八十四話 事態の推移
渡来船が沈没したことに、衝撃を受けていた大型漁船の船員たちは、少しして我を取り戻したようだった。
「ハッ、こうしちゃいられねえぞ。なんであんなことになったか、聞いて回らねえと!」
「冒険者の坊主と、魚人の嬢ちゃんは、ここに残っててくれ。混乱の中で、誰かに襲われるかもしれねえからな!」
そう言い残すと、我先にと町中に戻っていった。
残されたのは、俺たちと彼らが持ってきた食材とお酒。
「放っておくと日差しで痛んじゃうだろうし、料理に使っちゃおうか」
「いま走ってった人らは、情報を集めたら戻ってくるだろうから、作って待ってやるとするかねえ」
二人で手分けして、食材を使い切る気で、料理を作っていく。
といっても、鍋が一つに納まりきれる量じゃない。
なので、多くの食材は石で作った長串に通して、串焼きにすることにした。
黒液っていう魚醤油っぽいものを振りかけ、ときどき塩と乾燥させて粉にした香草も振りかけながら、遠火でじっくりと焼いていく。
フィシリスは魚をおろすと、剥いだ皮を石鍋で炒めて脂を出し、そこに魚の内臓を投入。
炒めることで生臭さを和らげた後で、水と骨、海草なんかを入れて煮込んでいく。
そうやって二人で料理を続けて、もう少しで出来上がりってところで、船員の人たちが戻ってきた。
厳しい顔をしていたけど、俺らが作っている料理を見て、顔をほころばせる。
「おおー、美味そう!」
「生ものを食べるにしちゃあ、上等じゃねえかよ!」
「待ってたよ。ほら、配るから並んで」
言葉と共に俺が串焼きを手渡すと、フィシリスもアラ汁を器によそって渡していった。
船員たちは串焼きを手に取って食べてから、空き串でアラ汁の身をつつき、汁を飲んでいく。
そして彼らの腹が少し膨れたところで、町で集めた情報を教えてくれた。
「渡来船が出港したのは、センシシの命令だったそうだ」
「やっぱり。でも、どうして出港なんてしたの?」
俺の疑問に、船員たちはうんざりした顔をする。
「なんでも、大きな海の魔物の素材が手に入らなくなるようなら、センシシ商会から離れるって方々の店から通達があったんだと」
「このままだと、取引相手がいなくなって、商会の存続すら危うくなってくる。そこで渡来船さ」
「あの大きな船から銛を放って大物が取れれば、問題がなくなるって考えたんだろうな」
「そう上手く行かなくても、大物に傷を負わせてから港に逃げ帰ることができれば、慣れれば釣れるはずだと言い切る気だったようだぜ」
人伝えに聞いた話っぽいけど、それでも余りにも無茶な計画だろう。
仮に運良く大型の海の魔物を銛撃ちで殺せたとして、どうやってこの港まで持ってくる気だったのか。
船に乗せるのは無理だ。引っ張るにしても、船の動力は帆とオールだけだから、戻ってこれるのかという疑問も残る。
なにより――
「――挑戦した結果が、渡来船の沈没と乗組員の全滅じゃあ、損ばかりだよね」
前世なら、大型船が一隻でも沈没しようものなら、トップニュースになっていた。
その知識からの言葉だったのだけど、なにやらこの世界の常識とは少し違っていたようだ。
「どうかねえ。あの船に乗っていたのは、大半が奴隷だったって話だ。肉塊のことだ、多少の損はしたが、次はうまくやるとでも思っているんじゃねえかな。そもそも船を新しく作るつもりで、古い船と奴隷は始末するよていだったって噂もあるようだしな」
「船は、なんとなく分かります。けど、奴隷を始末するって、どうしてですか?」
「そりゃあ、借金だろうと身分だろうと、契約期間を満了した際には、雇い主がそれなりの金を払って市民の身分を買わなきゃならん決まりがあるのさ。業突く張りのセンシシには、これから働いてもらう船に払う金はあっても、働き終わる奴隷に金を使いたくなかったんだろうさ」
「なんだそれ! 信じられない!」
故郷での奴隷の扱いとの差に、俺は思わず大声を上げてしまう。
しかし、船員たちはこの結果に、どこか納得している雰囲気を持っていた。
「気持ちは分からんでもないがな。これは海の男にとっちゃ、納得済みのことなのさ」
「借金して買った自分の船が、運悪く海の魔物に襲われてボロボロにされ、それの修復でまた借金をする。それの繰り返しで首が回らなくなったヤツが、借金奴隷に落ちる。それでも諦めきれずに、短い期間で奴隷から解放される、危険な雇用契約を結ぶんだ」
「つまりは、人生の大博打に、命を懸けたってこったな」
同じ境遇だったら、彼らもそうすると言いたげだ。
俺も夢のために、冒険者っていう命懸けの職を選んでいるから、大っぴらに反対はしずらい。
けど、冒険者は自分自身で命の使い方を選べるのに対して、船に乗る奴隷の人は他者に自分の命を預けている。
この違いによって、どうしても俺には、今回の事故について納得ができない。
少なくとも、センシシのようなヤツに、自分の命を預けたくはないと強く思った。
俺が不満げなのと同じように、フィシリスも理由を分かりたくないといった顔をしている。
「ふんっだ。アンタらはそれでいいだろうさ。けどね、残される親兄弟、妻や子の気持ちを考えたことがあるのかい」
フィシリスは苛立たしげに、船員たちを睨みつける。
「お爺ちゃんが死んだとき、老衰だから仕方がないってわかってても、どうしようもなく悲しかったものさ。それなのに、ある日突然に自分の親しい人が死んでしまったなんて、どれだけの悲しみがこの身に起こるか、想像も出来やしない」
実感を伴った言葉に、船員たちは顔を引きつらせる。
「き、気持ちは分かるけどな、嬢ちゃん。海の男にとっちゃあ、船を買うってのは、一生をかけてもやって成し遂げてみたいことなのさ」
「それで、小さな船で漁をして稼いで、やがて大きな船にってのが、オレらの代えられない野望なんだよ」
夢を語る彼らに、フィシリスの眉尻がつりあがった。
「そんな男の勝手な理屈なんか、知ったこっちゃないって言ってんだよ! 家族は絶対に、生きて返ってきたほうがいいって言うはずさ。嘘だと思うなら家に帰って、聞いてみるこっ――むぎゅッ」
ヒートアップしすぎて前のめりになっていたフィシリスの頭を、俺は後ろから前に押して言葉を詰まらせてやった。
発言を止められて恨めしそうな目を向けてくるので、理由を話してあげることにする。
「フィシリス、話題と関係のない気持ちが入りすぎてるよ。それに人生は、どういう決断をするかも含めて、その人のものだよ。他人がとやかく言うものじゃないよね」
「それは! ――そうかもしれないけどさぁ……」
指摘を受けて、気落ちしたかのように、フィシリスは急にしおらしくなった。
俺は理解してくれたなら、それでいいやと思った。
それで船員たちはというと、フィシリスの言葉が少しは心に刺さったようで、ちょっとだけバツの悪そうな顔をしている。
「あー、まあ、なんだ。オレらだって、死にたくて死にそうな仕事をするわけじゃねえ、ってことは覚えててくれ」
「その通り。夢のこともあるけど、家族に少しでも楽をさせてやりたいがために、許容できる範囲内の危険を選んでいるんだからな」
「まあオレの場合は、かあちゃんに稼いでこいって、尻を蹴飛ばされて仕事に行ってっけどな」
笑い話っぽく話を終わらせてから、話は沈没した渡来船に戻る。
「とまあ、そんな感じで、今回の失敗は船がオンボロだったから逃げ切れなかった、って理由をつけたらしい」
「センシシのやつは、新型船なら大物の魔物ぐらいわけないって風潮して、取引先や配下の店の離脱を防ごうとしているみたいだぜ」
「けどな、オレが聞いた話じゃ、高速馬車の商会が裏から手を回して、離反を促しているそうだ。センシシ商会が潰れれば、一躍この町で一番の商会になれるからな」
商人間の争いに発展しているようだけど、その話は直接的には俺とフィシリスに関係のないこと。
そう思っていたのだけど、ちょっと違うようだった。
「これから、魚人の嬢ちゃんと、冒険者の坊主は忙しくなるぞ」
「へっ? それはまたなんで?」
「当たり前だろう。センシシと高速馬車の商会が、覇権を争っているんだ。優位にことを運ぶには、大物を多く釣り上げることが一番だろうよ」
竿釣りの真似をしながらの言葉に、俺とフィシリスは顔を見合わせ、首を傾げ合った。
「そう言われても、大物釣りをする気はなかったんですけど?」
「そうだよ。一匹釣れば、何年も働かなくていい金が入るんだからねえ。急いで釣る気は、さらさらないよ」
俺たちの発言を受けて、船員は甘いとばかりに指を振る。
「いまセンシシ商会には、大物を取れる船はない。今のうちに、お前らが大物を何匹が釣り上げておけば、向こうが新型船を出港させる前に、この町の情勢は決着する。一日でも早い決着が、お互いの商会に、要らない金を使わせないことにも繋がるんだ」
理屈は分かったし、センシシ商会に止めを刺す、絶好のチャンスだとも理解した。
「けど、よくそんな事情を聞き集められましたね――って、そういえば。あの大型漁船の出資者って、高速馬車の商会なんでしたね」
「そういうこと。その商会の偉いさんから、お前らを焚きつけてくれって、頼まれたんだよ。ついでに、魔物で大もうけする、絶好の機会でもあるしな」
抜け目ないなって思いながらも、どうするかは俺じゃなくて、実際に釣るフィシリスが決めること。
なので、俺は発言を譲るように、彼女に目を向けた。
「……分かったよ。とりあえず、あの沖にいる海の魔物を狙う。それでいいんだろ?」
フィシリスは悩んだ様子だったけど、決断した目で告げた。
すると、話を聞いた船員たちは、喜びに沸いた。
「よっしゃ、早速連絡を入れにいくぜ!」
「そうそう。売る場所に困るから、釣るのは高速馬車が町にいるときにしてくれ。もうちょっとしたら帰ってくると思うからよ」
もはや勝った気でいる船員たちに、フィシリスが苦言する。
「わかったよ。けど、『網を投げる前に魚を数える』なんて、猟師にあるまじきことだろうに。つつしみな」
「あはははっ、違いねえ。なら、そっちは釣ることを一身に考えてくれ。こっちは実際に釣れてからどうするか考えるからな」
「そんじゃあ、オレらはいくわ。串焼きとアラのスープ、美味しかったぜ!」
船員たちはスキップしそうなほど、浮かれた足取りで町中に戻っていった。
その様子に、俺とフィシリスは同時に肩をすくめる。
そして、同じ行動をしたことが、お互いに可笑しくなったようで、二人して笑顔になった。
「あはっ、これから忙しくなりそうだね」
「ふふっ、暇よりかはマシさね。」
「けど、高速馬車が戻ってくるまで時間がありそうだ。それまでフィシリスは、体内にある魔力の塊を探し当てることに集中しないとね」
「それもそうだねえ。これがまた、難儀で仕方がないさね」
本当に魔力を感じることが苦手そうなので、俺もどうにかしてある場所を教えられないかと、改めて方法を探ることに決めた。
でも、このまま高速馬車の商会が勝てばいいけど、あくどいセンシシのことだから妨害とかしてきそうだなって、近い未来のことについてちょっとだけ心配してしまうのだった。




