八十五話 魔塊の感じ方
高速馬車が戻ってくるまで、俺はフィシリスが魔塊の位置を自覚する手伝いを続けた。
しかし、人によって場所が異なるので、体のどこに集中すればいいかを、的確にいえないのがもどかしい。
それで、どうにか他の方法がないかを考えていたんだけど、ふと試してみたいことを思いついた。
「フィシリス、ちょっとお腹触っていい?」
手を伸ばしながら尋ねると、ぺしっと叩き落とされてしまった。
「な、なんなのさ、いきなり!?」
「いや、魔力の塊を見つけるための方法を、ちょっと思いついたんだよ」
「そ、それならそうと、先に言っとくれ。けどね、バルティニーじゃなかったら、お腹を触らせるなんてさせないからね」
恥ずかしがっているのか、言っている意味がよく分からない。
けど、お腹を触っていいみたいだ。
なので遠慮なく、ビキニ状の服から露出しているフィシリスのお腹に手で触れる。
あまり脂肪はなさそうに見えるのに、ふにっと柔らかく、そしてスベスベとしている。
ずっと撫でたくなるような感触だけど、フィシリスの体が何かを我慢しているようにプルプルと震えているから、あまり手を動かさないようにしよう。
「それで、思いついた魔塊を探す方法っていうのはね。俺が魔力を当てている手からだして、フィシリスの体内に入り込ませることなんだ。やってもいい?」
「え、あ、なんだ、そういうことかい。てっきり――」
フィシリスは残念そうな顔をしかけて、慌てたように首を横に振る。
「――いや、なんでもないよ。それで、バルティニーの魔力をあたいの体に入れても、大丈夫なものなのかい?」
「大丈夫だとおもうよ。人の体の中には、魔力の通り道があるんだ。そこを通って体内に流れるはずだから、痛みとかはないとおもうよ。でも他人の魔力は自分のものと感触が違うはずだから、その行き先を感じ続ければ、魔力の塊が見つかると思うんだ」
「『はず』や『思う』が多い方法は、心配なんだけどねえ」
「なら最初は、ほんの少しだけ流すだけにするよ。なにかあったら、すぐ止めるからさ」
約束した通りに、俺は手のひらから、ほんの少しだけ魔力をだす。
そして鍛冶魔法の際に石に魔力を浸透させるように、フィシリスのお腹の中へと入れていく。
するとフィシリスは、気持ち悪そうな顔になった。
「なんだい、これは。バルティニーの手がある場所から、糸のようなものが体の中に入ってくる感じがするよ」
「たぶん、それが俺の魔力だね。その違和感以外に、なにか体調や気分が悪くなったりしてない?」
「そっちは大丈夫なんだけどねえ。なんか、体の中を細糸でくすぐられているようで、落ち着かないよ」
一応、拒絶反応みたいなものはないようなので、俺はゆっくりとフィシリスのさらに奥へと魔力を浸透させていく。
体内を俺の魔力が進む感触がくすぐったいらしく、フィシリスはトイレを我慢しているかのように、内腿を擦り合わせて我慢していた。
数分かけて、徐々に徐々にと、魔力を浸透させていると――
「ああッ!!」
――急にフィシリスが大声を出した。
俺は驚いて、思わず手を彼女のお腹から離してしまう。
「急に声を出して、どうしたの?」
「い、いやさ。バルティ二ーの魔力ってのか、体の奥の奥に入っていって、あたいのなにかに触れたのさ。そうしたら、体に衝撃が走ったような気がして、思わず声がでちゃったんだよ」
「それって、どのあたりかわかる?」
「えーっと、言い表し難いんだけどね。この右胸の奥にある臓器の、その裏側って感じのところなのさ」
その表現にはちょっとだけ覚えがある。
俺も自分の魔塊とそれを収める魔貯庫の位置は、お腹の裏側なんだよね。
これは臓器の裏ってことじゃなくて、お腹の真ん中に穴が開いていて、その中に入ると別の空間が広がっているって感じだ。
それと似た感じを受けたってことは、フィシリスの魔塊の位置は右胸ってことに間違いはなさそうだ。
早速そう伝えると、フィシリスは驚いた顔の後で、残念そうな顔になった。
「あれがそうなのかい。知っていれば、もっとよく感じ取っておいたのに……」
「もしかして、大雑把に場所はわかったけど、魔力の塊自体はよく分からないとか?」
「そりゃそうさ。バルティニーの魔力が触れたのは、ちょっとの間だけだよ。たったそれだけで、はっきりと分かるはずがないだろう」
フィシリスは言いながら、俺の手を取って、彼女の右胸に押し当てようとする。
俺は驚いて、腕に力を込めて、それを阻止した。
すると、フィシリスは不満そうな顔になる。
「なに手を止めているのさ。続きをやらなきゃ、よく分からないだろうにさ」
「いやいや、自分が何しようとしているか分かって言っている?」
「ん? バルティニーの手を、この胸に当てようとしているだけさね。お腹に触れさせることに比べたら、こんな脂肪の塊に触れさせるのなんて、どってことないさね」
からからと笑いながら、フィシリスは自分の体を前に出して、俺が止めていた手に胸を当てる。
どうやら魚人の価値観だと、胸に触れるよりお腹に触るほうが、エッチなことらしい。
そうと知っていたら、違う場所に手のひらを当てていたのに……。
後悔しても時は戻らないので、俺は手にある柔らかい感触を無視しながら、魔力をフィシリスの体に浸透させていく。
「んっ、やっぱり、この感触は慣れないねえ。あッ。距離が近いから、もうすぐ、さっきの場所に、バルティニーのが入るよ」
体内で俺の魔力がどこを進んでいるのかの実況は助かるけど、その言葉だけを抜き出すと、エロく聞こえてしまうので止めて欲しいなぁ。
けど、俺のその考えが通じるはずもない。
「あ、入ってきた、入ってき――ああんぅ!! やめ、あ、くすぐったッ! でも、あッ、これのことなんだねえ!」
「フィシリス。魔力の塊の場所が分かったんなら、もういいでしょ」
実況から、俺の魔力が彼女の魔塊に触れたと分かった。
だから、もう魔力を流す必要はない。
そう判断して、手から魔力を出すのをやめて、手をフィシリスの胸から離そうとした。
すると、もっとと求めるように、フィシリスが両手で俺の手を持ち、もっと強く自分の胸に押し当てる。
「まって、もう少しだけ。もう少しで、もっとよく分かるから!」
「わ、分かったよ。だけど、初めての方法なんだから、無茶は駄目だからね」
「分かっているさね。だから早くして、忘れちまうだろう」
仕方がないって要求に従い、俺は再び魔力を彼女の体に浸透させていく。
そしてフィシリスは、目を瞑って、魔塊の把握に勤め始める。
三分ぐらいして、フィシリスは目を開けて、満足そうに俺の手を離した。
「しっかりと分かったよ。これが魔力の塊なんだね。それで、これをどうすれば、魔法を使えるんだい?」
ずいっと顔を寄せてくるフィシリスを、俺は押し止める。
「ちょ、待ってってば。人の体に魔力を通したことで、体の変調がないか経過をみないと。とりあえず今日は、これでお終い。何もなければ、明日に再開するから」
「ええぇ~。ちぇ、せっかく魔力の塊が分かったってのにさー」
「高速馬車が帰ってくるまで、まだ日数があるそうだし。焦らずに、ゆっくりと学んでいこうよ」
「むぅ……ま、それもそうだねえ。ああ、明日が楽しみって感じるのは、いつ依頼だろうかねえ」
フィシリスは、遠足を翌日に待つ幼子のように、わくわくが止まらない顔になっている。
俺が思わず苦笑していると、この場所に近づく誰かの気配を感じた。
視線を向けると、見知らぬ男たち――いや、どこかで見た顔だった。
誰だろうとよく考えて、思い出した。
センシシが連れていた配下の人たちだ。
よく顔を見ていなかったので、すぐには思い出せなかった。
それにしても、どういうつもりでここに近づいてきているんだろう。
警戒しながら、いざとなったらフィシリスと装置を守るために、鉈や矢を使うと心構えをしておくことにしたのだった。




