五十七話 栄えている村で、宴会を
目的地である村に到着した。
高い塀があるように、防備も調っているみたいで、門番の人も屈強そうだった。
村の中に入ると、商隊を率いていた隊長さんと、商人の人が馬車で運んできた商品を売りにいった。
残された俺たちはどうすれば良いのかと思っていると、護衛の人たちが喋りかけてきた。
「よーし。お前ら、行きつけの宿に向かうからよ、ついてこい」
「宴会もその宿でやるが、隊長たちが戻ってきてからだ。それまで大人しく待つんだぜ」
護衛の仕事から解放されたからか、気楽な様子で俺たちを案内してくれる。
彼らについて歩いていくと、この村の道が少し変なことに気が付いた。
主要な街道が途中で分かれていて、『ト』の字のようになっている。
魔の森の近くにある開拓村に続いているはずなのに、二股ってどういうことかと考えてしまう。
そして、ふと思いついたことを、近くにいた偵察役だった人に聞いてみることにした。
「もしかして、この村の先には、二つ魔の森に接する開拓村があるんですか?」
「おっ、やっぱり偵察ができるだけあって、気が付いたか。そうだ、この先には二つ開拓村があるんだ。そんでこの村は、その二ヶ所の中継地点だから、こうやって栄えているんだ」
「ってことは、商人にしたら物を運べば運んだだけ、すぐに売れるってことですよね?」
「そうとも。見ての通り、この村とこの先の開拓村は、魔の森に囲まれている形になっているからな。畑なんて作れないから農作物が、魔物がやってくるから武器が、楽しみが少ないから酒と女が、飛ぶように売れるらしいぜ」
女と言葉が出た瞬間に、視界の端でオレイショがそわそわし始めた。
さっきまで気持ち悪そうな青い顔だったのに、いまじゃ何かを期待して赤ら顔になっている。
現金なやつだ。
そう思いながら歩いていると、護衛の人たち行きつけの宿屋に到着したようだ。
「どうだ、なかなか立派な宿だろ」
自慢げに偵察役の人が語ったことを、俺は素直に頷いて肯定した。
なにせ、とても大きな四階建ての石造りの建物な上に、馬車を止めるらしき別の建物が隣に立っている。
ヒューヴィレの町でもなかなか見かけない立派な宿だ。
オレイショたちもこの宿に驚いたようで、ぽかんと口を開けて大きさを目で確認している。
俺たちのそんな様子を見て、護衛の人たちが忍び笑いする。
「ぷくくっ。おいおい、宿は見るものじゃなくて泊まるものだぞ」
「そうそう。第一、この宿の売りは、外観じゃなくて料理なんだぜ」
「見た目でそんなに驚いているようじゃ、料理を食べたら腰抜かすんじゃねえか?」
ほらほらと背中を押されて、宿の中に入る。
内装は森が近いからかな、木がふんだんに使われていた。
外観が石だったから、そのギャップもあって、温かみを感じる。
前世の記憶があるから、この程度の内装じゃ、俺は驚かなかった。
けど、オレイショたちは違うようで、開いた口が塞がらないようだ。
護衛の人たちが、また忍び笑いをする。けど、茶化す言葉をかけずに、宿のカウンターにいる人に声をかけにいった。
数とお金を払っていることから、どうやらチェックインの手続きをしているみたいだ。
「ほいよ。四人部屋の鍵だ」
こちらに投げ渡された鍵を、俺が代表して受け取る。
鍵は単純な作りで、尻に括りつけられた木片に焼印がされていた。
「四階にある、その印に同じ印がある扉の部屋が、お前らが使う部屋だ」
「四階、なんですか?」
「上の階の方が安いんだから、当たり前だろ。オレらだって、三階なんだから、文句はなしだぞ」
文句なんてないと首を振りつつ、自分の常識違いを悟った。
前世の日本では、高い場所の部屋は値段が高いってイメージがあったけど、この世界では逆らしい。
景色を楽しむような場所じゃないし、階段で上に登る労力を考えれば、上の階の部屋が安いことは当たり前に考え付けたかも。
そんな軽い反省をしていると、コケットとティメニから不満の声が上がった。
「えぇ~。男子と一緒とか、身の危険を感じるしぃ~」
「バルティニーくんとオレイショくんのことは信じてますけど、やっぱり男女が同じ部屋に泊まるのは倫理上で問題があるんじゃないかなって思います」
二人の抗議を受けて、護衛の人たちからの返答は、笑いだった。
「ぷくくくっ。おいおい、ここまでの道中で何日も一緒に野宿してきた仲間なのに、いまさらそれか?」
「やっぱり女は言うことが違うわ。けど、部屋の変更はなしな」
「オレら内の二人と部屋を交換してもいいけどよ、そっちの方が困るんじゃねえか?」
論破されて、コケットとティメニは不機嫌そうな顔になる。
けど、要求は通らないと半ば分かっていたようで、あっさりと表情が戻った。
そして二人は俺に向かって、手を差し出してきた。
「……なに?」
「鍵。先にぃ~、部屋を使わせてもらうからー」
「折角のいい宿ですから。ここまでの道中に溜まった汚れを、綺麗にして休みたいですからね」
そういうことならと鍵を手渡すと、偵察役の人からお得な情報がもたらされた。
「この宿は高いだけあって、色々と便宜を図ってくれるぞ。従業員に言えば、真新しい手拭いを貸してくれて、汚しても洗わずに返していいんだ」
「大きくて深めの木桶も貸してもらえるし、各階にあるトイレに水を捨てて部屋の前に置いておけば、後で回収もしくれるぜ」
「もっとも、四階まで水を持って運ぶのは、結構大変だけどな」
この世界だと、そういった不便さもあるのか。
けど、俺は魔法で水を出せるから関係ないなと思っていると、コケットに肩を掴まれた。
「バルティニー、一緒に上まで行くよねぇ~?」
明らかに桶に水を入れる目的のために、俺を確保しておきたいみたいだ。
まあ、特技の一つだし、大した手間じゃないからいいかなと思っていると、ティメニからも要求がきた。
「なら、桶って重そうですから、バルティニーくんに運んでもらいましょう」
「それ、いい考えだしぃ。桶を四階まで運ぶなんて、考えただけでもダルイ~」
女の人に重たい物を持たせるのは駄目なことだと前世で学んでいるから、了承する。
もっとも、前世では背が小さすぎて「大丈夫、他の男子に頼むから」って、提案しても拒否されることが多かったけどな!
けど、二人が俺を頼るのが気に入らないのか、オレイショが待ったをかけてきた。
「ふん。バルティニーに手伝わせるぐらいなら、オレのほうが役に立つぞ」
胸を張り、腕を曲げて力こぶを見せ付けて主張してきた。
しかし、コケットだけでなく、普段はオレイショをよいしょするティメニも、冷ややかな視線を向ける。
「女を買ってやるっていわれて、股間膨らませているスケベに、近寄って欲しくないしぃ」
「申し訳ないですけど。ちょっと、オレイショくんに失望しています」
「なッ!?――」
擬音の『ガーン!』や、絶句と言う言葉が似合う顔で、オレイショは固まった。
コケットとティメニは、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、従業員の人に直径二メートル深さ三十センチはある桶を借り、俺に押し付ける。
「バルティニー、ちょっと信用しているからさ~、覗いたりしないでよ~?」
「真面目なバルティニーくんは、そんなことしないと思ってます。けど、もしも……」
ティメニが言葉を切って、先端に球のある鉄棒を掲げる。
それを見て、俺はやらないと確約すると、率先して四階まで桶を担いで階段を上り始めたのだった。
夕方に商人と隊長さんが戻ってきて、この宿の食堂で宴会が始まった。
他の宿泊客もいるため、馬鹿騒ぎにならない程度に、わいわいと喋りながらの和やかな食事会になった。
参加している人の大半は、この宿の食事を思い思いに楽しんでいる。
かく言う俺も、その一人だ。
この村の先にある魔の森は、珍しい果実や香辛料が採れる森なようで、それらで作ったソースがかかった肉料理はなんであっても絶品だった。
多く獲れる魔物の肉を使っているんだと思うけど、牛や豚や鶏みたいな前世でよく食べた肉の味とは根本から違う感じで、ちょっと面白い。
珍しさから、色々な料理をパクつき、その味を堪能していく。
そんな俺に張り合うように、コケットが料理を次々に口いっぱいに食べていた。
「はぐふぐ、どれも、うまいしぃ~」
せっかくさっき体を拭いて身奇麗になったのに、口の周りがソースでベタベタになっている。
なのに嬉しそうな笑顔で食べているからかな、なんだかずいぶんと子供っぽく見えた。
けど料理に夢中なのは俺もだから、指摘したりしないけどね。
そんな中、オレイショは隊長さんや護衛の人たちに囲まれて、なにかを熱心に聞かせられていた。
耳を澄ませて、何を喋っているのか聞いてみる。
「いいか、上手い人を選んでやっから、あんまりがっつくんじゃねえぞ」
「そうだぜ。むしろ、童貞だって素直に言え。初めての相手と知りゃあ、嬉しがってあれこれと手ほどきしてくれるからよ」
「そ、そうなんですか」
……単なる猥談だった。
聞いて損したと思いながら、ティメニに顔を向ける。
手にあるのはパンと、お酒が入った木杯のようだ。
顔が大分赤いところを見ると、あまり料理に手をつけずに飲んで、酔いが回ってしまっているみたいだ。
「ティメニ、食べないの?」
「んぅー? ああ、バルティニーくんですかー。うーんー、肉料理しかないから、ちょっとー」
気持ち良さそうな微笑みを浮かべながらも、親の仇のような目を焼かれた肉に向けている。
「味は美味しいよ。魔物の肉だから食べたくないとか?」
「違いますぅー。なんだかー、そのー、思い出しちゃいましてー」
何をかと考えて、きっと人の死体の首を切り落としたことだろうなと予想がついた。
牛や豚の屠殺を見た人が、直後は気持ち悪くて肉が食べられなくなる、なんて前世で聞いたことがあったな。
でもたしか、そういうトラウマは早いうちに解消しておくほうが、良いんじゃなかったっけ?
いまの場合は、ティメニに肉を食べさせたほうがいいのかな?
なら、俺が食べた中で一番美味しかった肉料理を、新しい皿に取り分けてっと。
「はい、ティメニ。食べてみて、すっごく美味しいから」
「バルティニーくん。だからー、わたしはお肉を――」
「いいから。これを食べなかったら、後悔するよ。嫌いな味だったら、吐き出したっていいんだしさ」
俺はティメニが肉料理を嫌がる理由に気が付いていない風を装って、彼女にフォークに刺した肉を差し出す。
目の前にある肉を、嫌そうに見るティメニ。
だけど、小鼻を動かしてソースと肉の脂が交じり合った匂いを嗅ぐと、恐る恐るといった感じで口に入れた。
「むぐむぐ……ふーん、美味しいじゃないですかー」
肉に対する嫌悪感よりも、料理の美味しさが勝ったようで、そこからはぱくぱくと料理を食べ始める。
元気になった様子にほっと胸を撫で下ろしながら、この宴会と料理の美味しさの意味はは、もしかしたら人殺しのトラウマを取り除くためなのかもしれないなと思った。
護衛の人たちの評価をさらに上に改めていると、猥談をしていたはずのオレイショが怒り肩でこっちに歩いてくる。
「おい、バルティニー。ずいぶんと、ティメニと楽しそうに食事をしていたじゃないか」
「……はぁ~?」
何を唐突に言い出すのか。
それにティメニとは、二言ぐらいしか話していない。
なのに、楽しそうに見える場面なんてあったかな。
少し考え――ああ。俺が肉料理を差し出したとき、『あーん』をしているように見えたのか。
だからティメニに気があるらしいオレイショが、羨ましいと突っかかってきているんだな。
「どう勘違いしているか知らないけど、俺は美味しい料理を勧めただけだ」
「なにを白々しい」
「いちいち突っかかるなよ、面倒臭い。オレイショだって、ティメニと一緒に食事すればいいだけの話だろ」
「……それもそうだな!」
オレイショはハッと気がついた様子で、うきうきとティメニに近づいていく。
それから少しの間、二人は食事と会話をしていたようだけど、唐突にティメニが俺を呼んだ。
「バルティニーくん。わたし少し酔っちゃったみたいで、部屋に戻りたいんです。でも、階段を上るのが怖くて、手伝ってもらえませんかー?」
それを聞いて、オレイショはまず俺を睨み、続いてティメニに愛想笑いを浮かべる。
「バルティニーじゃなく、オレが連れて行ってやってもいいぞ」
ティメニはぷいっと横を向いて、拒否する姿勢を示す。
「嫌です。これから女性を買いに行くほど、飢えている男性と一緒なんて、身の危険を感じますー」
「いや、それは、だって……」
「バルティニーくん、お願いしますー」
再度の指名に、俺が近づくとオレイショが不満そうな顔をする。
「はいはい。というわけだから、悪いね」
「……手を出すんじゃないぞ」
「しないよ。オレイショみたいに、女性に飢えているわけじゃないし」
「なッ!?」
絶句したオレイショを残して、ティメニに肩を貸しながら、宿の階段を上っていく。
二階まで上がると、ティメニがここまででいいと、体を離した。
「ごめんなさい。オレイショくんから逃げるダシに使って」
「別にかまわないけどね。でも、ティメニにしては、あしらい方が雑じゃない?」
「酔っているのは本当なんです。上手い切り替えしが思い浮かばなくて」
「ふーん。大変だね、男の冒険者に寄生しようとするのも」
「そうなんで――気付いていたんですか?」
ティメニに俺は頷き返す。
あれほどオレイショに肩入れしていれば、惚れているか利用するかのどっちかだって予想は付く。
さっきの様子を見る限り、ティメニが惚れている線は限りなく薄いから、答えは出たようなものだ。
「オレイショが女性を買いにいくのを止めようとしているのも、手管の一環なの?」
「はぁー。バレているから、素直に言います。その通りです。外に女を作らせないことも重要だって、そう教わりましたから」
「教わったって、教育係の人に?」
「正確には、教育係に寄生していた女性から、ですよ。でもわたしには、そっちの才能が冒険者のものよりあるそうです」
俺たちが受けた教育にも色々と違いがあるんだなと、変に納得してしまう。
「ちなみにだけど、オレイショを選んだ理由を聞いてもいい?」
「単純ですよ。寄生先に選ぶ男は、女に興味津々な馬鹿なほうがいいそうですよ。バルティニーくんは、なんとなく一皮向けているって感じがあったから、真っ先に候補から除外です」
「あはははっ。それは褒め言葉として受け取っておく」
軽い雑談で時間も稼いだので、ティメニとは二階で別れることにした。
彼女は本当に休むようで四階の部屋へ向かい、俺は下りて食堂へ。
ちょうどそのとき、外へ出ようとする隊長さん他数人とオレイショと出くわした。
俺がすぐに一階に戻ってきたことに、オレイショはホッとしているように見える。
少し可哀想に思っていると、隊長さんから声をかけられた。
「小僧は、本当に女を抱きにいかなくていいのか?」
「その分だけ、この宿の料理を食べます。あれだけ美味しい料理なんですから、食い逃したら損ですし」
「おいおい、その歳でまだ色気よりも食い気なのかよ」
そうじゃなく。売春したら、テッドリィさんとの最後の夜の思い出が汚されそうだから、嫌なだけだ。
けど、口でそう言うのは恥ずかしいので、食い気があることにしておくことにした。
隊長さんたちは仕方がないと軽く笑い、オレイショを連れて宿の外へと出ていった。
俺は食堂に戻り、料理を食べようとして、酔っ払ったコケットに絡まれた。
「あははは~。この飲み物、美味しい~。バルティニーも飲もうよぉ~」
「はいはい。飲むから、料理も食べさせてよ」
開拓村での教育期間にお酒を飲んだ経験から、自分のペースを守りながら飲むのに付き合う。
一方でコケットは、目につく端から酒をかぱかぱ飲んでいったので、ほどなくして酔い潰れてしまった。
「はぁ……どうしよう、コレ」
酔いつぶれてしまったコケットに、抱きしめられながら寄りかかられて、俺は対応に困ってしまう。
剥がそうとしても剥がれないので、仕方なくお腹いっぱいに料理を食べてから、コケットを抱きかかえて部屋まで運ぶことにしたのだった。




