六十六話 食堂での話し合い
オレイショは店に入ってきながら、周囲を見回し始めた。
嫌そうな顔をしているコケットを見つけると、ずんずんと歩いて近寄ってくる。
そして、平手でテーブルを叩いて、大きな音を出す。
「用件は聞いていたな。さっさと出す物をだせ」
「……ここ、食堂だしぃ。ご飯食べないなら、入ってこないで欲しいんだけどー」
「ふんっ、相変わらず可愛げのないやつ。雇われでも店員なら、少しぐらい愛想良くしたらどうだ」
「ざーんねんでしたー。いま、食事休憩中だから、アンタの相手をしてる暇、ないってーのー」
オレイショはコケットと言い合いを始めたが、同席している俺の方をチラリとも見てこない。
目に入っていないだけなのか、それとも死んでいるはずの人がいるわけがないと見て見ぬふりをしているんだろうか?
それにしても、周囲から向けられる白い目を気にしないオレイショの度胸に、俺は変な意味で感心する。
後ろにいるティメニなんか、居心地悪そうにしているし。
可哀想だなってみていたら――あ、俺に気がついて、青い顔になる。
それは幽霊を見て怖がる反応じゃなくて、道端で思わぬ人に出会った感じだった。
ティメニはなにか言おうと、オレイショに触れようとする。
俺は睨んでその行動を止めた。
オレイショがいつ俺に気がつくか、ちょっと楽しみなので、人差し指を口に当てて喋るなと伝えた。
ティメニは何かを言いたそうにした後で、きゅっと口を噤んで軽く目を伏せる。
俺とティメニがそんな言葉のないやり取りをしている間も、オレイショはコケットとお金のことで言い争いを続けていた。
「飯を頼めばいいんだろう、頼めば。おい、そこの店員、適当に持って来い。代金は、金を預けているコケットからもらえ」
「ふっざけんな。あの金は、バルティニーのだっつーの。アンタの金じゃねぇしぃー」
「死人に金が使えるか! お前が、あのいけ好かなかったヤツに義理立てするのは勝手だがな、こっちにそれをつき合わそうとするな!」
ふーん、オレイショは俺のことをそう思っていたのか。
色々と小言を言った覚えがあるし、そう思われても仕方がない気もしないでもない。
まあ、そう納得できるだけで、腹が立たないわけじゃないんだけどな。
けど、いまオレイショに喋りかけると、いつ気付くのかっていう楽しみが消えてしまう。
なので、フライドポテトを食べてぐっと堪えることにした。
一方、俺が生きていて目の前にいると知るティメニは、オレイショの暴言にハラハラしているみたいだった。
言い合いはまだまだ続く気配があったけど、コケットは面倒臭くなったのか、一つの事実を暴露する。
「もう、アンタの相手するの、すっごくだるいー。それに、あのお金はもう、手元にないから、いくら言われても渡さないしぃー」
「なッ!? 散々、バルティニーのためと言っておいて、使い込んだのか!?」
「んなわけないしぃー。ソコの人に、ぜーんぶくれてやっただけー」
コケットは言いながら、俺を指差す。
そこまですれば、オレイショも俺がいると気付くはずで――
「ふん。なにやら場を読めない馬鹿が座っていると思えば、コケットの愛人だったのかコイツは」
――いや、ちらっとこちらを見て、俺がバルティニーだと気がつかなかった。
なんというか、俺が生きているという選択肢が、オレイショの考えには存在しないみたいだった。
呆れを通り越し、感心してほど都合のいい頭だって、感想を抱いてしまう。
なんだか怒る気も、いつ気付くのかという興味も失せてしまった。
「はぁ~……オレイショ、現実が見えないなら、医者に目を見てもらった方が良いぞ」
「おい、初対面のヤツに――バルティニー……?」
なんで半信半疑に問いかけてくるんだろうと、俺は首を傾げてしまう。
「オレイショの目では、俺が俺以外の何に見えているんだ?」
「なっ!? お、お前、オーガに連れ去られたのに、い、生きていたのか!!」
「なんだその反応。俺がゾンビにでも見えるのか? それともこのお金が手に入らなくなって残念だ、って言いたいのか?」
俺は言いながら、オレイショの目の前に、コケットから渡された銅貨が詰まった革袋を掲げて見せる。
そして、笑いかけてやる。
「コケットが保管してくれたコレは、俺のものだ。そうだろう?」
「ぐっ……そ、それは――はっ、違うぞ。お前は、帰り道の最初の日で離脱したんだ。その分をオレらに分ける必要が――」
オレイショの都合がいい言い訳を、俺は途中で遮る。
「馬鹿が。俺がオーガと戦っている間に、商隊は離脱したんだ。それだけで帰り道分の働きは、十分にしているだろうが。むしろ、危険な魔物と戦った褒賞を、別に貰ったっていいぐらいだろうが」
「ぐぬっ――分かった。その金はお前のものだと、納得してやる……ちっ、無駄に生きてやがって」
最後の一言は消え去りそうな呟きだったが、しっかりと俺の耳には聞こえていた。
水の魔法を纏わせた右腕で殴ってやろうかとも思ったが、ぐっと堪え、指示してオレイショとティメニを席に座らせる。
するとすかさず、コケットが一言付け加えた。
「席に座るからには、料理頼むのがここの常識だしぃー」
「なっ!? なら、ここで話すことなんか――」
「悪いが、俺から話したいことがある。オレイショ、料理を頼んで座れ」
「なぜお前に指図されないと――」
「いけ好かないヤツの言うことは聞けないとでも?」
先ほどオレイショ自身が放った暴言を、流用して詰る。
指摘を受け、オレイショは顔色を青や赤に変えた後で、不承不承といった感じで席に座った。
そして店員に、パンと井戸水という最低限の物だけ頼み、銅貨を四枚支払う。
その様子を見て、ティメニも観念したように、同じものを頼んだ。
二人の料理が来るのを待たずに、俺とコケットは自分の食事をしながら、俺が主導して話を始める。
「まず、護衛仕事の報酬については、全員が納得したと決まった。それでだ、この四人がこれからも組んでいくかどうかを、ここで話し合いたい。意見はある?」
話を向けると、コケットが真っ先に手を上げた。
「解散を希望するしぃー。大した実力もないのに、威張り散らすヤツなんか、一緒に居たくなーい」
「なっんだと! 誰が、大した実力がないって!!」
「さあ、誰でしょねー?」
コケットはつんとそっぽを向くと、まかない料理を口に詰め始めた。
オレイショが怒って、立って掴みかかろうとするのを、俺が肩を手で掴んで止める。
「座れって、さっき言ったよな?」
こっそりと手指の関節に、薄く水の魔法を纏わせ、アシスト付きの握力で肩を握ってやる。
「あだだだだだっ!? なんだ、この馬鹿力は!?」
「ん? 俺の言葉が、聞こえなかったのかな?」
「いぐぎぎぎぎぎ! わ、分かった。座る、座るから、肩から手を退けろ!」
俺はオレイショが座ったのを見てから、ゆっくりと肩を放してやった。
痛そうに肩を擦るのを見ながら、俺は顔をティメニに向ける。
「ティメニの希望は?」
質問を受けて、ティメニは一分ほど考えてから、喋り始める。
「……調子がいいと言われると思いますけど。この四人で、これからも組めたらいいなって思います」
「それはどうして?」
「言い方は悪いですけど、完全に打算です。オレイショくんとコケットは、同い年の冒険者の中では強い方です。加えて、オーガから逃げ切ったバルティニーくんがいれば、同年代で力量が勝っている組はないはずですから」
「今の言葉の中には、ティメニの自身のことが抜けているけど?」
「冷静にわたし自身を判断したら、強さは平均かちょっと下ですから。でもその分だけ、別の方面で役に立つ気ではいますよ」
ティメニは頭の回転が早そうだから、交渉事とか計算とかで、役に立つ気なのかなと思った。
続いて、オレイショに話を向けると、意外な返答があった。
「オレのことより先に、バルティニーの意見はどうなんだ?」
自分のことを優先するオレイショにしては珍しいなと思いながら、俺は自分の意見を伝える。
「解散がいいと思っている。そもそも、俺は魔の森に行って活躍したいんだ。だから、護衛依頼を受け続けたいっていうオレイショとは、意見が合わない」
「ふんっ。ウマが合わないとは、オレも感じていた。バルティニーは、相手の気持ちを汲んだ行動というものが、できないみたいだしな!」
「……それ、本気で言っている?」
「当たり前だ! 何かあるたびに、突っかかってきやがって。もうちょっと、オレを考えや気持ちを理解して、合わせてみせろ。少なくとも、オレが教わった人たちは、まとめ役の人の考えを察して、自ら行動していたぞ!」
唐突に何を言い出したかと思えば、要するに自分の都合の良い人が欲しいってだけか。
というか、そんな役割を俺に求めるなよ。
それに、たぶんオレイショを教えた人たちって、戦闘力だけが極上な扱いやすい人をリーダーに据えて、周りがサポートするグループだったんじゃないかな。
けど、その仕組みを大して強くないオレイショが真似しても、お山の大将どころか小山のボス猿にも成れないって、気がつかないものなのだろうか?
思わず考え込んでいる間に、オレイショたちのパンと飲み物がやってきた。
「解散と決まったのだ。これを食べ終えたら、新しい仲間を探しに、ティメニと一緒に行かせてもらうからな」
当たり前のように語った言葉に、俺はティメニに目を向けた。
視線だけで、オレイショについていく気なのかって、尋ねる。
ティメニは少し迷いを見せた後で、もうしばらくはって感じで、渋々と頷いた。
その反応で、ティメニが見限る日が近い気がした。
そうとは知らない様子で、オレイショはパンを噛み千切りながら、なぜか勝ち誇ったような顔をする。
「実はな、もう当てはあるんだ。行商人から聞いたんだが、なんでも『鉈斬り』とかいう二つ名の冒険者が、近々このヒューヴィレの町にやってくるそうだ。聞いた話によると、オレと歳が近いそうだし、声をかけてこちらの実力を見せれば、仲間になってくれるだろうさ!」
はっはっは、と笑うオレイショを見て、どうしてそう自分本位に物事が進むと考えられるのかなって、不思議に思ってしまう。
そして俺は、その望みが叶わないと知っているのに、心にもないことを口に出す。
「頑張って探してみて、仲間にしてもらったらいいんじゃない?」
「ふんっ、違うぞ、バルティニー。してもらうんじゃない。こっちがしてやるんだ」
ああ、そうですか。
それだけの感想を抱きつつ、ティメニにだけ鉈斬りが誰か小さなヒントを出すために、俺は自分の鉈の柄を軽く叩いた。
頭の回転がいいだけあって、この行動だけで理解したようだ。
そして、オレイショの前途が暗礁に乗り上げていると分かったんだろう、ティメニはパンを片手に掴みながら頭を抱えるのだった。




