七十九話 警護隊詰め所にて
詰め所という場所に連れて行かれた。
男たちは建物の中に連れて行かれ、俺は外に出してある椅子と机の上で、取調べがされることになった。
通りがかりの人たちが、俺と警護隊の人を見て、微笑ましそうというか、主に俺をヤンチャ者めって顔で通り過ぎていく。
前世の知識からだと、事情聴取といえば密室で行われるものという印象だったので、ちょっと驚いた。
「あの、外で取調べなんてして、いいですか?」
「容疑者が逃げるかもってことか? 君ならそんな心配は要らないんじゃないだろう」
「えっ? なんでですか?」
「君は、外からやってきた、海産物を生で食べた冒険者だろ。酒場や食堂で、海の常識知らずの怖いもの知らず、って容姿込みで君のことは話されているな。特に最近は暇だからね、酔っ払いが繰り返し話すから、居合わせた人は耳にしているってわけだ」
その話を聞いて、変な話で有名になってもなって、苦笑いしてしまう。
けど、それほど俺の容姿がこの町に浸透しているなら、逃げ隠れすることも出来ないだろうな。
そんな感想を抱いていると、警護隊の人が指先でコンコンと机を叩いた。
「それじゃあ、喧嘩になったいきさつを、簡潔に話してくれ」
「はい。では――」
出来るだけ、客観的に伝わるように、警護隊の人に話をしていった。
話終わると、難しい顔をされてしまった。
「なるほどな。装置を許可なく動かそうとしたのを咎めたら、襲ってきたということか」
俺の真向かいに座っている人は呟くと、隣に目を向ける。
その視線の先にいた人は頷き、建物の中に入っていった。
中に連れていかれた人たちの話と合うか、確かめるのかなって思いつつ、俺は声を潜めて問いかける。
「あの、これからどうなるんでしょう?」
「ん? 冒険者なのに、こんな感じの事態になったのは初めてなのか?」
「はい。まあ、なって一年も経ってませんから」
すると、意外そうな顔をされた。
「海のことに疎そうだから、近くの村の出じゃないんだろ。なんでまた、この町に?」
「えっと、魚鱗の布の防具を買いにと、海を見てみたいって気持ちもあったからですね」
「ほほぅ。あの防具に目をつけるとは、なりたてにしては目端が利いているな」
微笑ましそうにこっちを見てから、警護隊の人は一転して真面目な顔になる。
「町の中で喧嘩をしたら、こうやって取り調べの後に、厳重注意してから釈放になる。今回の非は、あっち側にありそうだからな。君には派手に喧嘩はするなと、口頭注意ぐらいで済ませるつもりだ」
よかったと胸を撫で下ろしていると、話には続きがあった。
「だが、もしも君が人を殺していたら、どちらに非があろうとも、何日も渡って根掘り葉掘り聞くことになる。だから、町中での殺しはするなよ」
「……町の外ならいいって、聞こえますけど?」
「我々の仕事は、この町を守ることだ。それ以外の場所で起きたことに、関与するつもりはない。もっとも、その諍いを町の中まで持ってきた場合は、その限りではないが」
堂々と発言する姿に、この町の治安を守っているっていう自負が見えた。
立派な人だなって思っていると、身なりの良い人が、この詰め所に近づいてきた。
その人は、高そうな生地の服を着ていて、髪は真っ白でオールバック、そして体全体が太って丸い男性だった。
彼を見て、俺が連想したのは、背が低めの老いたお相撲さんだ。
そんな明らかに太っていると分かるその姿に、俺は「おや?」っと思った。
故郷で聞いた話では、この世界の裕福な人は太っていると、自己管理が出来ていないって馬鹿にされるはずだったからだ。
女性の場合は多少目こぼしがあるみたいだけど、男性はかなり厳しい目で見られるはず。
なのに、その人は一目で分かるほどに、明らかに太っている。
ちらっと警護隊の人たちの反応を見ると、食事に大嫌いな物が出てきたような嫌悪感が見て取れる顔を、全員がしていた。
それでも大人の対応をすることに決めたのか、俺の話を聞いてくれていた人が、声をかける。
「これはこれは、センシシさま。このような場所に、なんの用件がおありでしょうか?」
唇が引きつっているあたり、本当は話したくもない相手だろうなって分かる。
それを知ってか知らずか、センシシというらしき男性は、太って横に大きな体をゆさゆさと揺らしながら、軽い笑い声を上げた。
「ほぃほぃほぃー。いやいやー、なにか不幸な行き違いで、私の配下が捕まったとの知らせを受けましてねー。こうして、迎えにきたというわけですよー。ほぃほぃほぃー」
喋って笑う度にプルプルと震える贅肉を見て、警護隊の人たちは吐きそうな顔をしている。
それほど、この世界で男性が太っているのは、嫌悪感を抱く対象になるらしい。
しかしそんな人たちを見て、センシシはより大きく笑って体を揺する。
そんな様子から、なんとなくワザとやっているんじゃないかって思った。
俺が冷静に考えていると、センシシは初めて気がついたという顔で、俺に顔を向けてきた。
「おやおやー、そちらの子はどうしてここにいるのですー? もしや、私の配下が戦った相手というのは、君なのかなー」
幼子に話しかけるような気味悪い口調に、俺の腕や背中に鳥肌が立つ。
しかし俺が何かを喋る前に、警護隊の人たちが割って入ってくれた。
「取り調べの最中なので、横から口を出さないでいただきたい」
「ほぃほぃほぃー。そうですか、それは失礼しました。しかし、私は忙しくて、配下を遊ばせておく余裕はないのですよー。だから、これで場を収めてくださいなー」
センシシは笑うと、対応している警護隊の人の腕を取り、硬貨を何枚か握らせた。
色が見えなかったけど、多分銀貨以上の物を掴ませたはずだ。
警護隊の人は、俺をチラッと見ると、何かを諦める顔になった。
「分かった、分かりました。配下は建物の中です、連れて行っていいですよ」
「ほぃほぃほぃー、助かりますー」
センシシは笑いながら、ゆさゆさと贅肉を揺らして、建物の中に入っていく。
少しして、体を痛そうにしながら歩く男たちを引き連れて、外に出てきた。
「ほぃほぃほぃー。それでは皆さま、ごきげんようー」
センシシは朗らかに言って歩き出し、男たちは俺を睨んでからその後を追っていった。
彼らの姿が小さくなった後で、警護隊の人は握っていた手を開く。
中には、銀貨が四枚あった。
それを見て、警護隊の人は憎々しげに舌打ちする。
「ちッ、あのヤロウの金だと思うと反吐が出そうだが、銀貨は銀貨に違いねえからな。おい、今日の夜勤の連中に、先にこれで英気を養ってやってくれ。そんで俺らは、仕事上がりに飲み会だ!」
銀貨一枚を投げ渡された人は、受け取ると建物の中に入り、何人かを連れ立ってどこかに行ってしまった。
そして残り四枚になった銀貨を、護衛の人はイライラとした調子で指で弄り、ちゃりちゃりと音を鳴らす。
その後で、一枚を俺の前に置いた。
……いまいち状況が理解できない。
「あのー、どういうことですか?」
「相手側が金で解決を望んだからな、君も釈放になる。それは、君がとる分の迷惑料だ」
「は、はぁ……」
賄賂ってやつなのかなと思いながら、俺は銀貨を受け取る。
その後で、もう一つだけ尋ねた。
「それで、あのセンシシって人は誰なんですか?」
「あの肉塊か? アイツは、この町にある大商店の店主だ。昔に大物釣りの名人と組んで、大きな海の魔物を売り払い、その得た金で商いを始め、大金持ちなって連日豪遊しているんだそうだ。あとは、金の力で大物釣りの装置を十年間に渡って独占してきたが、一匹も釣れなかったために、一年間限定で腕に覚えがあると豪語した権利を譲ったって話もある」
その話を聞いて、フィシリスが行っていた『クソジジイ』っていうのは、センシシのことだったんだって理解したのだった。




