九十八話 ふとした出会い
高速馬車に揺られてたどり着いたのは、高速移動でも魚介類の鮮度が保てるギリギリの距離にある、大きな町だった。
ヒューヴィレの町から港町のサーペイアルまでいくとき、馬車の乗り換えで前に一度来た事がある。
通り過ぎるだけだったので、名前とか詳しいことを、俺はよく知らない。
でもたしか、ヒューヴィレの町のように、この周囲の流通の拠点になっている町だったはず。
そんな事を思い出しながら、俺は高速馬車の荷台から飛び降りると、中の魚介類が詰まった箱を下ろす手伝いをした。
「これでお別れとは寂しい限りですが、またお会いできたら良いですね、バルティニーさん」
「じゃあな、浮島釣り。同じ冒険者として、お前さんの将来に期待しているぜ!」
「はい。皆さんも、お元気で」
御者の人や護衛の人たちと握手を交わして、俺は別れた。
さて、これからどうしようかな。
防具はできたんだから、ここから一番近い魔の森に挑んで、成長した体を動かすことに慣れようか。
それとも、お金はたんまりあるんだし、流通拠点のこの町に少し滞在して、魚鱗の布みたいな有用な道具の話を仕入れてみようか。
色々と予定を思い描きながら、とりあえずは冒険者組合にいこうかなと歩き出す。
周囲を観察してみると、この町はとても景気が良さそうに見えた。
見かけた路上市場には野菜から肉から魚介類、果ては家畜らしき動物まで、色々な物が売られている。
そこに詰め掛けた人たちは、値段交渉をしているようではあるけど、山と品物を買ってまた別の場所へと向かう。
生鮮食品だけじゃなく、武器や防具を扱う店も、露店や店舗の区別なく、とても繁盛している。
そんな武器露店のいくつかに、前に見かけた武器が売られていた。
「さあさあ、鉄皮の武器はいらんかねー! 石に薄い鉄を巻いただけと侮るなかれ! 下手っぴが作った鉄剣よりか、うちの武器は優秀だよ!!」
「武器での打ち合いには不向きだが、木製の物よりかは護身用具として十分な性能があるよ! そして、安いよ、安い!!」
それは、ヒューヴィレの路地裏でオレイショたちと見かけた、武器状に形を整えた石に鉄を覆って作る、あの武器だった。
どうやら、俺がサーペイアルで一冬を越している間に、この離れた町まで販売路を伸ばしている上に、れっきとした武器として認知されるようになっていたらしい。
港町で暮らしたことも含めて、少しだけ浦島太郎な気分になる。
さてさて、そんな武器を扱っている店にいく客は、もちろん冒険者たちが多い。
誰もが真剣な顔で、値段と武器を見比べている。
年季が入った人に連れられて、若い人が鉄皮武器を選んでいる姿もある。
一年前の俺のように、冒険者組合の主導で熟練者と組まされているのかな?
懐かしい気分を抱いて見ていると、客の中に毛色が違う人がいることに気がついた。
それは、うきうきと短剣を見比べている、とある子供だった。
他にも子供の姿はあるから、武器を見ていることは変じゃない。
けど、ごく普通の町人服を着ていけど、その子の立ち振舞いには、なんとなく品が感じられた。
もっといえば、教師に矯正されながら身につけた動きを、出さないように頑張っているように見えたんだ。
つまり、どことなく育ちが良さそうだった。
よくよく観察すると、その子を注意して見守っているような存在が、二人いる。
どちらも上半身に金属の鎧をつけた人で、少し離れた場所で串焼きや飲み物を手にしながら、その子の動向を気にしている。
ということは、お忍びで町人の振りをしている、いいところの子供なんだろうな、きっと。
俺がそうやって見ていることに感付かれたらしく、護衛っぽい人の片方が鋭い目を向けてくる。
変に誤解されてもしょうがないので、俺はこの場所から離れることにした。
けど、護衛の人が食べていたものが美味しそうだったので、なにか買って食べてから移動しようと決めた。
見かけた屋台で銅貨を数枚払い、肉の串焼きを受け取る。
味付けは塩のみという大雑把な感じだ。
けど、いくつか刺してある肉の塊は、それぞれが違う種類の肉だったようで、肉の味の変化だけで飽きずに食べることができた。
なるほど、こういう串焼きもありだな。
食べ終わった空串を咥えながら、そんな感想を抱いていると、誰かが俺の隣に立ち止まった気配がした。
横に振り向き、視界の下に頭の形が見えたので、視線を下げる。
そこには、さっき武器の露店にいた子が、買ったらしき短剣を手に俺を見上げていた。
間近で見てみると、十歳になるかならないかの、幼い感じだ。
けど、男の子とも女の子ともいえない、綺麗に整った顔をしている。
今の格好や、短剣を買ったことから、たぶん男の子だろうとは思う。
そんな中性的な顔の子は、じっと俺を見上げ続けている。
「……俺に、なにかご用なのですか?」
ついついそう問いかけると、その子はうんうんと首を縦に何度も振る。
そして、緊張した面持ちで、口を開いた。
「あ、あの。先ほど食べていらした物の感想を、教えていただけませんでしょうか! 美味しいのであれば、僕も一本買って食べてみたいと考えているのですが!」
俺が丁寧語で喋りかけたからか、町人っぽくない口調での返答が返ってきた。
そしてその言葉遣いは、俺が習ったものよりさらに上品だ。
これはもう、荘園主とか大商会の子ではなく、もっと上流階級の子に違いない。
けど俺は、この子は単に串焼きの美味しさが知りたいだけだしって、気がついていないことにした。
でも、ぞんざいな言葉を使って対応するのも、大人げないかなって気になった。
「はい。塩を振ったのみの単純な味ですが、刺さっている一つ一つが別種の肉なようで、最後まで飽きずに食べることができますよ」
「そうなのですか。うーん、塩のみの味つけとは……」
どうしようかと悩みに悩んで、試しに買ってみる気になったようだ。
串焼きの代金は、上流階級の子っぽいけど、ちゃんと銅貨で払っていた。
銀貨や金貨が出てこなかったことに、俺はちょっとだけ変な安心をする。
その間に、その子は串焼きの肉にかぶりついていた。
「んー?! 美味しいです! 味は塩と肉と脂しかしませんが、不思議な美味しさがありますね。うーん、温かいからかな??」
最初の一個を食べて、二個目を食べる。
そして、三個目を食べようとしたところで、俺は思わずその子の腕を掴んで止めた。
「……えっ?」
その困惑と恐れを含んだ顔が見えたのか、少し離れた護衛らしき二人が、こちらに来ようとする気配を感じた。
過保護だなって思いながら、俺は掴んでいる手を動かして、串の向きを縦から横向きにしてあげた。
「縦に食べ続けていると、串の先が喉に刺さりますよ。二つ三つ食べたら、串を横向きにして、肉を引き抜くように食べると安全です」
「あっ、本当だ。大変助かりました、感謝いたします!」
俺に敵意がないと伝わったのか、子供はニコニコ笑顔になり、楽しげに串焼きを頬張りなおした。
護衛の人たちも危機はないと分かったのか、通行人の振りをして、俺たちの横を通り過ぎる。
そのとき、俺の行動を牽制するかのように、きつい視線を向けてきた。
つまりは、変にお節介せずに離れろってことか。
そういうことならって、この子が串焼きを食べ終わったのを見てから、立ち去ろうとした。
しかし、その子は歩く俺の後ろについてくる。
「……まだ、なにかご用があるのですか?」
足を止めて振り向くと、満面の笑顔を返された。
「はい。親切にして頂いたお方の名前をお聞きするのを、失念しておりました」
きっと親か教師から、人に何かをしてもらったら名を聞いておけと、言いつけられていたんだろう。
けどそれは、同じ上流階級の人に親切にしてもらったときの対処として、だと思うんだけどなぁ。
まあ、名前を教えるぐらいは良いか。
俺は旅の身なんだから、ここで別れたら二度と会うことはないだろうし。
「バルティニーです。格好から見て分かると思いますが、冒険者の端くれです」
「冒険者の方だったのですか!? もしかしてバルティニーさまは、この町にお住まいで、ご活躍されているのですか?」
「いえ。今朝に馬車で、この町にきたばかりですよ」
「そうなのですか。僕もつい一昨晩に、この町にきたばかりなのです」
この受け答えのなにが面白いのか、にこにこと笑っている。
なんだか変な子に捕まっちゃったなと、内心でとほほと思っていると、誰かがこっちにやってくる気配を捉えた。
数は二人より多い。あの護衛じゃなさそうだ。
狙いが俺だってことは、価値のある宝石を多数もっているけど、たぶんない。
きっと狙いはこの子なんだろうな。
そんな事を考えながら、道端にある一軒の家の前に、こっそりと移動していく。
そしてその家の玄関口に来たところで、七人の男たちに囲まれてしまった。
全員身なりが汚く、痩せぎすで、金に困ってそうな外見をしている。
しかし手には、金に困っているならそれを売れよ、って思える新品の短剣が握られていた。
危険そうな事態に、俺は子供を掴んで移動させ、家と俺の背の間に入れることにしたのだった。
 




