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七十四話 港町の慌しい朝

 魚人の少女フィシリスと友達になった次の日、俺は欠伸をかみ殺しながら、日が出る前の町の中を歩いていた。

 日中と違い、町の人たちはみんな足早に移動している。

 そんな慌しさは、冒険者組合の中でも同じだった。


「力に自信のあるやつはいないか。大型漁船のオールの漕ぎ手、網の引き手、今日来る予定の渡来船の荷下ろしの依頼が余っているぞ!」

「弓矢の扱いに長けているやつはいないか。掃海船に乗って、大型の機械弓で銛を海の魔物にぶち込む仕事だ!」

「さあさあ、賃金が安い船上戦闘員には、まだまだ空きがあるぞ! 漁師が釣り上げてしまった魔物を、船の上で殺すのが役割だ!」

「高速馬車の護衛も募集中だ。乗り場所と乗り心地は最悪だが、良い金にはなるぞ!」


 台の上に乗った職員さんが、いくつかの木片をザルの中に入れて、集まっている冒険者たちに声をかけている。

 まるで前世の市場で見た、魚競りみたいだなって、見入ってしまった。

 そんな俺とは違い、冒険者たちは手を上げて声を張り上げ、どうにか依頼をもぎ取ろうと頑張っている。


「漕ぎ手か、荷下ろしの依頼をくれ!」

「ああー? お前みたいなヒョロ腕は、お呼びじゃねえよ! おらっ、昨日と同じで、大人しく戦闘員の依頼を受けとけ!」

「高速馬車だ! 馬車の護衛!!」

「もし屋根から落ちたら、自分の足でこの町まで帰ってこないといけないんだぞ。ガッシリして足が遅そうなお前は、止めとけ止めとけ」


 欲しい依頼を主張する冒険者に、職員さんは厳しい目を向け、適切だと思われる依頼を押し売り気味に提案していく。

 俺はその光景を見ながら、一昨日来たばかりで、よく仕事内容も分からないので、どの依頼を受けようかって考える。

 船上戦闘員って依頼には、まだ数がありそうだから、今日はそれを受けようかな。

 一度、船の上で働いてみれば、他の依頼についても見ることが出来るかもしれないし。

 そう決めて、俺は息を大きく吸い込み、手を上げながら大声を放った。


「船上戦闘員の依頼を下さい!」


 するとすかさず、職員さんから木片が飛んできた。

 慌てて掴むと、丸い焼印が押されていた。


「おうよ、兄ちゃん! それ持って、岩場の船着場に行け! さあさあ、他にはいないか!!」


 まだまだ続きそうな組合の喧騒から逃れるように、俺は木片を手に外に出ると、船着場へ向かった。

 岩場のある場所は、掘削されて人が楽に通れるように作られていて、その先には橋がかけられていた。

 距離の短い橋が四本、長い橋が三本ある。

 短い橋の二本には、それぞれ見上げるほどの大型船が泊まっていた。そして長い橋の端から端まで、ボートのような小型船が、たくさん係留されている。

 色々ある船を見て、どこに行ったらいいんだろうと、俺は視線を左右にさ迷わせる。

 すると、後ろに近づいてきた人に、怒鳴られてしまった。


「おい、そんなとこに立っていたら、作業の邪魔だ!」

「は、はい。すぐに退きます!」


 横にずれて道を開けると、木の箱をたくさん持った漁師風の男性が、慌しく大型船の一つに向かって走っていった。

 その姿を見て、俺もまごついてはいられないと腹を決める。

 通りがかった網を肩に担いでいる人に、組合でもらった木片を見せながら尋ねた。


「あの、船上戦闘員の依頼を受けたんですけど、どこに行けばいいですか?」

「出港前で忙しいんだがなぁ――ああ、その依頼は、大型船と小型船のどっちでもいいから、漁師に自分で話をつけにいくやつだ」

「そうなんですか。教えてくれて、ありがとうございました」

「おう、いいってこった。じゃあな!」


 親切な人を見送ってから、さて誰に声をかけようかと歩き出す。

 しかし、二歩も進まないうちに、声をかけられた。


「おい、そこの弓を肩掛けにした兄ちゃん! 急いでこっちにこい!」


 左右を見て、俺以外に弓を肩にかけている人がいないことを確かめると、大手を振って手招きしている人に走って近づく。

 近づいて分かったけど、さっき怒鳴ってきた人だった。


「あの、なにか用ですか?」


 また怒られるのかと思って尋ねると、カラカラと大笑いされてしまった。


「はっはっは。さっき怒鳴ってしまったのは悪かったから、そう警戒するな。その覚束ない姿を見るに、この町で初めて依頼を受けるんだろ。何を受けたんだ?」

「えっと、この船上戦闘員ってやつです」


 木片を出しながら返答すると、その漁師風の男性は首を傾げた。


「弓をもってんなら、銛撃ちの依頼でも受けりゃよかったのに。戦闘員は貰える金が安いんだぞ?」

「いえ。船に乗るのも初めてなので、とりあえず簡単そうな依頼を受けてみようかなって思ったので。あと、仕事しながら、他の依頼内容とかも見れないかなって」

「ほぅ。兄ちゃんは、知恵が回るやつみたいだな。よしっ、気に入った。オレッチの船に乗ってくれ」


 男性は俺の手から木片を取り上げて、ズボンのポケットに突っ込むと、親指で大型船を指す。

 これに乗るのかと、男性と船を交互に見ていると、長梯子まで背中を押された。


「ほら、乗った乗った。兄ちゃんの持ち場は、この船の甲板な。網を上げた中に魔物がいたら、その鉈か弓矢で殺してくれ。なんなら、舳先と両側に一門ずつある大型の機械弓で、海の中の大物を狙ってもいいぞ」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

「あっはっは。お願いするのはこっちだってのに、変な兄ちゃんだな!」


 ばしばしと背中を叩かれながら、俺は梯子を上って、大型船の甲板に下り立った。

 木造の大型船に乗るのは、前世を含めても初めてなので、ついつい周囲を見回してしまう。

 巻かれて収納された帆があるマストの先には、見張り台のような籠みたいなものがあった。

 張り替え跡が分かる甲板の木床のいたるところに、巻かれたロープが置かれている。

 広げた両手よりも大きな機械弓と、たくさんの銛が入った固定された木箱。

 船の外観を観察していると、船員の一人だと思われる俺より少し年上の青年に、声をかけられた。


「冒険者は海に出て漁をするまで出番がないから、邪魔にならないように船内の貨物室に入っててくれよ。およ、兄ちゃんは新顔っぽいな。なら貨物室まで案内してやるよ」

「はい、お願いします」


 俺は案内されて、甲板にあった階段を下りていく。

 甲板のすぐ下の階は、背をかがめるほど、天井が低い場所だった。

 そこには、屈強そうな男性たちと、多数の巨大なオール、そして四角く開かれた窓があった。

 たぶん、この船を進ませる漕ぎ手の人たちの居場所なんだなって思いながら、さらに階段を下りる。

 今度は一転して天井が高く、けど明かりはランタンが幾つかないため薄暗く、とても魚臭い場所だった。

 中には、空の木箱が大量にあり、冒険者らしき人たちが階段の近くに集まり、魚人や猫獣人や人間の女性が奥に居る。

 この両者を隔てるように、三つ又の銛を持った、屈強そうな魚人の男性が五人ほど立っていた。

 ここまで案内してくれた人は、さっさと甲板に上がってしまったので、俺は空いている場所に腰を下ろす。

 そして、初めての海の仕事はどんなものだろうと、期待と不安が半分ずつの気持ちで、船が出港するまで待つことにしたのだった。


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