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九十三話 失態の連続

 クジラに似た魔物の姿を見て、俺は少しの間、呆然としていた。

 けど、ハッと我に返ると、急いで崖を下ってフィシリスの元に向かう。

 フィシリスは装置の点検をしていたが、俺に気がついて焦った様子で聞いてくる。


「バルティニー。どれだけ大きな魔物がかかったんだい!?」


 咄嗟にクジラだと言おうと思った。

 けど、この世界の言葉で、クジラを指す言葉を知らないことに気がついた。


「あの魔物だよ! えーっと、渡来船が来たときに、黒い巨体を立ち上がらせて見せて、港に大波を出した、めちゃくちゃ大きな魔物!」


 俺がわたわたと説明すると、フィシリスはビックリした顔の後で、苦々しい顔になる。


「なんてものが、かかっちまったんだ。あんなの、この装置でも釣り上げるのは無理だよ!」


 フィシリスは装置の各所を操作する。

 何をする気だろうかと見ていると、ワイヤーを送り出している部分が、別の部品と入れ替わる。

 それはワイヤーの上下を挟む、二つ丸い円盤みたいなものだった。

 これで何をする気だろうかと首を傾げていると、フィシリスがその円盤の片方にある穴に、L字の細い取っ手を差し込む。

 すると、その二本の円盤からワイヤーに向かって、サメの歯のような鉄の刃が伸びてきた。

 フィシリスがつけた取っ手を回すと、二つの円盤の刃が連動して回転し始めた。

 そして刃は、ワイヤーを削り始めた。


「もしかして、綱を切っちゃうの!?」

「当たり前さね! あんな巨大な魔物に、いつまでもこの装置が耐えられるものかい!」


 フィシリスは怒鳴りながら、必死に取っ手を回していく。

 でも、人の腕以上に太い鉄の綱だ、そうそう切れるものじゃない。

 それに、このワイヤーを切る機構も万が一を想定して作られたものみたいで、明らかにワイヤーを切っていく速度が遅い。

 俺も取っ手を回すのを手伝おうとするけど、持ち手部分は一人分の幅しかなくて手伝えない。

 どうすればいいかと考えて、俺は鉈を引き抜く。

 そして、フィシリスが切ろうとしている少し先に、鉈の刃を当てる。


「バルティニーの馬鹿! 鉈なんかで、この鉄の綱が切れるもんかい!」

「まあ見ててよ」


 俺は魔塊を解して魔力を作ると、それで俺の両腕と鉈に攻撃用の魔法の水を纏わせる。

 オーガの強靭な筋肉だって斬れたんだ、これでワイヤーを切断できるはずだ。


「でえぇやああああああああああ!」


 渾身の力で振り下ろすと、鉈の刃がワイヤーを斬り裂いた。

 けど、大きな魔物を釣るだけの強靭さのせいで、三分の一ぐらい斬り残してしまった。


「なら、もう一度!!」


 俺が鉈を再び振り下ろしたとき、急にワイヤーが緩んだ。

 そのせいで狙いが外れて、さっき入れた切れ目よりも先側に、鉈が斜めに入ってしまった。

 どうして緩んだんだと思いながら、鉈を引き抜こうとしたとき、再びワイヤーがピンと張った。

 その動きで、あのクジラの魔物が助走をつけて、仕掛けを引き千切ろうとしているんだと気がついた。

 今のうちにもう一回斬ればと、鉈を引き抜こうとする。

 けど、それより先に、何かが引き千切れる音がして、俺の体が崖の上へ向かって引きずられ始めた。


「うわわわわ~~?!」


 咄嗟に、全身を魔法の水で覆って、崖の岩で擦り傷を作らないよう防御する。

 その間にも引きずられ続け、やがてワイヤーを崖上へ送り出す補助をしていた滑車に激突した。

 体を覆った水を通して弱まった衝撃を感じていると、フィシリスが大声を俺に放ってくる。


「バルティニー! ワイヤーに突き刺さっている鉈を手放すんだよ! このままじゃ、崖上から海に転落しちまうよ!!」


 その助言にハッとして、慌てて鉈を手放す。

 そこでようやく、俺は理解した。クジラの魔物が勢いをつけて引いたときに、俺が初撃で入れた切れ込みからワイヤーが千切れたらしいこと。そして鉈を握り続けたせいで、切れたワイヤーに引きずられて、滑車に激突したことをだ。

 魔法で纏っている水のお蔭で、怪我をしなくてよかった。

 そう安堵していると、俺の足元から軋む音がしてきた。

 どうしたんだと状況を確認すると、崖に固定された滑車にワイヤーが絡んでいた。しかも悪いことに、俺の鉈が滑車の固定具に食い込んでいる。

 どれだけ深く崖に固定されているかは知らないけど、滑車は幾つも崖の先へ向かって並んでいる。

 きっとこのままだと、滑車が固定具ごと引き抜かれた衝撃で、崖が崩落してしまう!

 いまからでは鉈を引き抜くことは出来ないけど、ナイフに攻撃用の魔法の水を纏わせれば、滑車の向こうに続くワイヤーを切ることは出来るはずだ!

 大急ぎで悲鳴を上げる滑車を追い越し、張っているワイヤーにナイフを当てる。


「バルティニー、なにやってんのさ! そんなことしなくていいから、その近くから離れるんだよ!!」


 そんなフィシリスの焦った声に、俺は状況の変化に混乱して、冷静さを失っていたと気がついた。

 大慌てでナイフをしまって、滑車のある付近から逃げようとする。

 けど、失策に不運はつきものみたいで、崖から引き剥がされた滑車と固定具が、俺のほうに飛んできた。


「くッ!!」


 再び体に攻撃用の魔法で水を纏わせ、防御する。

 そのお蔭で怪我はしなかったものの、滑車とワイヤーが複雑に絡み合った輪に、俺の体が入り込んでしまった。

 慌てて引き剥がそうとするけど、知恵の輪みたいに、どこをどうやったら外れるのか、すぐには分からない。

 ならと、滑車を壊そうとするけど、大型の海の魔物を釣る装置の一部だけあって、頑丈に作られていて壊れなかった。

 そうこうしている間に、次の滑車に打ち付けられてしまう。

 そして、クジラの魔物が引っ張るものだから、俺の体にワイヤーが食い込み始めた。


「ぐあッ!!――くッう!」


 体に纏った魔法の水のお蔭で、ワイヤーによって俺の体がバラバラになるのは防げている。

 けど、まだまだ崖には滑車が並んでいる。

 それらに打ち付けられるたびにこの状況になるんじゃ、いつまでも耐えることは出来ない。

 体に水を纏わせる魔法は燃費が悪くて長持ちはしないから、魔力が尽きれば俺はワイヤーに引き裂かれてしまうだろう。

 時間をかけたら死が待つなら、どうすればいいかと考える。

 せっかく第二の人生を受けたんだ、この歳とこんな場所で死にたくない!

 ならばって、生存を賭けた一か八かの方法を取ることに決めた。

 俺はまだ持ちこたえている滑車の固定具に足をかけると、魔塊を全て消費する気で解す量を劇的に増やした。

 それで生み出した魔力を使って、体に魔法の水を大量に纏わせ、魔法がアシストしてくれる力を最大級まで引き上げる。


「これで、どう、だああああああああああああああ!」


 絶叫しながら、背負い投げみたいな感じで、体を半回転させながらワイヤーを思いっきり引き寄せた。

 限界まで引き上げた魔法のアシストの力で、クジラの魔物を引き寄せる事が成功すれば、数秒間は引っ張る力が弱まるはず。その間は、自分の体に巻きついているワイヤーの締め付けが緩まり、脱出できるはず。

 そう考えての行動だった。

 しかし、自体は俺のそんな予想とは、かけ離れたことになる。

 俺が引っ張ったワイヤーから、プチプチと引き千切れる音がしたと思うと、急にワイヤーの張りが消えた。

 そして、体に巻きついていたワイヤーも緩んだ。

 大慌てで体から外し、脱出することに成功!!

 魔塊はほぼ全消費しちゃったけど、これで命の危険は去った。

 そう安心していると、フィシリスが喚く声が聞こえた。


「バルティニー、上だよ、上!!」


 上ってなんだって見上げようとして、急に空が暗くなった気がした。

 なにごとかと確かめようとして――


「――えっ?」


 高層ビルのような巨大なものが高速で上空を飛び、俺を飛び越す光景が目に入った。

 あれって、クジラの魔物だよねと、現実味のない光景に呆然とする。

 そうしていると、フィシリスがいつの間にか駆け寄ってきていて、俺の腕を掴んだ。


「バルティニー、急いで下に戻るよ。ここはもう崩れるからね!!」


 崩れるってどういうことかと足元を見ると、俺が足場にしていた滑車の固定具から下に、断層のような大きな亀裂が入っていた。

 まさかと思っていると、俺たちを飛び越したクジラの魔物が、海岸線の岩場に墜落した。

 その衝撃で、足場の崩落が始まってしまった!!


「うわわわわわっ!!」

「走るんだよ!!」


 大慌てで大物釣りの装置の近くに戻り、振り返る。

 すると、ショートケーキを真ん中から斜めに切ったように、崖が先から海へと崩れていった。

 崩落する音を聞きながら、真後ろへ視線を向ける。

 そこには、小山ほどもありそうな魔物が、じっと横たわっている。

 浜に打ち上げられたクジラみたいだなって、あれを釣り上げたという事実を棚上げするように、俺は違うことを考えて現実逃避することにしたのだった。

 


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