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七十三話 一本釣りの大仕掛け

 スカヴァノ衣料防具店で教えてもらった、大物を釣り上げるという仕掛けを見に、浜辺がある方向へ歩いていく。

 町の中を進んでいくと、いまは遅い朝ぐらいの時間帯なのに、のんびりと過ごしている人々の姿をみることができた。

 多くは年配の人たちで、玄関先に出した椅子に友人らしき人と座り、テーブルの上に飲み物と軽い食べ物を置いて話している。

 海に近づくにつれて、魚人の人たちの姿が多くなってきたけど、彼ら彼女らは漁具の手入れをしているみたいだった。

 そんな人たちの様子を見ていると、猫の特徴を持つ獣人を何人か発見した。

 この町に猫の獣人がいるとは聞いていなかったけどって、故郷を出てから久々に見る獣人に、何をしているんだろうって、見かける度にちょっと長く観察する。

 目にした多くの猫獣人は、木の長椅子に寝転がって、日向ぼっこをしているみたいだった。

 中には、魚の干物を手で千切って食べつつ、お酒っぽいものをちびちび飲んでいるっていう、オヤジ臭い人もいた。

 人間はともかく、魚人との関係はどうなのかと思ったけど、仲良く酒盛りをしている姿を見つけ、いらない心配だったと反省する。

 そんな人々の日常を見つつ、俺は浜辺に到着した。

 視界を右端から左端に振っていくと、景色の変化が楽しめる。

 大型船や小型船が繋がった船橋がある岩場には、まだ多くの人が残っていて、箱詰めされた魚を近くの建物に運んでいる。

 続いて、真っ白な砂が続く砂浜では、子供たちが元気に走り回り、保護者らしき人たちが座りながらのんびりと眺めていた。

 そして、飛び込み台のような高い崖。その上から、黒い縄のようなものが、遠くの海へと伸びている。

 どうやら、大物釣りの仕掛けがあるのは、崖のほうみたいだ。

 のんびりとした町中を歩いていく。

 海沿いの家の前で、浅黒い肌の漁師風の人たちが、穴が無数に開いた鉄板で魚や貝を焼いている。赤ら顔なので、お酒も飲んでいるんだろうな。日が出る前から働いていたらしいし、もう今日の仕事は終わったんじゃないかな。


 すっかり観光気分になったまま、大物釣りの仕掛けに到着した。

 それは、一言で言い表すなら、崖を利用した釣竿みたいだった。

 足よりも太い黒縄――たぶん鉄線を寄り合わせたワイヤーが、大きな丸太のようなものに巻きついて、大きな糸巻きのようになっている。

 そのワイヤーが巻かれた丸太は、歯車やレバーがゴテゴテとついた、地面に杭打ちで固定されている装置の中に組み込まれていた。

 そんな装置からワイヤーが出ていて、いくつもの滑車を経て崖の先端へ、そして遠くの海へと伸びている。

 きっと、あの先には餌がついた大きな釣り針があるに違いない。

 そんな思いを抱きつつ、装置がどういう仕組みになっているのかなと、近づいて覗き込む。

 この世界で初めて、機械らしい機械に、ちょっとだけ男心がくすぐられる。

 前世ではあまり機械に詳しくなかったので、完璧にどれがどうなっているかは分からない。

 けど、幾つかの歯車が鉄の棒を噛んでいるのを見て、大物がかかったときにワイヤーをそれ以上でなくさせる機能はあるんじゃないかなって思った。

 しげしげと興味深く観察していると、誰かから大声で怒鳴られてしまった。


「なにしている! よそ者が、その仕掛けに触れるんじゃないよ!」


 ビックリして、触っていないことを示すために、両手を上げた。

 そして、恐る恐る声が聞こえた方向へ顔を向ける。

 視線の先にいた人物を見て、俺は少しだけ気を緩めた。

 なにせ、年齢が俺と変わらないように見える、魚人の少女が立っていたからだ。

 よくよく思い起こせば、さっきの怒鳴り声も女性らしい高いものだった。

 緊張して損したと、胸を撫で下ろす。

 一方、その魚人の少女は、怒った様子でこちらに来る。

 格好は魚鱗の布製らしいビキニのような服装で、控えめな胸と括れた腰、そして少し大きめなお尻と鍛えられた太腿が露出している。

 ちょっと刺激が強い見た目だなって思っていると、息がかかる距離まで近づかれ、顔を覗きこまれた。

 あっ、俺よりちょっと背が小さい。


「ここで、なにしてたのさ?」

「えっと、大物を釣り上げる仕掛けがあるって聞いて、見に来ただけだよ」


 受け答えしながら、至近距離で見る魚人の目って黒目が大きくて、生きのいい魚のように透き通っているんだなって思った。

 魚人の少女は、じろじろと俺の顔と格好を見て、納得したように頷く。


「アンタ、冒険者だね。それで、魚鱗の防具を買いに来て、店の人にここを教えてもらいでもしたんだろう」

「よくわかったね」


 まるで見ていたような言葉に驚く。

 しかし魚人の少女は、なんてことはないと言う口調で喋り始める。


「この町にきた大抵の冒険者が辿る道だよ。それで、勝手にこの仕掛けに触れて、見かけた漁師に殴られるまでが、お約束ってやつさ」


 そう言った後で、お約束だから殴ろうとしているかのように、拳を握ってこっちに見せてきた。

 理由もなく殴られる趣味はないので、首を横に振って拒否する。

 すると、魚人の少女はすっぱりと諦めるように拳を解くと、装置に取り付いて様子を見始めた。


「ふーん、アンタは触ってなかったんだね。悪いね、さっきはつい怒鳴ってしまってさ」


 装置の様子から、俺の疑いが晴れたようで、一転して謝罪してきた。

 俺は気にしないでって、身振りする。


「謝らなくていいよ。これは大事な装置っぽいし、知識のない人に触られたくないってことはわかるから」


 理解を示した後で、疑問に思ったことを尋ねる。


「それで、君はこの装置に触ってもいいの?」


 それほど大事な装置なら、もっと大人の人じゃないと、触らせてもらえないんじゃないかなって思っての質問だった。

 しかし、魚人の少女はビキニな胸元を、張って見せてきた。


「ふふん、いいに決まっているさ。なんたって、この夏が終わるまでは、私がこの仕掛けの責任者だからね」

「君が、責任者?」


 責任者と言うには幼すぎるんじゃないかなって考えると、ムッとした表情を返された。


「確かに他の持ちまわりの人は老人ばかりさ。でも、百年に一人の大物釣りの天才と呼ばれたお爺ちゃんに、唯一釣り方を教え込まれたこの私――フィシリス以外に、この装置を任せられる人が、他にいるかっていうんだよ」


 何かしらの思いがあるのか、急に凄まれてしまった。

 けど、そういう事情があるなら、納得だなって思う。


「たしか十年に一度は大物を釣っていたっていう、名人がいたって聞いたよ。君は、その孫なんだ」

「まあ、孫とはちょっと違うんだけど、その名人が、私のお爺ちゃんなのは確かだよ」


 怒ったと思えば自慢げになったりと、フィシリスって名前らしい魚人の少女は、コロコロと表情を変える。

 その変化が可愛らしい子だなって思いながら、俺は首を傾げる。


「本当のお爺さんなのに、孫じゃないの?」

「ああ、血は繋がっていないのさ。お爺ちゃんは人間で、私は見ての通りに魚人――つまり私は、拾われっ子なんだ。でも、お爺ちゃんは本当の家族として扱って育ててくれた。だからお爺ちゃんは、私の親代わりでもあるってわけさ」


 よほど自慢のお爺さんだったのか、フィシリスはとても誇らしげに語っている。


「立派なお爺さんだったんだね」

「そうさ。けど、あまり働きたがらない人だったけどね。大物を狙っていたのだって、十年に一度釣るだけで、他は遊んで生活できるからって理由だったしね。まあ、本当に十年に一度は釣り上げる腕があるからこその言葉だって、私は思っているけどね」


 立派なんだか、怠け者なんだか、よく分からない人だったみたいだ。

 俺は反応に困って愛想笑いで誤魔化すと、話題を大物釣りに変えることにした。


「それで、今は君――フィシリスさんが、この装置の責任者ってことらしいけど」

「その通り。ああ、呼び捨てで構わないよ。同い年みたいだしね」

「ならそうさせてもらおうかな。なら、フィシリス。俺がこの装置を動かしたりはできないかな?」

「もちろん、駄目さ」


 ああやっぱりと肩を落とすと、フィシリスが首を傾げてきた。


「でも、なんでまた、そんな事を聞くんだい?」

大物オゥラナーガを釣ったら、その皮と工賃を渡せば、最高級品質の魚鱗の防具を作ってくれるって約束してもらったんだよ。ほら、普通に買うんじゃ、物凄く高いだろ?」

「ああ、なるほどね。この町の人らが、初めて釣った魚の魔物でコレを作るのと同じことを、大物でやろうってのか」


 フィシリスは言いながら、胸元のビキニの紐をくいくいと引っ張って示す。

 そうそうと首を縦に振りつつ、布から胸が外れそうでヒヤヒヤしてしまう。

 そんな俺の心の内を知って知らずか、フィシリスは胸に谷間を作るように、胸下で腕組みして考える素振りを始めた。


「そういう事情ならって、やらせてやりたくはなるんだけどね。悪いけど、この夏が終わるまでに私は成果を出さなきゃいけないから、アンタに構ってられないんだ」


 酷く申し訳なさそうに言ってくる。

 俺は慌てて、それを押し止めた。


「いや、無理を言っているのは分かっているから、謝らないでよ。それにしても、成果が必要って、大物を釣らないといけない理由でもあるの?」


 話題を変えようと、気になった発言を抜き出して聞いてみた。

 すると、フィシリスは苦々しそうな顔になった。


「お爺ちゃんが死んでからの十年間、この仕掛けの責任者をしていたジジイが一匹すら大物を釣れなかったんだ。だからさ、私ならその十年で一匹は釣ったって言ってやったら、腕前を見せてみろって話しになってさ。やってやるよって、啖呵を切っちまってね」


 少し後悔する顔つきを見ながら、その発言にちょっと変だなって思った部分があった。


「話の流れは分かるけど、なんでこの夏まで限定で、成果を出さなきゃいけなくなったの?」

「うっ……。そ、それは、私が本当にお爺ちゃんに釣り方を教えられているんなら、一年で成果を上げられるだろうって言われちゃってさ。思わず『できるさ!』って言っちゃってね……」


 お爺さんが好きだっていう、フィシリスの感情を逆手に取られたのか。

 思わず、あちゃあって顔で、見てしまう。

 しかし、フィシリスはポジティブだった。


「終わっちまったことを、いっても仕方がないさ。釣ってみせれば、いいだけの話だろ。大丈夫。私には、お爺ちゃん直伝の、大物釣りの極意があるからね」


 自信満々な様子を見て、俺は一先ず安心した。


「そういうことなら、邪魔したら悪いし、俺はもう行くとするよ」

「いや、別に邪魔じゃないよ。なにせ、餌の付け替え作業以外では、仕掛けに獲物がかかるまでは暇なんだ。そっちが暇なときに、話し相手になってくれたっていいんだよ。その際には、干物とか酒とか手土産が会ったらもっと嬉しいね」

「あははっ。まだこの町で依頼を受けてないから、いつ暇になるか分からないけど、時間があったらきてみるよ。大物が釣れそうなときは、手伝ってあげる」

「そのときがきたら、よろしく頼むよ。えーっと……」

「ああ、名前を教えてなかったね。俺の名前は、バルティニーだ」


 手を差し出すと、フィシリスも握り返してきた。

 親指と人差し指の間にヒレがあるからか、五本の指を揃えて握るっていう、不思議な握手の仕方だった。


「よろしく、バルティニー。町外から来た友人ができるのは、実は初めてなんだ」

「よろしく、フィシリス。俺も魚人の友人は、君が初めてだよ」


 お互いに笑顔になりつつ、手は確りと握り合う。

 こうして俺は思いがけない出会いを経て、この町で新たな友人を得たのだった。


「それにしても、喋り方普通だよね。組合でみた魚人の人は、結構なだみ声だったのに」

「喋り方にコツがあるんだよ。首元のエラを少しでも開いてしまうと――ごえわってしまうのさ」


 喉元にあるエラを開きながら喋ると、確かにだみ声になった。

 へえっと、魚人という前世にはいなかった種族の体の仕組みに、ちょっと興味が沸いた瞬間だった。


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