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五十四話 冒険者による違い

 行き帰り二十日の長期の護衛仕事は、最初の三日は暇な道行きだった。

 もともと危険の少ない場所だったので、盗賊どころか魔物さえ現れない。

 けど、俺たちはその間に、護衛の他に役割を与えられて、こなしていた。

 オレイショは夜間の警戒に組み込まれ。

 コケットは飯炊き係の手伝い。

 ティメニは休憩中の配膳や訪れた村での販売の補助。

 そして俺は偵察役の人たちと共に、商隊の先へ行っての安全確認だ。

 この五日間を過ごし、彼らに同行して分かったことがある。

 この護衛の人たちは、完全に役割分担を決めて行動するタイプの人たちだってことだ。

 道中の護衛こそ全員でやっているけど、偵察役は護衛の数に考えられていない。

 食事の用意をする人、夜の警戒をする人は固定で、他の人は休憩に努める。

 そんな個人の資質に合った配置が決められて、その役割をまっとうすることに力を入れているようだった。

 故郷から出てくるときに世話になった商人の護衛する冒険者たち、色々なことを教えてくれたテッドリィさんからは、協力することが大事と伝えられていた。

 なので、この護衛の人たちのやり方に、少し疑問を持った。

 道中を進んでいるとき、偵察役の二人に、そのことを聞いてみた。


「まあ、一般的じゃないだろうな、ウチのやり方は」

「だな。けど、オレらに合ったやり方なんだよな、コレ」


 一般的じゃないのにそれで良い理由を、詳しく聞いてみた。


「ある分野で、ある程度の実力を持つ人がいたら、その人にその分野を任せちまったほうが効率いいんだよ」

「そうさなぁ。オレの戦う力を五としたら、隊長は十を超える。なら隊長に戦いを任せると、オレ二人が戦っているのと同じことだろ。なら、隊長が十全に戦えるように配慮する方がより安全に繋がる。その他の人も、同じことが言えるだろ」

「そうそう。料理が出来ないヤツを、当番だからって食事を作らせても、誰も幸せにならねえってこった」


 なるほど。

 つまりこの護衛の人たちは、各分野のプロを集めて作ったチームってことなのか。

 けどそうなると、俺たちが組み込まれた理由が分からなくなる。

 なんたって新米だけなんだから、何かに秀でているってことは考えていないはずだし。

 軽く悩んでいると、とうとつに偵察役の一人が声を上げた。


「おっ、もうここまで来たのか。今回はここまで、襲撃がなかったしな」


 彼が見ている先へ視線を向けると、道の脇に人間の背丈を越える大岩があった。

 良く観察すると、そこから先の平原に、草むらに隠れるようにして、大小の岩や石が転がっている。

 どうやらこの景色の変化が、この商隊が進む道にある、なにかの目印のようだ。

 そう見ていると、偵察役の一人が肩を叩いてきた。


「ここからは、魔物や盗賊が現れやすくなる場所になる。そのことを馬車を護衛しているヤツらに伝えてくれ」

「その後は、お前さんも最後尾の馬車の護衛に戻れ。偵察のお守りをしてやるには、少し危険な場所になるからな」

「はい。分かりました」


 俺は言われたとおりに、馬車の周りに居る人に、危険地帯に入ることを伝えて回った。

 そして久しぶりに、オレイショたちと道を一緒に歩き始める。

 その途端に、オレイショから皮肉混じりの言葉が飛んできた。


「なんだ、偵察でヘマしてお払い箱にでもなったか?」


 ムッとして言い返そうとして、オレイショに元気がなくて、目の下にクマが出来ているのが見えた。

 きっと夜の警戒で睡眠時間が削られて、満足に寝ていないのだろう。

 そう思うと、張り合うことが馬鹿馬鹿しくなった。


「……似たようなものかな。ここから危険だから、お守りはしていられないってさ。それより、馬車に乗せてもらって少し寝たら?」

「ふ、ふんッ。そんなことをして怒られ、隊長のシゴキが酷くなったらどうするんだ」


 少し怯えながらの言葉を聞いて、そういえば休憩時間中に、戦いの指導を受けているんだったっけって思い出した。

 ということは、その疲れも残っているのかもしれないな。


「危険地帯に入るんだから、本当に休ませてもらったら?」

「……いや、いい。なにせ、まだまだ元気だからな」


 シゴかれる恐怖というよりも、俺に対して意地を張っているように、オレイショは拒否した。

 うーん、きっと俺がどう言っても無理だろうな。

 助けを求めるように、オレイショが話を聞きそうな、ティメニに視線を向ける。

 しかし、静かに微笑まれ、首を横に振られてしまった。

 仕方がないと肩をすくめて、周囲を警戒しながら歩くことに意識を向けることにしたのだった。




 道の外にある平原に、石が多く転がる地域に入って三日。

 行きの道程が半分以上消化された。

 俺たちの守る最後尾の馬車は、荷物の大半が道中の村々で売られてなくなっていた。

 その空いたスペースで、オレイショは仮眠を取っている。

 それは昨日、護衛の隊長さんにシゴかれていたときのこと。

 オレイショが寝不足と体力回復不足からへたったときに、馬車で仮眠を取ってないことを逆に怒られたからだった。

 なんでも、夜警の人たちは昼間に馬車内で寝る権利がもらえるんだそうだ。理由は、休憩地で警戒している間に居眠りされると、仲間の危険に繋がるからだって。

 夜警の人たちも昼寝するよう言っていたけど、オレイショは気遣いからの言葉だと勘違いしていたようだ。

 ちなみに危険地帯を前に俺を偵察から外して護衛に戻したのも、オレイショが気兼ねなく昼寝できる環境を与えるためだったらしい。

 なにはともあれ、オレイショは今日から気兼ねせずに、馬車内で昼寝することにしたみたいだ。

 オレイショの響きを消すような、馬車の車輪が道を走る音を聞きながら、俺とコケットとティメニは周辺を警戒しながら道を進んでいく。

 少しして飯炊き係のコケットが馬車列の先をうかがう動作を見て、もうそろそろ昼休憩の時間が近いのかなと思った。

 そのとき急に、前にいる馬車が戦闘から順々に速度を上げ、護衛の人たちが走り出した。

 急展開に、俺たちが護衛する馬車を操る、若い御者がうろたえる。


「えっええ!?」

「――前の馬車を追って、早く!」


 嫌な予感と、遠くの周囲に何かの気配を感じて、俺は弓矢を用意しながら声をだす。

 御者は慌てて馬に鞭を入れ、馬車の速度が上がり始めた。

 俺たちも置いていかれないように走りだす。

 このとき意外だと思ったのは、普段気だるそうなコケットが、片手剣を手に走る姿に、余裕があるように見えることだった。

 そして、急に馬車の揺れが激しくなったからだろう、オレイショが起きてきた。


「な、なに事だ!?」

「分からないけど、なにか危険みたい!」


 俺の返答にオレイショは馬車から飛び降りようとして、しかしその速さから出来ずにいる。

 仕方なくか、それとも必死に手綱を操る御者を危険から守るためか、オレイショは御者台へ向かう。

 ちょうどそのとき、道の両側からいくつもの石が、放物線を描いて飛んできた。

 それを目にして、俺たちだけでなく前を行く護衛の人たちも、腕や盾そして武器で頭を庇いながら走り続ける。


「ひゃっ!?」


 ティメニの悲鳴に顔を向けると、拳大の石が腕につけている木の盾に当たったようだった。

 怪我がないことに安心しながら、俺は石が飛んでくる方向へ目を向ける。

 数秒に一個の頻度で飛んでくるけど、投げている人が潜む草むらは、かなり遠くにある。

 矢で狙えないこともないけど、走りながらだと当てるのは難しい、そんな距離だ。

 いまは反撃を諦めるしかない。

 逃げる先を見るため視線を前に向けて、そしてさらなる問題が道にあることに気がついた。

 草むらから、ゴブリンらしき姿が出てこようとしている。

 きっと、投石の対処で商隊が止まったら、あいつらが行き先を封じる役目をするはずだったんだろうな。なのにこっちが駆け抜けようしたから、慌てて姿を現したってところだろう。

 けど、まずいな。

 先頭の馬車は余裕で逃げ切れるだろうけど、俺たちの最後尾は戦闘になる可能性がある。

 けど、この距離ならッ!


「――ギギゲッ!」


 俺の弓で放った矢が、草むらから出てきたゴブリンの一匹に突き刺さった。

 転倒する仲間を気にもせずに、ゴブリンは次から次へと草むらから出てくる。

 二十匹以上はいそうな様子に驚きながら、足止めをかねて矢で牽制する。

 ゴブリンの群れから、先頭の馬車が逃げ切り、二台目、三台目と続いていく。

 四台目も取り付かれずに通り過ぎ、五台目の俺たちが直ぐ近くにゴブリンを見ながら、横を通ろうとする。


「「ギギギィィ!」」


 逃してたまるかと言いたげに、ゴブリン二匹が声を上げながら馬車に飛びかかってきた。


「どおらああああああ!」


 御者台に乗ろうとしてきた一匹を、オレイショが大剣で叩き落した。

 もう一匹は馬車に手をかけて、よじ登ろうとする。

 俺は弓矢を向けようとするが、先にコケットが走り寄って勢い良く片手剣で刺し、ゴブリンを馬車から離すことに成功した。

 普段のコケットからは考え付かないほどの思い切りがいい攻撃に、俺は驚きながら褒める。


「お見事。その調子で、馬車に取り付いたゴブリンを攻撃してよ」

「えぇ~、ぜんぜん見事じゃないしぃ。それに、走るのも剣振るのも疲れるから、本当はイヤだしぃ~。ああー、さっさと安全なところまで逃げたい~」


 返ってきたコケットらしい言葉に、俺は苦笑いをしながら、飛びかかろうとするゴブリンの頭に矢を打ち込んだ。

 オレイショも御者台の上から大剣を振るって、ゴブリンを牽制する。ちょっと御者の人が迷惑そうにしているが、我慢してもらおう。

 そんな奮闘の結果、どうにかゴブリンの囲いから脱出できた。

 しかし、ゴブリンたちも諦め悪く、追いかけながら拾った石を投げてくる。

 逃げ続けること数分、ようやくゴブリンたちは諦めて、草むらのなかへと消えていった。

 商隊の速度は元に戻ったが、ゴブリンたちの居場所から距離を離すためだろう、休憩を入れずに歩きつづける。

 俺とコケットが荒い息を整えている横で、オレイショとティメニは涼しげな顔だ。

 御者台にいたオレイショはともかく、なんでティメニまでと考えながら深呼吸する。


「すーはー……ティメニ、ゴブリンがきたとき、馬車に乗っていたでしょ?」


 俺の指摘に、ぎくりとした顔を一瞬してから、泣きそうな顔になる。


「ごめんなさい。石が盾に当たって、怖くなっちゃって。馬車の中に隠れてしまいました。本当に、本当に、ごめんなさい……」

「おい、バルティニー! なにティメニを泣かせているんだ! ティメニはお前と違って、可憐な女の子なんだぞ! 戦いを怖がるのは当然だろうが!」


 オレイショが庇っているけど――いや、どう見ても嘘泣きだし、どう考えても走るのがイヤで馬車に飛び乗ったようにしか思えないんだけど。

 でも、ティメニに気があるっぽいオレイショに言っても、勘ぐり過ぎって言われる気がするんだよなぁ。

 あと、女子の演技力の前に男子の発言が無力なのは、前世の学校でよく学んだしなぁ。

 どうするかと思っていると、コケットが納得のいっていない態度で、オレイショに詰め寄っていた。


「あたしぃ、女の子なんですけどぉ、ちゃんと戦ったしぃ~。ティメニだけ特別扱いって、ずるくない~?」

「はんっ。お前みたいな可憐とは縁がなさそうなやつを、女の子として扱えだと? 笑わせてくれるな」

「はぁ~?! あたしぃ、めっちゃんこ乙女だしぃ!」


 オレイショはともかく、少し長く走ったばかりなのに、コケットは元気な様子で言い合いを始めた。

 ガラス工房で働くことが多かったから体力が落ちたかなと思いながら、まだ激しく脈打つ心臓を落ち着かせようと、俺は胸に手を当てて深呼吸する。

 そして、こんなにゴブリンがやってくることなんて滅多にないだろうなと、逃げ切れた不運に大して苦笑する。

 しかしその考えが甘かったことを知るとは、この時の俺は考えもしなかったのだった。

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