、どうやら小説のような物語めいた文章のようだった。
今時ワープロすら過去の遺物だというのに、こんな文を書く人間なんて居たか、と少し思い巡らせるも、直ぐにこれ自体が古いノートだろうと投げて寄越した当人を見やる。
「友人の物書きがとても良い作品が出来たってうちに持ち込んだんだよ」
「ああ、なるほど」
元から物書きなら紙にこだわる人も居なくはない。
一つ疑問は解けたが、今度は編集長の最初の言葉が引っかかった。
「理解し難い?」
「ああ、到底分からん。何度読んでも分からん」
そもそもうちは推理や謎めいた謎---所謂未確認飛行物体の特集などを組む、『オカルトチック本格ファンタジー推理月刊誌』だ。手は広くアニメ(某少年探偵など)や漫画(推理バトルアクション)を扱うなど、どちらかといえば若者向けの雑誌である。
「持ち込んだ彼だが、元々は現代文学とか歴史小説とか専門でね。今回初めてミステリーに挑戦したと聞いたんだが」
「何か問題が?」
編集長は推理に無理があるとでも思ったんだろうか。
しかし、えてしてミステリー小説では不可能トリックが正答なことは多い。どんな筋肉マッチョ野郎(女性)なんだとか機械以上に精密機器な犯人とか。それは疑問にするだけ野暮である。
ということはそもそも破綻したトリック?宇宙人の仕業とか自然現象(もはや事故)が犯人とか?でもそういうオカルトはうちの雑誌はウェルカムである。最悪うちでなら犯人が瞬間移動しようが分裂しようが出来のいい(笑える)小説なら扱える。
「落ち着いて聞いてくれ」
「は、はぁ」
「……この小説」
「……」
「……この小説は」
そこで思い当たる。
「犯人がいない?」
「いや、犯人は分かる。途中独白が入るからな」
「全員が犯人?」
「それも違う」
「そして誰もいなくなった?」
「有名なオマージュではない」
首をひねって考える。
あと思いつくとすればなんだろうか。
「人が死なない?」
「惜しい、実に惜しい。方向としては近いが」
「事故だった?」
「遠い、遠くなったぞ」
そこではたと何故推理ゲームする必要があるのかと自問自答。
「それで編集長、答えはなんですか」
存外にして返答はあっさり帰ってくる。
「……事件が起きない」
何か致命的な言葉が聞こえた気がする。
タブン気のせいだろう。
「すいませんもう一度」
「事件が起きない」
「うーん、耳遠くなったかなぁ」
「事件起きない」
「耳掃除しないとね」
「事件起きない!何も起きない!!」
「んなアホな」
殺人事件が起きないミステリーは数多く存在する。
だが、そこには何か謎を起因とする事件があり、答えがあり、解決がある。
事件なくして解決はなく、謎を解く主人公もいない。
ミステリーにおいて事件が起きないことはありえない。
「でも犯人はいるって」
「犯人はいるぞ。自白して逮捕されるシーンがあるからな」
「被害者はいるんですか」
「これは私が出した結論、という奴なんだがね」
茶目っ気ある憎めない笑み(当人談)を壮絶に浮かべながら編集長は言う。
「後半から出てこない登場人物の中に被害者がいるのは間違いない」
「あの、自信満々で言われるとこ恐縮ですが意味がわからないです、はい」
「恐らくは行間で事件が発生、誰かが死んで、以後出れなくなった。いい線、というより答えだろうこれは」
「行間殺人はまだしも行間ミステリー?新ジャンルすぎて無理ですよ!」
行間で人が死ぬ、というのはありうる。
例えば戦国小説のような多くの死者が出る話。
主人公が斬りあっている間にも人はバタバタ死んでいる。
なら行間ミステリーはどうだろうか。
例えば極端な話、絵本の『100万回生きたねこ』はどうだろう。
100万人と関わっているのだからその間に何かミステリーじみた謎を追う出来事が起きていないとは言えない。
それを誰かが主張したとすると、果たして否定できるだろうか。
そんな私の苦悩を読み取ったのだろうか、編集長はにやりと笑う。
「甘い、甘いぞ、ほろにがビターには程遠い」
「なんかキモいです編集長」
「ミステリーというからには行間ミステリーであろうと推測にあたう出来事は当然にして散りばめられておる。例えば脈絡もなく突然新調されたカーペットとか、何かミステリーっぽい何かが移動したり消滅するとかだな」
「無視ですか」
何かってなんだろうとか思ってしまうのは仕方あるまい。
これはいわば普通のミステリーでいう手掛かりという奴か。小説的には叙述トリック。行間ミステリーを認めにくいのは変わらないが、確かに最悪でもこれは守って貰わなければなるまい。
「ちなみにであるが、ね」
「はい」
何故か編集長の次の台詞は予想できる気がする。
「そんな描写は見受けられなかった」
「でしょうね」
「なにもなかった」
「ほえー、そうですか」
「なんだキミぃ!その軽い反応は!馬鹿にしているのかね!」
すぐにはわかりにくい、或いは自然な表現として受け取るから叙述トリックは成立する。それを物書きがうまく表現し編集長が気付かなかったのなら小説としては成功していることになる。
だが、そもそも行間でミステリーするという考えはそもそも間違っている気がしてならない。
「行間ミステリーには同意しかねますが、もしもこの小説が実際には事件が発生しているとすれば、後半から姿を見せなくなった人物が被害者の可能性はある。それは認めましょう」
一見被害者が分からないなら主人公の知る範囲外で被害者が存在したというのはスリ変わりや時間トリックで良く用いられる。
死者が暗躍し他の殺人事件を巻き起こしたりだとか、さもまだ生きていたように見せかけ、犯人がアリバイを得るなどである。
ただし、その場で知らないだけで解決時には実際には死んでいたなどと判明しているのが普通なのだが、まぁこの際置いておこう。
「確認しておきたいのですが」
「なんだ、神妙な顔して」
これを口にするのは憚れたが、そういう訳にもいくまい。
心を鬼にして、その禁忌の言葉を告げる。
「これ、ミステリーじゃないのでは?」
数秒の間。
編集長の表情は変わらない。果たしてその心持はいかなるものか。
「もう一度言いたまえ」
「ミステリーじゃない」
即答に対して、ゆっくりと咀嚼するように首を傾げた後、編集長は変わらず言った。
「ンー?聞こえんなぁ?」
「コレ、ミステリ、チガウ」
「ああ、安心してくれ、間違いなくミステリーだ」
まさかの反論に衝撃を受ける。
「そんなバカな、まだ読んでいないですが、話を聞く限りミステリーの体をなしていません!」
「断言しよう。これはミステリーだ」
まさか編集長はミステリーあらざるものをミステリーとして世に送り出すつもりなのでは?
その考えに至り、膝から力が抜けるような虚無感に襲われる。
ミステリーがただの日常を描くだけの小説になってしまったら、人は誰も死なない、誰も傷つかない。そんなみんな誰もが日常を享受し毎日を暮らしてしまったら……。
あのサザエさんすら『ジャンル:ミステリー』なんてことに……。
「昨日の晩のことだ」
真面目な顔で編集長は語る。
「自分もこれはミステリーじゃないんじゃないかってな、書いた当人に聞こうと家を訪ねた」
「……」
「だがそこには奥さんしかいなかった」
「……」
「夫は出ていきました、ミステリー?ああ、間違いなくミステリーですよね、ふふふ」
「……え」
「そう言われた」
編集長の顔を二度見する。
それはもはやミステリーではなくサスペンスなのではないか?
「携帯も不通。これはもしかしたら行方不明なのではないか……」
「け、警察は動いているんですか?大事じゃないですか」
「だが、そこで気づいたのだ」
言葉を確かめるように、そして頷く。
「奥さんは『ミステリー』であると認めた。そしてノートの存在も認めた。これは、いわゆる謎掛けの一つとしての出来事なのではないか」
「それはないですよ、編集長!自分の書籍のために事件を演出する小説家なんていません!」
「芸術家は大成のために必要とする現実というものもあるのだ!よく考えたまえ、彼がこのノートを残して姿をくらましたのは事実!ということはノートに何らかの理由があるのは客観的にも必然だ!」
それではまるで演劇である。
馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、この話から考えを巡らすうちに思いもよらない可能性に行きついてしまう。
「……事件が現実で起きた一方で小説では犯人の決着まで描かれてる?小説の犯人にあたる人が現実でも犯人という示唆をした、まさかノンフィクション小説?」
だが編集長は首を大きく振る。
「まだ甘いようだな。その可能性に気づいた点は流石我が編集部というべきだが、この小説は現実の鏡ではない。彼の周りでこの小説のような人物たちは存在しないし、追いつめられる犯人もいない。フィクションだ」
「余計に意味が分かりませんよ!何が言いたいのかさっぱり!?」
編集長自体こめかみを抑え、思考を巡らせている様子である。
落ち着けとばかりに手を上下させると、続ける。
「つまり、思うにだ、フィクションの犯人が現実で事件を起こすという逆発想、ではないか。いや、かもしれん。流石に自分でもここまでくると自信はない」
「不存在の犯人がどうやって犯罪を実行するんですか!オカルトで済む話じゃない!」
「だから最初に言ったではないか!全く理解できないと!小説をくったくたになるまで読み込んでも分からなかったんだ!」
ノートがくたびれていたのはこれが理由だったらしい。
推理が深読みしすぎてもはや答えすら分からない、というよりは何を答えとして導くのかというような段階の思考に陥っている気がする。
「新しいではないか!犯人は小説にいる!」
「電波すぎて読者ついてこれるんですかね……」
ノートをびし、と指さすと、厳かに告げる。
「これはこの文章だけで完成した小説ではない」
続けて編集のデスクを指さす。
「『編集部で解けない謎!読者に解答求む!』この企画はこれで行こう!」
「……解答できるのかな……」
※※※
結局、この小説はミステリーとして連載掲載された。
おまけとして編集部解説付き。編集長のとんぴな解説を主として、他のデスクの推理や考察が混ぜられ、月ごとに読者から送られてくる推理も合わさり、とんでもないことになった。
後から小説を読んだ身として感想を言わせてもらうが、いうなれば日常回しかない推理物である。
確かにミステリーという前提だからこそわかったのだが、うんちく話や登場人物の複雑な関係、お金が絡む問題、親族争いなどが淡々と描かれている。確かにミステリーの一場面としてはありがちなことが多かった。多かったが、ミステリーだという思い込みないまま読んだとすれば、どういった感想を抱いたのだろうか。
犯人の独白にしても、為した罪を告白し(ただし具体言及がなく『なんてことをしてしまったんだ』というのに尽きる)、贖罪のために自首するという内容。
私の推理としては『ミステリーというジャンル付けによって意味深な表現に深みを持たせるため』というものであった。他の編集からは推理に対して後ろ向きな邪道推理と揶揄されてしまったが。
結局推理は纏まることなく混沌を極めた。
オカルト説、犯人は別の登場人物説、小説家の妻シンクロ説(何故か人気だった)、編集部の陰謀説など挙げればきりがないほどである。
結局、以下が誌面での最終結論として最も支持された推理である。
『被害者が存在しないのは、被害者が消滅したからだ。それは犯人が被害者を社会的に抹消し、小説内の記述すら消してしまったという小説的表現の一種である』
『つまり読者も実際には一度犯人の行動や動機、そして実行に至るまでを読んでいるが、犯人が犯罪に着手したために被害者が存在したことを失念し、この小説の難解さに立ち向かう事態になっているのだ』
『真実を知りたいなら小説本編を読むといい、そこに答えが記されている』
※※※
後日、編集部に小説家から解答が寄せられた。
その解答については……何も言うまい。
更に次の日、編集長が変わった。
それでこの事件は終わりである。
カッコ書きが多すぎる、反省します。