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六十八話 勝負

 オレイショは、俺を真っ直ぐに見つめながら、近づいてきたきた。


「バルティニー。勝負しろ!」


 端的に過ぎる発言に、周囲の居合わせた人たちが、なんだなんだとこっちを見てくる。

 仕方なく、分かりきっているけど、オレイショに理由を尋ねてみることにした。


「現れたと思えば、なんだよいきなり。事情の説明ぐらいはしてくれたっていいだろ?」

「白々しいぞ! 昨日の晩、急にティメニから別れを切り出された。そしてお前を倒せたら、修復を考えてもいいと言われたんだ! お前、ティメニをたぶらかして、オレと別れるように仕向けたんだろう!」


 オレイショの叫びに、周囲の人たちは「痴情のもつれか」って、興味を失った顔でそれぞれの用事に戻っていく。

 そんな中、俺はティメニの狡猾さに舌を巻いていた。

 なにせ、オレイショに鉈斬りの情報を教えないままで、俺に勝負を仕掛けさせることに成功しているんだから。

 きっと、俺が鉈斬りだと知らないままなら、オレイショが気後れなく全ての力を発揮できると思ってのことだろう。

 そして何も知らなくても、オレイショが勝てれば、ティメニは寄りを戻しつつ、鉈斬りを倒したっていう証を利用して良い仲間を集められる。

 仮に負けたとしても、ティメニはオレイショと別れて、次の寄生先を見つけるだけ。

 そんな、ティメニにしてみれば、得ばかり多くて、損の少ない作戦だった。

 俺がティメニの頭の回転のよさに絶句してしまう。

 すると、オレイショはこの絶句を彼自分に対してだと勘違いしたのか、急に偉そうな態度になった。


「ふふん。怖気づいて勝負から逃げたいのなら、いまこの場で負けたと宣言しろ。そうすれば、痛い目を見ずにすむぞ?」

「……ちょっと黙ってて。確認するから」


 俺はオレイショを無視して、頭痛がしている風な冒険者組合の職員さんに、声をかける。


「あの。勝負を受ける場合の注意点って、なにかあるんですか?」

「え、ええ。ヒューヴィレの町では、町中での私闘は禁止しているから、町の外でやって。じゃないと『治安維持官』がやってきて、逮捕拘禁されてしまうわよ」


 職員さんの視線が動いた先を目で辿ると、金属製の鎧を着た男性がこっちをみていた。手には、先が二つに分かれている、金属製の棒を持っている。

 どうやらあの人が、治安維持官という、警官みたいな人らしい。

 なるほどと納得して、町の外に移動しようとすると、職員さんに呼び止められた。


「言っておくけれど、オレイショくんを殺しちゃ駄目だからね。あんな子でも、組合にとっては良い人材なんだから」

「……それだと、オレイショが俺を殺すのはいい、みたいに聞こえるんですけど?」


 白い目を向けると、職員さんは違う違うとジェスチャーしてきた。


「あのね、君ら二人のうち、どっちが怪我する可能性が高いと思っているのかしら?」


 なんだか、職員さんの俺に対する評価が、変に高い気がする。

 けど、ちょっと前に、新米扱いはしないみたいなことを言われていたので、納得はすることにした。

 俺は気分を入れ換えながら、オレイショに顔を向ける。


「話は聞こえていただろ。町の外に移動するぞ」

「ふん。どこでやろうと構わないが、痛みにのたうち回る覚悟はしておくんだな」


 相変わらず、自信だけは凄いなって感心する。

 しかし、オレイショといえど、戦う相手には気を引き締めて当たろうと、心を決めたのだった。





 ヒューヴィレの町の外へ出てすぐの、広く草が短く刈られた場所で、俺とオレイショは戦うことにした。

 俺たちが対峙していると、興味を持った商人や通行人が数人立ち止まり、こちらを観戦しようとしている。

 けど、多くの人たちは、俺たちがまだ若い少年だと見ると、興味を失ってヒューヴィレの町中へと足を向けなおしているようだった。

 そんな風景と共に、周囲の安全を確認してから、俺はオレイショに顔を向けなおす。


「それで、戦いの取り決めは、どうする?」

「ふんっ、そんなものは――」

「要らないって言ったら、俺は遠慮なく弓矢と鉈を使うからね。なにせ、オレイショみたいに木剣とか持ってないし」


 この言葉に、オレイショは慌てた。


「オレと真剣で殺し合いたいって、言いたいのか!」

「いやいや。ちゃんと刃は潰すって。でも、鉄製だから当たれば、骨折じゃすまないと思うよ?」

「むむっ……ならそれで――いや、弓矢は無しだ。男らしく、接近戦で勝負をつけようじゃないか」


 調子の良い事を言っているけど、少しでも俺の有利な部分を削ぎたいんだろうな。

 なにせ、俺の主とする得物は弓矢だしね。

 まあ、最近は魔法のほうに注力していたから、使わなくても勝てるだろうから、構わないけど。

 俺は弓矢を一まとめにして、地面に置いた。


「それで、他に取り決めたいことは?」

「そうだな。勝負の決着は、降参か気絶としよう。殺すのはいけないらしいしな」

「分かった。俺は弓矢なし、鉈の刃を潰して戦うってことだね。じゃあ代わりに、オレイショにも二つ条件を飲んでもらう」

「なんだ、言ってみろ」

「俺たちが戦う勝負はこの一度っきり。お互いに勝負の結果に物言いはなし。この条件が飲めないなら、勝負はなしにしてもらう」

「ふんっ、交換条件にしては随分と控えめだな。いいだろう、飲んでやる」


 言質はとったし、観客の顔も何人か覚えたから、後で言いがかりを潰すことはできそうだ。

 さてっと、鉈を抜き、鍛冶魔法で鉈の刃を潰していく。

 準備が整ったので、オレイショに顔を向ける。

 すると、待ちわびていたようで、大きな木剣を両手に、こちらを睨みつけてきた。


「もう準備はいいみたいだな」

「いつでもどうぞ」

「それじゃあ、行くぞ!」


 木剣を振り上げながら、オレイショはこちらに突進してきた。

 相変わらずの猪っぷりだなと思いつつ、俺は鉈を構える。

 

「おおおおおおおおりゃあああああああ!」


 大声での気合とともに、オレイショは木剣を振るってきた。

 思いの他、素早い振り下ろしだったけど、余裕を持って回避し始めていたため、俺には当たらない。


「だあああああああああああ!」


 切り替えして、斜め下から斬り上げようとしてきた軌道を見切って、俺は攻撃が届かない安全圏まで下がる。

 するとオレイショは、全身を使って木剣を操りなおし、すかさず攻撃してきた。


「まあああだだああああああ!」


 叫び声の通りに、次々に大きな木剣を連続して振り回してくる。

 この連続攻撃は、護衛の依頼のときにも見た動き。

 あのときはゴブリンに囲まれて、右往左往しているようにしか見えなかった。

 けど、一対一の状況でやられると、こちらに攻め手が思い浮かばないという、厄介さがあることに気がつく。

 なにせ、武器のリーチに差があるから不用意に踏み込めないし、振り回す木剣を不用意に防いだら、鉈が吹っ飛ばされてしまいそうだ。

 それに、出会った当初は身動きがかなり雑だったけど、護衛隊長さんに稽古をつけられて改善したみたいで、動きの隙を突くのも難しそう。

 要するに、オレイショのガムシャラかつ攻撃は最大の防御なこの戦法は、一対一の状況ならそれなりに利点があるみたいだ。

 この戦い方に真正面から挑むのなら、水の攻撃魔法を体に纏わせないと、怪我をしてしまいそうだ。

 なので――


「――からめ手を使えばいいんだよね」


 俺は踏ん切りをつけるために呟きつつ、木剣の切っ先を避ける。

 そして、手をオレイショの顔へ向ける。

 魔塊を回して細胞に生産させた魔力で、生活用の魔法を発動させ、掌から水を放射した。

 蛇口からホースでまいたぐらいの勢いだったけど、オレイショは顔に水が命中する。


「ぐあっ、なんだ!?」


 オレイショは驚き顔を背けて、攻撃を中断した。


「隙あり!」


 頭を殴ったら殺してしまう可能性があるので、俺は鉈でオレイショの腹を力の限りに殴りつけた。

 革鎧があっても、鉄の塊を勢いよくぶつければ、弱まりながらも衝撃は貫通する。

 オレイショは体をくの字に曲げた後、よろよろと後ろに下がった。


「ぐはっ――勝負なのに、魔法をつかうなんて、卑怯だぞ……」

「取り決めで禁止しなかった、そっちが悪い。第一、魔法を使わなくたって、こうすれば同じことができるよっと」


 俺は喋りながら爪先で地面を掘ると、靴の上に乗った土をオレイショへ蹴り放つ。

 オレイショは飛んでくる土から顔を守るため、片腕で覆った。

 もう一方の手は、俺に近づかせないために、木剣を無茶苦茶に振るう。

 しかし、片手だけだと勢いが弱く、簡単に軌道を予測することができた。

 俺は避けながら、オレイショの木剣を持つ腕を、鉈で打った。


「ぐあああっ……ぐぅ、水のつぎは、土で目潰しだと。この卑怯者め」

「卑怯って。目潰しは駄目って、取り決めにはなかっただろ」


 返答しながら、少し今の攻撃は失敗だったと反省した。

 なにせ骨が折れない程度に打ったからか、オレイショに木剣を手放させることに失敗してしまったしね。


「ええい。取り決め、取り決めと、馬鹿みたいに連呼しやがって!」


 オレイショは怒り顔になると、また木剣をメチャメチャに振るってくる。

 俺は安全圏まで下がってから、再び魔法で水をかける。

 オレイショは目を瞑ってやり過ごそうとしたようだけど、顔に何かが当たると、人って一瞬硬直するんだよね。

 前世でチビだと馬鹿にしてきた奴らとの喧嘩の経験から、そのことを知っていた俺は、その一瞬の隙に鉈を叩き込んだ。


「ぐううううう、まだまだあああああ!」


 しかしオレイショは攻撃を受けても、剣を振ることを止めなかった。

 危うく一撃入れられそうになったので、腹を引っ込めて腰を引いて、どうにか避ける。

 けど、二度目のチャンスは与えない。 

 俺は水の目潰しをしながら、確実な機会にだけ鉈で手足を打つことで、オレイショを追い詰めることにした。

 着実にダメージを与え続けると、オレイショの攻撃が目に見えて弱くなってくる。

 やがて、腕と足を打たれすぎて、立っているのがやっと、剣をへろへろと振ることが限界の有様になった。


「ねえ。もう諦めて、降参したら?」


 俺たちの戦いを見ていた人たちも、一方的過ぎてつまらなくなったのか、もう殆どの人が去ってしまっている。

 しかし、オレイショは頑なに、降参を拒否する。


「う、うるさい。まだだ!」


 大きく踏み込みながら攻撃しようとして、オレイショは体を支えられなかったように膝から崩れた。

 そして、頭から地面に倒れこむと、どうにか立とうと四つんばいの体勢になる。

 普通なら心配して駆け寄るところなんだけど、俺はオレイショの攻撃範囲外から眺め続けた。

 前世で俺が背の高い相手によくやった、やられた振りで近づいてきたところからの逆襲を、オレイショが狙っているかもしれないからだ。


「寝てないで、さっさと立ち上がるか、降参するかしてくれよ」

「うるさい。立つさ!」


 オレイショは木剣の先を地面に刺すと、それを支えにして立ち上がる。

 しかし、そうしないと立っていられないのか、構える素振りはない。


「もう戦えなさそうだし、俺の勝ちでいいよね?」

「お前の大好きな取り決めで、降参するか気絶するかと決めてあっただろ! オレは、まだまだ戦える!」


 つまり、オレイショはどうやっても降参するつもりはなく、気絶させない限り俺が勝つ方法がないと。

 その諦めない姿勢だけは、チビだと馬鹿にするやつらに挑み続けた前世があるので、共感したく思った。

 けど、延々と決着がつかないのは困る。


「……オレイショは、その木剣の他に、ちゃんとした鉄製の剣とゴブリンから奪った槍を持っていたよね?」

「ふん。お前と違って、刃を潰すことなんかできんから、勝負に使えんので持ってきていないがな。それがどうした?」

「それじゃあ遠慮なく、次はその邪魔な木剣を折ることにするよ。武器がなくなれば、オレイショだって諦めるでしょ?」


 俺は警戒していないように振舞いながら、歩いて近づいていく。

 そして、オレイショの攻撃範囲に足を踏み入れ、一歩、二歩――


「だあああああああああああああ!」


 ――そのとき、オレイショが起死回生の一発を狙って、支えにしていた木剣を地面から抜きながら振り上げ、力の限りに振り下ろしてくる。

 俺は脳天に迫ってくるのを見ながら、あらかじめ魔塊から解いていた魔力で、左腕に薄く攻撃魔法の水を纏わせた。

 そして、頭に当たる直前に、木剣の中ごろを左手で掴み、纏わせた魔法の水のアシストで増した握力で握り潰す。

 その後すぐに魔法を解くと、踏み込みながら右手にある鉈の柄尻を、オレイショのコメカミに叩き込んだ。

 かくんっとオレイショの膝が曲がり、今度は地面に仰向けに倒れる。

 けど、この一撃でも意識を刈り取れなかったようで、オレイショは地面に横になりながら、意識が混濁しているぼうっとした顔を俺に向けてきた。


「さて、オレイショ。これで武器はなくなったよ。それでもまだ降参しない?」


 これで駄目なら、倒れている間に頭を蹴るなり、首を絞めて失神させるしかない。

 正直、一歩間違えば殺しちゃうし、下手したら後遺症とか残りそうなので、あまりやりたくはないんけど……。

 でも、そんな心配を顔に出しちゃうと、オレイショが降参しないと思うので、表情は真剣なままを貫く。

 するとオレイショは、折れた木剣に横目を向け、そしてなぜか憑き物が落ちたような穏やかな顔になった。


「分かった。オレの負けでいい。いや、バルティニーの勝ちだ」


 唐突に素直に負けを認めたのを見て、どうやら折ってしまった木剣は、オレイショにとってなにかしらの意味合いを持つ物だったらしいと気がついた。

 ちゃんとした武器を買ったのに、ずっと持ち続けていたんだから、愛着やら因縁やらがあっても不思議じゃない。

 そう気がついて、謝ろうとも考えたけど、なんとなくオレイショは謝って欲しいとは思ってなさそうだと感じた。

 なので謝罪の代わりに、喧嘩別れする相手に相応しくなるように、憎まれ口を叩くことにする。


「まったく、さっさと降参していれば、そこまで痛めつけることはなかったんだけど」

「ふっ。オレにも簡単に負けられない意地がある、いやあったんだ。他のヤツにしてみれば、取るに足らないようなものがな」


 なんだか物語の主人公を気取っているようで、ちょっと気持ちが悪い。

 なので、話を流すことにした。


「あっそ。じゃあ勝負は終わったから、俺は町の中に帰るよ。一応言っておくけど、俺とティメニは恋仲とかじゃないからね」


 弓矢を拾いながら言うと、オレイショは変にさわやかな笑みを返してきた。


「そうか。なら、この勝負の結果は、オレからティメニに伝えるぞ」

「……どうぞご自由に。もう仲間じゃないから、俺には関係ないし」


 俺は倒れているオレイショに背を向けると、片手の指の数ほどの人に見送られて、そのままヒューヴィレの町に入る。

 そして、こんなに決着が面倒な勝負なんて二度とゴメンだと思いつつ、夕食をとるため適当な食堂を探すことにしたのだった。

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