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八話 荘園と魔の森と奴隷たち

 俺は十歳を過ぎて、初めて屋敷の塀の外へ出ることになった。

 目的地は、屋敷から少し離れた場所にある、荘園だ。

 歩きではなく車でいくのだが、前世のように自動車があるわけではなく、動物に引かせるタイプの車だ。

 

「……でもまさか、車を牛に引かせるなんて」

「なにかいったか、バルト?」

「うん、牛車に乗るの初めてだなって。それに、思ったより速いね」

「おお。そういえばそうだったな。どうだ、いい乗り心地と眺めだろう」


 手綱を握るマノデメセン父さんの横、御者台に座っているのだけれど、周囲の眺めは本当にいい。

 雲が少ない、晴れ晴れとした夏の日。暖かい日差し。

 牛舎を通り過ぎていく風のいく先に目を向ければ、だだっ広い草原の向こうの遠くに森と山が見える。

 山がちな日本では、あまり目に出来ない景色に、心の中は大興奮だ。

 ちなみに牛車の乗り心地は、前世の車と比べたら駄目な感じ、とだけしか感想を抱けない。

 進行方向に目を向ければ、長い石垣に囲まれた広い場所が見えてくる。

 どうやらあれが、マノデメセン父さんが経営する荘園のようだ。

 

「荘園ってことは、食べ物を作っているんだよね?」

「その通り。穀物は小麦。果物なら『ブドウ』と『トマト』だな。育ちの悪くなった麦畑では、色々な野菜も育ててもいる」


 そう語るマノデメセン父さんは誇らしげだ。

 さて、この小麦とかブドウとかトマトもファンタジックな世界らしく、前世のとは名前と形が違っていた。

 トマトは赤い色は同じだが、形はレモンに似た縦長の楕円形で、直訳すると『みずみずしい赤い果物』となる名称で呼ばれている。

 ブドウもまばらにできたデラウェアのような見た目で、前世に食べたものより渋みと甘みが強い。名称は『偉大な甘い果実』だ。

 一々長ったらしいので、心の中でトマトはトマト、ブドウはブドウって訳している。

 ブドウは貴重品なのか、食卓に来ることは少ない。もちろん、ワインが並ぶことはない。

 マノデメセン父さんが酒を飲んでいるところを見てないので、単に嫌いなだけかもしれないけれどね。

 |閑話休題(話を元に戻して)。

 マノデメセン父さんが牛車で、色々と荘園について語ってくれている。

 初めて聞く話に興味心身な俺だが、荷台に座る兄たちはうんざりしている表情をしていた。

 きっと、補佐で連れてこられるごとに、何度も聞かせてきたんだろうな。

 ご愁傷さまです。


「――という風に長く荘園が続くこと出来たのも、偉大なるご先祖さまがあればこそだ」


 『偉大』との言葉を、俺の耳が拾った。


「ご先祖さまは偉大な人だったの?」

「そうだ。バルトは、興味があるのか?」

「うん。大きな男を目指しているからね」


 胸を張って主張すると、マノデメセン父さんは微笑みを浮かべる。


「ならば、ご先祖さまの話を聞いておくといい。これぞ偉大で素晴らしい男という見本だからな」


 マノデメセン父さんはご先祖にまつわる物語を、荘園に着くまでの少し長い時間を使って話していく。


「魔物が溢れる魔の森の開放し、生活圏を広げることこそが、国々の多くが掲げる目標なのだが――」

 

 といった前置きの後に語られた話はというと――

 ご先祖さまは、この地を含めた周辺を治める貴族に仕える人だったそうだ。

 役割は色々あったらしい。

 街道に盗賊が出たと知れば、剣を取って駆けつける。森から出てきた魔物で村が危ないと知れば、槍を持って助けに行く。病気して畑仕事ができない人がいると知れば、鍬を手に土を耕す。街道整備や家作りの手伝いもする。

 そんな貴族よりも民に近いところで働く人だったらしい。

 だが、使える貴族に国から命令がくる。もちろん、魔の森の開放して開墾しろという命令だ。

 魔の森に入れば命の保障はないのに、ご先祖さまは真っ先に手を上げて志願したそうだ。

 志願した他の人たちと共に、魔の森の中で戦い。

 ついに、ある一定の領域を治める主――ゲームでいうところのボスキャラらしい――を倒すことに成功する。

 しかしそれで終わりではなく、次の魔の森の主になる戦いが魔物たちの間で始まった。

 ご先祖さまは仲間と共に、荒れ狂う魔物たちと戦いながら、端から崩すように森を開墾していった。

 新しく森の主が立てば、それを倒して開墾を続けた。

 そうして、俺らがいまいるこの周囲を、農場と平原に変えていった。

 ――といった内容を、ご先祖さまへの賛歌が入った状態で聞かされたのだった。


「そのとき戦いで生き残った者たちは、功績を認められ。開墾した場所の経営権、つまりは荘園の経営者としての生活を始めたのだ」


 そう締めくくられた話に、感動に似た気分を抱いた。

 何かがあれば最前線に立ち、困難に打ち勝って偉業を成したご先祖さまは、たしかに偉大な人物だった。


「ご先祖さまって、スゴイかったんだね!」


 感動を伝えるように言うと、マノデメセン父さんは首を横に振った。


「いやいや、凄いのはここからだ。仲間にいい場所を譲るため、ご先祖さまは魔の森に近い場所を希望した。そして生涯に渡って、畑仕事を手伝い、前線で魔物と戦い続け、この場所を守り抜いたのだそうだ」


 そこで言葉を一端切ると、俺の頭に手を乗せる。


「大きな男になると目標を掲げるからには、この偉業を越えるように心がけねばならんぞ」


 目標を大きく持つことはいいことだ。それに、ご先祖さまができたのなら、きっと俺にも出来るはず。

 そういう思いを込めて頷くと、マノデメセン父さんは頭を撫でてくれた。

 

「バルトには荘園の経営をさせられんが、その代わりに何者にもなれる自由がある。頑張りなさい」

「うん、ガンバる!」


 そうこうしている内に牛舎は荘園の門を通り抜けていて、中心にある大きな建物へ向かっていくようだった。




 荘園の中央にあった大きな建物。

 これは奴隷の人の住居と、マノデメセン父さんたちが働くための事務所が、合わさったものらしい。

 そこに牛車が到着すると、その建物の前にかなりの人数の人たちが立っていた。

 俺たちと同程度の服装を着て、剣らしき物を持ち革の鎧を着た男が十数人いた。

 彼らに囲まれるようにして、男性なら上半身裸、女性なら袖なし裾なし――タンクトップと短パンに似た格好の人たちが百人近くいる。

 薄着の彼ら彼女らたちの中に隠れるようにして、俺と同程度か幼い子たちがいるので、もしかしたら百人以上いるかもしれない。

 その全員の前で、マノデメセン父さんと二人の兄が牛車から降りる。

 促されて俺も降りると、三人の横に並んだ。

 すると、マノデメセン父さんは全員の顔を見回してから、声をだす。


「みんな。今日も夏らしく暑い日だ。だが良い作物を作るためには、たゆまぬ努力が必要であるとは、常日頃から言ってある通りだ。苦労とは思うが、各々に任された畑での作業に気を引きしめてもらいたい」


 何を言うのかと思えば、畑仕事での諸注意や、最近は雨量が少ないので作物の様子を観察することを言い聞かせている。

 どうやらこれは朝礼をしているみたいだ。

 ならその間に、こっそりと奴隷と思われる薄着の人たちを観察しよう。

 さぞや重労働を押し付けられて恨んでいるだろうと思いきや、なんだか好意的な目をマノデメセン父さんに向けている。

 どこか信頼や親しみを含んだ瞳が並ぶのを見て、予想とは違ったので思わず首を傾げたくなった。


「さて、諸君らには初顔合わせとなる三男を紹介しよう。バルティニーだ」


 そこでマノデメセン父さんに手招きされたので近づくと、両手を肩に置かれて一歩前に押し出された。

 挨拶しろということだろうと思って、礼儀作法の授業で習った通りに、拳を胸元に置いて頭を下げる。


「バルティニーです。えっと、よろしくお願いします」


 言葉の途中で、これは貴族や目上の人に対する礼だったと思い出し、慌てて無難な言葉遣いで挨拶を済ませた。

 そのドジに、マノデメセン父さんは苦笑いし、ブローマイン兄さんとマセカルク兄さんは何か言いたげな目を向けている。

 そして目の前にいる百人の大人たちはというと、ほぼ全員が子供を見守る近隣住人のような表情をしていた。

 一方で子供たちは、面白いやつといった目で俺を見ている。


「見て聞いた通り少し抜けた子なので、今日は荘園の中を連れて見学する予定だが、畑仕事に差し支えない程度に気にかけてやって欲しい」


 マノデメセン父さんがそういうと、大人も子供もなく忍び笑いが漏れた。

 なんて紹介をするんだとムッとするが、自分の失敗を棚上げした態度は器が小さいと、怒った顔を揉んで表情を戻していく。

 すると、変顔をしていると思われたのか、マノデメセン父さんが軽く俺の頭を叩いた。

 今度は隠さない笑い声が、回りから上がった。

 それで朝礼は終わりだったようで、奴隷の人たちと武装した人たちは、荘園の中へ散っていく。


「さて、今日は商談もない予定だ。畑の見回りに行くとしよう」


 再び牛車に乗り込むと、二人の兄から軽く肩を叩かれた。


「まったく。挨拶ぐらいちゃんとこなせ」

「そうだぞ。鍛冶ばかりやらずに、少しは礼儀作法の復習をしろな」


 たしかにその通りだと思っていると、マノデメセン父さんが笑い声を上げる。


「あははははっ。二人の初顔合わせの挨拶も、似たようなものだったではないか。片や震えて小さい声しか出ず、もう片方などはバルトとは逆で踏ん反り返っていただろ」

「そ、それは、バルトよりも小さいときだったからで!」

「そ、そうだよ。小さい子供のちょっとした失敗だって!」


 どうやら兄さんたちも、似たような失敗はしていたみたいだ。

 その考えが目に出てたのか、生意気だとばかりに小突かれる。

 だけど、それ以降は過去を思い出して恥ずかしがっているのか、兄さんたちは黙ってしまった。

 その間にも俺たちを乗せた牛車は、荘園の中を進んでいく。

 マノデメセン父さんの横に座り直し、御者台から景色を眺める。

 すると、まだ夏の季節の真ん中あたりだというのに、黄金色の穂が畑に並んでいた。


「もう、小麦が実ってるんだね」


 マノデメセン父さんは目を畑と、そこで働く奴隷の人たちに向けてから、説明してくれる。


「あれは早生りの種類だ。夏の季節だけで、二度収穫できる。その代わりに、味はどうやっても二流品しか出来ず、何度も作ると畑が痩せて実りが悪くなる」

「でも痩せちゃったら、ああやって野菜とかを植えるんでしょ」

「その通り。野菜の出来がよくなったら、また早生り小麦に戻すわけだ。この荘園の他の場所では、他の種類の小麦も栽培している。なぜか分かるか?」


 わざわざ別種を育てるというのは、大体予想はつく。

 なにせ前世は、米にこだわりすぎて種類がたくさんあった日本にいたのだから。


「きっと、そっちの小麦は美味しいんでしょ」

「そうだ。美味しいから高値がつく。つまり、早生りは食べるためと年貢のために、年生りは商人に売るために作る小麦だな」


 説明を受けているときに、遠くにブドウ畑が見えた。


「あのブドウもあまり食卓にでないから、売るために作っているの?」

「潰した物を樽に詰めて酒の商人に売るんだ。街道を運んでいる間にブドウ酒に変わるので、大きな町で売るのだそうだ」

「こっちで酒にはしないんだ」

「数代前――つまり、バルトのお爺さんのお爺さんにあたる人物が、ブドウ酒の売買をしようとした。だが、酒の匂いで奴隷たちの働きが鈍くなり、果てはこっそりと飲もうとする人まで現れたそうだ。なので以後は、ブドウ酒は作らずに売るようになった」


 そんな会話をしながら牛車が進む。

 ときどき、マノデメセン父さんと兄さんたちは、奴隷たちに呼び止められ畑について聞かれることもあった。

 三人は的確に助言をすると、また牛車を進ませていく。

 その様子を見ると、前世で聞いていた奴隷のイメージとは違う、どこかオーナーと店員といった感じがする。


「奴隷ってもっと、えっと――そう、歴史に出てくる奴隷兵のような扱いかと思ってたけど、違うんだね」


 うっかり前世の話を持ち出しかけて、危ういところで歴史の話として摩り替える。

 どうやら、マノデメセン父さんや兄さんたちにも気づかれなかったみたいだった。


「その言葉は、ブロンとマカクも言ったな。やっぱり、授業だけでは奴隷に偏見が生まれるようだな。度し難い事実だ」


 そう口にしてから、奴隷について説明してくれた。


「奴隷には、先ほどバルトがいった奴隷兵のような、罪を犯して奴隷にされた『犯罪奴隷』。借りた金を返せない、または金で身売りをした『借金奴隷』。その二つの奴隷から生まれた子供たちが『身分奴隷』。この三種類がある」

「どうして、そうやって奴隷を区別するの?」

「簡単に言えば、奴隷から身分が戻るかの違いだ。犯罪奴隷は一生戻らず、奴隷として暮らすしかない。借金奴隷は金を返すか金額分の労働で、身分が戻る。身分奴隷は借金奴隷と同じく、国が規定した金額か労働時間によって、市民の身分に戻る」


 そこで、荷台からマセカルク兄さんが顔を出してきた。


「では、バルトに問題だよ。その三種の奴隷の中で、一番お得なのはどの奴隷だと思う?」


 急に言われても困るのだけれど。そもそも、前世では奴隷なんていなかったので、人の身を金で買うと考えるだけでも少し気が咎めるのに。

 でも、答えを返さないのも変だし。理屈で理由を考えて答えてしまおう。


「なら、犯罪奴隷が一番良いんじゃないかな」

「ほう。それはまたどうして」

「ずっと奴隷なんだから。ずっと働いてくれるんでしょ?」


 だって、借金奴隷と身分奴隷の人たちは、目標金額を貯めたら奴隷でなくなってしまう。

 なら、犯罪奴隷の人のほうが長く働ける分だけ、お得なはずだ。

 しかし、マセカルク兄さんは小馬鹿にした表情を浮かべる。


「馬鹿だな、バルトは。犯罪者がまともに働くわけないじゃないだろ。犯罪奴隷なんてものは、いつ死んでもいいような作業に就かせるための、使い捨てにしか使えないんだよ」


 その発言にマノデメセン父さんが、たしなめるような口調で入ってきた。


「例え犯罪奴隷だとしても、人を物のように言うのは止めなさい。荘園で働く人は、奴隷であろうとなかろうと、自分の家族のように扱うのが家訓だと忘れたのか!」

「それは借金と身分奴隷の人に関してでしょ。犯罪奴隷はどんな風に使っても罪に問われないって国が決めている、唯一の奴隷なんだから。他の場所じゃ、魔の森に突っ込ませて魔物を減らすためだけに使っているって話も聞くし」

「そういう事をする輩がいるから、魔の森から逃げきった犯罪奴隷が野盗になって、治安が悪化するんだ。これは家訓にあるように、誠意なく接すれば、人からも誠意は返ってこないという例だ!」

「家訓家訓って、それしかいえないのか父さんは!」


 なにやら牛車の上で、親子喧嘩が始まってしまった。

 まあ、マセカルク兄さんは十七歳。前世なら反抗期まっしぐらといわれていた歳だし、仕方がない。

 どうしようかと長男であるブローマイン兄さんに視線を向けるが、喧嘩よりも畑が大事と言わんばかりに周囲の状況観察に余念がない。

 通りすがった畑で仕事をしている奴隷の人たちが、喧嘩する二人にどうしたのかといいたげな顔をする。だが、ブローマイン兄さんがなんでもないと手を振ると、納得したように仕事に戻っていく。

 こういった光景をみると、どうやらブローマイン兄さんが、次の荘園の主で決まっているように感じた。

 喧嘩をする二人をよそに、牛車が進んでいく。

 やがて、喧嘩し疲れた二人が呼吸を整え始めた頃、十数人の奴隷たちが集まっている場所に到着した。


「どうした!?」


 マノデメセン父さんは牛車を止めると、慌てたように人だかりの中心へ行く。

 俺と兄たちも降りて向かうと、そこにはぐったりと横たわる二人の男女の姿。

 傍らに心配そうな女の子がいることから、その三人で親子なようだ。

 駆け寄って介抱し始めたマノデメセン父さんに、一番年かさのある奴隷の一人が状況を語る。

 

「この二人の魔産工場が暴走して魔力が体に籠もり、気を失ってしまったようでして」

「いかんな。魔力暴走に利く薬はなく、安静にする他ないのだが……体温が上がりすぎている。このままでは、二人は死んでしまう」


 マノデメセン父さんの深刻な言葉に、傍らの女の子が座り込んでしまった。


「そ、そんなぁ……」

 

 呆然と呟いてから、涙を堪えるようにして目を瞑り、顔をうつむかせる。

 お通夜のような雰囲気の中、俺は首を傾げていた。

 今まで知った、魔貯庫と魔塊、そして体にある魔力が流れる道。

 そのどれもに、この二人のような状況になる理由が見当たらないのだ。

 たしかに、魔産工場が活性化したら魔力が出る。これは事実だ。

 しかし、あの年かさの奴隷が言った通り、仮に魔産工場が暴走して多量の魔力が出たとしよう。それでも魔力はまず魔貯庫に向かい、普通の人はそこで魔塊に追い出され、体の魔力が流れる道に沿って外へと出されてしまうため、そもそも体内に籠もったりしない。

 あと、魔産工場は長く動き続けると、短時間休憩させるため強制的に稼動しなくなる性質がある。スミプト師匠が、鍛冶仕事の合間に休憩をとるのも、それを防ぐためだ。

 なにはともあれ、まずは確認だ。こっそりと倒れている二人の様子を見てみる。

 外見は、魔産工場を動かしているように、赤い顔をしていた。

 しかし、魔塊を回転させて動かしたときとは違って、実に苦しそうな顔をしている。

 そっと脚に手を触れて、魔力の動きを探る。樽精製を手伝い始めるときに、スミプト師匠の手に重ねて、魔力の動かし方を学んだときの応用だ。

 しかし、どう探っても体温が高いだけで、魔力が体内に溜まっている様子はない。

 こうなると、単に夏の日差しで体温が上がっただけにしか思えない。

 つまりは、前世で夏のニュースでよく出てくる、熱中症だろう。

 たしか、治療方法は、涼しい場所で休ませることなんだけど。荘園の中は畑ばかりで、木陰の場所は無さそうだ。

 となるともう、水をかけて風で冷やすしかないんだけど。水の場所は知らないし、あいにく風も止んでいる。

 熱中症なんて病名だしても、何を言っているか分かってもらえなさそうだし……。


「まあ、仕方ないよね」


 と言葉を出して気合を入れると、魔塊を回して魔産工場を動かす。

 体から出てきた魔力を使って生み出した水を、倒れている二人にかける。

 

「こら、何をしているんだ!」


 そうマノデメセン父さんに怒られるのも予想済みだ。


「体温が高いのが問題なら、冷やせばいいんじゃないの?」

「そういうことじゃない! 問題は、体内にある魔力だ!」

「じゃあ、悪いことをしたし、乾かすよ」


 しょうがない風を装ってから、何をしているんだという周囲の視線の中で、今度は手から風を生み出す。

 こうすれば、気化熱で二人の体を冷やすことができるはずだ。

 そうしていると、やっぱりこの処置が良かったのだろう、服が乾ききる前に倒れていた二人は意識を覚ました。


「うぅ……な、なんだ。みんな、どうしたんだ」

「あぅ……うぁ、どうして、覗きこんでいるの?」

「あああ、お父さん、お母さん!」


 女の子がすがりつくと、二人はどうしてこんな状況になっているのか分かっていないようだった。

 周囲の人たちは、これで一安心だと息をつく。

 そんな中、俺は倒れていた二人に近寄って、こう聞かないといけない。


「ねえお二人さん。喉乾いてませんか? 魔法で水を出すから飲みませんか?」


 熱中症になった人に水分補給が必要だと知っているのは、悲しいかな前世の知識がある俺だけ。

 なので、また変なことをやろうとしているという目で、周囲からは見られてしまうのだった。


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― 新着の感想 ―
そうか、この世界の人たちは体温上昇=魔力生産の図式が身近にある“当たり前”すぎてまずそっちを疑ってしまうのか。 小難しい真実よりも信憑性のある真実っぽいものが信じられてるっぽいな。
[気になる点] ご先祖さまって、スゴイかったんだね!
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