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九十二話 予想したこと、できなかったこと

 話を聞かせて欲しいって、警護隊の人たちの詰め所に連れて行かれることになった。

 俺が倒したり、投げ込んで強制的に海水浴をさせた人たちも、同じように詰め所に連行するらしい。

 その際に、センシシは両手足と頭に一人ずつっていう、五人がかりで運ばれることになった。


「痛いッ! もっと優しく運ばないかね!!」


 センシシは連れて行かれる間、そんなことを言い続けていた。

 どうやら、あの贅肉ばかりの体のせいで、俺が海に投げ込んだときに怪我をしたらしい。

 投げ込んだ他の人たちも、体のどこかを痛そうにしているな。

 けど、殴ったり蹴り飛ばされた人たちのほうが重傷だからか、痛いと口にする気はないみたいだ。

 そして男たちのほぼ全員が、俺の方をチラチラと、とても怯えた目でみてきている。

 なんか、暴れださないかと警戒している感じだ。

 そっちが襲い掛かってきたから、反撃しただけで、理由もなく襲うはずがないのに。

 まったく失礼だな。

 ってちょっとだけ腹を立てていると、詰め所に到着した。

 今回も俺だけ、外にある椅子に座っての取り調べとなる。

 事情を説明すると、警護隊の人は頭を抱えた。


「刃物を持った男たちは、魚鱗の布の防具があったので、鉈や矢は効かないと思った。衝撃なら通じるだろうと、殴って蹴って、海に投げ込んだと」

「はい、その通りですよ」

「詰め所内に入れたヤツらからの取り調べから、かなりの距離を飛ばさせたということだが、本当か?」

「はい。この腕で吹っ飛ばして、投げ飛ばしました!」


 事実だと腕を曲げて、二の腕に力こぶを作る。

 警護隊の人はそれを見て、納得しがたい表情を浮かべた。


「あー……君は冒険者だったな。ならまあ、そういうことにしておこう」


 冒険者だから功績を課題に言っている――つまり、話を盛っていると思われたようだ。

 でもそれ、俺が言ったことじゃなくて、吹っ飛ばされたり投げ飛ばされたりした人たちの報告でしょうに。

 ……ああそうか!

 あっちの発言も、過剰に話を盛っていると考えているんだ。

 きっと、強い相手に負けたってことで、海の男のプライドを保とうとしている、って感じに警護隊の人たちは思っているんだ。

 その考えは分からないわけじゃないけど。

 ……うーん。やっぱり、まだ成長途中なこの体は、大人からだと貧相に見えるみたいだ。

 前世の体よりかは、だいぶ背が高くて、筋肉もあるんだけどなあ……。

 信じてもらえていないことにショックを受けて、俺は自分の二の腕を揉んで、筋肉量を確かめたりする。

 この行動でより子供っぽく映ってしまったのか、俺の取り調べをしている警護隊の人は、苦笑いを浮かべた。


「事情は分かったよ。今回は、前みたいに、アイツらをすぐに釈放するってことにはならないから、安心してくれていい」

「そうなんですか?」

「ああ。今回、アイツらは武器と防具を装備して襲っていて、とても悪質だ。逆に君のほうは、素手素足で防具もない。これはもう、だれがどう見ても向こうが悪いって分かるだろ」


 俺は自分の体を見下ろして、切り裂かれた服が目に入る。

 実際は、身に纏った魔法の水っていう、すごい防具があった。

 けど、今の俺の姿を見る限りでは、警護隊の人が言ったことが真実に映るんだろうな。

 説明が面倒だし、襲ってきた人を弁護するつもりもないので、魔法の水をことは伝えずにおこうっと。

 そのとき、警護隊の人が内緒話をするように、声を潜めてきた。


「ここだけの話だが。すぐに釈放にならないのは、センシシが陣頭指揮を執っていたことが大きい。オレたちに『付け届け』を払う人がいないからな」


 聞き慣れない、付け届け、って言葉に、ちょっとだけ首を傾げる。

 けど、前の状況を思い出して、賄賂のことだろうなってあたりをつけた。

 でも、それを払う人がいないってことに、疑問を持った。


「でも、センシシには息子夫婦がいるんですよね。なんかそんな事を、命乞いで喚いていましたし」

「命乞いって――まあ、いるにはいるんだが。センシシの最近した暴挙の尻拭いばっかりで、うんざりしているようだからなあ。二、三日は、こっちに寝泊りさせる気だろうな。その後で、これを期に怪我をしたセンシシを、療養と証して家に閉じ込めるかもしれんなあ」


 ひどく苦笑いしながらの説明を聞いて、センシシは息子にも嫌われているんだろうなと分かった。

 そんな心からの味方がいない状況だからこそ、センシシが頼りにする金の力に屈しないフィシリスが、目障りに映ったのかも。

 しかしどんな背景があっても、センシシが自分勝手なヤツだってことに変わりはないし、同情する気もさらさらないけどね。


「それで、俺の取り調べは終わりでいいんですか?」

「ああ、君は身を守っただけだし、怪我人はいても死人はいないからな。もう帰ってくれて構わない」


 許しが出たので、俺は詰め所から立ち去ることにした。

 大物釣りの装置のある場所に戻ると、フィシリスは釣り針に餌をつけようとしているところだった。

 そして俺の姿を見ると、全く心配をしていなかったという顔で、手招きをする。


「お、帰って来たねえ。ほら、作業を手伝っておくれよ。今度こそ大物を釣るんだから」


 その表情と言動が、こっちを信頼してのものだと分かるので、俺は笑顔で作業を手伝いに向かったのだった。





 センシシと手下との騒動から五日経った。

 まだ大物が釣れていないのに、遠くの沖にある魔物の影はすっかり見えなくなってしまっていた。

 そして影が消えたことは、町の活気にも影響を及ぼす。


「影がなくなったから、大型漁船が操業を再開したみたいだね」


 崖の上から港を眺めていたところ、前に俺がお世話になったあの大型漁船が、遠くの海に漕ぎ出している姿が見えた。

 視線を港に戻すと、小型漁船も次々に外海に向かって進んでいる。

 港近くの海での漁では大漁は狙えないし、久々に稼ぐチャンスだからって、勝負をかけているんだろうな。

 そうやって、俺がのんびりと海を眺めている後ろで、フィシリスは釣り針を前に腕を組んで悩んでいた。


「うーん。いっこうに連れやしないねえ。少し休みを入れるか、もう一度だけ針を投げてみようかねえ……」


 漁師らしく、考え込んでいるみたいだ。

 どんな決断をするのかと待っていると、フィシリスが俺を手招きした。


「どうかした?」

「ちょっと、バルティニーに頼みたいことがあるのさ」


 手伝いじゃなくて、頼むって表現に、俺は首を傾げた。

 だって、大物釣りの作業の中で、俺が出来てフィシリスに出来ないことは、ほとんどないし。

 その疑問が通じたのか、フィシリスは拝むような手つきをする。


「頼むよ、バルティニー。餌に水をたらふく飲ませることを、一人でやってはくれないかい」


 それぐらいはお安い御用だけど、疑問は残る。


「あれ? 魔法で水を出すのは、フィシリスにも出来るでしょ。なのに、なんで俺だけで一杯にするように頼むのさ?」


 当然の質問に、フィシリスは頭を掻く。


「いやさ、もしかしたら、バルティニーの水なら、前みたいにすぐ釣れるんじゃないかって思ってね。ちょっとしたゲン担ぎさね」

「……理由はわかったけど、たぶん変わらないと思うよ?」


 だって、フィシリスの出したものと俺が出した水に、違いなんてほとんどない。

 味や口当たりもほぼ同じだし、飲んで力が湧くということもないしね。

 けど、試してみることはいいことだし、どんな結果が出てもフィシリスが満足するならって、俺が出した水だけで軟体生物の魔物を目一杯に膨らませた。

 フィシリスは期待した目で、釣り針にその魔物をつけて海に投下した。

 でも、俺の予想通りに、それから五日経って餌の付け替えが必要な時期になっても、大物がかかる気配はなかった。


「ちぇ。これでも駄目だったかい。こうなれば、いっそ餌を変えてみようかねえ……」


 当てが外れたとばかりに、フィシリスが腕組みして悩み始める。

 俺はその姿を見ながら、暇な時間でどうして魔物が釣れるのかを考えてみた。

 フィシリスがお爺さんに教えられたように、生活用の魔法で出した水を飲ませた軟体生物の魔物を使うと、普通の餌より釣れやすいみたいだ。

 ここでのキモは、魔法で作った水を飲ませるという部分だろう。

 なにせ、水の気が抜けるという表現を、フィシリスのお爺さんがしていた。

 きっとこれは、魔法で作った水にある『ナニカ』が、時間とともに抜け出てしまうっていう表現だと思う。

 そして、そのナニカこそが、海の大きな魔物が好むものに違いないだろう。

 なら、ナニカそのものを餌に入れられば、絶好の釣り餌になるに違いない。

 じゃあそのナニカってなんだろうと考えて――ふと森で活動する決まりを思い出した。

 森の中では、魔物が寄らないようにって、魔法は極力使わないように言われていた。

 テッドリィさんと行動していたときに、攻撃用の魔法を使ったときなんか、魔物が近寄ってきて大変な目にあったこともあったしね。

 教育期間中の出来事を思い出していて、ハッとした。

 そうだよ。攻撃用の魔法は、魔物を呼び寄せるんだ。

 なら、餌に注入する水は、細胞の魔産工場から出した魔力で作ったものよりも、魔塊を解した魔力を使用したもののほうが、効果が高いはずだ。

 この予想を、薄い魔力、濃い魔力という表現で、フィシリスに伝えてみた。


「ふむふむ、なるほどねえ。通常なら薄い魔力の水で十分だろうけど、警戒している魔物に食いつかすためには濃い魔力の水が必要かもってことかい?」


 間違った風に理解されている気がしないでもないけど、大まかには合っているので頷く。

 すると、フィシリスは腕組みして、考え込み始めた。


「ありえる話ではあるし、試してみたくはあるけどねえ……その濃い魔力ってのは、あたいに作れるのかい?」


 その問いかけに、俺は考え込んでしまう。

 フィシリスの体に魔力を注入して、魔塊の場所を示して、回し方も教えられた。

 けど、魔塊をどうやって解すかを、イメージ以外で伝える方法は思い浮かばない。

 そして、フィシリス自身の力で、魔塊の場所や回し方が出来なかったことを考えると、イメージだけでどうにかなる問題ではない気がした。


「……たぶん、フィシリスには無理だと思う」


 最初に結論を言ってから、理由を話そうとする。 

 しかしその前に、フィシリスは俺の発言を手で制した。


「そうかい。そうなるとこの話は、バルティニーみたいな魔法が得意な人が協力してくれるとき限定の、裏技ってこった。これは秘密にしておかないといけないねえ」


 フィシリスは頭を掻くと、話題を切り替えるように手を打ち鳴らし、俺に顔を向けてきた。


「ま、とりあえずその方法を試してみようかね。餌は、この魔物のままでいいのかい?」

「お試しだし、水を詰めるには、これでいいと思うよ」


 フィシリスに開かせた軟体生物の魔物の口に、俺は魔塊を解した魔力で魔法を使い、生み出した水を注入していく。

 細胞からの魔力と本当にナニカが違うのだろう、少量で魔物が一気に膨らんだ。

 そして、通常に詰め込んだときの倍近い大きさに、最終的になった。


「あははっ。これなら釣れそうな感じがするよ」


 予想外の大きさに、フィシリスは苦笑いしながら、釣り針に膨らんだ魔物を突き刺し、海に投下した。

 あとは一昼夜置いて、仕掛けが沖に届くのを待つだけ。

 そう思っていたのだけど、急に崖下が騒がしくなったことに気がついた。

 俺とフィシリスは慌てて崖の端に駆け寄ると、下を覗きこむ。

 そこには、針が生えた魚に似た小型の海の魔物たちが、さっき投げた仕掛けに群がっている光景があった。

 それを見て、俺は失敗したと気がついた。


「大きな魔物が美味しそうに見える餌なら、小型の魔物でも美味しそうに見えるのが当たり前だよね……」

「それもそうだったねえ。さて、どうするさね?」


 このままでは、餌は啄ばまれ続けてなくなってしまうだろう。

 どうしようかと決めあぐねていると、急にワイヤーが送り出され始めた。

 沖に出すために、ストッパーを外しているので、ワイヤーが出るのは不思議じゃないけど、出ていく速さがいつも通りじゃない。

 ハッとしてもう一度海に視線を戻すと、小型の魔物の中でも大きめな個体が餌を独り占めしようと、咥えて沖へと逃げている姿が見えた。

 多くの海の魔物が諦めて港近くの海にに散らばる中、しぶとく追いかける個体もいる。

 追いかけっこは続き、素早く沖へ沖へと出ていく。

 そして、大型漁船が操業するほどの位地までやってきた。


「あッ! 大きな魔物の影がやってきたよ!!」


 フィシリスの大声に俺が目を向けると、餌を咥えた小型の魔物に、大型の魔物が噛み付いたところだった。

 小型の魔物を食ったのと同時に釣り針も口に入れたみたいで、ワイヤーがさらにぐんぐんと出て行く。

 それを見たフィシリスは、大慌てで崖を戻り始めた。


「バルティニー! 急いで装置に戻って、綱が出るのを止めるよ!」

「わかってる!」


 俺もフィシリスに続いて装置に戻ると、ワイヤーが送り出ないように、ストッパーを噛ませた。

 ガキッと金属が噛み合う音がして、ワイヤーが出るのが止まる。

 それと同時に、ギリギリと音が鳴りだした。

 大型の魔物がワイヤーを引き千切ろうと、引いているに違いない。

 フィシリスはその音を聞いて笑顔になりながら、装置のレバーに取り付いた。


「なにはともあれ、大物はかかったんだ。こうなれば、釣り上げるだけさね!!」


 ぐいぐいとレバーを動かして、ワイヤーを巻き上げ始める。

 俺もレバーを持つと、フィシリスの動きに合わせて動かしていく。

 そうして五分ほど格闘していると、急にレバーが動かなくなった。

 それどころか、装置から変な音がしてもきた。

 さっきまではギリギリと力強く抵抗する音だったのが、ギィギィと悲鳴を上げる音に変わっている。

 フィシリスは装置の故障と考えたのか、素早く点検を始めた。


「どれもこれも正常だ! なんだってんだよ、いったい!!」


 その悲鳴に近い言葉に応えるように、遠くの海でなにかが跳ねた音がした。

 それは遠くからだと音で分かるのに、やけに大きく重そうなものが、海に落ちたように聞こえた。

 俺は嫌な予感がした。 

 そしてフィシリスも同じ感じを受けたのだろう、顔が引きつっていた。


「……バルティニー、悪いんだけどさ。崖の上にいって、なにが釣れたのか、見てきちゃくれないかねえ?」


 きっと自分で見る勇気が湧かなかったのだろう、フィシリスはそう頼んできた。

 俺は頷くと、素早く崖に上り、ワイヤーを辿って先を見る。

 そうして発見したのは、遠くの沖の海中にある、とても大きな影。

 あまりの大きさに、まさかって思っていると、その影が自分から正体を表すように、海上へと飛び上がる。

 それは、渡来船が港に来たときに見た、巨大なビルかとおもうほどの大きさがある、クジラに似た魔物だった。

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[一言] 3割目の 「うーん。いっこうに連れやしないねえ。少し休みを入れるか、もう一度だけ針を投げてみようかねえ……」 釣れやしない、ですじゃ。
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