六十三話 帰路までしばし
中継村に戻り、オーガの首を片手に、ヒューヴィレの町に戻る商隊がないかを聞いて回る。
声をかけた人たち全員が、最初は首を見てギョッとする。
けど、それが切欠で話を聞いてもらえた。
「そのオーガを一人で引き付けている間に、商隊を逃したのか。若いのに立派な護衛働きをしたな」
「オーガを倒せるぐら腕があるなら、ぜひとも護衛として雇いたい。だが、ヒューヴィレの町のほうに行かないからなぁ」
けれど帰ってくる反応は、こんな感じのものが多かった。
「そうですか。じゃあ、他を回ってみますね」
「おう。諦めずに頑張れよ」
路上販売をしていた商人と別れて、また別の商人に話しかけようとする。
しかし、こっちの顔を見てすぐ、首を横に振ってきた。
たぶん俺の話を他の商人から聞いていて、ヒューヴィレの町には行かないと教えてくれているんだろう。
会釈してからその場を離れ、また別の商人、次の商人と、声をかけようとする。
しかし全員が、申し訳なさそうに首を横に振るばかりだった。
それでも諦めずに見かける商人に声をかけていくと、一人の男性に呼び止められた。
「おい、坊主。お前がオーガを倒したっていう、冒険者か?」
「その通りですよ。なんの用でしょうか?」
顔を向けて、その人を観察する。
年齢は三十歳をやや越えるぐらいの、短い髪に顎鬚な人間の男性。
板金が重ね張られた鎧を上半身に着ていて、腰の左右に一本ずつ長い剣があり、手足は筋肉でムキムキだった。
歴戦の勇士って言葉が似合いそうなその男性も、逆に俺をしげしげと観察してくる。
「上半身が裸なのは、防具をボロボロにされたからだろうが。しかしまあ、オーガを倒したにしちゃあ、背も小さいし、体もまだまだ細いな」
「ムッ。小さくたって、こうして倒してますよ」
俺が腹を立てながら、オーガの首をずいっと差し出す。
すると、ぺたぺたと手で触って確認を始めた。
「ゴブリンの頭を加工した物じゃなく、ちゃんとオーガの頭だな。しかしまあ、綺麗に首を斬ったもんだ。その鉈でか?」
「はい、そうですよ」
「ふむふむ。弦は切れているが、その弓も使えるのか?」
「はい、まあ」
どういう目的で話しかけてきたか分からないから、少し警戒しながら頷き返す。
返答を聞いて、男性は何かを企むような笑顔を向けてきた。
「なあ。こっちの頼みを聞いてくれたら、ヒューヴィレの町に行く商隊に渡りをつける手伝いをしてやるぜ」
「……笑顔が怪しいので、遠慮します」
ぺこっと頭を下げてから、この場を離れようとする。
しかし、男性が慌てて進行方向に立ちふさがった。
「ああ、悪い悪い。自己紹介がまだだったな、俺はこの村の警備主任をしている、ガルシグってんだ」
「警備――ってことは、魔物からこの村を守る人なんですか?」
「そうそう。俺はその取りまとめ役だ」
胸を張って言ってくるけど、警備とヒューヴィレの町に戻る商隊が、俺にはどうしても繋がらない。
「そうですか。それで、警備主任のガルシグさんが、俺に何の用でしょう?」
「ヒューヴィレの町に戻る商隊に渡りがつくまでの間、この村で警備として働かないかって、君を勧誘しにきたわけだな」
「こちらが了承すれば、ガルシグさんもその商隊を探してくれるってことですよね?」
「その通り。警備はこの村を取り仕切るいくつかの商会が、共同で出資して成り立っているからな。その商会に商品を売りに来た商隊の情報は、すぐに手に入る。方々に聞き回るより、手早いと思うぞ」
「……それって、仮にヒューヴィレに戻る商隊が明日現れたら、俺は護衛を抜けてもいいってことですよね?」
「構わないぞ。まあ、徒歩で十日ほどの距離がある大きな町からの商隊なんて、そうそう頻繁にきたりはしないぞ。明日、明後日に見つかる可能性は低いな」
なるほど。道理で、村中の商人に尋ねまわっても、一人としてヒューヴィレの町に戻る人がいないわけだ。
納得して、次に聞きたいことが思いついた。
「どうして、そんなこっちに有利な条件で勧誘しようとしているのか、聞いてもいいですか?」
「少し前にあった戦闘で怪我人が続出してな、治るまでの間の臨時要員を探していたんだ。オーガを倒したって実力がある人なんて、これにもってこいの人材だろう?」
「そうですか……。分かりました、ヒューヴィレに戻る商隊が見つかるまで、お世話になります。自己紹介が遅れました、冒険者のバルティニーです」
「おう。ちゃんと日当で給金は払うし、寝場所と食堂もあるからな、村で暮す分には困らないぜ。安物でいいなら服は支給するし、革鎧なら貸し出しもしている。その分、確り働いてもらうつもりだけどな」
お互いに握手を交わした後で、ガルシグさんは視線を俺が抱えているオーガの首に向ける。
「そうそう、そのオーガの頭のことだがな。討伐証明に必要な角を取ってから商会に売ったほうがいいと思うぞ」
「コレ、売れるんですか?」
「ああ。滅多に殺せない魔物だから、保存処理したあとで店先に飾って客寄せにしたい商会は多いだろうな。高値で売りつけてやれ」
変な物を欲しがるなと思いながら、ガルシグさんの言葉通りに、大きな商会でオーガの首を売り払う。
そのときにちょっと売り渋って、他の商会に話を聞きに行こうかなって言葉を漏らしただけで、銀貨が十数枚上乗せされて驚いたのだった。
村で警備として働き初めて、はや十日。
その間に、周辺の警戒と哨戒をして働き、村を襲おうとする魔物の群れと一度だけ戦闘になった。
俺もその戦いに、張りなおした弓で矢を射って倒したり、鉈を手に戦いに出たりした。
警備側にはさほどの被害が出なかったし、大勢の人と魔物との戦いを経験して、万々歳な結果に終わった。
でもこの戦いのとき、鉈の刃に攻撃魔法の水を纏わせる戦い方を試していたんだけど、あまりにもバッサリと魔物を斬ってしまったものだから、変なあだ名がついた。
「よう、『鉈斬りのバルティニー』。お前に会いたいってやつを、また一人連れてきてやったぜ」
「えっ、噂の『オーガ殺しの鉈斬り』って、まだこんな若造だったのかよ!?」
「悪かったね、噂の人物が十三歳の若造でさ」
「え、いや、そう言うつもりじゃなくてさ……」
ムッとする俺を見て、俺よりも年上な青年の人が慌てだしたことを、彼を連れてきたガルシグさんが隠れて笑っている。
まったくもう、ってガルシグさんに呆れながら、青年の人のような俺に会いたいっていう人が最近増えてきた。
どうやら、十日以上前の戦いで負傷し離脱していた、警備の人たちが復帰し始めたらしい。
前世だと擦り傷ならどうにか治るぐらいの日数なのに、魔法のある異世界だからか、青年の姿を見るに怪我らしい怪我は残っていないように見える。
そうなると、そろそろ臨時雇いである俺は、お払い箱になりそうだなと思っていると、ガルシグさんが再び喋りかけてきた。
「そうだ、鉈斬り。ヒューヴィレの町にいく商隊が見つかったぜ。お前の話をしてやったら、二つ返事で護衛に加わって欲しいってよ」
「本当ですか! よっし、これで帰れる!」
ガッツポーズして喜ぶ俺とは反対に、ガルシグさんは少し複雑そうな顔をしていた。
「……なあ、バルティニー。この村で警備を続けないか?」
「?? 怪我している人がまだ多くて、手が足りないんですか?」
「そうじゃない。ずっと、この村で働かないかってこった」
そういうことかって遅ればせながらに理解した。
けど、俺は首を横に振る。
「俺は警備じゃなくて冒険者です。そして、デカイ男になることと、魔の森を切り開いて領主になるって目標があります。なので、警備の仕事にはずっとは就けません」
「そうか、そうだよな……。悪い、さっきの言葉は忘れてくれ。バルティニーの働きが真面目で、思わず手放したくなくなったんだ」
「なんですかそれ。同性から『手放したくない』って言われても、気色悪いだけですよ?」
「ああ、もう、そのことも忘れてくれ!」
俺とガルシグさんは、そこで軽く笑い合う。
そして、件の商隊の居場所を教えてもらうと、これで別れの挨拶は終わりとばかりに背を向け合った。
俺は振り返らずに歩き出し、借りていた革鎧を所定の場所に返すと、商隊のいる場所へと向かう。
話は本当に通してあったらしく、商人は二つ返事で護衛として雇ってくれた。
出発は明日ということなので、この十日間で知り合った警備の人たちと、夕食を共にして別れの挨拶をした。
俺は明日出発だし、警備の人たちはいつ魔物の襲来があるか分からないので、お酒は控えめで料理は豪勢にというお別れ会になったのだった。




