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七十七話 大物を釣るための餌

 生の海産物もいいけど、焼いたものに黒液をかけて食べると美味しいなー。

 なんて思って食べ進めている間に、宴会は酔っ払いたちの巣窟に変わった。

 魚人の人たちもお酒を飲むんだなって、変な感心を抱きながら、マグロっぽいトロの切り身を皿代わりに使われだした大きな葉で包んで持ち、酒の陶器瓶を一本くすねる。

 そして、船に誘ってくれたあの船員さんに声をかけた。


「あのー、ちょっといいですか?」

「おおー、兄ちゃんかー。飲んでるかー?」


 顔を真っ赤にしていて、完璧に酔っ払いになっていた。

 俺は苦笑いしながら、用件を伝える。


「今回の報酬って、いつ貰えばいいでしょう?」

「かねー? ああ、それはー、えー、これが冒険者組合に渡す札だろー。んでー、特別報酬は、あー、明日、明日でいいだろー?」


 ベシッと荒っぽい音を立てて、俺の手にアイスの棒のような木札が渡された。

 銛撃ちで獲った報酬は明日ってことだけど、酔っていて覚えているのかなと少し心配になりながら、切り身と酒を手にこっそりと宴会から離脱した。

 その後で、崖にある大物を一本釣りする大仕掛けに向かう。

 近づいていくと、フィシリスが何かの作業をしている姿が見えた。

 何をしているのだろうと、彼女の後ろから覗き込みながら、声をかけることにした。


「何しているの?」


 すると、フィシリスは睨みつけるような目を向けてきた。

 しかし、声をかけたのが俺だと知ったからか、目が普段通りに戻る。


「おいおい、昨日の今日で、また装置を見に来たってのかい。よっぽどのカラクリ好き、ってわけじゃないだろう?」

「砂浜で宴会をしていたんだけど、お土産に良さそうなものがあったから、くすねて持ってきたんだよ」


 俺が葉っぱで包んだ切り身と酒の陶器瓶を掲げて見せると、フィシリスは破顔する。


「あー、バルティニーはあの宴会に参加していたのか。あたいも、餌の付け直し作業がなけりゃ、参加したんだけどねぇ」


 フィシリスは作業の手を少し止めて、俺からの土産を受け取る。

 そして、葉の包みを開けると、もっと嬉しそうな顔になった。


「やったー! この魚の脂身の部分は痛みやすいから、生で滅多に食えないんだよなぁー」


 フィシリスはヒレのある手で切り身を掴むと、切り分けもせずに端に噛み付いた。

 それでもしょもしょと口を動かすと、瓶に口をつけてラッパ飲みする。

 女の子なのに、豪快というか、荒っぽいなと苦笑いしてしまった。

 けど、その仕草が妙に似合って見えるから、不思議に感じるから不思議だ。


「くふー! 美味い! いい土産をありがとな、バルティニー!」

「いえいえ。それで、餌の付け替えって言っていたけど、それって大物釣りの餌ってことだよね?」


 質問すると、フィシリスは両手にある切り身と酒を見ながら、少し悩んでそうな声を上げた。


「んー……まあ、いいか。ちょっと待っててくれな。食い終わったら説明するから」


 フィシリスは美味しそうに切り身を食べ、酒を飲んでいく。

 そして、そのどちらも胃に入れ終わると、魚の脂でテカッた手をぺろぺろと舐めながら、顎で装置の近くを指す。


「アソコにさ、浮きがついた、でっかい針があるだろ。あれに餌をブッ刺して、海に投げ込むのさ。んで、その餌が、この足元にあるやつ」


 足元と言われて、視線を向ける。

 岩場と同じ色で見えていなかったけど、フィシリスの足元にはグネグネと動く、濃い灰色の巨大な腸のようなものがあった。

 思わず驚いてしまったけど、よくよく見ると、前世で見たことがある気がした。

 えーっと、人の背丈ぐらいある、大きなナマコ――いや、ホヤかな。

 どっちにも似ているようで、全く同じってわけでもない、そんな筒状の軟体生物だ。

 しかし、前世でナマコやホヤを餌に、魚を釣るなんて聞いたことがない。


「これを餌に、大物が釣れるものなの?」

「そりゃ、そうさ。お爺ちゃんはこの餌で、バンバン大物を釣ってきたって、自慢してたんだからね」


 そしてお土産の礼だと、ちょっとした秘密を教えてくれた。


「この餌を使うのは、誰だって知っているのさ。けどね、一手間加えるってことが、誰も思いつかないらしいのさ」

「一手間……何かを詰めて、味でもつけるの?」


 前世から釣りをしたことがない俺が連想したのは、チクワの穴に詰められたキュウリやチーズという、お弁当のおかずだった。

 そんな俺の予想は、少しだけ当たっていたようで、ちょっとだけ感心した目をフィシリスが向けてくる。


「へぇ、ちょっと良い線いってるよ。けど、間違いだね」

「なら、正解は?」

「この口に、これを入れるのさ」


 ぐいっと差し出してきたのは、ジョウロ型の水差しだった。

 その中には、無色透明な液体。

 断りを入れてから、指につけて舐めてみた。


「……これ、普通の水だよね?」

「その通りだよ。けど、塩ッ気のない、真水さ」


 言っている意味が分からずに、俺は首を傾げてしまう。

 すると、フィシリスは何か納得した顔をした。


「そういえば、バルティニーは内陸出身だったっけか。なら、いいことを教えてあげるよ。この町の井戸から出る水は、海水が混じっているのか、全てがちょっとしょっぱいのさ。だから、真水なんてほとんどない」

「えっ、そうなの?」


 井戸の水がしょっぱいなんてあるんだって驚くと、フィシリスは得意げな顔になる。


「そうなの。だからこそ、お爺ちゃんが使っていた秘訣が、誰も思いつかなかったってわけなのさ」


 なるほどって感心しながら、また別の疑問が浮かんだ。


「あれ? でも、どこの井戸水でもしょっぱいなら、真水なんて取れないんじゃ?」

「そこは、生活用の魔法を使って真水を溜めている食堂から、分けてもらったのさ。あいにくと、あたいは魔法が使えないからね」

「そうなんだ――って、そんな秘密、俺に教えてよかったの?」


 思わずそう聞いてしまうと、フィシリスは笑顔を浮かべる。


「バルティニーは真面目そうで、教えても口外するようなヤツには見えないから、言いふらす心配なんかしてないさ。それより、作業を手伝ってくれないかい?」

「え、ああ、うん。手伝うよ」


 なんで信頼されているかは分からなかったけど、俺はフィシリスに言われるがまま、作業を手伝い始めた。

 まずは、軟体生物を持ち上げて、口を上に向かせる。

 フィシリスがそこに水差しの先を入れ、二リットルほどの水を入れた。

 すると、乾いて圧縮されていたスポンジが、吸水して膨らむみたいに、軟体生物の大きさが二回りほど大きくなる。

 俺が驚いているうちに、フィシリスは持ち上げた大きな釣り針の先を、大きくなったこの生物の口に差し入れる。

 そして、尻からほんの少しだけ、針の切っ先が出るぐらいで突き刺し止めた。


「よっし、あとは崖を上って、針を投げ込むんだよ。後は自然と、波が沖まで運んでくれるからね。バルティニーは、そこのレバーを倒したままにしておいて」

「うん、分かった」


 俺は指されたレバーを倒した。

 すると、装置の中にある太い丸太のようなものが動くようになり、それに巻かれていた太いワイヤーを引っ張り出せるようになる。

 フィシリスは浮きと針がついた餌を抱え、肩にワイヤーを乗せると、崖へと上り始めた。

 途中途中にある滑車に、ワイヤーをかけてコの字状の覆いを被せ、また次の滑車に同じことをする。

 崖の先に到着すると、フィシリスは崖下と周囲を見てから、少し下がった。

 その後で、助走から倒れこむようにして投擲し、少しして針が海に落ちる音が聞こえてくる。

 フィシリスは立ち上がると、もう一度崖下を覗きこみ、満足そうな顔でこちらに戻ってきた。


「よっし、あとはそのレバーを、夜中まで引いていれば、いい位置まで餌がいくだろうさ」


 そう言った後で、ここからは自分の役目だとばかりに、フィシリスはレバーを握ると俺に下がるように身振りする。

 その指示に従いながら、俺は関心していた。


「それにしても、大物釣りの餌の付け替えって、こんなに大仕事なんだね。俺がくるまで一人だけだったし、いつもはフィシリス一人で作業しているんだよね。大変じゃない?」

「鉄綱の巻上げから、新鮮な生餌と真水の確保って、めちゃくちゃ大変だよ。けど、今日からしばらくは、大物がかかりやすい時間が続くからね。その機会は逃せないよ」

「へぇ、大物がかかりやすい時期って、あるんだ」


 釣りのことなんか全く知らないから、素直に知らない情報に興味がわいた。

 しかし、フィシリスは違う違うと、手を振って見せてくる。


「いや、時期じゃなくて、時間だよ。ほら、アレが大物を連れてきてくれるのさ」


 指差した先にあるのは、俺が乗った大型漁船よりも、さらに大きな船だった。

 船の甲板や側面の開いた窓から、大きなボウガンと銛の先が見えていて、船のいたるところに補修された痕が見える。

 そんな外見なので、海賊映画に出てくる戦闘艦みたいだなって印象を受けた。

 そこで冒険者組合で『渡来船の荷下ろし』って依頼が出ていたことを思い出し、あれがサーペイアルと他の港とを行き来する貿易船なんだって納得する。

 しかし、そんな威容を放つその大きな船は、側面から出てきたオールを必死に漕いで、港の中に入ろうと頑張っていた。

 どうしたんだろうと見ていると、船の後ろに巨大な水柱が立った。

 何事かと見ると、高層ビルぐらいある潜水艦かと勘違いするほど、巨大な黒い塊が天に向かってそびえ立っていた。

 ……なんだあれ?

 理解が及ばなかったけど観察は続け、体の黒さと胸ヒレがあることから、なんとなく正体が分かった気がした。

 あれ、クジラだ。

 前世では絶対にいなかったと断言できるほど、超巨大なクジラ。

 きっと、渡来船を追いかけてきて、港の水の深さでは入れなかったので、身を翻して海の外に出ようとしているんだ。

 そんなことを考えながら、あまりの光景に呆然としていると、フィシリスに腕を引っ張られた。


「バルティニー、崖に上がるよ。大波が来るかもしれない」

「はっ! そ、そうだね!」


 今にも海面に自分の巨体を叩きつけようとしているクジラを見て、大慌てで崖に上る。

 その際、砂浜で宴会をしていた人たちが、酔いがさめた様子で必死に町中に戻ろうとしている姿が目に入った。

 それから少しも経たずに、重たい物を水に叩きつけたような音が、遠くの海からやってきた。

 音からやや遅れて、大波もやってきた。

 海上にいた渡来船は大きく船体を揺らしたが、乗り越える。

 しかし、橋に係留されていた小船は、ほとんどが転覆した。

 俺が乗っていた大きな漁船も波にあおられて、船壁で橋を踏み壊している。

 そして大波が、砂浜や岩場に到達した。

 人々はいち早く逃げ出していたため、ほとんどが逃げ切ったようだけど、逃げ切れなかった人が波の中に消える。

 その後すぐに波は引き、元の穏やかな海に戻った。

 波に飲まれた人はどうなったかと周囲を見回す。

 すると、津波ではなくクジラが出した大波だったからか、多くの人がすぐに水面に顔を出して泳いで海岸まで戻ってくる。

 そうでない人も、魚人の人たちが率先して救助に向かい、少なくとも俺の目で見える範囲内で人死には出ていないようだった。

 思わず安堵としていると、海岸に集まった人たちが、渡来船に罵声を浴びせ始める。


「巨大な魔物は、追い払うか逃げ切ってってから、港の中に入ってきやがれ! それが海の男の作法だろうが!!」

「ちょっと高いもの運んでいるからって、いい気になるなよ!!」

「美味い飯と酒が波に消えたんだぞ! どうしてくれる!!」


 口々に悪態を吐かれて、渡来船のオールの動きがちぐはぐになる。

 あの巨大なクジラを港近くまで連れてきたことを、気には病んでいるんだろうなって、その動きからなんとなく分かった。

 そんな人々と渡来船が繰り広げる光景を、苦笑いと共に見ていると、隣からこの場に似つかわしくない嬉しげな声が聞こえてきた。


「あははは。あたいの狙い通りに、あの船は大きな海の魔物を連れてきてくれたよ」


 フィシリスの言葉に衝撃を受けて、彼女の見ている先に目を向ける。

 すると、先ほどの超巨大なクジラの影が遠くの海に見えた。

 さらにその周りには、そのクジラよりは小さいけど、大きな物が泳いでいる別の影がいくつも見えたのだった。

 

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