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六十話 数の暴力

 五十匹以上のゴブリンたちと、二十人ほどの護衛の人たちの戦いは、こう着状態になっているようだった。

 実力は護衛の人たちの方が高いはずなのにと変に思ったけど、状況を見て理由が分かった。

 どちらも装備にあまり差がないのに、ゴブリンの方が数が多いこと。

 馬や馬車の中にある商品、そして商人や御者たちの身を守らないといけないこと。

 それらが護衛の人たちの足かせになっていて、強く攻勢に出られないようだった。

 それでもベテランの護衛だけあって、少しずつ少しずつゴブリンの数を減らしていっている。

 先に合流していたコケットとティメニも、共闘して一匹を倒したようだった。

 そんな状況に出くわした、俺とオレイショ、そして一人の護衛の人は、それぞれが別個に行動を始めた。

 護衛の人は草むらに入り、馬車へと進んでいく。

 俺は弓を構え、護衛の人たちに当たらないように、少し離れた場所にいるゴブリンに矢を射つ。

 その矢を追いかけるようにして、オレイショが両手持ちの剣を振り上げて、突っ込んでいった。


「ううおおおおおおおおおおおおお!」


 オレイショの雄叫びと、俺が放った矢が一匹に突き刺さったことで、ゴブリンたちが少し動揺する。

 しかし、援軍が俺とオレイショの二人だけだと見えたのだろう、すぐに混乱は収まってしまう。


「ギギギィ!」

「ギグギィ!」


 槍を持ったゴブリンが吠えながら二匹、オレイショに近づいていく。


「どおおおおおおりゃあああああ!」


 オレイショは力いっぱいに剣を振るったが、ゴブリンの片方が槍の柄を盾にして防ぐ。

 すかさずもう一匹が、槍を繰り出してくる。

 そうはさせさないぞ、っと俺は矢をオレイショを攻撃しようとしているゴブリンに放った。


「――ギギギィ?!」


 飛んできた矢に驚いたような声を上げて、そのゴブリンは攻撃を中断して後ろに跳ぶ。

 矢が外れると、二匹のゴブリンたちは顔を見合わせ、一匹がこちらへ走ってきた。

 それを見ながら、息を吸って心を落ち着けて、弓を引く。


「すぅ――しッ!」


 放たれた矢は一直線にゴブリンに向かったが、振るわれた槍で打ち払われてしまった。

 次の矢を素早く番えて引き、放つ。今度も防がれる。

 もうすぐ槍の距離だ。矢を引く余裕はない。

 嬉々とした表情で、ゴブリンは槍を突いてこようとする。

 その顔面に向かって、俺は弓を投げた。


「ギギギィ――ギギ!?」


 この攻撃は予想外だったようで、ゴブリンは槍から片手を放すと、弓をその手で打ち払った。

 その間に俺は大きく一歩踏み込みながら鉈を引き抜き、さらに足を動かして息がかかる距離まで肉薄する。

 そして鉈の刃を、ゴブリンの首筋に押し当ててから、行きよいよく引いた。


「とぅ――りゃあああああ!」


 鉈の刃は、ゴブリンの首を気道まで斬り裂いた。


「ギギ、グブブ、グブ――」


 口から血の泡を吹きつつ、ゴブリンは槍を手放して、地面に倒れた。

 俺はホッとする間もなく、先ほど投げた弓を拾って矢を番える。

 狙う先は、オレイショが戦っているゴブリンだ。


「おおおおうううりゃあああ!」

「ギギグギギィ!」


 実力はオレイショの方が上みたいだけど、剣と槍のリーチの差で攻撃を当てきれないみたいだ。

 俺は両者が少し離れる瞬間を待ち――いまだッ!


「しぃ――」


 短い息とともに矢を放つ。

 矢は胴体に命中し、ゴブリンの体が斜めになる。

 その隙を、オレイショは見逃さなかったようだ。


「うだあああああああ!」


 剣を限界まで振り上げてから、思いっきりゴブリンの頭に叩きつけた。

 棒で強打されたスイカみたいに、ぐずぐずに崩れ割れて、血と脳みそが周囲に散らばる。

 こうして二匹のゴブリンを倒し終えると、ゾンビにならないように、俺は鉈でどちらの首も落とした。

 その作業を終えると、オレイショがゴブリンの槍を拾いながら、不機嫌そうな顔を向けてきた。


「礼は言わんぞ。あのままいけば、オレ一人でも倒せたんだからな」

「はいはい、分かっているよ。けど、ゴブリンはあっちに沢山いるんだから、時間はかけてられないでしょ」

「分かっている。だから文句は言ってないだろうが」


 ……いまさっきの言葉は、オレイショの中だと文句じゃないんだ。

 なら、単純に対抗心ってことなのかな?

 俺がそう思いながら目を向けていると、オレイショはいたたまれなくなった顔の後で、二本ある槍の片方を馬車の周囲にいるゴブリンへ投げた。

 けっこう距離があったんだけど、山なりに飛んだ槍は、一匹のゴブリンの胴体を貫く。


「おおー。オレイショって、もしかしたら剣よりも、槍の才能のほうがあるじゃない?」

「……実は、オレもそう思った」


 オレイショは少し悩んだ顔の後で、両手持ちの剣を鞘に入れると、ゴブリンが使っていた槍を手に馬車へと走っていった。

 その後ろを、俺は矢を弓に番えながら追ったのだった。




 走って近づくと、馬車周辺の戦いは、終盤になりつつあった。

 護衛の人たちとまともに戦っても勝ち目がないと知ったのだろう、ゴブリンたちは馬や馬車の中身、商人や御者たちを積極的に狙うようになっていた。


「嫌なマネ、しやがって!」


 御者を守る護衛の人が大声とともに剣を振るが、ゴブリンは武器で防ぎつつあっさりと引く。

 すると他のゴブリンが突出して、また御者を狙う。

 それも追い払うと、また次が。追い払えば次が、そのまた次が、次々にやってくる。

 他のゴブリンたちも、同じ事を馬に、商品に対して行っていた。

 明らかに、護衛の人たちが疲労するのを待つ戦い方を、ゴブリンたちはしている。


「くそっ、イライラさせやがるぜ!」


 護衛の隊長さんは馬を守りながら、引こうとするゴブリンを追って蹴りつけて転ばせると、剣で止めを刺した。

 しかし、他のゴブリンは仲間の死を気にする様子はなく、延々と同じ攻撃方法を続けている。

 そんな状況に、俺とオレイショはゴブリンたちの横側から突撃した。


「しぃ――てぃりゃあああああ!」

「ううぅおおおおおおおおおお!」


 俺は矢を一本放ってから、弓から鉈に持ち替えて斬りかかる。

 オレイショは、槍に突進の威力を乗せて突きこんだ。


「ギギガッ――」

「ガギグィ――」


 攻撃と退避に集中していたゴブリン二匹の、意識の間を突けたようで、俺の鉈とオレイショの槍が見事なまでに決まった。

 その光景を見て、護衛の隊長さんは嬉しそうな声を上げる。


「よくやった、お前ら。そのまま、横からかく乱しろ!」


 隊長さんの言葉に従って、俺とオレイショは横合いから攻撃しては、危険そうになったら引くことを繰り返す。

 その際に、俺は一撃でゴブリンを倒すためと不意に怪我をしないように、水を体に纏う例の攻撃魔法を、こっそりと使うことにした。

 体に浮かぶ汗を偽装するためと、魔塊の減少量を少しでも軽くするため、体に纏わせる水の厚みを極力薄くする。

 そんな用意が整うと、俺は前に跳ぶようにして、ゴブリンの一匹に斬りかかる。


「――でやああ!」


 一瞬で目の前まで移動し、魔法のアシストで強化された腕力で、ゴブリンを革鎧ごと鉈で叩き斬る。

 力任せで無理矢理な攻撃に、鉈が悲鳴を上げるけど、後で鍛冶魔法で直せばいいので無視することにした。

 この俺の攻撃を見て、オレイショも戦意を高めたようで、槍をゴブリンへと突き出す。


「うおおおおおおおおおお!」

「――ギィ、ブッ」


 腹から背にかけて槍が貫通し、ゴブリンが息絶える。

 それから俺とオレイショは功績を争うみたいに、次から次へに襲い掛かった。

 こちらを二人だと侮って対処を遅らせたようだったゴブリンたちは、予想外の俺たちの奮闘振りに慌てて対応を始める。

 しかし、こっちに注意を向けて商人などを襲うことを止めれば、護衛の人たちが攻勢に出る。


「今までの鬱憤、まとめて叩きつけてやらあ!」

「ネチッこい戦いをしやがって!」


 実力で言えば俺とオレイショ以上の護衛の人たちだ、一回主導権を握れば戦況が傾くのは速かった。

 あっという間に、優勢になったかと思うと、一気に殲滅戦な感じまで戦いが発展する。

 こうなるともう、俺とオレイショの出番はないため、大人しく馬車のある方へと下がった。

 このままゴブリンたちは倒されてしまうだろうと、誰もが戦いを見て思ったそのとき、草むらから何かが出てきた。

 商人などを護衛に残った人たちが、その何かに咄嗟に武器を振り上げる。


「わー、待った待った! よく見ろって、仲間だろうが!」


 それを慌てて制止するのは、先ほど俺とオレイショと別れ、草むらの中に突撃していったあの護衛の人だった。


「なんだよ、驚かせるなよな。それにしても、なんで革鎧がそんなにボロボロになっているんだ?」


 護衛仲間の一人がそう問いかけたように、護衛の人の革鎧は廃棄寸前みたいに傷痕だらけになっていた。


「説明は後だ、向こうに武器を構えろ!」


 警戒するように草むらに剣を向けなおすのを見て、他の人たちも慌ててそれに追従する。

 俺とオレイショ、そしてようやく合流したコケットとティメニは、近づき合いながら武器を構えなおす。

 すると、草むらからのっそりと、大人ほどの背丈もある真っ赤な肌の人型の魔物がでてきた。

 額にある二本の角と、裂けているように見えるほど大きな口、そして筋骨隆々な体に大きな手。

 その魔物を見た俺の感想は、『絵本の赤鬼』だった。

 暢気な印象を抱いた俺とは違い、護衛の人たちに緊張が走る。

 そして、その赤鬼と戦っていたらしい、傷だらけの革鎧をきている護衛の人が口を開く。


「見ての通り、食らい暴れるモノ――『オーガ』だ。気をつけろよ」


 それを聞いて、他の護衛の人たちが愚痴り始める。


「ちっ、森の主になる候補、その一角じゃねえか。ツイてねぇな」

「いや、話に聞いていたよりも小さい。子供か弱い個体なんだろう。それで森を追い出されて、平原に出てきたようだ」

「子供だろうが弱かろうが、オーガはオーガだろ。なら、強い魔物なんじゃねえか」


 そう愚痴りながらも、お互いがお互いを守るような位置取りをする。

 オーガというらしき魔物は、そんな護衛の人たちを眺めながら、視線を巡らす。

 そして、なぜか俺に目を向けると、頭の動きが止まった。

 ……まさか。


「ガッオオオオオオオオオオオオオ!」


 嫌な予感が当たり、オーガは雄叫びを上げると、俺に突進してきた。

 どうして俺を狙うのか分からなかったけど、とりあえず体に纏っている魔法の水の厚みを増やす。

 そして鉈をオーガへ振り下ろした。


「でぇやああああああああああ!」


 頭に命中し、手には硬いものを叩いた感触もあった。

 そのはずなのに、オーガは俺の服を掴むと、そのまま前へ突進する。


「ドゴアアアアアアアアアアア!」


 雄叫びを上げて突き進み、戦闘中の護衛の人とゴブリンたちすら蹴散らして、出てきたのとは反対側の草むらへ入る。

 俺も連れ去られるようにして、草むらへと突入。

 そのまま数分運ばれ、やがて地面へと投げ捨てられた。


「くぅ――」


 衝撃に息が詰まる思いがしたけど、体に纏った魔法の水のお蔭で怪我はない。

 すぐに立ち上がり、鉈を構えなおした。

 すると、オーガは好戦的な笑みを浮かべると、かかって来いと言いたげに両腕を大きく広げる。

 そして、また雄叫びをしてきた。


「ドオシアアアアアアアアアアア!」


 どうして俺だけ連れてこられたのか分からないけど、逃げられる状況ではないと悟る。

 腹をくくって、このオーガという強いらしい魔物と戦うことを決めた。

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オレタチノ、アニキゴブ!! アカイアニキハ、サンバイソクデ、ウゴケルゴブ!!
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