六話 鍛冶師が師匠
鍛冶師の家の中に入って中を見回すが、前世のテレビ番組で見た鍛冶屋とは内装が全然違った。
「……ここで鍛冶の仕事をするんですよね?」
思わずそう聞いてしまうのには理由があった。
鍛冶に必要な、炉という設備が見当たらない。あと炭もおいていない。
代わりのように、木の長机がいくつも並べられていて、上にはハンマーが何種類か置かれていた。
見た印象では、鍛冶場というよりも、学校にあった工作教室に似ている。
別の場所にそういった施設があるのかとも思ったけれど、長机の上に鍛冶で使うらしき鉄の延べ棒みたいなのが置かれている。
前世の知識を下敷きにすると、なんかチグハグな場所にしか見えなかったのだ。
「なんだ、意外と普通なんで拍子抜けしたか?」
素直に頷くと、気分よさそうに大笑いされた。
「はははははっ。大体のやつはそういうんだ。だがな、覚えておくといい。こういう変哲もない内装をした鍛冶屋こそが、腕のいい証なんだぞ。ごちゃごちゃと、設備ばっかりあるようなとこは、自分で二流三流だって言っているのと同じなんだ」
なるほど。それがこの世界の常識なのか。
「ということは、おじさんは腕のいい鍛冶屋なんですね?」
と言うと、なんでかうな垂れてしまった。
「おじさんって。これでもまだ二十代なんだが……」
欧米人系の顔は前世で見慣れていなかったので、こっちの世界の人の年齢が分かり難い。
目の前の鍛冶屋は、てっきり三十から四十歳ぐらいかと思っていた。
「いえ、その。名前聞いてなかったから」
慌てて言い訳をすると、切り替えの早い性格なのか、こっちに笑い顔を向けてくる。
「そうだったな。では改めて自己紹介しよう。荘園の農具と金属食器を一手に引き受けさせてもらっている、鍛冶師のスミプトだ」
「あれ? スミプトさんお一人で、全部の農具と食器を作っているんですか?」
「ふふふ。俺の腕のよさに驚いたろ」
スミプトさんはそう言うが、半信半疑だ。
荘園の広さは知らないが、この世界では機械じゃなくて人力だろうから、農具は大量に必要になるはずだ。
そんな量を賄えるほど、物が作れる場所には、どうしても見えない。
信じていないと分かったのだろう、スミプトさんは訳知り顔で俺の肩に手をかけた。
「まっ、仕事を目にしたわけじゃねえんだから、信じがたいってのは分かる。だから見せてやろう。ほれ、こっちこい」
そうして連れて行かれた場所には、中に大量の石が詰まった樽があった。
これをどうするのだろうと疑問に思っていると、スミプトさんが行き成り気合を入れ始める。
「ふんッ、ぬうぅ~~~~~……」
唸り声と共に、スミプトさんの肌が赤くなっていく。
細胞にある魔産工場を活性化させているみたいだ。
そうして少しすると、スミプトさんの周りが薄っすらと揺らいだように見えた。
その瞬間、彼は威勢のいい声と共に、両手を樽へと突き出す。
「はああああぁぁぁぁ!」
すると、体の周りにあった揺らぎが樽へと向かい、全体を覆っていく。
「ぬおおおおおおおぉぉ! くおおおおおおおおぉぉ!」
ひときわ大きく声を出し、樽にまとわりつく揺らぎが大きくなった。
しかし、傍目からではそれで終わりにしか見えない。
これが鍛冶とどう関係あるのだろうかと、首を捻ってしまう。
少し時が経ち、スミプトさんは唐突に唸るのを止めて、やりきったと言う顔で額の汗を拭った。
「どうだ。俺の仕事っぷりは?」
何をやっていたのか全くわからない。
とは、少し言いがたい雰囲気だ。
「どう、って言われても……あの、鍛冶を見るのは初めてで……」
「おお、そりゃあそうだ。鍛冶仲間じゃないんだ、初心者には出来た物を見せなきゃな」
スミプトさんは納得した笑顔になると、樽の下部に手をかけて引っ張る。
引き出しのようにスライドして、樽の輪切りのような形で出てきた。
その中を見ると、溶かした後で冷やし固めたような、綺麗な光沢のある金属の塊があった。
それがどういう意味かを、スミプトさんが行っていた行為を含めて考えると――
「もしかして、魔法でこの金属を作ったんですか?」
尋ねたことに、頷きが返ってきた。
「そうだ。魔法で樽に入れた石から鉄を取り出し、ここに集めたんだ。いい艶をした見事な鉄だろ」
樽の下部を引き出して外すと、近くの長机の上にひっくり返す。
出てきた鉄の塊は、たしかに艶やかに光を反射していた。
しかし、なんとなく鉄っぽくない。
単なる鉄というと、前世ではもっと灰色が強いくすんだイメージだ。
しかし、目の前にある塊は、銀の塊だと言われても信じてしまいそうな、綺麗な金属の色をしていた。
「これが、鉄ですか?」
「そうだ。交じりっ気のない、純粋な鉄――これこそが、貴き『万在の金属』ってやつだ」
聞きなれない言葉に首を傾げると、スミプトさんが得意げに語り始めた。
「この世には、主流な四つの貴き金属――貴金属がある。一つ目は『神光の金属』である金。二つ目は『夜煌の金属』の銀。三つ目は『千用の金属』な銅。そして最後が、この鉄だ」
「へぇ~。鉄も貴金属の一つなんですね」
前世では、鉄は卑金属の一つだったのに。
でもたしかニュースで、超がつく純鉄は火と錆びや酸に強い特性があって、貴金属として見直されるのも間近。なんて言われてはいたっけ。
それにしても――
「金から銅までの枕言葉は分かりますけど。鉄の『万在』って、どういう意味なんですか?」
「どこにでもある、といった言葉だな。実際に、自然にある土属性のものなら、どれにでも含まれている。こうやって樽精製で、荘園から出た石を材料に鉄を作る、なんてことが出来る」
さらっとゲームっぽい単語が出てきたな。
「属性って、あれですよね。火とか水とか」
「お、ちゃんと勉強はしているようっだな。そうだ。火、水、土、風の四つだ。場所によっちゃ、光と闇を含めての六つ。この国じゃ、その二つは側面として扱われているから『四属性二側面区別法』なんて言われていんだよな」
いえ、すみません。前世の知識を生かしただけで、ソースペラの魔法の授業で覚えていたわけじゃないんです。
ちょっと後ろめたく感じていると、悪戯をした子供を見つけたような目を、スミプトさんが向けてきた。
「さては、真面目に授業を聞いていないな? 駄目だぞ、そんなんじゃ。魔法を使う基礎をちゃんと修めてないと、魔法を使うどころか、まともな職人にもなれないんだからな」
軽く叱ってくるが、個人的に気になったのは別のところだった。
「職人も魔法を使えないとなれないんですか?」
「いや。専用の設備を使えば、なれはする。鉄作りだって、炉と炭に秘伝の粉を使えばいいんだ。しかし、魔法で作ったものよりも、かなり劣化したものしか作れない。するとやっぱり、鍛冶仲間からは下に見られてしまうことになる」
理由に納得していると、スミプトさんが何かを思いついたように、パンッと手を打ち鳴らした。
「そうだ。これも何かの縁だ、お前さんの魔法がいまどの程度なのか見てやろう」
その提案に、ソースペラのこともあって、俺は嫌そうな顔を浮かべてしまう。
「え~……。教わったの、魔力の塊を回して、魔産工場を動かすまでですよ」
「そうか。まあ、その歳じゃそのあたりだな。まあ見せてみろって」
見せろと言うなら見せるけどと、お腹にある魔塊を回転させていく。
教わってから一日も欠かさずに続けていたので、呼吸をすることと同じ感覚で出来るし。
そうして回転させていると、魔産工場から魔塊のある場所へ流れてくる。
このとき、例えるのが難しい、少し不思議な感じがする。
いま、魔貯庫は横隔膜から下腹までの大きさがある。なら、肉体的には、その部分にある魔産工場と魔貯庫は重なっているはずだ。
しかし、流れてくる魔力を感じとると、胃から腸から出た魔力の道が、元々塊があったヘソへ向かう。そこから『体の裏側』へ行って、魔貯庫の中に入ると、徐々に魔塊に吸い込まれて圧縮される。
このとき、入った魔力で魔貯庫の壁が押されて膨らむと、壁の範囲が腹回りの外へと出てしまう感じがするのだ。
この体の裏側ってどことか、そもそも魔貯庫はどこにあるのか、よく分からないのけれど、感じることを言い表すとこんな風だ。
試しに魔貯庫の壁がどこまで伸びるかをやってみると、いまでは自分の足から頭まではいく。それも、股の間や脇の間などの開いている空間も、その範囲に入る感じに。
仮にこのまま魔貯庫のストレッチを続けていくと、たぶん自分の身長を超えて、家一件分まで行くんじゃないかとまで感じている。
それにどんな意味があるか分からないが、体の成長に悪影響はなさそうなので、このまま続けることにしていた。
といったことを思いながら、細胞にある魔産工場を動かして見せているのだが、スミプトさんは『まだか?』と言いたげな顔をしている。
「あの、もう魔産工場を動かしているんですけど?」
「ああ。そりゃあ、赤らんだ顔を見れば分かるんだが。いま、どんな感じに魔力の塊を回しているんだ?」
「どんなって……こう、ぐるぐるっとした感じですけど?」
感覚的なものなので、どれだけの速さかは伝え難く、あやふやにしか言えない。
すると、スミプトさんは長机の上を探し、片手に乗る程度の小さな鉄球を渡してきた。
「これが魔力の塊だとして、手で同じ速さに回してみてくれないか?」
それなら分かりやすい。
魔塊は上下回転させているので、受け取った鉄球を片手で持つと、捻るように繰り返し動かす。
「ふむ。前に回してから、後ろに回しているのか?」
その指摘に、分かりにくかったかなと、両手を使って回転させていく。
「いえ。常にこんな感じで、前回りですけど。速さを伝えようとすると、両手で動かすのは難しくって」
「ああ、なるほど。速さは先ほど見たいな感じで、向きはその回転ということだな」
スミプトさんは理解を示したが、次の瞬間には疑問顔になった。
「普通、そこまで早く回せていたら、体から魔力が噴き出てくるはずなんだがな……」
スミプトさんは自分の魔産工場を動かして、手の回りに揺らぎを作ってみせた。
どうやら、あの不思議な揺れている部分が、体から出てきた魔力のようだ。
「でも、この体からは出てきませんね」
「それが不思議なんだ。魔産工場からきた魔力は、一定量を超えると魔力塊に弾かれて、体の外へ出るはずなんだ」
「魔力が弾かれるんですか?」
「例えると、コップに水を入れ続けると、やがて零れるように、それ以上は入らなくなるんだ。てことはもしかすると、あの話は本当だ――」
何か独り言を呟きだしたけど、直前までの説明でピンッときた。
前に俺がしていたように、スミプトさんは『魔塊=魔貯庫』と勘違いしているんだ。
そして、普通の人の魔貯庫は伸び縮みしない、またはし難くできている。俺がストレッチをやり始めた赤ん坊の頃も、少し伸び縮みする程度だったので、これは間違いないだろう。
だからこそ、魔産工場からの魔力を入れようとしても、少し魔貯庫が膨れたあとは、体へと溢れ出てしまうのだ。
さらに言えば、この溢れた魔力を利用して減少を生み出すのが、魔法という図式なんだろうな。
そうと分かれば、魔力を体の外に出すやり方は、二つ予想がつく。
片方は、俺の魔貯庫は伸縮してしまうので、それ以上の魔力を魔産工場に送らせるため、魔塊の回転速度をもっと上げること。
もう一つは、魔貯庫の壁全体を押し込むように意識して、意図的に魔力を中へ入らせないようにすること。
本当は、この二つが同時に出来れば、より早く体外へ魔力を出せるのだろうけれど、回転速度はいま出せる限界なので、二つ目の壁を押す方法をとることにする。
魔貯庫ストレッチをするときのように目を瞑り、胸元から股間まである壁を、柔らかなゴムボールを両手で握りつぶすイメージで押し込む。
すると、魔塊の回りで圧縮されるのを待っていた魔力が、居場所を失ったように体の中へと戻ってきた。
そして、血管と魔産工場からの流れ道とも違ったルートを通って、体の外へと噴出した。
このとき、毛穴が一斉に開いたような、不快とも快感とも取れない感触が全身を襲い。思わず身体をくねらせてしまった。
俺の体の回りに揺らぎが出たのを見て、スミプトは自分のことのように喜んだ顔をする。
「おー! そうだ、それが出来れば、もう魔法は使えるも同然なんだ。しかし、やっぱり魔力の塊が成長段階だったようだな」
「その言い方だと、僕と似たような人が前にもいたんですか?」
「鍛冶師の間で語り継いできた話の中ではな」
詳しく聞きたいと目で要求すると、スミプトさんは語りだす。
「魔力の塊がとても小さく生まれる人がいて。本人はちゃんと塊を回せていると言っているのに、体の外になかなか魔力が出なかったんだ。しかし、ある日に突然噴き出てくる。どうやったのかと仲間が尋ねると、その人は塊が大きくなったら自然と出来たと答えた、という話だ」
その話と、俺が知る事実とを重ね合わせると――
『魔貯庫と魔塊の大きさは、人によって違う。
魔貯庫が大きく魔塊が小さく生まれた人は、魔産工場からの魔力で大きくしない限り、体外へ魔力が出ない。
ただし、意図的に魔貯庫の壁を押せる人なら、魔塊の成長を待たなくてもいい』
といったところだろう。
これで魔法使いに一歩近づいたと喜んでいると、スミプトさんが肩に手を乗せてきた。
「さて。魔力が体外に出るようになったのを、ソースペラに見せにいってこい」
その言葉に、事情を知っているのかと驚く。
すると、俺の顔を見て、スミプトさんは苦笑いを浮かべる。
「お前、分かりやすいな。まあ、三男坊と魔法使いソースペラの確執は有名だ。この屋敷に関わっている人なら、全員が知っているさ」
「うぐっ。で、でも、ほら。ソースペラ――さんは、僕が塊を回せないって言い切って、授業をまともにしてくれませんでしたし……」
衝撃の事実を受けても、どうにかソースペラとは関わりあいたくない。
授業をサボってここにいる今日は、特に。
すると、スミプトさんは呆れた顔をして、ぽつりと言った。
「意外と小さいやつなんだな」
その一言に、思わず聞き返す。
「小さい、ですか?」
「ああ。気持ちと器が小さいな。女のヒステリーぐらい、男ならどんと構えて動じないぐらいでなきゃいけないだろうが。むしろ、怒る女をなだめ、より仲良くなってこそ、器の大きな男ってもんだ」
スミプトさんの言葉に、大きな衝撃を受けた。
「そういうもの、なんですか?」
「これができるのが、いい男の最低限の条件ってやつだ。真に器の大きな男なら、そもそも女を苛つかせたりはしないだろう」
説明を受けたことを、しっかりと噛み砕いて理解していく。
そして考えてみると、女性が怒ったことに怒り返し、なおかつ長く冷戦するなんて、たしかに器の小さな男っぽい。
俺は背が大きくなることばかり前世からこだわっていたが、器が大きくなければ、図体だけの気持ちの小さな男になってしまうだろう。
それは、とてもかっこ悪い!
「大事なことを気づかせてくれて、ありがとうございます、スミプトさん。いえ、人生の師匠!」
「お、おう。そ、そりゃあよかったな」
「はい。師匠に言われた通りに、ソースペラさんに今までのことと、今日授業をサボったことを謝ってきます!」
「お、おう。が、がんばれよ」
「そうだ。また、鍛冶のことについて教えてもらいに、ここにきてもいいですよね?」
「そ、それは、まあ、構わないが……」
「ありがとうございます!」
俺は大きな器を持つ男になるため、鍛冶場を出て、ソースペラさんに意気揚々と会いに行くことにした。
「あー……からかったつもりだったんだがな……」
風に乗ってそんな言葉が聞こえた気がしたが、空耳だと判断して屋敷の玄関へと走ったのだった。