表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/313

七十八話 港の出入り口を塞がれて

 渡来船が大きな魔物を連れてきても、サーペイアルの人たちは暢気だった。


「港の中に入ってくることは滅多にないし、いつもは何日もすればいなくなるからな」


 そんな理由を、浜での宴会の翌日に銛撃ちの報酬を受け取りにいったとき、あの船の船員さんに教えてもらった。

 しかし、外海への出入り口を塞がれてしまったので、すぐに色々な影響がでてきた。

 まず、大型の漁船は軒並み出港停止。

 小型漁船も、すぐ近くまでの海しか船をださなくなった。

 むしろ、ちょうどいい機会だからと、船の修復を始める人が多く現れた。

 それに伴って、漁獲量が激減したので、魚介類を運搬する高速馬車や行商人たちも活動を休止している。

 さらには、町での仕事が少なくなったので、冒険者への依頼も減ってしまった。

 少ない依頼が取り合いになり、あぶれた人たちは食堂で安酒を飲みながらくだを巻いている。


「あーあー、魔物が消えるまでは、開店休業かよ」

「渡来船のやつらめ!」


 といった恨み言を放たれて、肩身が狭い渡来船に乗っていた人たちは、町の中に入らずに船の中で生活しているらしい。

 そんな状況の中、俺は何をしているのかと言うと、暇なのでフィシリスの働きっぷりを見ることにしていた。

 彼女は餌のついた大針が、海の魔物たちがいる場所に到達しているのを崖の端で見ながら、しきりに首を傾げている。


「くそぉ、なんで食わないんだ?」


 言葉を口に出しながら、太いワイヤーを揺すってみたりして、餌を魔物が食いつかないかと試している。

 少ししてから装置の場所まで戻ってきて、レバーを動かしてからワイヤーを送り出し、さらに沖に針を流す。

 また崖から先を見ては、装置を弄る。

 そんな風に落ち着かない様子を、もう何度も繰り返している。

 俺は釣りの素人なので、アドバイスする立場じゃないとは分かっているけど――


「――そんなに慌しくしてたら、魚って釣れないものなんじゃないの?」

「むっ。分かってるさ! けど、いまは口出ししないでおくれ!」


 キッと睨みつけられたけど、俺は笑いながらお土産に持ってきた、魚の開いた干物を一枚掲げる。


「ほら、カリカリしないで。干物でも食べて、ちょっとは落ち着きなよ」

「むぅ……ありがとう」


 干物を受け取ると、フィシリスは身を食べ始める。

 どうやら魚人って、火を通していない海産物が好きなみたいだ。

 俺も試しに干物を焼かずに食べてみる。

 うーん、不味くはないけど、やっぱり火を通したほうが好きだな。

 もぐもぐと食べていると、フィシリスはやっぱり落ち着かないのか、干物を食べ終えると崖の上へと戻って、遠くの海の様子を見始めた。

 どんな調子なのか、ちょっと気になったので、俺も崖を上り始める。

 相変わらず雄大な景色を目に入れながら、海の魔物らしきいくつもの影が遠くに見えた。


「針は、どの当たりにあるの?」

「ちょうど、影が回遊する真ん中らへんだね」


 フィシリスが指す方向に目を凝らすと、波間に隠れるように浮きが小さく見える。

 その周辺には、たしかに海の下にいる大きな影が、いくつも泳いでいた。

 あの場所は素人目にも、釣る絶好の位置だろうと思う。

 しかし海の魔物たちは目もくれず、渡来船の出港を待っているかのように、同じ場所を行き来していた。


「あの場所で釣れないってことは、魔物はお腹が空いてなくて、食べたくないだけなんじゃ?」

「やっぱりそうなのかなぁ……でも、お爺ちゃんが渡来船がきたすぐ後に海に針を投げたときなんかは、あっという間に食いついたんだけど……」


 よほどお爺さんに教えられたとこと、今の状況が違うのだろう、しきりに不思議そうにしている。

 釣りのことは分からないので、アドバイスできずにいると、装置が動く音が聞こえてきた。

 どうしたのかと振り返ると、大人の男が五人、装置に取り付いてレバーを動かそうとしている。


「アンタたち、なにしてんのさ!」


 フィシリスは彼らを見咎めて、猛然と崖を降りていった。

 俺もその後に続く。

 フィシリスは男たちに駆け寄ると、その勢いのままにレバーを握る一人を突き飛ばした。


「この夏が終わるまで、あたいが責任者のはずだよ! なにを勝手に動かそうとしてるのさ!」

「痛いな、この魚人のアマ! 何しやがる!」


 仕返しで殴りかかろうとした男は、俺が脅しで鉈に手をかけているのを見て、思いとどまったようだ。

 振り上げた手をさ迷わせて、頭を掻いてから下ろしつつ、悪態を吐いた。


「チッ。絶好の大物釣りの機会だってのに、小僧とイチャつきやがって」

「聞き捨てならないねぇ、あたいが色恋にうつつを抜かしているっていいたいのかい!」


 喧嘩になりそうなので、俺はフィシリスをやんわりと押し止めた。

 そして、男たちに視線を向ける。


「それで、あなたたちは誰でしょう。この装置は勝手に動かしちゃいけないって、聞いているんですけど?」

「ふん。よそ者のお前には、関係が――」

「事情に疎いよそ者でも分かることが、この町の住民であるそっちが分からないはずはないだろうって、言っているんだけど?」


 失礼な相手に敬語を使う気が失せて、ぞんざいな言葉に変える。

 すると、男たちは揃って怒り顔になると、五人でこっちを半包囲し始めた。

 目がこっちを向いていることから、どうやら最初の標的は俺らしい。

 剣呑な雰囲気になり、フィシリスが慌て始める。


「なッ!? 腕力で言うことを聞かせようってのかい! それでもアンタら、海の男か!!」


 言葉の威勢はよくとも喧嘩は苦手なのか、フィシリスはうろたえていた。

 俺は安心させるように、声をかける。


「心配しなくても、この程度の人たちなら楽勝だよ」


 にこやかに言うと、男たちの額に血管が浮いたのが見えた。


「舐めるんじゃねえぞ、このガキが!」

「ボコボコにして、海に放りこんでやる」


 あっちが大人ばかり五人で、こっちが十台半ばの子供が二人だと油断しているのか、連携なんて頭にない動き方だ。

 これなら、ゴブリンの方が厄介だなって考えながら、自分から近づいて一人目の脛を、思いっきり爪先で蹴り上げた。


「ぎぃあ――!」


 体を硬直させた男が体をかがめたので、髪を掴んで頭を引き寄せ、眉間に膝を叩き込んでやる。

 前世でも馬鹿にしてきたやつらと喧嘩するときに良くやった手だけど、今世のほうが体格がいいからか、相手が大人でも一撃で昏倒させることができた。

 これで完全に、フィシリスよりも俺に注意が向いたようで、残り四人が一斉に近づいてきた。


「こんなろう! よくもやりやがったな!」


 俺は一人の拳を避けると、男が踏み込んで開いているその股の間を、素早く蹴り上げた。


「あおッ!!」


 股間を蹴られて、ボールのように飛び跳ねた男は、そのまま横倒しになって股を押さえて蹲る。

 それを見届ける前に、俺は背後に気配を感じて、彼の背を踏んでその向こう側に跳んだ。


「なっ、危な――ああっ!」


 後ろから俺を捕まえようとしていた一人が、勢い余って蹲った男につまづき、転んだ。

 転んで地面のすぐ上にあるその頭を、俺は着地と同時に思いっきり蹴り上げて、彼を失神させた。

 ここでようやく俺が強いとようやく分かったみたいで、残った二人は警戒する素振りになる。

 そして、一人が前にでて、もう一人がその後ろに隠れるように移動した。

 俺はフィシリスが安全な場所にいることを確かめてから、二人に対峙する。


「うおおおおおおおおお!」


 前に立った男が、大声を上げて突っ込んできた。

 まともにぶつかる気はないので、俺は横に跳んで避ける。

 避けきってから、突っ込んできた男に反撃しようとして、俺の頭上に何かが広がった音がした。

 ハッとして上を見ると、端に重りがついた円形の魚網が、こっちに降ってこようとしている。

 もう一人が後ろに隠れたのは、これを投げるためだったのかと理解しつつ、鉈を抜いて切りつけた。

 しかし、鋼線で編まれた網だったようで、糸が数本切れただけで終わってしまう。

 そして網は俺にかかり、体に絡み付いてきた。


「へへっ。魚人のガキを押さえつけるのに苦労するかもって、万が一だって用意しておいて良かったぜ」

「ガキにしては強かったが、こうなりゃもう、網にかかった魚も同じだな」


 圧倒的に優位に立ったと思っているようで、二人の男は下卑た笑みを浮かべている。

 なので俺も、彼らに笑い返してやることにした。


「それはどうかな?」


 俺は鉈を鞘に収めると、魔塊を回転させて細胞から魔力を生産ささせ、その魔力を体にかかった網に通していく。

 そして、鍛冶魔法を用いて網の鋼線を柔らかくすると、両腕で一気に引き千切った。

 それを見て、男たちは目を丸くする。


「なっ! 鉄の網を破りやがった!?」

「そんな力持ちには見えんのに!?」


 俺が鍛冶魔法を使えるという考えは頭にないようで、ただただ驚いてくれた。

 ならその期待に応えようと、今度は魔塊を解した魔力を使って、両腕の肩、肘、手首、そして拳に水を纏わせた。

 そして魔法のアシストで増した腕力で、二人の腹を順に殴りつける。


「でぇりゃあああああああああ!」

「ぐほぁ――……」

「とぅりゃあああああああああ!」

「ぐぶっ――おええぇぇぇ……」


 一人は腹を抱えて膝を折り、一人は手で押さえたが堪え切れずに嘔吐した。

 うわっ汚い、って思わず避けてしまう。

 なにはともあれ、暴漢の無力化には成功した。

 なので、俺はフィシリスに顔を向ける。


「町の住民みたいだけど、この人たち知っている人?」


 そう声をかけたのに、フィシリスはぽかんとした顔をしていた。


「フィシリス、大丈夫?」

「え、あ、ああ。バルティニーって、強かったんだな」

「そりゃあ、冒険者だからね。強くなきゃ、食べていけないよ」


 胸を張って言うと、フィシリスは感心したような、どこか呆然としたままのような目をしている。

 その感情の動きが良く分からなかったけど、とりあえずはこの男たちの正体を知ることを先決することにした。


「それで、知っている人なの?」

「あ、うん、この男たちのことだよね。えーっと……」


 フィシリスは男たちには近づかずに、その人相を確かめると、急に黙り込んでしまった。

 どうしたのだろうと見ていると、段々と表情と肩が怒ってくる。


「あんの、下手くその、クソジジイ! きっと、大物を横取りする気で!」


 ぷんすかと怒りだしたのを見ると、どうやら因縁のある相手らしい。

 そして、下手くそとジジイの言葉で、ある一人が思い浮かんだ。


「それって、フィシリスの前に、この装置を管理していたって言う人のこと?」

「そうさ! こいつらは、あのクソジジイの下で働いている、漁師たちだ!」


 やっぱりそうかと思っていると、こっちに走ってくる人影が現れた。

 数は十人ほど。手にサスマタや縄を持っている。

 件のクソジジイの増援かなと、俺は弓と矢を手にかけようとした。

 しかしその前に、向こう側が喋りかけてきた。


「我々はこの村の警護隊だ! 冒険者と思われる少年! 武器から手を離し、大人しくしてもらおう!」


 増援じゃないらしいと、鉈を放して、両手を彼らに見えるように掲げる。

 警護隊は俺の対応に満足したのか、警戒はしながらも足早にこちらに近づいてきた。


「喧嘩をしていると知らせを受けたのだが。これは君がやったのか?」


 痛みに呻く男たちを指しての言葉に、俺は頷く。


「はい。襲い掛かってきたので、撃退しました」

「襲い掛かってきただと。どうしてだ?」

「その人たちが、勝手にその装置を動かそうとしていたので、駄目ですよって伝えました。そしたら、ウルサイって殴りかかられて、網も投げつけられました」


 証拠になるかどうか分からないけど、俺が引き千切って地面に落ちている鋼線の網を指しておいた。

 警護隊は顔を見合わせると、とりあえずといった感じで、俺と男たちを捕まえる。


「詳しい話は詰め所で聞かせてもらうからな。終わるまで、武器は預からせてもらう」

「どうぞどうぞ。飯の種なので、あまり乱暴に扱わないで下さいね」


 素直に差し出すと、なぜか拍子抜けされたような表情で受け取ってくれた。

 そして襲ってきた人たちと共に、連行されようとしたとき、フィシリスが声を上げる。


「バルティニーが、なんで捕まるんだよ! こいつは――」


 その先を言われると面倒になりそうな予感がしたので、俺は自分の唇に指を当ててフィシリスに黙るようにジェスチャーする。

 そして、笑いかける。


「悪いことはしてないんだから、すぐに疑いは晴れるさ。俺のことはいいから、大物釣りに集中しなよ。絶好の機会なんだろ?」

「――分かったよ。そっちはバルティニーに任せる」


 フィシリスが納得してくれたようなので、次に警護隊の人たちに言葉をかける。


「また装置を動かそうとする人が出てくるかもしれないので、俺の疑いが晴れるまでの間でいいので、この場所を守ってくれる人を出してはくれませんか?」

「……仕方がない、そうしよう。装置を壊されでもしたら、大変な町の損失になるからな」


 俺を掴んでいる人の指示で、警護隊が三人ほど、ここに残ってくれることになった。

 安心した俺は、もう一度フィシリスに、大丈夫とジェスチャーしてから、警護隊の詰め所とやらに連れて行かれたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ