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五話 屋敷の周り

 七歳になった。

 荘園主の子供だけあって、食べ物に困ることがないため、体はすくすくと成長している。

 このままいけば、将来は前世の背を楽々と突破し、百八十センチ越えも夢ではない。

 二年で魔力も順調に増え、魔貯庫も横隔膜から下腹までに拡張されている。

 勉強は、文字――アルファベットというより発音記号に似ている――を覚えたので、今までより授業内容がよく分かるようになった。

 例の一件から、魔法の教師であるソースペラさん――いや、ソースペラとは確執が続いている。

 いや一応は、子供のかんしゃくだからと、両親の取り成しで一度は落ち着きはした。

 だが、俺が自主練習で感じた、『魔力の塊を回すと魔産工場が活性化するのはどうして?』とか『魔力をどうやったら体の外に出せるの?』とか『魔法ってどうやったらいい?』なんて、疑問を聞いたら――


「そんなことを聞く前に、魔力を回せるようになりなさい!」

「そんなの、もうできてる!」

「簡単に出来るわけないでしょう! 才能があるブロン君やマカク君だって、十歳になってようやく出来るようになったのよ! そんな嘘ばっかり言っていると、一生魔法を使えなくなるわよ!」

「出来るから、出来るっていってるだけだし!」


 と、口喧嘩になって、また授業どころじゃなくなってしまった。

 後から冷静に考えればだ。十歳未満の子供が魔塊を回せないのは、この世界の常識なのだろう。

 あと、今のうちに回せるようになっておかないと、一生魔法が使えないことになるのも事実だろう。

 でもだ。こっちの言い分を全て否定する、ソースペラが悪くないということではない。実際に、俺は魔力を回せていたわけだし。

 この事件以降はお互いに冷戦状態になり、ソースペラは俺を居ないものとして授業をして、出席はしろと親に言われた俺はそれを黙って聞くだけだ。

 このことに、彼女以外の授業は態度よく受けて、他の使用人とはちゃんと挨拶をしていたら、両親はウマが合わないのだと納得してくれたらしい。以降は見てみぬふりをしてくれている。


 こんな感じの日常が続いていたある日――上の兄のブローマインが十六歳になり、マノデメセン父さんが珍しく早く帰ってきた日だ。


「明日から、一緒に荘園にいってもらうことになるぞ」

「はい、父上。お供いたします!」


 夕食でこんな会話がされた。

 どうやら明日以降、ブローマイン兄さんは荘園主であるマノデメセン父さんの補佐として働くみたいだ。

 二番目の兄マセカルクは、少し面白くなさそうな顔をしていたが、生まれの早さは仕方がないと諦めたような表情になる。

 その光景を観察しながら食事していて、そういえば荘園を見に行ったことがないことに気がついた。


「どんな場所か興味があるので、見てみたい!」


 子供らしくそう主張してみたが、マノデメセン父さんとブローマイン兄さんに、首を横に振られてしまった。


「ブロンに教えるので手一杯になあるだろう。だから駄目だ」

「バルト。これは遊びじゃなく仕事の話だぞ」


 こんな感じに、父と兄に窘められてしまった。

 まあその通りだよなと聞き入れたが、何時の日にか荘園に行ってみようと心に誓ったのだった。




 次の日。

 リンボニー母さんは色々と忙しいらしく、マセカルク兄さんと二人での昼食だった。

 二人しかいない食事なのに、目の前にある長机には、ビュッフェスタイルの食べ放題かと思うほど、たくさんの料理が並んでいる。

 これはなにも、全部食べろというわけではなく、ここで残された料理は使用人たちの口に入るわけだ。

 あと、多くの食料を目の前にしても、自分の適量に節制できる姿を見られるというのが、上に立つものの資質の一つなのだという。

 つまり、この世界では――俺がいる国限定かもしれないが――ぶくぶくと太った貴族や荘園主とか村長がいたら、周りの人から侮蔑されるみたいだ。

 なら、今世の母さんのような、恰幅がいい人はどうなるかというと、筋骨たくましい分猶予があるそうなのである。

 これらの理由を教えるのも、例の七五三ルールが適応されるようで、俺は七歳になったときだった。

 だが、そう知ったいまでも前世からの習性で、もったいないとつい手が伸びそうになる。

 前世に食の感心が強い日本人だったことで、必要量だけをとるのが難しい性格になってしまっていたとは。

 なんて回想をしていると、料理の取り分けは自分でやらないといけないのに、この日に限っては珍しくマセカルク兄さんがやってくれた。 


「ほら。こんなものだろ?」


 うん。やはり俺よりも七歳年上だけあり、皿に盛るのも手馴れている。しかも、俺の必要量ピッタリを載せてから、ちょっと上乗せしてくれる、そつのなさ。出来る兄である。

 いやまあ、マセカルク兄さんは、単に俺が食いしん坊だと思っているから、追加したのかもしれないけど。


「ありがとう、兄さん!」

「どういたしまして。さあ、食べようか」


 神様にお祈り、という文化はここにはないらしく、マセカルク兄さんは金属のフォークを持つと直ぐに食べ始める。

 俺もフォークを取り、心の中で『いただきます!』と言ってから、食べていく。

 早食いは胃腸に負担をかけ、好き嫌いは栄養素の偏りを産む。

 どちらも成長の妨げに繋がるので、全部をよく噛んで味わって食べるべし!

 相変わらず前世に比べると、味付けは貧相だし、調理法も焼くか煮るか揚げるかしかないのは残念だ。

 しかし、食材一つ一つの味が強くて、そのままで十分に味わい深い!

 ビバ、有機農法! 荘園の風景を見たことないけど、ファンタジックな文明的に、きっと有機農法!

 そんな感じに心の中で感想を言いながら食べていると、控えめな笑い声が聞こえてきた。


「くくふふっ。バルトは相変わらず、美味しいに食べるね」

「むぐむぐむぐむぐむぐ、ごくん。はい! ご飯、美味しいですから!」


 口に物を入れたままでは失礼なので、急いで噛んで、飲んで、返事をしたら、さらに笑われてしまった。


「ふふくくっ。いや、バルトはそのままでいて欲しいって思っての笑いだから、怒らないでおくれ」


 マセカルク兄さんは、手で食事を続けてと身振りしてきたので、従って料理を食べ進める。

 食材の味を再び堪能していると、今度は声を控えめにして喋りかけてきた。


「午後は魔法の授業――ソースペラさんだけど、バルトは彼女嫌いだろ? ああ、返事は首を動かすだけでいいからね」


 ソースペラとはウマが合わないだけで、酷く嫌ってはいるわけではない。

 しかし、好きか嫌いかで言えば、間違いなく嫌いなので、首を縦に振る。

 

「なら、無理に授業に参加しなくていいと思うんだ。彼女もバルトがいなくても気にしないで授業をするだろうし。だからその間に荘園――はちょっと遠いから、屋敷の周りを見て回ってみなよ。バルトは家に引き籠もって、変な格好をして遊んでいるばかりだ。たいして外に出ていないなら、面白く感じるものもあると思うよ?」


 口内に食べ物があって喋れないけど、待ってくれと言いたい。

 魔力を回して魔貯庫を大きくする訓練と、軽い筋トレとストレッチを兄弟部屋の中でしているだけだ。引きこもって謎ポージングをしているわけではない。

 あと、いつにない長台詞に、マセカルク兄さんがなんとなく企んでそうな雰囲気を感じる。

 だけども、こっちを侮ってくるソースペラの授業を聞いてもためにならないっていうのも、この二年で分かった事実なんだしなぁ……。


「むぐむぐ、ごくん。なにか、面白そうなものでもあるんですか?」

「ふくくっ。授業に出なくても、父と母から怒られないようにしてあげるから。行って確かめてみなよ」


 どんな思惑があるか知らないけど、乗ってみましょうか。

 料理を食べ終えてから席を立ち、玄関から外へ出る。

 改めて外を見るものの、屋敷はぐるりと塀で囲まれている。

 この中を散策といっても、あって庭園ぐらいで終わりな気もするんだけどなぁ。

 しかし、暇つぶしにはちょうどいいし、屋敷の壁伝いに歩いていくことにした。




 

 屋敷の周囲を巡って、庭園の代わりなのか、野菜が生った菜園を見つけた。

 使用人の何人かが、畑の世話をしている。

 しかし、ファンタジックな世界らしい、変わった物は見当たらない。

 歩いても歩いても菜園ばかりで、引き返してもいいんじゃないかと思い始めた頃に、屋敷の裏手に着いた。

 意外なことに、そこには別の建物があった。手近な場所と、少し奥に一つずつだ。

 菜園の農具入れだろうか。

 手近のほうに近づいてみると、人が生活してい痕跡があるので、住居だと判明した。

 誰の家だろうかと周囲を見ていると、俺の姿に気がついたらしい、一人の男性が近づいてきた。


「見かけない顔だが、誰の子だ?」


 おおよそ身長百七十センチの、樽腹のがっしりとした体型を持つ、中年男性だった。

 顔は少し強面だが、体から出ている雰囲気は優しげである。

 そんな観察をしていると、こっちが返事しないことで困ったような顔になってしまった。

 急いで返事をしないと。

 

「僕は屋敷に住む息子で、バルティニーです」


 慌てたせいか、自己紹介が変になった。屋敷に住む息子って誰だよ、って自分の事ながらツッコミを入れたい。

 しかし、目の前の男性は、これで理解したのか大きく首を上下に振った。


「あ~あ~。旦那様の三男坊だったのか。どうした、こんなところまで。お使いに来たのか、それとも道に迷ったのか?」


 いや、屋敷の周辺なのに、道に迷ったとは言わないだろう。

 とも思ったが、もっと気になるフレーズがあった。


「お使い、ですか?」

「おや。鉄をもらってこい、ってお使いにきたんじゃないのか?」

「いいえ、違いますけど――って、鉄があるってことは、ここって製鉄所なんですか!?」


 前世の移動教室で見たように、製鉄所といえば大きな釜があって、溶けた鉄を流して加工する機械があるような場所のはずだ。

 この小さな建物に、そんなものが詰め込まれているなんて、思いもしなかった。

 さすがファンタジックな世界だと驚いていると、笑われてしまった。


「あはははっ。誤解させる言い方だったな。鍛冶師の間で、鉄をもらうってのは、壊れたり穴の開いた鉄器を修理するって意味なんだよ。だから、ここは製鉄所なんていう立派なもんじゃなく、少し作った鉄で物を作る場所で、鍛冶場っていうんだ」


 前世なら鉄を作る場所は製鉄所だったが、どうやらこの世界では違うようだ。

 というか、鍛冶場で鉄が作れるなんて、初めて知ったよ。


「なら、おじさんは鍛冶師で、包丁とか剣とかを作るんですよね、ここで?」

「おうよ。包丁や鉈なんかも作れはするが、通常は荘園で使う農具の製造と修復だ。あの奥の家に住む猟師用に、鏃を作ったりもするけどな」

「お~~~~」


 まさか、前世ではテレビ番組でしか見たことのない業種の人が、こんな近くに住んでいるとは!

 

「あ、あの! 仕事場を見せてもらっていいですか!?」

「三男坊は、鍛冶に興味があるのか? ふむ、取り立てて急ぎの仕事はないんだがなぁ……」


 渋る様子を見せつつも、どこか嬉しげに家の扉を開けてくれたので、中へ入る。

 どんな風に、家で使っている鉄器が出来るか、楽しみで仕方がない。

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今更ながら、親は話聞かないのかという疑問が湧く
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