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九十七話 夢と別離

 早速、魚鱗の防具に攻撃魔法の水を纏わせて、具合を確かめてみた。

 すると、この防具の面白い特性がわかった。

 布には多少の通気性と、多くの魔力の透過性があった。

 なので、体から出した魔力を、この防具の外まで通した後なら、いままで通りに魔法が使える。

 だからやり方によっては、体と防具の隙間、そして防具の上に、二重に展開することも出来そうだ。

 二重に展開したところで、なんの意味もないかもしれないけどね。

 あと、この布は水が少し染みた後は、強い撥水性を発揮するのと、防刃性能が上がるみたいだ。

 実際にナイフの刃を当てて確かめたのだけど、乾いているときは刃でなぞったへこみが薄っすらつくけど、濡れているとそれすらもない。

 きっと水だけではなく、汗みたいな水分のある物を染みさせれば、防刃性能を上げることが出来るだろう。

 ということで、この防具の上に服や追加の防具をつけるのは、止めたほうがいいということになる。

 けど、海に入るときならまだしも、町中をタイツのような防具一枚で歩くのには抵抗があるんだよなぁ……。

 どうしようと悩みながら、フィシリスの家に戻った。

 

「ただいまー……って、いないや……」


 家の中には人の姿はなかった。

 きっと、フィシリスは海に素潜り漁にでも行っているんだろうな。

 そう思いかけて、夏に入って大物釣りの装置の修復が始まったことを思い出す。

 俺は家を出て、装置があった場所へ向かうことにした。

 崩れた崖の麓にある装置の周りには、多くの作業員が動き回っている。

 そして修復――というよりも、改造に近いことを装置に施していた。

 どんな風に変えているのかと見ると、多数の部品や新たなレバーを組み込んでいる。

 さらには、横倒しにされた細い塔みたいなものを、隣に建設していた。

 なにを作っているんだろうと見ていると、作業員の一人が近づいてきた。


「よお、『浮島釣り』のバルティニー。どう修復するか、気になって見にきたのか?」


 小島釣りとは、浮島のような大きなシャチクジラの魔物を釣ったからつけられた、俺の新しい二つ名だ。

 初めてこれを聞いたときは、なんで大きな魔物のことを浮島って言い換えただろうと、微妙な気持ちを抱いたっけ。

 だって文字面だと、小さな浮島に針を引っ掛けてしまった人って感じに見えるから、勇名というよりも蔑称っぽい気がしたんだよね。

 けど、この町の人たちにとっては、この名前は通りがよかったみたいだ。

 一冬の間で、瞬く間に俺の二つ名として定着してしまっていた。

 そんな事情はさておき、話しかけてきてくれた男性に、俺は色々と尋ねることにした。


「最初の目的は違ったんですが。でも、あの白い塔みたいなの、なんなんですか?」

「ああ、あれはあのデカイ魔物の背骨と長い筋で作る、馬鹿でかい釣竿だ。崩れた崖の代わりに、装置の鉄綱を送り出すために使う予定だ。しなりが出るからな、前よりか釣りやすくなるはずだ」


 背骨で作る釣竿になるんだなって、いまの状態では全くそうは見えない物を見て感心する。

 そんな俺に、作業員の男性が質問をしてきた。


「それで、もともとは、どうしてここにきたんだよ」

「フィシリスが家にいなかったから、修復作業を見ているんじゃないかなって思いまして」

「ああ、あの魚人の嬢ちゃんか。生憎だが、今日は見かけてないな」

「そうですか。ありがとうございました」


 男性に別れを告げて、俺は来た道を引き返すことにした。

 大物釣りの装置の近くにいないなら、海か、獲った物を換金しに冒険者組合に行っているんだろうと、当たりをつけたからだ。

 そうして歩いていると、フィシリスの家の前を少し通り過ぎたところで、ばったりとフィシリスに出くわした。


「よおさ、バルティ二ー。作った一級品の魚鱗の防具を見せびらかすために、散歩中ってわけかい?」


 笑顔で言ってくる彼女の腕には、大きな麻袋があった。

 なにを買ったんだろうと思いながらも、さっきの質問に違う違うと身振りを返す。


「フィシリスを探していたんだよ。家にいると思ったのに、いなかったからさ」

「そうなのかい。見ての通り、ちょっと野暮用でね」


 麻袋を掲げて見せると、フィシリスは俺の背を押して、彼女の家へと運んだ。

 中に入り、いつものように隣りあって長椅子に座ると、フィシリスは麻袋を俺の膝の上に置く。


「これ、もしかして俺に?」

「そうさ。開けてみなよ」


 勧められて麻袋の口を開くと、中には小型の魔物の皮で作ったらしき、パッチワーク状に作られた胸当てと、膝丈のズボンのようなものが見えた。

 麻袋から取り出してみる。

 灰色な胸当ては紐止めのものだけど、胸につける部分には何枚も小さな魚鱗の布を重ねて縫い合わされていて、ちゃんとした防具っぽくなっている。

 白色の短パンのようなズボンも、二重になっている上に、少しでも履き心地を良くしようとしている工夫が見えた。

 つける人のことを思った作りだなって思いながらも、ちょっと見た目が歪んでいるし、縫い合わせ方も荒くて見てくれが悪い気がした。

 お店で売っているように見えないな。

 そう感じたとき、別の可能性が頭に思い浮かんだ。

 まさかと思いながら、フィシリスに顔を向ける。


「もしかしてこれって、フィシリスが作ったの?」


 俺の質問に、フィシリスは胸を張ってみせてきた。


「その通りさ。あたいも魚人の女だからね。自分のいい人には、お手製の魚鱗の布で作った防具をつけてもらいたかったのさ。ま、本職のものに比べたら、ちゃちで申し訳なるけどねえ」


 冬の間も海に潜って、小型の魔物を獲っていたのは知っていた。

 けど、まさか俺に贈り物をするためだとは、まったく気がつかなかった。

 俺はとても驚いたけど、とても嬉しくなった。


「ありがとう。さっそく、つけてみるよ」


 防具の上にある服を脱いで、フィシリス製の胸当てとズボンを着る。

 少し大きめだったけど、ついている紐や帯で調節すれば、ちゃんと着られた。

 前世を含めて、女性からお手製のものをもらったことがなかったから、俺はとても嬉しかった。

 けど、フィシリスは俺の格好を見て、少し顔をしかめる。


「やっぱり、ちゃちな仕上げになっちまってるねえ。バルティニーが気に入らないなら、捨ててしまっていいさね」


 あっさり口調で言われて、俺は慌てて否定する。


「いや。ちゃんと着させてもらうよ。だって、フィシリスの真心が入っているって、着る前から分かってたし!」


 熱弁するように語ると、フィシリスの顔が真っ赤になった。


「ば、馬鹿だねえ。おだてたって、その見てくれが良くなるわけじゃないってのにさ。けど、わかったよ。せいぜい、着つぶすまで使っておくれよ」

「うん、もちろん!」


 俺が力強く頷くと、フィシリスの顔色が段々と落ち着き、元に戻った。

 その後で、この家の片隅に向かう。

 そこには、俺の道具が置かれている。

 切れたワイヤーを使って、成長した身長に合わせて大型化させて新調した鉈。

 作り直そうと思いつつそのままな弓矢。

 そして、旅に必要な物が詰まった背嚢。

 フィシリスはそれらを一緒くたに持つと、座っている俺に押し付けた。

 どういう意味かと目で問いかけると、フィシリスが家の外を指す。


「バルティニー。今日でお別れだよ。さ、この家から出てっとくれ」


 いきなりかつ問答無用な別れ話に、俺は大慌てする。


「え、どういうこと!? なんで急に!?」


 俺の問いかけに、フィシリスは呆れたという顔をする。


「どういうこともなにも。寝物語で語ってくれたように、アンタの夢は魔の森を開放して地主になることなんだろ。なら、いつまでもこの家――いや、この港町にいちゃいけないだろう。もう夏になって移動しやすい季節になったんだ。別れるのには、絶好の時期さね」


 ほらほらと無理矢理に俺を立たせて、玄関の向こうへとフィシリスは押し始めた。

 頭が混乱していて、ついつい彼女の押されるがままにされてしまう。

 けど、玄関の扉が閉まる寸前に、俺はその隙間に手を差し入れることができた。


「待って。このまま、さよならはないよ」

「なにさ。まさか、あたいと離れたくないって言うつもりじゃないだろうね」


 もしもそう言ったら、軽蔑するという目で睨まれた。

 フィシリスのそんな表情を見て、俺の心には嵐が巻き起こった。

 どうしてや、なんでという気持ちが荒れ狂い、冷静ではいられなくなる。

 けど、ほんの少しだけ冷静な俺が残っていて、フィシリスの頑なに見える態度は、俺のことを思ってのことだと理解していた。

 荒れ狂う心を押し付けながら、俺は深呼吸する。

 そして、多少は冷静になれた頭で、どうするかを考えた。

 俺は、フィシリスの気持ちを汲み取り、夢に生きることを決めなおした。

 でもと、いままでの感謝を込めて、抱えている荷物を手放し、フィシリスを抱きしめた。


「ありがとう、フィシリス。この町で、君からもらった色々なことは、生涯忘れない」


 耳元で宣言するように言うと、フィシリスの頑なな表情がくしゃりと歪んだ。


「馬鹿……バカなバルティニー。折角、涙は見せないって、必死に我慢してたってのにさあ。あ、あたいだって、アンタのこと、忘れたり、しないよぉ。うぇ、うぅ、うえ゛ぇぇぇぇ~~~」


 フィシリスが、俺の腕の中で大泣きしながら、縋りつくように抱きしめ返してきた。

 本当は離れたくないと、俺にここにいて欲しいと、でも俺の夢を応援すると、そう伝えるように。

 俺もつられて、目からボロボロと涙を零す。

 五分か、十分か、時間の経過も忘れて、二人で大声を上げて泣き続けた。

 けど、涙が落ち着くと、どちらからともなく抱きしめる腕を解いて、体を離した。


「フィシリス、俺の夢を応援してくれてありがとう。そして、さようなら」

「ああ、さっさと行っちまいな。けど、あたいみたいないい女を捨てていくんだから、中途半端は許さないからね」


 目を真っ赤にしながらのフィシリスの憎まれ口に、俺は苦労しながら笑顔を返す。

 すると、これで別れの儀式は終わりとばかりに、フィシリスは家の扉を閉めてしまった。

 俺は腕で顔を拭うと、落とした荷物を拾い、身につけてから歩き出す。

 向かう先は、魚介類を遠くの町まで急いで運ぶ、あの高速馬車の商会。

 この町に来たときと同じように、この町から去ろうと思ったことと、シャチクジラの魔物を売った代金をもらうためだ。

 話をつけると、金貨では荷物が多くなるからと、様々な大きさの宝石で払ってくれた。

 そして、高速馬車はいまから少ししたら出るということなので、護衛の一人として同乗させて欲しいと話をつけた。

 とても大きな荷台の上に乗って待つと、小一時間ほどで高速馬車が動き始めた。

 町中をゆっくりと進み、やがて郊外へ。

 ああ、これでこの町ともお別れかと感傷的になる。

 郊外を抜けて町から少し離れると、高速馬車はその名前の通りに、高速移動を開始した。

 暴風のような風を身に受けながら、あっという間に小さくなっていくサーペイアルの町を、俺は見えなくなるまでじっと見つめ続けたのだった。





次からは新章です。

バルティニーをどこに行かせようかなと、ちょっと悩み中。





あと、以下オマケ話です。

設定とかぶっ飛ばしの、ノリで書いていきます。



if end――俺は海を制する大男、バルティニー!


「まさか、あたいと離れたくないって言うつもりじゃないだろうね」

「……そのまさかだよ。俺は、フィシリスとずっと一緒に暮らしたい」

「なっ! アンタの夢はどうなるのさ! 地主になって、デカイ男になるっていうさ!!」

「そんな夢なんて捨ててやる! デカイ男になる道は、なにも魔の森を切り開くだけじゃない! 愛した女と一緒に住もうとせずに、なにがデカイ男だっていうんだ!!」


 俺は叫ぶと、もう離さないとばかりに、フィシリスを抱き寄せた。

 ――そんな光景を夢で見た後で、俺はベッドで目を覚ました。

 ずいぶんと、懐かしい日の光景を見たな……。

 そうか、俺がこの町にきて、もう十年以上も経ったのか。

 時の経過にしんみりしつつ、食材が合ったのか、百九十センチを超えた体を持ち上げる。

 思い出の日の俺と、今の俺は身長以外に色々と違っていると見て分かる。

 底引きの綱を引っ張り上げたりして、海の仕事に従事し続けた俺は、腕と足が丸太のように太くなり、体格もそれに合わせた大きさと厚さになっている。そして海風で、肌は真っ黒く焼けている。

 そして、俺の横には昨日の激しい運動のせいか、ぐっすりと眠る成長したフィシリスの姿。

 胸元は相変わらず慎ましやかだが、掴む尻の感触はあの日よりも一段と良くなっている。

 寝ている場所も、あのボロい家ではなく、俺とフィシリスが働いて稼いだ金で建てた大きい家の寝室だ。

 そして――


「とーちゃー! あさーー!!」

「かーちゃーん! ごはーーんーー!!」


 ――俺とフィシリスの寝室を開けて入ってきたのは、二歳と四歳になる魚人の女児と人間の男児。

 元気はつらつと、俺たちのベッドに駆け寄ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら主張を始める。

 この二人は、生憎と俺とフィシリスの実の子ではない。なにせ、人間と魚人の間には、子供は作れないのだからな。

 二人は、はやり病や海難事故で命を落とした人の家族から、経済的に育てられないからともらった養子だ。

 もっとも、いまでは俺たちの子供には代わりはない。

 そんな二人を俺は抱き寄せて、持ち上げる。


「フィシリスは疲れて寝ている。今日は俺が朝食を作ってやろう」

「おー、やったー! とーちゃのごはんー!!」

「いっぱいだよ! いっぱいつくってよ!!」


 はいはいと、手早く朝食を作り、フィシリスの分は残しておいて、三人で食べ始める。

 もう少しで食い終わるというところで、一人の男が俺たちの家の玄関を開けて、ずかずかと入ってきた。

 こいつは俺の部下だと知っているから、子供たちは視線を向けるだけで、朝食を取り続ける。

 俺は顎をしゃくって、その男に発言を許す。


「お頭!! 哨戒艇から手旗信号でさ!! 少し遠くの海で、めちゃんこデカイ海の魔物を発見したそうでさ!!」

「……おう。飯を食ったら、行く。出港の準備をさせておけ」

「へい!!」


 男が消えてから、俺は急いで朝食をかき込んだ。

 そして、子供たちの頭を撫でなでる。


「というわけだ。いってくる。フィシリス――お母さんをよろしくな」

「わかったー!」

「いってらっしゃい!!」


 子供たちに見送られながら、港に鎮座している、砦のような超大型船へと向かう。

 あれが、この十数年で稼いだ金で作った、俺の仕事場だ。

 そう俺は、浮島釣りのバルティニー。

 そして、どんな魔物であっても、あの自前の超大型船を駆使して、この腕で釣り上げてみせることから、『大海の覇者』という新しい二つ名がつけられた。

 その名前に恥じない働きをしてやろうじゃないかと、気合を入れながら、超大型船に乗り込む。

 さあ、珍しい海の大物の素材や剥製が欲しけりゃ、貴族だろうが王族だろうが、大量の金貨を用意して待っていろ。

 一年も待たずに届けてやると、約束してやる。


「ヤロウども! 出港だ!! 錨を上げろ、帆を張れ、オールを動かせ!!」

「「「ほいほい、さー!!」」」


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― 新着の感想 ―
[一言] ifのお話も良いな!
[良い点] フィシリス…とても魅力的なヒロインでした。
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