七十一話 サーペイアルの冒険者組合
護衛仕事の打ち上げをした翌日、日が昇ってから俺はサーペイアルの冒険者組合に向かった。
同じような建物ばかりなので、道を見失い、通行人に尋ねながら、どうにか組合の建物に到着。
こちらも赤瓦の屋根に白い壁なので、本当に他の建物と区別がつかない。
入ってみると、壁の石組みが見える作りになっていて、地中海風って感じがする。前世では海外旅行なんていったことがないから、勝手なイメージだけどね。
それで、中はだいぶ閑散としていて、流行ってはいないのかなと首を傾げてしまう。
すると、暇そうにしていた老人一歩手前の男性が、俺を手招きしてきた。
招きに応じて近づいて、挨拶をすることにした。
「初めまして。俺、バルティニーっていいます。昨日ここに着いたばかりです」
冒険者証を差し出しながら自己紹介した。
初老の男性は、冒険者証の裏表を簡単に見ると、こちらに返してきた。
「ようこそ、サーペイアルの冒険者組合へ。折角挨拶してもらって悪いんだが、目ぼしい依頼はもうないぞ」
「そうなんですか?」
まだ結構朝早いと思うのに、依頼がないなんて。
あまり冒険者に依頼を出さない町なのかなと、首を傾げた。
そんな俺の考えを見通したのか、初老の男性職員さんは、ちがうちがうと身振りする。
「ここの住民の多くは、日が出る前から動き始めるからな。冒険者たちもそれに合わせて、より朝早くから依頼を取っていくんだよ」
つまり、日が出ているぐらいにきても、いい依頼は取られ終わっているみたいだった。
「でも、そんなに朝早くからの依頼って、どんなのがあるんですか?」
「そりゃあ、水夫、漕ぎ手、漁師、獲れた魚の運搬や、魚の加工などなど。広大な海に関係した仕事の、手助けをする依頼ばかりさ」
ほらっと差し出してきたのは、依頼済みの処理がされた紙の束だった。
許しを得てから見させてもらうと、さっき言われたことに加えて、砂浜での貝殻集めなんて依頼もあるみたいだ。
けど、ヒューヴィレの町と違って――
「――魔物の討伐や採取の依頼は、あまりないみたいですね」
「そりゃあな。人間の冒険者に、海の中にあるものを取らせる依頼を出すよりか、水の中でも息ができる魚人のやつらに頼んだほうが確実だからな。組合に持ってくるその手の依頼は、海岸線に広がる崖や平原にあるものだな」
魚人のやつらって言葉は、蔑称みたいに聞こえた。
けど職員さんの態度から、逆に気安い相手に対する、遠慮のなさによる口の悪さなんだって分かる。
どうやらここに住む人間と魚人は、いい関係を築けているみたいだって感じ入っていると、職員さんが不思議そうな目を俺に向けてきた。
「兄ちゃんは、あまりこの町の事情に詳しくないようだが、どうしてここに来ようと思ったんだね?」
「そうですね。魚介類ってものを食べたいって思ったのと、水に濡れても平気な鎧があるって聞いたので、それが欲しいと思って来ました」
素直に本当のことを答えると、職員さんは大声で笑い始めた。
「がはははっ。そうか、魚や貝を食いにか! それと『魚鱗の布』で作った防具か! そりゃあ、この町ぐらいしか手に入らんものだな!!」
俺の返答の何が琴線に触れたのか分からないけど、なんだかとても職員さんは嬉しそうだ。
「それで、兄ちゃんは昨日着いたっていってたな。じゃあ早速、魚介類を食べたのかい?」
「はい。道中一緒だった人たちと、護衛仕事の打ち上げをしたときに。とても美味しかったです」
「そうかそうか。なら、この町でどんな依頼を受けても大丈夫そうだ。漁師は海魚を気味悪がるヤツは、舟に乗っけたくないもんだ。魚が嫌いなヤツが船にいると、魚は嫌気を感じて逃げるって信じているからな」
前世で見た漁師特集番組でも、漁師は験を担ぐ人が多いって言ってたっけ。
そんな人たちと十分に付き合っていけるっていう、職員さんからの太鼓判は、俺にとって嬉しいものだった。
「それで、今日はもう依頼が受けられないなら、その魚燐の布っていう防具を買いに行ってみたいんですけど」
「おう、いい店を紹介してやる。それで、どこからどこまでの防具を買うつもりだ?」
「えっと、出来れば頭から足先まで、一通り揃えようかなと」
実物をまだ見ていないので、あくまでその予定だと言ってはおいた。
それでも、職員さんは難しそうな顔になる。
「そいつは高望みし過ぎだな。多分揃えるには、金貨が何枚か飛ぶぞ」
この町にしかないものなら、きっと高いのだろうなと予想はしてた。
けど、金貨が何枚もというのは、予想以上だった。
「えっ、そんなに高いものなんですか?」
「小さな布はそんなでもないんだが、大きな布になるとべらぼうに高くなるんだよ。原材料が海の魔物の皮なもんで、大きい皮を得るには、強い魔物を倒さなきゃいけないからな」
「でもそれだと、守れる範囲が少ないんじゃないんですか?」
「その通りだ。安く抑えた海の男の衣装だと、手拭いのような布を頭に巻いて、一物がようやく隠れるぐらいの短いズボンを履き、手首や足首から先を魔物に食われないよう手袋足袋で守る、って感じになるな」
説明を受けながら、俺はその姿を想像してみた。
頭にバンダナ、股間にはブーメランパンツ。そこに手袋と靴下を追加する。
この想像は、あくまで俺の勝手な想像にしかすぎない。
けど、これに似た格好を、船の上や海辺ならまだしも、町中でするのは恥ずかしい。
そう思っていると、まさしく俺が想像した通りの格好の男性が、何かが入った網を抱えて建物の中に入ってきた。
衝撃的な格好に、俺がぽかんとしていると、職員さんが突付いてきた。
「兄ちゃんは、魚人を見るのが始めてみたいだな」
「え、あの人、魚人なんですか?」
意外な言葉を受けて、俺はその男性をしっかりと観察する。
オールバックにした少し長い髪と、特に魚顔ってわけでもない普通の顔立ち、鍛えられた筋肉がある体。
肌が少し青い気がするけど、色白の人だと思えば変じゃないぐらいの青さだ。
そして体に鱗があるわけでも、頭や背中にヒレがついているわけでも、お尻に尻尾があるわけでも、猫背になっているわけでもない。
一目見ただけだと、普通の人間と見分けがつかないように見える。
でも、ヒューヴィレの町で聞いていたように、彼の首元にはエラのような切れ目があり、指の間にヒレがあるからか手袋は薄い鍋掴みみたいな形になっていた。
そうやって観察していると、魚人の人が俺に顔を向ける。
「どうがしたが?」
喉に切れ目があるからだろうか、少しだみ声でそう問いかけてきた。
俺は慌てて首を横に振る。
「いえ、初めて魚人の人とお会いしたもので、ついつい観察してしまいました。不快にさせたのなら謝ります」
「そうが。魚人は、他の地域では、見ないがらな。この町にいるうちに、しっがり見ておげよ」
ぺんぺんっと俺の頭を叩くように撫でてから、その魚人の人は抱えていた網を、職員さんの前に置く。
中を見ると、魚にトゲやらギザギザの牙やら尖った鱗やらを付け加えたようなモノが、ぎっしりと詰め込まれていた。
「いつも通り、海の魔物をとってぎた。換金してぐれ」
「はいよ。おーい、ちょっと頼むわー」
「あいよー。そんじゃあ魚人の兄ちゃん、それこっちに持ってきてくれ」
「わがった」
別の酒の臭いがする赤ら顔の職員さんに呼ばれ、魚人の人はそちらの方に向かった。
普通の魚の臭いとかわらない、海の魔物の潮臭い残り香を嗅ぎながら、俺は顔を対応してくれている職員さんに向ける。
「あの魔物が、魚燐の布の素材になるんですよね?」
「その通りだ。あの魚人が獲ってきたものを見た通り、普通の魚にしたらデカイが、顔程度の大きさが多くて、上半身が隠れるほどの大物は滅多にない。だからこそ、デカイ魚燐の布は高額になるってわけだ」
たしかに、あの魔物から採れる革は小さい物にならざるを得ないだろうなって、納得してしまう。
そんな俺に、職員さんは小さな紙を一枚手渡してきた。
「まあ、せっかく魚燐の防具を買いに、ここまできたんだ。この町にある最高の防具屋を紹介してやる。自分が欲しい形の防具が、どんな値段をするか、見ておくといい。それで、この町で稼いで買うか、他の町で稼いでから来るか、そもそも諦めるかを、決めるこった」
「はい、ありがとうございます。早速、行ってみることにします」
俺は礼を言いながら紙を受け取ると、建物の外に出て、表に描かれた地図の通りに道を進む。
その最高の防具屋へと向かう道すがら、どれほどの金額が書かれているのだろうかって、恐ろしさと興味を半分半分に抱きながら、歩き続けたのだった。




