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六十九話 次なる目的地は

 オレイショと勝負した日から、俺たち四人はそれぞれ単独で行動し始めた。

 オレイショは、近場を行き来する商隊の護衛に入れてもらったらしい。

 あの日からときどき冒険者組合で見かけたりするけど、お互いに軽く視線を向け合って挨拶するだけで、何かを喋りかけることはない。

 コケットは相変わらず、あの揚げ物が美味しい食堂で、朝から晩まで働いている。

 俺が行くと、仲間だったよしみだからと、ちょこっと量をオマケしてくれる。

 コケット目当てに通っているお客さんもいるみたいで、男性に声をかけられたりする姿を見かけることもあった。

 体よくあしらっているみたいだけど、お嫁さんになるっていうコケットの夢は、それほど遠くない時期に叶えられそうな予感がしている。

 ティメニに関しては、勝負の日から今まで見かけていないので、いま何をしているかはよく知らない。

 組合職員さんから聞いた噂では、あの日のうちに、別の冒険者たちの仲間になり、早々にヒューヴィレの町を出て行ったらしい。

 オレイショに代わる、新しい寄生先を見つけたのか、それとも良い人を見つける間の腰かけなのか。

 どちらにせよ、ティメニは頭の回転がいいから、俺の知らない場所で元気にやっているんだろうなって思う。

 そして俺はというと、ガラス工房で働きながら、町の周囲で素材採取をやりつつ、次はどこに行こうかと目的地を探していた。

 ヒューヴィレの町に居たって、魔の森を開放することなんてできないから、夢に近づけないしね。


「こんばんは。依頼完了の報告と、いつもみたいに、魔の森とその近くの開拓村の情報を聞きにきました」

「はい、いつも通りね。それじゃあ、地図を広げるわね」


 すっかり顔なじみになってしまった職員さんが、丸まった紙を広げた。

 その上には、前世の精巧な地図とは似ても似つかない、縮尺っていう考えもなさそうな、絵みたいな大雑把な地図が書かれていた。


「それで、今日はどこの情報が欲しいの?」

「うーん、そうですね……」


 俺は地図を睨みながら、目星をつけていく。

 なんで悩んでいるかというと、一つ依頼をこなすと一ヶ所の情報を教えてもらえる、っていう決め事を職員さんと結んでいるからだ。

 多分だけど、鉈斬りっていう二つ名持ちの俺を、ヒューヴィレの町に置いておきたいっていう理由からなんじゃないかな。

 なので俺は、ヒューヴィレの町の近くにある魔の森の情報は、行商人さんとかから聞けるので、遠い位置にある場所の話を聞くようにしている。

 今日はどこの話を聞こうかなって、地図を改めて見る。

 国家誕生の地である諸源の平野があり、そこから森を切り取って広げたという大きな平野が続く。それから先は、削り取られようとする森と、木々に侵食されようとする平野が入り混じる場所が続く。

 そして地図の端っこの部分には、山や湖、川や海辺、あとデフォルメされた魔物っぽい生き物なんかが描かれて終わっていた。

 このことから分かるように、海岸線はほとんど記されていないので、俺がいるこの場所が大陸なのか大きな島なのかすら分からない。

 多分だけど、オーストラリアみたいな大きい一つの大陸なんじゃないかなって、勝手に思っているけどね。

 そんな地図の中で、村の規模以上に人が住んでいる場所には、赤点が記されている。

 平野部には点在していて、森の際の部分には少し。地図の端に至っては、一つか二つあるだけ。

 たまに、広がった森によって街道を寸断されてしまったらしき場所もあって、中には森で囲われてしまった村もあるみたいだった。

 そんな見ているだけで、冒険心をくすぐられる地図を眺め、ある一点を指す。


「この海岸の場所を教えてください」


 それは、地図に載っている数少ない海岸のうち、ヒューヴィレの町から最も近い場所だった。

 といっても、地図の端に描かれた場所なので、片道で十数日は優にかかりそうな位置ではあるんだけどね。

 俺が海岸を示したのが不思議だったのか、職員さんは首を傾げる。


「あら、今日は森じゃないんだ」

「いままで森のことばかり聞いていたので、たまには違う場所の話も聞こうかなって思いまして」


 それと今まで聞いた話では、そうそう魔の森を開放することはできなさそうなので、焦って情報を集める必要がないって分かったっていう理由もあるんだよね。

 職員さんはこの理由に納得したようで、情報をまとめてあるらしき冊子を取り出し、ページを捲っていく。


「その場所は、サーペイアルっていう港町よ。遠くの海岸にある港町と、船で行き来して珍しい特産品を運ぶことで、貿易して潤っているようね」


 職員さんは船の航行する場所を示すように、港町サーペイアルから地図外に指を這わせ、地図の別の端にある海岸へと向かわせた。


「ここの冒険者組合には、その貿易船と貿易品を街道で運ぶ馬車の護衛の依頼が、多くくるみたいね。他には、小船を使った近海にいる魔物の掃討と、漁師の海産物を取る手伝いなんかもあるみたい」

「海産物、ですか?」

「海にある魚や貝のことをそう言うの。でも川にいるものと違って、抱えるぐらいに大きな物が獲れるそうよ」


 海産物の意味は、前世が日本人だからよく知っている。

 そういえば、この世界に生まれてから、一度も海産物を食べたことがなかったっけ。

 でも、食べ物のためだけに、遠くまで移動するのもなー……。


「この港町やその周囲に、他に特徴的なものがあったりしませんか?」


 その港町に行くには、せめてあと一つ、こちらの背中を押してくれる情報が欲しかった。

 そういう想いを込めて尋ねると、職員さんは顎下に指を当てて考え始める。


「うーん、そうね……。海に出る魔物の皮を加工した、水に強くて海中でも体の動きを邪魔しない服や防具、なんていうのがあるみたいね」

「それって、水に濡れても大丈夫な防具ってことですか?」

「土地柄、水を被ることが多いから、水で傷まない服や鎧が発展したものらしいわ」


 それを聞いて、俺はこの場所にいってみたくなった。

 なにせ、俺の切り札の一つである、攻撃魔法の水を体に纏わせる戦法には、服が濡れるっていう弱点がある。

 そのせいで、水に強くない革鎧や金属鎧の購入を見送っていた。

 でも、サーペイアルって港町で水に強い防具を揃えれば、通常時の防御力に対する不安感は消せる。

 そんな俺にとって嬉しい情報に、すっかり行く気になっていると、職員さんから追加情報がきた。


「そうそうその防具で思い出したけど、この港町には珍しい獣人がいるのよ。海辺や川辺にしかいない、たしか『魚人』っていう種族よ」

「その魚人って、どんな見た目の人なんですか?」


 そう尋ねながらも、俺の頭の中では絵本に出てくるような人魚を思い浮かべる。

 しかし、その想像は裏切られることになった。


「姿かたちは人間に似ているけど、肌が青やら緑やら極彩色でヌメヌメしているそうよ。それで顎の舌から喉元にかけて、魚のエラみたいな切れ目があって、それで水の中でも呼吸ができるみたいね。手足の指の間にはヒレがあって、泳ぐのが得意みたいよ。主食は海草や魚。サーペイアルでは、船底につく貝や汚れを綺麗にする仕事をしているらしいわね」

「……なんだか、想像できませんね」


 俺の想像力が乏しいのか、話を聞いて頭の中に描いた魚人の姿は、なんか怪物みたいになってしまった。

 すると、職員さんが微笑みを向けてくる。


「獣人を始めとする異人種って、人間とは生活空間や文化が違うから、見た目もかなり違っちゃうのよね。実際に見て会話してみないと、魔物と間違う種族もいるそうよ。だからかしら、人間が多い場所にはあまり居つかないし、独自の集落を作って暮らしているって話もあるわ」

「へぇ、そうなんですか……。そういえば、故郷には獣人の従業員がいたけど、ヒューヴィレの町ではあまり見かけませんね」


 故郷以外で今まで見かけた異人種って、ドワーフの開拓村のロッスタボ親方だけだったっけ。

 職員さんは頷くと、地図の端々にある山や森を指差す。


「こういう地点に、獣人や異人種が多く住んでいるわ。中には、いまでも魔の森の中で暮している種族もいるそうよ。いま分かっている異人種も、過去に切り開いた森に住んでいて、開放して初めて人間の生活圏に入ってきたって逸話があるわ」

「じゃあ、獣人を町中で見る機会は、そんなにないってことですか?」

「そうとも言い切れないわ。この町の一帯は人間が主体となって森を開いた場所だから、獣人にとっては他人の土地みたいな感覚で、やってきたがらないだけらしいしね」


 たしかに俺の今世のご先祖さまの逸話でも、獣人が活躍したって話はなかったなって、獣人がこの辺に少ない理由について納得した。

 そして俺は、話を終えて地図を巻きなおしている職員さんに、決意を込めた目を向ける。


「情報、ありがとうございました。次はその港町、サーペイアルに行こうと決めました」

「えっ!? ほ、本当に行くの? いつに?」


 まさか魔の森を開放することが夢だと語っていた俺が、海岸に行くとは思わなかったのだろう、職員さんは面食らった顔をしながら質問してきた。


「硝子工房の親方に事情を話して理解してもらってから、サーペイアルかそっち方面に行く商隊に護衛としてついていきたいと思ってます」

「そ、そうなの。なら、そういう依頼がないか、気にしておいてあげるわね。あったら優先的に話を回してあげるわ」

「よろしくお願いします」


 職員さんの提案にお礼を言いつつ今日の報酬を受け取ると、次の目的地であるサーペイアルにある、水に強い防具と今世では初めて食べることになる海産物に、俺は想いを馳せるのだった。


次から、新章となります

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