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五十五話 危険地帯

 石を投げてくるゴブリンたちの襲撃をかわしてから少しして、商隊は休憩するために馬車の動きが止まった。


「まずは、馬に水だ! 栄養液を少し混ぜてやるのを忘れるなよ!」


 隊長さんの指示を受けて、馬の世話をする役目の人たちが大慌てで用意した。

 水をがぶがぶ飲んでいる馬を見ながら、俺も水筒から水を飲み、体力を回復させるために意識して大きく呼吸する。

 コケットはダルそうに車輪に背を預けながら、ぼんやりと晴れた空をみていた。

 オレイショとティメニはまだまだ元気そうにしているが、また襲われやしないかと周囲を警戒しているようだ。

 そんな思い思いに過ごしている俺たちに、隊長さんが近づいてきた。


「よお、なかなかの対応ぶりだったぜ。これからもその調子で頼むぜ」


 一言声をかけて去ろうとする彼を、オレイショが呼び止めた。


「待ってください。オレたちの配置を変えてくれませんでしょうか!」

「……なぜだ?」


 隊長さんは、不愉快そうに眉を歪めながら睨みつける。

 オレイショは少し怯みながらも、気丈な態度を崩さなかった。


「最後尾の護衛だと、先ほどのように多くの魔物が来たとき、次に馬車を守れるかオレたちの実力では不安があります!」


 オレイショの意見は分かる。

 さっきの襲撃のとき、数匹のゴブリンが馬車に取り付いた。もしも、もっと数が多かったら、対応できずに馬車の動きが止まっていただろう。

 そうなっていれば、何十匹ものゴブリンたちがやってきて、俺たちは御者の人ともども殺されていたかもしれない。

 あれは危険だったとは思う。

 けど、それを訴えたところで、こっちの勝手な言い分でしかないとも思った。

 隊長さんもそう思っているようで、目に怒りを湛えて、オレイショの頭を拳で軽く殴った。


「馬鹿か、お前は。仕事を請けたからには、寝言をほざく前に、与えられた役目を全うしやがれよ」

「ですが!」

「チッ。じゃあ聞くがな。どこに配置されたら満足なんだ。先頭か? 真ん中か?」


 問いかけられて、オレイショは迷いを見せる。

 すると、隊長さんはもう一度、オレイショを殴った。


「どこがいいかすら考えてねえじゃねえか! 第一お前みたいな新米に、偵察役の知らせを見逃したり出来ない先頭は務まらんし、前の馬車の動きに臨機応変に即応してみせなきゃならん真ん中も出来るわけがねえだろ! 最後尾は確かに逃げ切れないっていう危険もあるが、少し遅れても挽回できる分、一番楽なんだぞ!」


 言いながらもう一発殴った後で、隊長さんはオレイショの襟首を掴み上げる。


「いいか。単にお前は、命の危険を目の前にして怖気づいたんだ。男ならどっしりと気持ちを固めて、全力出して命懸けで仕事しやがれ」


 襟で首が決まっているみたいで、オレイショは青い顔をしながら首を必死に上下に振る。

 隊長さんはオレイショを地面へ投げ捨てながら、機嫌悪そうにもといた場所へ戻っていった。

 それを見届けてから、ティメニが慌てた様子でオレイショに近づく。


「大丈夫、オレイショくん」

「あ、ああ、大丈夫だ。くっ、こんな危険な仕事だったなんて……」


 悔しげに言っているけどさ、金払いがいい護衛の仕事って時点で気付こうよ。

 ツッコミを入れようかと思っていると、さきにティメニがオレイショにしなだれかかっていた。


「オレイショくん、この仕事で死んじゃうんじゃないかって、あたし怖い」

「安心しろ。オレが守ってみせる。いや、次に魔物の襲撃があったら、ティメニは馬車に入っていればいい。撃退は俺たちがやるからな」


 そう安請け合いすることはいいけど、こっそりと俺とコケットの役目を勝手に決めないでよ。

 コケットも空を見上げるのを止めて、何か言いたそうな顔をオレイショに向けているし。

 ……でも、ちょっと良く考えたら、ティメニが馬車に乗ることは利点がある気がしてきた。

 正直、同意するのは嫌だけどね。


「オレイショの言う通り、ティメニは馬車に乗って良いんじゃないかな」

「バルティニー君もそう言ってくれるなんて、ありが――」

「ただし、御者の人を守ってあげてよ。また投石がきたら盾で防いで、乗り込んでくたらその棒で叩いてさ」


 嬉しげだったティメニの顔が、俺の後半部分の言葉で固まった。


「――……え?」

「御者の人がやられちゃったら、馬車を動かせなくなっちゃうし。そうなったら、僕らは死んじゃうかもしれないから、直接守る人は必要でしょ?」

「……うん、そう、ね。が、がんばっちゃうね」


 微笑もうとして少し失敗したようで、唇の右端が引きつっているように見えた。

 しかしオレイショは気がつかなかったようで、ティメニへ心配するなと言いたげな顔を向ける。


「馬車にとりつこうとする魔物は、この大剣で叩き落してやる。だからティメニは心配せず、御者台にいればいい」

「あ、ありがとう。オレイショくんは、やっぱり頼りになるね」

「あっはっは。その通りだとも!」


 二人の様子を見て、俺とコケットは顔を見合わせると、処置なしっていう顔を共に浮かべたのだった。





 休憩が終わり、商隊の行進が再開される。

 いつ襲われても対応できるようにと、ティメニが御者の人の横に座ったこと以外に変化はない。

 でも、オレイショは大剣を手に持ちながら周囲を真剣に観察して、いつ襲われても良いように気を張っているみたいだ。

 無駄に疲れるだけなのにと思うけど、本人の好きなようにさせておこう。

 そんなオレイショの警戒が効いたわけじゃないだろうけど、空が夕日になるころまで何かに襲われるということはなかった。

 長い間警戒を続けていたからか、オレイショは気疲れしたような顔で、ようやく無駄だと悟ったのか大剣を鞘に入れようとする。

 ちょうどそのときだった。

 先頭の馬車が、左右からグレードックの群れに襲われる光景が見えた。

 再び駆け抜けて突破するのかと身構えるけど、意外なことに馬車列は停止し、戦う音が聞こえ始める。

 戦って蹴散らす気なのかと他の馬車の護衛の人たちを見るけど、彼らは配置された場所から動かず援護に行こうともしない。

 必要ないからなのか、それとも何かを警戒していて動かないのか。

 どういう理由かと考えていて、ふとこっちに近づく気配を感じた。

 顔を斜め後ろに向けると、グレードックの別の群れが草むらから顔を出そうとしているところだった。


「みんな、後ろに魔物がいる!」


 俺は声を上げながら、すぐに弓矢を構えて、一匹の頭を射抜いた。


「ギャイイイン――」

「なッ、応戦するぞ!」


 俺の声とグレードックの悲鳴に、オレイショは慌てて大剣を構え直しながら、馬車の後ろを守るように移動した。

 コケットも片手剣を抜きながら、切っ先をグレードックたちに向ける。

 俺は若干下がりながら、新たな矢を弓に番えた。

 グレードックたちは次から次へと草むらからでてくると、道を塞ぐように素早く展開する。

 数は、十匹を少し越えるぐらいだ。

 距離があるうちに、もう一匹ぐらい矢で仕留めておこう。


「しッ!」

「ギャイン――」

「ウルオオオン!」


 矢を受けた一匹が悲鳴を上げ、他の一匹が雄叫びを上げた。

 すると、十匹ほどのダークドックたちが、一斉にこっちに走り寄ってくる。

 数多くのダークドックに狙われたのは、一番近くにいるオレイショだ。


「うおおおおおおおおお!」


 迫り来る牙を追い払うように、大声を出しながら大剣を振り回す。

 ダークドックたちはすぐに噛み付こうとするのを止め、五匹ほどでオレイショを取り囲む。

 そして、オレイショに剣を振り続けさせるためか、一匹ずつ少し前にでて噛もうとフェイントを入れて、すぐ下がるを繰り返す。

 運悪く一匹が吹っ飛ばされたが、当たり所が良かったのか、すぐに復帰して囲みに戻る。

 オレイショが危険そうだが、俺とコケットにもダークドックたちが三匹ずつ近づいてきているので、応援にはまだ迎えない。

 弓の距離ではなくなりつつあるので、俺は鉈に持ちかえる。


「おぅりやあああああああ!」

「はぁー、てぃ!」


 俺とコケットは同時に、掛け声と攻撃を放った。

 俺の鉈はダークドックの一匹の頭を叩き割り、コケットの片手剣は目から頭の中までを貫く。

 残り二匹ずつ。

 俺は素早く鉈を引き戻しつつ、足を噛み付こうとしてきた一匹の首に叩き込んだ。

 そのとき、頭を少し下げた俺の首を狙って、もう一匹が飛びかかってくる。

 とっさに手を向けつつ、魔塊を回して細胞に魔力を生産させ、生活用の魔法で水を生み出して浴びせかけてやった。


「キャ、ガボ――ゲハ、ゲ」


 気管に水が入ったようで、そのダークドックは盛大にむせ、噛み付くことに失敗する。

 俺は魔法を出した手で殴りつけて吹っ飛ばすと、追撃に鉈を胴体に叩き込んだ。

 これで俺に来た分の対応は終わったので、二匹相手に苦戦中のコケットの援護に向かう。


「だあああああああああ!」


 俺が鉈を振り上げて突っ込むと、ダークドックたちは驚いて対応に遅れたようだ。

 その隙を、コケットは逃さなかった。


「てえぃ!」


 片手剣を真っ直ぐに突き出して、一匹のわき腹へと突き刺した。

 もう一匹は、攻撃を終えたコケットに噛み付こうとするが、それよりさきに俺が鉈を背中に叩き込んでやった。

 俺とコケットが顔を見合わせて、ほっとし合っていると、オレイショの切羽詰った声が聞こえてきた。


「くおおおおおおお! 寄るな、寄るなあああ!!」


 大剣を振り回し疲れて動きが鈍ったようで、あと少しで足が噛まれそうなほど、ダークドックの囲いが狭まっていた。

 大変だって、俺とコケットが援護に向かう。

 その後は、三人で攻撃し続けて、どうにかこうにか全部倒すことができた。

 戦闘の疲れで息を弾ませていると、前の馬車にいる護衛の人たちの声がやってきた。


「ようやく終わったのかよー。時間かかりすぎだぞー」

「その犬、晩飯の材料にするからよー、馬車の縁にかけとけよー」

「今日は盛大に焼肉だぜー、喜べよ小僧どもー!」


 彼らの声の後に、馬車の列が動き出した。

 俺たちは慌てて、ダークドックを運び、切り口が下になるように馬車の縁にかけて、ロープで固定する。

 そして急いで後を追いかけた。

 その間、この戦いの状況と晩ご飯の材料にするっていう発言を思い出して、わざとダークドックにこっちを襲わせたんだと理解した。

 先頭の馬車は止まっていたし、そもそも偵察の人たちが最後尾へ周り込むダークドックを見落としたなんて、あり得ないしね。

 しかし、そう知りながらも俺たちに対応を任せたのは、倒せる力があると判断したからか、単に援護にくる気がなかったのか、それとも他の狙いがあるのか。

 どちらにせよ、この付近は魔物たちが多くいる、危険地帯には変わりない。

 気を引き締めていかなきゃ。

 それとは関係がないことだけど、この日の晩ご飯はちゃんとダークドックの焼肉で、俺たちにもたくさん肉がもらえた。

 匂いに誘われて、野生動物の大きな蜥蜴が何匹もやってきたけど、護衛の人たちがあっさり倒してこちらも焼肉になったのだった。

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