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八十六話 男の頼み

 十人ほどの男たち全員が、両手を上げて敵意がないと示したので、俺は手の弓と矢を仕舞う。


「それで、なんの用ですか?」

「ちょっと、魚人のお嬢さんにお願いがあってきたんだ」


 どうやら、俺の出番ではないみたいだ。

 指名されたフィシリスを、彼らの前に出す。

 けど、何かあれば助けに入る心構えはしておく。 

 フィシリスはいつも通りの勝気な態度で、彼らを見やる。


「それで、あたいになんの用なんだい?」


 問われた男たちは、全員が一糸乱れぬ動きで、一斉に頭を下げる。

 体の動きがあまりにも機敏で、煽られて風が起きたような気がした。

 その後で、そのうちの一人が大声を発する。


「センシシさんとあんたに、軋轢があることは分かっている。だが、あえて頼む。うちの商会に、釣った大物を卸してくれ!」


 身勝手に聞こえる言葉に、俺はフィシリスが怒り出すんじゃないかと思った。

 けど、この予想は外れたようだ。

 フィシリスは、呆れた目で彼らを見やり、後ろ頭を掻く。


「とりあえず、あたいとクソジジイのイザコザを知っていて、そんな頼みをしにきた理由を話しな。聞いてやるからさ」


 その言葉に、男たちは頭を上げかける。

 けど、途中で上げていいか迷って、結局は頭を下げたままで説明を始めた。


「センシシ商会と、その傘下にある商店への風当たりが、最近強くなってきたんだ。先日の船の沈没で、商会と関わりが薄い人たちの心が、離れてしまったんだ。理由は、船を潰した上に奴隷とはいえ人命を失ったのに、センシシさんは失敗を挽回する方策ばかりで、死者を悼む言葉を口にしなかったからだと思う」


 それは、住民に見限られてもおかしくない失策だな。

 前世でもよく耳にしたように、商売は信用が第一。

 お客は、人の命のことをなんとも思ってない人から、食料品や商品を買おうだなんて思わない。その買ったものが、安全に使えるか怪しいからだ。

 けど、そんなセンシシの失敗のせいで、窮地に立たされている傘下の店は、少し可哀想に思えなくもない。

 でも、フィシリスにとっては違うみたいだ。


「ふーん。それがどうしたのさ?」


 まだ途中だろといわんばかりに、さらなる説明を促したのだ。

 男たちは、少し困惑した雰囲気になる。

 だが、先ほどとは別の男が発言し始める。


「俺は傘下の店で働いているんだが、人でなしの店と言われ始めている。このままだと、店への嫌がらせや、打ちこわしに発展しそうで、家族ともども怯えているんだ」


 この発言に引きずられるように、他の男たちも、近況を各々喋りだした。


「近くの村まで行商に出ているんだ。けど、噂が流れてしまったのか「センシシ商会の品か?」って聞かれるようになった。そうだと答えると、露骨に嫌な顔をされて、買ってもらえなくなったんだ」

「この町での商売だって似たような状況だ。買いはするが、必要だから仕方がないって顔だ。そんな嫌そうに買われると、心に堪える」

「俺は妻から、センシシとは距離を置けと言われた。でないと、近所から白い目で見られるからと」


 その説明を聞いていて、フィシリスの呆れ具合はさらに強まった。


「だから、どうしたのさ。その話とあたいに、なんの関係があるってんだい?」

「それは、君がセンシシ商会に、その装置で釣った大物を卸してくれさえすれば――」

「馬鹿だねえ。あたいを泣き落とせば、それで万事が解決するって、本気で思っているのかい?」


 男たちの困惑が強まったのを見て、フィシリスは少し気分を害したようだ。


「そんなんで、事が済むもんかい! 客が離れているのはね、クソジジイに商売の才能がないせいだよ。それを放ったままじゃ、急場をしのいだところで、遅かれ早かれ同じような問題に直面するって、なんでわからないんだか。大の男が雁首並べて情けない」


 自分より若い娘に苦言されプライドが傷ついたのか、男たちの中の一人が言い返す。


「センシシさんに商売の才能がないはずはない。でなけば、センシシ商会があれほどの大きさになるはずがない!」


 俺には一面の事実に聞こえたけど、フィシリスには違ったようだった。


「はんっ、アホを言うんじゃないよ。クソジジイの店が大きくなったのはね、あたいのお爺ちゃんがお人よしで大物釣りの腕があったからだよ。潰れそうだった店をこの腕で救ってやったって、お爺ちゃんが言っていたから間違いないね」

「仮にそうだったとしても、商品を売るのはそう簡単じゃないはずだ」

「……本当に、アンタはアホなのかい? お爺ちゃんが釣る前までは、数十年に一匹釣れればいいほうだった大物だよ。どんな商売下手が店主でも、客が大金持ってやってくるに決まっているだろうにさ」


 フィシリスは呆れ果てたという感じで、男たちにセンシシの才能のなさを訴えるのをやめてしまったようだ。

 けど、別に言いたいことがあったようで、厳しい目になり睨みつける。


「まあ、あのクソジジイのことはどうでもいいさね。それよりも、アンタたちは自分が恥ずかしくないのかい?」


 指摘にうろたえながら、一人がおずおずと口を開く。


「……恥を忍んで、こうして頭を下げて――」

「はんッ、小娘に頭を下げるのが恥ずかしいかって聞いたんじゃないよ。クソジジイ――センシシの店にいままで厄介になっていたのに、風当たりが強くなっただけで逃げ出すような、船に住み着いたネズミより根性のない、その心根が恥ずかしくないのかって、そう聞いてんのさ!」


 冷静に話そうとして最終的に失敗したような、フィシリスの大声に、男たちはビクッと肩を震わせて黙りこむ。

 その態度がまた気に入らなかったのか、フィシリスの顔に苛立ちが見え隠れし始める。


「アンタらはね、スジ違いなんだよ。いまの商売が大事だったり、いままでに商会に受けた恩に報いたいなら、センシシと一緒に没落するって決めないのさ。家族が大事なら、傘下から離脱すると断りにいかないのさね。そもそも、敵対しているあたいに頭を下げる前に、センシシに態度を改めろと言えば、状況は好転するだろうにさ」


 フィシリスの言ったことは正論かつ、立派に筋を通す方法に違いなかった。

 けど男たちは、センシシになにかを言って不評を買うのを恐れているようで、もごもごと言葉にならない呟きをしている。

 それが、フィシリスの怒りに、さらに火をつける。


「何か言ったらどうだい、この恩知らずの恥知らずども! あたいはね、アンタらのような、なよっちい大人がクラゲよりも大嫌いなんだ! あたいに気変わりを求めるなら、アンタらもそれ相応の覚悟ってものをしてからきな!!」


 フィシリスは怒声を浴びせかけてから、帰れと町中を指差す。

 男たちは、顔を見合わせる者、失意に肩を落とす物が多い。

 中には怒りにかられた顔になった人もいたけど、俺の弓矢と鉈を見て、諦めたようにうな垂れた。

 彼らのその姿は、たしかに情けない大人の典型だな。

 俺はデカイ男になりたいので、反面教師な駄目な例として、彼らの姿を覚えておくことにしようっと。

 そんな事を考えて様子を見ていると、ある一人の男は多少は気骨があったようで、うな垂れから一転して覚悟を決めた表情になった。


「……俺は覚悟を決めたぞ。親の代からセンシシさんには世話になっているんだ、いまさら離反なんてできない」


 そう宣言をした後で、大物釣りの装置を指す。


「たしかあの装置は、管理者が使わないときや許しを得られれば、使ってもいいはずだったよな。それと、君らは高速馬車が帰ってくるまで、釣りをしない気だと噂できいたが本当か?」


 問いかけられて、フィシリスは少しだけ見直したような顔になる。


「へぇ、よく知っていたねえ。それがどうかしたのかい?」

「なら、俺にあの装置を貸してくれ。大物を釣り上げて、センシシ商会にも釣りの名人がいるって知らしめてやる。そうすれば、どこにも迷惑かけずに済む」


 端から聞いている俺からすると、彼の決意が変な方向にいっている気がする。

 けど、フィシリスは面白そうな顔になると、話しに応じる気みたいだ。


「そりゃあ、いい考えだねえ。けど、大丈夫なのかい? 装置の使い方を知っているわけでもないんだろう?」

「構わないでくれ、釣りの腕には自身がある。装置の使い方についても、センシシさんに聞く。いままでの十年間はあの人が管理者だったんだ、教えてくれるはずだ」

「へぇ、覚悟はわかったけどね。管理人以外があの装置を壊したら、借りた人が修理代を出すことになっているんだ。もしも逃げようものなら、町の財産を壊したって罪状で警護隊が追うし、アンタの家族が残っていたら、借金奴隷で売られちまう。その点は肝に命じなよ」

「分かった。壊したときは、全財産と奴隷落ちしてでも、代金は払う。だから貸してくれ」


 彼の真摯な言葉と目に、フィシリスは破顔した。


「ふふっ。その気持ちに負けて、貸してやるとするよ。貸し出し期間は、今から高速馬車が返ってきた日までだよ。せいぜい頑張りな」

「ありがとう。じゃあ、早速、センシシさんに使い方を聞いてくる」


 その男が駆け出すと、他の男たちは顔を見合わせ、なにかを決意する表情に変わった。


「あいつにだけ、格好つけさせてたまるかよ」

「そうだな。なにか俺たちでもできることが、きっとあるはずだ!」

「手伝うぞ。そして大物を釣って、町の皆とセンシシさんを見返してやるんだ!」


 決起するような言葉を放つと、男たちも町に戻っていった。

 その姿を見送ってから、俺はフィシリスに顔を向ける。


「あっさりと装置を貸しちゃって、良かったの?」

「そりゃあ、いいにきまっているさね。装置は町のもんだから、町人が使いたいってんなら、使わせてやらないとねえ。それと、ここで長い間寝泊りしているからねえ。久々に、ベッドと屋根のある場所でゆっくり寝たいのさ。バルティニーだって、そうじゃないかい?」


 そう言われてみると、野宿続きだったからか、体の疲れが抜けきれてない気がしていた。

 フィシリスも、頭を半分半分休めるっていう、魚人の特性を使っていたから、体の疲れは溜まっているかもしれない。

 けど、フィシリスの嬉しそうな顔を見ると、他になにか理由がありそうな気がした。


「他に何か考えているでしょ?」

「ふふっ。バルティニーに魔法を習うことに集中したいってのと、明日か明後日には雨がきそうな感じがするから、ここから一時的に離れるつもりだったんだ。あの男の提案は、それにちょうど良かったってだけの話さね」


 魔法の練習はともかく、雨だって?

 空を見上げると、雲が少しだけある晴れで、とても雨が振りそうな気配はない。


「ほんとうに雨がくるの?」

「ふふ~ん。水のことなら、魚人にお任せだよ。さあさ、あたいの家にきなよ。歓迎するからさ」


 まだ半信半疑だったけど、自信がありそうなので、本当なんだろうと判断した。

 そして俺は、フィシリスに背中を押されて、彼女の家のある場所へと向かったのだった。

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