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七話 鍛冶手伝い

 十歳になった。

 マノデメセン父さんの補佐で、兄が二人とも荘園で働いているため、俺はもう授業を受けていない。

 では何をしているのかというと、使えるようになった魔法で、家事と鍛冶の手伝いをしている。

 魔法を教えてもらったのは、仲直りをしたソースペラさん――ではなく、スミプト師匠からだ。

 あの魔力を体外に出せるようになった後、こちらが悪かったと謝罪して、彼女とは仲直りした。

 しかしその前に、マセカルク兄さんとあの日から一対一で魔法を教えることで取り決めていたらしい。それで、俺には教えられないと言われたのだ。

 正直少しムッとしたが、背と器の大きな男を目指しているので、ちゃんと笑って許してあげた。

 その代わりの空いた時間で、俺は鍛冶と基本的な魔法について、スミプト師匠から教えてもらえることになった。

 小さな子供が鍛冶を教えてもらうなんてと思ってしまうかもしれない。

 だが、俺の細胞にある魔産工場は常に動かし続けてきたためか稼動力が高いようで、魔塊の高速回転も合わさり、体外に出てくる魔力の量が多い。

 そのため、魔力をかなり使用する鍛冶仕事でも、十分に役に立てるわけだ。

 ちなみに、魔貯庫は俺の体より一回り大きいぐらいが拡張限界だったらしく、これ以上は引っ張ろうと魔力を入れようと膨らまない。

 まだ魔塊が限界まで大きくなっていないので、日ごろから魔産工場を動かして大きくなるように勤めている。

 話を鍛冶のことに戻そう。

 魔産工場を自由に稼動できるようになっても、一朝一夕で極められる道ではなかった。

 あれから三年も学んできたのに、俺はこの日も樽精製法で運ばれてきた石――荘園の畑から出た要らないもの――から、鉄を取り出している。


「ひひょぅ~、れひまひた~」

「おーう。売り物になるか、確かめねえとな」


 隣の長机に座って、シャベルを『手でこねて』作っていたスミプト師匠が、俺が作業した樽の引き出しを開ける。

 ちなみに、俺が変な声なのは、鉄の棒を横に咥えているからだ。

 なんでも、鍛冶師の見習いは、こうやって鉄の味と感触を口で覚えつつ、樽精製をするのが決まりなのだそうだ。

 本当かと疑いたくなるが、鉄に親しむにつれて精製の度合いが良くなっているので、理にかなって入るようである。

 そういう努力の結果、いままでで一番の出来だと思われる鉄が、いまできた。

 スミプト師匠が検分しても不満のない出来のようで、頭を乱暴に撫でてくる。

 

「よし、これで鉄の精製だけなら、どこに出しても恥ずかしくない程度にはなったな。もう鉄のおしゃぶりも必要ないな」

「それじゃあ!」

「おう。これからは、農具、料理道具、鏃なんかの製作を手伝ってもらう」

「やったー!」


 一つ段階が進んだことに喜ぶと、スミプト師匠から注意が飛んでくる。


「おい。むしろここからが本番だぞ。鉄を作れても道具を作れないんじゃ、鍛冶屋としちゃ半人前以下だからな」

「はい、師匠!」


 そうして始まった道具作りだが、実は前々からちょこっと練習していたのだ。

 まず鉄を魔力で覆い、手で曲げ延ばして、前世でホームセンターとかで見た、鎌やシャベルの頭を作っていく。

 横から覗いていたスミプト師匠は、この手つきを見てにやりと笑ってきた。


「こら、こっそりと練習してやがったな。作り置きの鉄の量は減ってねえから、捨てるはずの石でやってたんだろ?」

「はい。樽精製で鉄が抜け切った石を使って、ちょこっと練習してました」

「まったく。これだから教えがいがないってんだよ、お前は。その石で作ったのは持ってんのか?」

「大体は危なくないようにしてから捨てちゃいましたけど、一つ良い出来のは持ってます」


 服の裾で隠れるように、ズボンにくっつけている物をだす。

 ズボンのベルトに留められるよう、クリップがついた鞘の中に、ナイフを入れている。もちろん、どちらも石製だ。

 スミプト師匠は抜いて石のナイフの出来をみて、軽く鼻で笑った。


「見た目はよく出来ているが、それだけだな。まあ、素人仕事にしちゃあ、よく出来ている」


 言うと、樽に入ったままの石を取り出すと、俺が作ったナイフとそっくりに作り上げた。

 二つのナイフを、俺の手に乗せる。


「二つを打ち合わせてみな」

「はい、師匠」


 言われたとおりに打ち合わせると、俺作のナイフだけが見事に欠けた。

 師匠がいましがた作った方は、少し刃零れがある程度だ。

 ほぼ同じ素材なのに、この違いはなにかと不思議がっていると、スミプト師匠の解説が始まった。


「物には全てすじと言うものがある。それを揃えなければ、どんなものでも脆くなる」

「ということは、師匠の方は整っているってことですね」

「そういうことだ。ふむっ。最初だから形作りで遊ばせようと思っていたが、いい機会だから教えておくか」


 スミプト師匠は魔法を使った鉄の筋の整え方を、俺の手に手を重ねて動かしながら教えてくれる。


「いいか。精製したばかりの鉄の筋は、てんでバラバラな向きをしているんだ。だから魔力で柔らかくしたら、手すきで髪を梳くようにか、引っ張って折りたたむようにして筋を整えて――」


 一字一句逃さずに聞きながら、前世で見たサイエンスの番組から聞きかじった知識を動員する。

 それで理解した限りでは、筋を整えて強度を上げる以外に、硬い、粘り強い、柔らかい、と三種類に状態を変えられるらしい。

 その三種の中でどの鉄にしたいかを常に考えて、作業をしなければならないみたいだ。

 ちなみに、石にはそんな特性がないため、筋を整えても強度を上げるだけで終わりらしい。


「――とまあ、こんな感じだ。この鉄の出来栄えと、使った鉄の状態で、道具の良し悪しが決まる」


 出来上がった鉄の塊を手に取ると、なんとなく前世でバネに使われていたのと同じっぽいと感じた。

 

「これって、粘り強い鉄、ってやつですか?」

「そうだ。よく分かったな」


 頭に置かれた手で、髪の毛をぐしゃぐしゃにされてしまった。

 完全な子ども扱いに、少し不服な気持ちもあるけれど、やはり褒められて嬉しい。

 いや、そんなことよりも。鉄の道具作りが重要だ。

 先ほど作った、鎌やシャベルを手に取り、教えてもらったことを忘れないうちに実践してみよう。

 作っては、硬さの状態を変えてみて、どれがどの道具に最適かを考えていく。

 刃物やヤスリは硬くして、棒やシャベルは粘り強くして、皿は柔らかめが良さそうだ。

 そうしていてふと、前世で見た町工場の包丁鍛冶の特集番組を思い出した。

 刃は硬い鋼を使って、周りは柔らかい鉄で覆うのがいい包丁と、鍛冶師の人が語っていた場面だ。

 ということは、鉄は単一の状態よりも組み合わせたほうが、いい道具ができるのかな?

 なんて、硬い鉄と柔らかい鉄を持って考えていると、スミプト師匠に頭を押さえつけられた。


「こら。違う種類の鉄を使えばいい道具になると気づいたのは褒めるが、何事も基礎が大事なんだぞ。まずは一種類の鉄で作った道具で、合格点を取れてから次ぎにいけ」

「はい。分かりました、師匠!」


 その通りだ。なんだって基礎が大事に違いない。

 急がば回れ。急いてはことを仕損じる。安易な道はその場しのぎ。

 それは技術だけでなく、体と人としての器の成長も、常日頃の心がけで違ってくるものだろう。

 よっし、まずは良い手持ちシャベルを作れるようになってみよう。

 参考は、前世の園芸用シャベルだ。

 そうしてあれこれ試して作っていると、スミプト師匠は疲れた顔で一服していた。


「しかしまあ、いつも思うが。よく長時間魔力を出していて、魔産工場の稼動が止まらないものだな」


 愚痴のような言葉の通りに、どうやら普通の人は、あまり長く魔産工場を動かしてはいられないらしい。

 少し休めば再稼動出来るようになるが、それまでは魔塊をどう回しても無理らしい。

 だけど、俺はそんなことはない。


「魔塊を回転させるのを知ってからは、暇があれば回していたからだと思いますよ」


 これは言わないが、もしかしたら赤ん坊や幼い頃から魔産工場を動かすと、長時間稼動が出来るように変わるのかもしれない。

 そして、いつもこのことを聞いて思い浮かべるのは、前世のゲームであったような攻撃魔法をどうやって使うのかという疑問だった。

 俺はスミプト師匠に、生活に役立つ魔法として、手から水や火や風や砂を出す方法を教えてもらっていた。

 しかし、どれだけ魔力を込めようとも、出る水や風の量が多くなることはあれど、水が鞭になったり風で切りつけたり出来るような気はしない。

 魔産工場を常時稼動できる俺でこうなのだから、稼働時間が短い人ならより無理に違いないんだ。

 しかし、歴史の授業で、偉大な魔導師が軍勢を吹っ飛ばしたとかが出てくるので、攻撃魔法がないわけではなさそうなのだけど。

 といった疑問を、前世部分をぼかしながらスミプト師匠に言ってみると、純度の高い鉄と石を長机の上に乗っけてきた。

 

「答えは、まさしく鉄と石の関係だ」

「それって、鉄の魔力を魔産工場で生める人が歴史に出てくるような魔導師で、石は普通の人ってことですか?」

「いいや違う。歴史上の魔導師だって、魔産工場で作れる魔力の質に違いはないと言われているな。そこで、さて鍛冶師は石からどうやって鉄を作る?」

「それは、樽精製で石から鉄を抜き取りますけど」

「そう、そこだ。普通の人は石のまま魔法を使うが、魔導師は精製した魔力を使う。と言われているんだ」

「伝聞なんですか?」

「まあ、魔導連盟が危険だからって隠しているんだ。だから民草には、噂しか届かない。これ以上の詳しい話を知りたいなら、ソースペラに聞いてみるといい。彼女は一応、魔導師の一人だからな」

「な、なんでそんな歴史の教科書に乗るような人が、うちで使用人をしているんですか!?」


 身近にそんな人物がいるとは思ってなくて驚くと、スミプト師匠は笑顔を見せる。


「あいつは魔導師には違いないが、いわゆる落ちこぼれらしいぞ。まあ、目と鼻の先に『魔の森』があるこの地域にこさせられたことらも、そうだって話なだけだけどな」


 指摘を受けて冷静に考えてみれば、凄い人なら家庭教師にはならないか。


「でも、どうして魔導師が使用人に?」

「噂じゃ、才能ある子を見つけて連盟に連れて行くのが、落ちこぼれ魔導師の仕事らしい。まあ、お前の父親は魔の森から来る魔物を退治する切り札として、使用人扱いで留め置いているらしいが」

「……いいんですかそれ。その連盟って場所に逆らってませんか?」

「いいや。荘園にいる奴隷たちの間で、年に十人前後の子供が生まれるからな。その子たちに才能があるかないかを確かめるって名目で、ここに住むことを許されているらしい」


 知らなかった事実を聞いて思い出したのは、初めての授業のときにソースペラさんが向けてきた意味深な視線。

 どうやらあれは、俺に魔導師としての才能があるかどうかを、期待したものだったみたいだ。

 過去のことを納得し、精製した魔力について考えようとして、その前に気になったことをスミプト師匠に尋ねる。


「そういえば、魔の森とか魔物ってなんですか? あと荘園に奴隷がいるんですか?」

「おいおい。それも知らないのか」

「授業だと習わなかったはずですよ?」

「まあ、教えてやってもいいが。もしかしたら、教えたら行って見てみたいって言うかもしれないから、親が教えてないんじゃないのか?」


 からかい気味の言葉だったが、ぎくりとした。

 魔物なんて前世のゲームにしか出てこなかった生き物だから、見てみたいとちょっと思っていたからだ。

 あと、奴隷と聞くと悪いものというイメージが強くて、酷い状態だったら親に待遇の改善を言おうとも。

 そんな事実を、俺は誤魔化し笑いで隠すと、鉄の道具作りに没頭しながら、精製した魔力とは何かを考えることにした。

 夕方まであれこれやっていると、使用人の一人と父と兄たちが帰ってきたと伝えにきた。

 三人で行っているからか、最近は荘園からこの時間に帰ってくることが多いんだった。


「それじゃあ師匠。今日もありがとうございました!」

「おう、またこいよ」


 別れの挨拶をしてから屋敷に戻り、香草を揉んでから水で洗い流して、手の鉄臭さを取ってから食堂へ。

 入ると、すでに家族全員が揃っている。

 慌てて席に着くと、両親と兄たちに微笑まれてから、食事が始まった。

 鍛冶仕事で減ったお腹を、必要分だけの食事で満たす。まあ、他の家族よりもちょっぴり多めなのは、背の成長を願ってのことなのでしかたがない。

 ほどよく膨れたお腹に、満ち足りた気分に浸っていると、マノデメセン父さんが珍しく声をかけてきた。


「バルト。鍛冶仕事は順調かね?」

「は、はい。手伝っているだけですけど、鉄の精製だけは大丈夫って言われました!」

「うんうん、それはいいことだ」


 そこで会話が途切れ、思わずなんのために声をかけたのかと首を捻りたくなる。

 すると、隣に座るリンボニー母さんが、マノデメセン父さんのわき腹を肘で突付いて促すのが見えた。


「ごほん。あー、日ごろ鍛冶場に籠もっているのも体に悪いだろうし、もうバルトも十歳になったからな。明日は、荘園に見学きてもいい」


 なんと言われたか一瞬理解できずに反応が遅れた。

 だが、とうとう気になっていた場所が見られると知って、嬉しさが心に溢れてくる。


「えっ、ほんと!? やった、荘園が見られる!」

「こら、バルト。食堂で大声を出すなんて、お行儀が悪いわよ」


 そう注意するリンボニー母さんだが、俺の気持ちは分かるのか、仕方がないといった顔で苦笑していたのだった。


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