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七十二話 スカヴァノ衣料防具店

 渡された地図に従って進むと、入り口が開け放たれた建物に着いた。

 入り口の上に、『スカヴァノ衣料防具店』という文字と、服と鎧っぽいイラストが掘られた看板がある。

 どうやら、ここが目的地で間違いないみたいだ。

 けど、町一番の防具屋にしてはこじんまりとした店だったので、ちょっと不思議だなって思いながら中に入る。

 てっきり魚燐の布で作った物しかないと思い込んでいたけど、流通量が多い麻布で作った服や、普通の革鎧も棚に置いてあった。

 適当な服を一着、手にとってみる。

 丁寧に針で縫われていて、前世でみた機械縫いの服みたいに整っているのに、手縫いらしい柔らかく布地が繋がれていた。

 新品の服だし、やっぱり高いんだろうなぁ。

 この世界の売り物って、基本的に値札がついてないから、尋ねないといけないのが面倒なんだよね。

 着心地良さそうな服を手にしながら、今回の目的は服じゃなくて魚鱗の布の防具だからと、戻そうとする。

 そのとき、腰の曲がった老人が、すっと近づいてきた。


「おや、買わないのかな?」


 店員さんかなと思いながら、俺は服を棚に戻す。


「いい服だったので思わず手に取ったんですけど、この店に訪れたのは魚鱗の布で作った防具の値段を確かめることなので」

「ほぅほぅ。お前さん、見かけない顔だが、この店は誰に聞いたのかね」

「冒険者組合の初老の職員さんにです。迷わないようにって、地図を描いてもらいました」


 持っていた紙を見せると、このお爺さんは納得顔になった。


「そうか、アイツの紹介か。なら無碍にはできんな。こっちにきなさい」


 店の中を歩き始めたお爺さんに言われてついていくと、カウンターの仕切りを開けて、さらに店の奥に向かう。

 入っていいのかなと、俺は少しためらいながら進む。

 着いたのは作業場のようで、鋏や針、糸や革など、様々なものが整頓されて並んでいる。

 こんな場所に連れてきてどうするのかと思っていると、お爺さんは黒っぽく光沢がある、バンダナぐらいの大きさの布を持ってきた。


「これが、一般的な大きさの魚鱗の布だ」


 手渡してきたのを受け取りながら、前世にはなかった布の感触を確かめる。

 手触りはというと、海に住む魔物の皮から作ったとは思えない、化学繊維っぽいつるつるとした感触だ。

 どことなく学校指定水着の素材っぽく感じて、試しにほんの軽く引っ張ってみると、伸びた。

 手を元に戻すと、縮む。

 ますます、水着の素材っぽい。

 けど今世では今までなかった感触に、前世の懐かしさもあって、布を触りまくってしまう。

 そんな俺の不審な行動を、お爺さんは笑顔で見ていた。


「はっはっ、初めて触る手触りだろう。だけどな、その布の本領は、防刃性にこそある」


 お爺さんは俺の手から魚鱗の布を取り上げ、自分の片手に乗せる。

 そうしてから、布を切り抜くときに使うみたいな、小さなナイフを勢いよく突き立てた。

 布を刃が貫通したら、手が血まみれになってしまうのにって、ナイフを振り下ろした速さに驚いてしまう。

 しかし、ナイフは魚鱗の布を突き抜けられなかったようで、手と布のどちらにも穴はあいていなかった。


「どうだい、試してみろ」


 お爺さんに布とナイフを手渡されてしまった。

 怖々と、刃を布に当てながら引いてみた。

 すると、刃先が滑っているような感触がして、まったく切れなかった。

 不思議に思って刃先を立てて布に刺し込もうとするけど、まったく布に刃が立たない。


「凄いですね、この布」

「はっはっ。そうだろう、そうだろう。有名な冒険者や、偉い貴族様でも、鎧の下に着る服の素材に使うほど、優れた布なのだよ」


 知る日とぞ知る優秀な素材、って感じなんだろうなって、説明を受け取った。

 しかし、疑問に思ったこともあった。


「この布だけでも、十分防具として通用しそうなのに、鎧の下に着るんですか?」

「こんな薄っぺらな布じゃ、武器で殴られる衝撃までは殺せんよ。だからこそ、鎧で衝撃や斬撃を吸収させた後、最後に体と命を守る砦として、この布で作った服を着るってことだな。実際に、何人もの冒険者が、この布のお蔭で命が助かったそうだ」


 それほど立派な逸話を聞いてしまうと、逆に魚鱗の布で作った服の値段を聞くのが怖くなってしまう。

 しかし、聞かないことには、買う買わない、お金を溜める溜めないの判断ができない。


「それで、そのー。一着、おいくらなんですか?」

「そうさなぁ……」


 お爺さんは腕組みした後で、作業場の奥に向かう。

 そこにある、人が入れるんじゃない勝手ぐらい大きな、金属製の金庫を何個も鍵を使って開け、一着の服をとりだした。

 それは、ウェットスーツのような見た目の、上下一体になった黒いツナギだった。


「これのように、海にいる巨大な一匹の魔物の革から作った、上下一体かつ長袖長裾の服になると、金貨百枚が最低値だろうな」

「ひゃ、百枚!?」


 石のゴーレムを倒し、その核を売って、やっと一枚貰えるものが、百枚も必要なの!?

 どれだけ命の危険を冒せば手に入るんだよって、思わず目眩がしてしまう。

 俺が立ちくらみを起こしかけていると、お爺さんは大声で笑い出した。


「あっはっは。いやいや、これは最高級品だからこんなに高いのだよ。袖や裾を切り詰めれたり、一匹や一種に拘らずに革を繋ぎ合わせれば、もっと値段は下がる。冒険者や貴族が買うのも、そんな継ぎ接ぎな服が多いよ。でも、袖なし七分裾のツギハギ服っていう最低品質であっても、金貨数枚はかかるぐらいに高価ではあるぞ」


 一着に金貨を何枚も払わないといけないのは、確かに高い。

 けど、払えないぐらい高価ではないので、安心した。

 でも次に、その金額の幅に疑問を抱いた。


「そ、そうですか……でも、安いからには、高い方にはない欠点があるんじゃないですか?」

「そりゃあそうだ。小さい布を継ぎ接ぎするんだ。その縫った場所の近くに、剣や槍の先がきてみなよ。境目にブスッと、刃が入ってしまうよ。それに、縫い合わせるとどうしても、見た目と着心地が悪くなる。そんな欠点から、この町の人らはツギハギ服は買わずに、小さい布一枚でも作り上げる、手袋や下穿きみたいな小物の防具を使っているんだ」


 ほらっと、小物の実物を見せてくれた。

 指貫された手首まであるグローブ。土踏まずから踝の上までを覆えるぐらいのサポーター。目鼻口が開いた覆面状のマスク。際どいブーメランパンツ。

 女性のものだと思われる、ビキニ水着の上の部分のような、紐で布を繋いでいる服もある。


「これらだと、どのぐらいの値段なんですか?」

「一つ銀貨で十枚もしないな。なにせ、魚人の人らが楽々と獲ってきてくれる魔物の革で、これらは作れられているからな」


 金額にすごい落差があるなと思いながら、俺はどの防具を手に入れようかって悩む。

 将来のことを考えたら、あの最高級品がほしいけど、最低金額が金貨百枚だと手は出せない。

 かといって、鎧に代わる防具を買いにきたので、手袋みたいな小物を買うのも、お金の無駄にしかならない。

 でも、継ぎ接ぎされた魚鱗の服で妥協すると、性能に不安が残る。

 どうしようかと考えていると、お爺さんが笑みを零した。


「はっはっ。お前さんは、その格好からするに冒険者なのだろう。だったら、自分で海の魔物を獲ってみるといい。大物が手に入れば、その革で長袖長裾の防具が拵えられるぞ。それも、工賃だけの格安でな」


 最後の一言が片目を閉じるお茶目な言い方だったことに、俺は思わず笑ってしまった。


「ふふっ。はい、分かりました。しばらくこの町に暮らしてみて、魔物を獲ってみます。時間をかけても大物が獲れなかったら、諦めて継ぎ接ぎの服を買うことにします」

「それがええだろうな。ここ最近は、あまり大物が釣れてないから、お前さんに期待しておくとしよう」

「ええ、期待してください。きっと自分の身長より大きな魔物を、捕まえてみせます」

「はっはっ。体言を吐くなら曖昧にせず、そこは海をくねり泳ぐモノ――『オゥラナーガ』を獲るって言わねばならんだろうに」


 前世を含めて初めて聞く言葉について、聞き返すことにした。


「すみません。オゥラナーガって、何ですか?」

「そうか、お前さんは町の外からきたんだったな。オゥラナーガとは、外洋を進む大型船に巻きついて海に引きずり込むといわれる、巨大な海のヘビに似た魔物だよ。銀色の肌を持っていて、人を無慈悲に殺す凶暴な魔物だというのに、見た目の美しいこと美しいこと」


 お爺さんが、懐かしそうに言う。


「実物を見たことがあるんですか?」

「あるともさ。この町では数十年に一匹の割合で、釣り上げているんだ。特に十年前におっ死んだあるジジイは、オゥラナーガ釣りの名人でな、十年に一度は必ず吊り上げていたもんだ。なんで成人した町人なら、誰でも一度は目にしたことがあるだろうな」

「へぇ、そうなんですか。でも、巨大な魔物なんでしょう。釣り上げるのはいいとして、どうやって倒したんですか?」

「なーに。一度浜に引きずり上げれば、オゥラナーガは自分の体の重さで海に帰れなくなる。弱るのを一昼夜待ってから、止めを刺すのだよ」


 実物がいて、倒し方も判明しているなら、俺もそのオゥラナーガを狙ってみようかな。

 大型船ぐらい大きいらしいし、俺の全身を覆えるほどの魚鱗の服が、その革から作れると思うしね。


「それで、そのオゥラナーガは、どうやって釣るんですが?」

「砂のある浜辺の横に、飛び込み台になって折る崖がある。そこにある装置と、それから海の遠くへと伸びる鋼線の縄が、この町が共有するオゥラナーガを釣る仕掛けだ。だが、町人以外は装置を弄っちゃ駄目ってことになっているから、見るだけにしとけよ」

「はい、まずはその仕掛けを見てみることにします」


 触れなくても見て仕組みが分かれば、オゥラナーガを釣り上げる参考になるかもしれないしね。

 俺はスカヴァノ衣料防具店のお爺さんに別れを告げて、砂浜の横の崖にあるという装置を見に、行ってみることにしたのだった。


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