六十五話 コケットの働き場所
愚痴を言い終わった職員さんに、コケットの居場所を尋ねると、今日は食堂で働いているらしい。
たしか、まかないが美味しい食堂って言っていたなと思い、食事がてら会いに行くことにした。
詳しい場所を聞いて行ってみると、住宅密集地と商店が多い場所の間にある、少し大きな店だった。
繁盛しているようで、客が引っ切りなしに出入りしている。
試しにすんすんと嗅いでみると、これは美味しそうだって頷いてしまうほど、料理のいい匂いがした。
中に入ってみると、四人がけの四角いテーブルがたくさんあって、半分以上の席が埋まっている。
どことなく、前世の大衆食堂とか学食を思い出させる光景だ。
空いているテーブルはないようなので、空いている席を探して、先客に相席させてもらうことにした。
「ここ、座っても大丈夫ですか?」
「おう。空いている」
何かの職人らしき無骨な相貌の人の隣に座り、慌しく給仕をしている店員さんを呼び止める。
「いらっしゃい。何にするんだい?」
三十歳ぐらいの、恰幅のいい女性が、笑顔を向けてくる。
今世の母親に似ていて、ちょっとだけ親近感が湧いた。
「えっと、この店に来るのは初めてなので、お勧めがあったら教えてください」
「あら、丁寧な言葉使いだこと。そうね、オススメっていったら、揚げ物料理ね。パンと茹で野菜、それと飲み物を一緒に頼む人が多いわ」
店員さんが指した同席している人の木皿には、たしかに揚げ物料理とパンが乗っていた。
「初めてって言っていたし、銅貨五枚から三十枚の間で、払えるお代を渡して。なにがいいか、見繕ってあげるわよ」
そういうことならっと、銅貨三十枚を革袋から出して渡す。
「じゃあ、上限の三十枚でお願いします」
「あら、太っ腹だこと。ちょっと量が多くなっちゃうだろうけど、大丈夫?」
「俺、けっこう食べますし、お腹が減っているんで、大丈夫だと思います」
笑顔で答えて、この店にきた目的を忘れていた。
「そうだ、コケットいますか? ちょっと会いたいなって思ってまして」
「……坊や、彼女の知り合いかなにかなの?」
「そうですよ。同じ冒険者で、顔見知りです」
「ふーん……まあ、悪い子じゃなさそうだし、話は伝えておくわ。コケットが会いたいって言えば、料理を運ばせるから」
俺をじろじろと値踏みしてから、店員さんは去っていった。
なんか警戒しているようだったなって思いながら、料理が来るのを待つ。
少しして、いつもの服装に厚手の布エプロンをつけたコケットが、料理を持ってこっちにきた。
日ごろはダルそうに動いていたのに、するすると人の間を通っているのが、ちょっとだけ不思議に思った。
「料理、お待たせ~。それで、アンタがあたしぃに会いたいって――なんだー、バルティニーじゃんかー。真面目にして損したしぃ~」
途中までは店員らしく振舞っていたけど、俺の顔を見た途端にいつもの態度になる。
そして荒い手つきで、ドンドンと音を立たせ、料理をテーブルに置き始めた。
俺は、ちょっとだけ困惑した。
「あ、あれ? 驚かないんだ?」
「驚くって、なにによぉ?」
「俺が生きていたことに」
組合の職員さんも、俺が死んだと思っていた。
だから、オーガに連れ去られる俺を見ていたはずのコケットが、驚いていないことが不思議だった。
「ああー、それかぁ~。バルティニー、連れ去られるときも余裕そうだったしぃ。生きているんだろうなってね~」
「……そう言う割には、あっさりと置き去りにされたんだけど?」
「商人や護衛が、勝手に大慌てで逃げたから、ついて行かないといけなかったっただけだしぃ~。あ、そうそう。バルティニーが戻ってきたら、渡すものがあったんだ~。ちょっと、待ってて~」
どこかに向かうコケットを見送り、俺はテーブルに並んだ料理に目を向ける。
フライドポテトっぽいものと、パン粉をまぶしてあるらしき一口大の肉の揚げ物が、一つの皿に大量にある。別の皿には緑のキャベツっぽい茹で野菜と、顔ほどのパンが二つ。そして木のジョッキに入った、果物のジュースっぽい薄赤い液体。
どれもこれも、どっさりって言葉が似合う見た目だ。
食べきれるかなと思いながら、まずプライドポテトっぽいものを食べる。
もぐもぐ――食感と味は、素揚げしたサツマイモに塩を振った感じだ。
揚げ肉は、食感も味もカツだ。ただし、一つずつ別の肉を使っているみたいで、鳥っぽいものもあれば、豚っぽいものもあり、豆腐っぽいものもある。前世で食べたことがないクセの強い肉もあったりと、なかなか面白い。
茹で野菜を口に入れる。まんまキャベツだけど、油っぽくなった口が、少しさっぱりする気がした。
そんな風に料理を楽しんでいると、どっさりと料理が乗った皿を手に、コケットが戻ってきた。
そしてそのまま、俺と同席する。
「よいっしょー。休憩もらってきたから、一緒に食べようかー」
荒々しく席に座り、まかないらしき料理が乗った皿を、テーブルの上に置く。
俺たちの空気を読んでか、もともといた無骨そうなお客さんは静かに席を立つと、店の外へと出て行った。
ちょっと申し訳ないことをしちゃったかなと思いながら、俺はコケットに顔を向ける。
「……俺に渡すものがあったんじゃないの?」
「もち、この店に貸してもらってる部屋から、それも持ってきたってー」
フライドポテトにフォークを刺しつつ、コケットは何かを軽くこっちに投げてきた。
受け取って中を見ると、大量の銅貨が詰まっていた。
「これは?」
「バルティニー分の護衛の仕事料とー、オレイショ、ティメニ、あたしぃが借りてたお金ー」
その返答に驚いた。
生きているかどうか分からない人の分を、こうして保管しておいてくれたなんて、コケットって見た目と違って律儀な性格なんだ。
そんなことを思いながら、ふと疑問が浮かんだ。
「コケットが俺の分のお金を保管していたの、オレイショとティメニは納得したの?」
「二人はしてなかったみたいだけどー、雇い主の商人と護衛の隊長が分かってくれたから、知ったことじゃないしぃー」
ムスッとしながら料理を食べるコケットに、俺は苦笑いする。
でも商人さんと隊長さんは、俺を置いて逃げるぐらいシビアな考え方の人っぽかったので、ちょっとだけ違和感を感じた。
きっと、コケットが俺の死をまだ受け入れていないんだろうと、この措置を取ったんじゃないかな。
そう考えると納得がいくかなと思いながら、改めてコケットに顔を向ける。
「俺が生きていると信じていてくれて、それとお金をちゃんと預かっていてくれて。コケット、ありがとう」
「ば、バーカー。こんなの当たり前なことだしぃー、お礼言われることじゃないしぃー」
どことなく照れ顔で悪態をつくコケットに、俺は微笑みを向ける。
そして、手にある銅貨の重さを感じて、少しだけ考えさせられた。
「でもさ、これだけの銅貨を持っていたら、オレイショたちがうるさかったんじゃない?」
「そーそー。とくにオレイショが、すんっごくウルサイしぃー。いっしょに行動しているときもだけどー、この食堂で働いていると客に来て、ずーっとグチグチ言ってくるしぃー!」
イライラとした様子で、何かの色がついた穀物っぽいものを食べ始めた。
コケットの苦労に感謝と謝罪の気持ちを持ちながらも、雑穀パエリアっぽい食べ物を見て、次にこの店にきたらそれを頼んでみようと心に決める。
ちょうどそのとき、店の中に誰かが荒々しく入ってきた。
「コケット! 今日こそは、不当に独り占めしている金を、キッチリ分配してもらうからな!」
聞き慣れた声に、噂をすれば影が立つって前世の言葉にあったけど、こっちの世界でも通じるようだと残念な気持ちになった。
ちらりと横目で見ると、革鎧を新調したらしきオレイショが胸を張って立っている。
その後ろでは、店内の客からの白い目に対して、申し訳なさそうにしているティメニがいたのだった。
唐突に露骨な自作の宣伝。
各種、違ったタイプの物語ですので、試しにご一読くださればと思います。
自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する(連載中)
http://ncode.syosetu.com/n0148db/
テグスの迷宮探訪録(本編完結)
http://ncode.syosetu.com/n8589cg/
竜に生まれ変わっても、ニートはニートを続けるのだ!(完結)
http://ncode.syosetu.com/n9596ce/




