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八十八話 練習の続き


 雨は三日降り、一日快晴を挟んで、また二日続いた。

 この長雨で街道がぬかるんでしまっているそうで、高速馬車は運行を取りやめているのだと、わざわざ関係者がフィシリスの家にまで言いに来た。

 そして、この町に帰ってくるのは、予定よりかなり送れそうだとだとも。

 フィシリスはそう教えてもらっても、特に何も感じない顔をしていた。


「そうかい。それは大物釣りを頑張っている、あの男たちにとっちゃあいいことだねえ。その間、こっちはのんびりとさせてもらうさ」


 伝言を伝えに来た人は、なにか言いたげな顔をしていたけど、他に用事がある様子で足早に立ち去っていった。

 後ろ姿を見送ってから、フィシリスは日課となっている、魔塊を回す訓練をし始める。


「うーん……もうちょっと、って感じはあるんだけどねえ。なかなか上手くいかないねえ」


 にっちもさっちもいかないようなので、俺の場合はどうだったっけと思い出していく。

 魔貯庫の壁を動かしたときに、魔塊が動くのを発見して、それを切欠に回し方を覚えたんだったっけ。

 とすると、フィシリスもちょっとした弾みがあれば、魔塊を回転させる事ができるようになるんじゃないかな。

 とはいっても、魔貯庫の壁を動かすなんていうのは、赤ん坊の頃に間違ってやった魔力を増やそうとした訓練による、副産物みたいなものだ。

 他の人は、その壁を動かすなんて事が、そもそも出来ないみたいだし。

 ならどうしようかと考えて、フィシリスの魔塊を何かで押して動かせないかと閃いた。

 けど、それをどうやって実現しようかと悩んでしまう。

 そうやってあれこれと方法を考えていると、フィシリスは訓練をやめて期待した目をこちらに向けていた。


「休んでないで、訓練しててよ」


 思わず苦情っぽいことを言うと、フィシリスが苦笑いした。


「いやあ。バルティニーがそうやって考え込んだ後って、なにかしらのいい方法を考え付くことが多いからねえ。それを期待しているのさ」

「……思いついたら教えるから、それまでは練習してて」

「おうさ。期待して、練習しながら待ってるとするよ」


 フィシリスはそう約束しながらも、俺が提案する方法で魔塊を回転させられると信じて疑わない顔をしている。

 気が早いなって思いながら、どうやって魔塊を押すかの考えを巡らす。

 三つ方法を思いつき、安全な方から、フィシリスに試してもらうことにした。


「じゃあ、立って。それでいいって言うまで、横に回り続けて」

「?? 良く分からないけど、やってみるさね」


 俺の指示に従って、フィシリスはその場でぐるぐると横に回転し始めた。

 そして、回転数が二十回を超えたあたりで、俺に質問してくる。


「これ、どれぐらい、回っていればいいんだい?」

「目が回って立っていられなくなるまでだね。頑張って」


 俺の声援を受けて、フィシリスは回転速度を上げた。

 そして、数が五十回になったところで、よろめきながら長椅子に横たわった。


「うわわっ、世界が、世界が回っているよ」


 視界が回って見えるから、体を起こすのも恐いんだろう。

 けど、俺はその状態を回復する前に、次の指示をだす。


「はい。そこですかさず、魔力の塊の状態を確かめてみて。目が回っているように、魔力の塊も回っているんじゃない?」

「はええぇ~。目が回っていて、集中するどころじゃないんだけどねえ」


 文句を言いながらも、フィシリスは律儀に自分の魔塊の状態を確かめる。

 そして、長椅子に横たわりながら、首を横に振った。


「駄目だね、まったく動いてないさね。ああぁ~、いま首を振ったから、よけいに目が回ったよ~」


 くらくらしているようで、顔を手で覆って、長椅子の上に仰向けになってしまった。

 どうやら、この方法は失敗だったみたいだ。

 この方法で動かせるようになったら、一番簡単で誰にでも使える方法になったんだけどなあ。

 仕方がないと気持ちをきりかえて、次の方法を試すことにする。


「フィシリス。次は、魔力の塊の場所を確かめたときみたいに、俺が君の体に魔力を流し込んでみる。それで魔力の塊が動いたかを確かめて」

「その方法は楽そうでいいねえ。あたいは気分が回復するまで横になったままでいるから、勝手にやっとくれ」


 長椅子に寝ながら、彼女の魔塊がある場所――つまり右胸をぐっと張ってみせる。

 まるで胸を触れと言わんばかりの恥じらいない様子に、逆にこっちが恥ずかしくなってしまった。

 けど、手を触れないことには魔力を流せない。

 とは言っても、胸を鷲掴みにするような気にはならないので、フィシリスの右鎖骨の上に手を置くことにした。


「それじゃあ、いくよ」

「おうさ。よろしくやっとくれ」


 俺は魔塊を回転させ、それに触発された体細胞が生み出した魔力を、手からフィシリスの体内へと流していった。

 十秒ほどして、フィシリスはくすぐったそうに、身をくねらせ始める。


「くぅー……。やっぱり、バルティニーの魔力が、魔力の塊に触ると、こそばゆくなるねえ」

「それについては、我慢してよ。それで、魔力の塊は動いている?」

「ちょっと、待っとくれよ……。かすかに動いているような、いや気のせいだねえ」


 俺の想像では、魔力を当て続ければ風車のように回転する、って考えていた。

 だから、効果がないと知って、少しだけ納得がいかなかった。

 量が足りないのかなと、ちょっとだけ流す量を増やしてみる。

 すると、急にフィシリスが笑い始めた。


「あひゃひゃはははっ! ちょ、止めておくれよ、くすぐったすぎるよ!」

「ごめん。すぐ止める!」


 罰ゲームでわき腹をくすぐられているかのような笑い方に、俺は慌てて魔力の放出を止める。

 それでもフィシリスは少しの間、くすぐったさが残っているように、口元が笑みの形になったままお腹を震わせていた。

 その後で、ようやく収まったって感じで、苦情を言ってくる。


「はー。あんまりバルティニーの魔力を増やすと、あたいの魔力の塊に触る具合が多くなってきてさ、すっごくくすぐったいんだよ。これじゃあ、魔力の塊が回転しているか気を向けてられないよ」

「そうなんだ。いい方法だと思ったんだけどなあ……」


 最後の一つは、今のと似た方法だから、やろうか止めようかと悩んでしまう。

 フィシリスは、俺のそんな様子を見て、長椅子から体を起こした。


「まだ方法がありそうじゃないか。とりあえず、なにするか教えておくれよ」

「そう言うなら。えっとね、方法としては今のと変わらないんだ。ただ、『濃い魔力』を流してみようかなって考えているんだ」


 魔塊を認識し始めたフィシリスに、生活用の魔法に使う魔力と、攻撃用の魔法に使う魔力が違うと説明しても分からないだろう。

 なので、魔塊を解した魔力のことを、『濃い魔力』と表現してみた。

 この魔力は、体に流れているのが分かるほど、濃いというか粘度が高いというか、そういう特徴がある。

 例えて言うなら、生活用の魔力を風としたら、攻撃用の魔力は水みたいなもの。

 つまり、風で回せないなら、水で回してみようと考えたんだ。

 そんなことを、掻い摘んで説明すると、フィシリスは理解したようでしていないような顔になった。


「魔力に、濃いだの薄いだのあるなんて、聞いたことがないねえ。けど、バルティニーが言うには、あるんだろうから、試してみるといいさ」


 そうフィシリスは安請け合いしてくれているが、俺としては心配事があった。


「薄い魔力を体に流すと、くすぐったくなる。なら、濃い魔力を流したら、くすぐったさ以上の感じを受けるはずなんだ。多分だけど、痛いんじゃないかなってと思う」


 危惧している点を話すと、フィシリスに笑われてしまった。


「あははっ。痛みを耐えるぐらいで魔法が使えるなら、ばんばんとやっておくれよ。こう見えても、痛みには強いって自信はあるんだよ」


 さあさあと、フィシリスは俺の手を取ると、彼女の右胸に押しやり始めた。

 強引だなと思いながら、俺はフィシリスを再び長椅子に横たえさせる。


「そう言うならやるよ。けど、あまり長く濃い魔力を流すつもりはないから、フィシリスはじっと自分の魔力の塊に集中してて」

「おうさ、この一回で、きっちりと魔力の塊を回すコツを掴んでやるさね」


 フィシリスが目を閉じて集中するのを待ってから、俺は魔塊を解した魔力を腕から彼女の右胸へと流していく。

 そのとき、フィシリスの体に入っていく魔力から、彼女の体内の感触が俺に流れ込んできた。

 言い表し難いけど、細い管に指を無理矢理突っ込んでいるような、そんな感じだ。

 この感触が俺だけのものではなかったらと考えて、フィシリスの顔を見ると眉間に皺を寄せて痛みを堪えている表情をしていた。


「痛いよね、ごめん。すぐに止め――」

「いや、このままやっとくれ! いっそひと思いに、ぐっと一気に!」

「一気にするなんて、すごく痛いと思うよ!?」

「優しさで中途半端にやられるほうが、こっちにとっちゃ辛いんだ。一気に押し通る気でやるんだよ!」

「ああもう、どうなってもしらないからね!」

 

 俺は言われた通りに、フィシリスの魔塊まで貫通する気で、魔力を一気に注入した。

 それでも、魔力から感触が伝わるので、可能な限り痛くしないように気をつけていく。

 無理矢理押し通るので、フィシリスは声をださないように口を閉じながらも、かなり痛そうに身をよじった。

 痛がる姿を目にし、ここで止めたら痛がらせた意味がないと、さらに魔力を注入する。

 そんな奮闘は、俺の魔力がフィシリスの魔塊の場所に入り込むまで、かかった時間にしたらほんの数秒の出来事だった。

 けど、俺は気疲れで、フィシリスは痛みによって、額に汗をかいていた。

 俺は汗を空いている手で拭うと、フィシリスに次の説明をする。


「後はこの魔力で、フィシリスの魔力の塊を押すだけだよ」

「かなり痛かったから、これで魔力の塊が回ってくれないと、割に合わないねえ」


 フィシリスは冗談を言いながら、もう一度目を瞑って集中し始めた。

 俺は「いくよ」と声をかけてから、魔力をフィシリスの魔塊へぶつけた。

 その瞬間、フィシリスの口から押し殺した悲鳴が漏れ出てきた。


「あぐッ!!」


 まるでお腹を殴られたかのような呻き声に、俺は怯む。

 しかし、魔力から感じる感触では、まだフィシリスの魔塊は回転していない感じだ。

 ここは心を鬼にするべきだと、もう一度、今度は勢いをつけて衝突させる。


「おごぅ!!」


 フィシリスは気持ち悪そうな顔になると、空気を求めるように口を開け閉めする。

 けど、彼女の魔塊が動き出しそうな気配がする感じがあるので、これで最後ともう一回だけ激突させた。


「がッ! おぉぅ……」


 勢いよく仰け反った後で、フィシリスはぐったりとしてしまった。

 これはやりすぎたと、思わず青ざめる。

 どう謝ろうかと考えていたそのとき、急にフィシリスの魔塊が回転を始めた感じが、彼女の体内にある俺の魔力から伝わってきた。

 と、とりあえず、目的は達成したかな……。

 俺は恐る恐る、横たわるフィシリスの右胸から手を離そうとする。

 けど、ぐったりしていた姿が演技だったかのように、フィシリスは俺の手を掴んだ。

 そして怒り心頭な目を、こっちに向けてくる。


「バルティニー、よくもやってくれたねえ……」


 恨みのこもった声を聞いて、俺はすぐに謝る。


「痛くして、ごめん。でもほら、中途半端はよくないって、フィシリス自身が言ってたよね。それに、魔力の塊は回せるようになったんだし。結果よければ全てよし、じゃない?」


 引きつった笑顔で弁明を付け加えると、頭を平手で思いっきり叩かれてしまった。


「この、お馬鹿! 魔力の塊を回転させられるようにしてくれたことには、礼を言うけどね。なにごとにも限度ってもんがあるんだよ! 乙女の内側を、ぼこぼこ遠慮なく殴っていいと思ってんのかい! この、この!」


 怒りが収まらない様子で、多少は手加減された平手が、何発も飛んでくる。

 俺はそれを腕で受けつつ、怒りが収まるまでは生活用の魔法の訓練は延期かななんて、気楽なことを考えていたのだった。

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