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五十三話 長期の護衛仕事

 あの偽物武器を売っていた人からもらった片手剣は、オレイショたちが話し合った後でコケットが持つことになった。

 オレイショは刃の作りが甘く鈍器に近い大剣を、ティメニは良い武器がないことから顔大で木製の円形盾を購入した。

 蓄えたお金のほとんどを使って装備を整え終えたから、オレイショが護衛依頼を受けるぞとうるさいだろうなと、露店巡りをしていたときは思っていた。

 その予想が間違いだったと分かったのは、この翌日の早朝に冒険者組合に集まったときのことだった。


「武器と防具も揃ったところで、今日から商隊の護衛任務にいくぞ。もう話はつけてある」


 てっきり話し合いを始めるのだと思っていたんだけど、最初にオレイショが放った言葉に唖然としてしまった。

 そして、『話をつけた』という部分に、嫌な予感がした。


「もしかして、組合から出される依頼じゃなくて、オレイショが勝手に商人と交渉して決めたってこと!?」

「勝手とは心外だな。冒険者が商人と直接交渉することなど、ありふれているだろうに」


 たしかに、俺の教育係だったテッドリィさんも、直接交渉して開拓村まで護衛として同行させてもらったけどさ。


「それでも、組合の職員さんに一言断っておくのが礼儀だ。もちろん、オレイショはやったんだよね!?」

「なんだ、そんなことか。今から言えばいいだろうに。オレの教育をしてくれた冒険者たちは、だいたい事後承諾でやっていたしな」

「それはその人たちが優秀だから、職員さんたちが便宜を図ってくれていただけだと思うんだけどな!」


 思わず苛立っていると、オレイショは理解できていない顔をする。


「まったく、なにを怒っているのやら。お前にした借金など一発完済な、割りの良い仕事を取り付けてきたというのに」

「…………」


 開いた口が塞がらないという体験を、前世含めて初めてした気がする。

 絶句していると、オレイショは得意げにその護衛内容を語って聞かせてくれた。


「期間は行きと帰りで二十日ほどだ。そう、この護衛が終わるとき、この組み合わせを解散できる期日に入っているぞ」


 そこまで考えているんだぞ、って言いたげな態度だった。

 いや、問題はそこじゃないから。

 コケットも問題に気がついたのか、普段の気だるそうな雰囲気を捨てて、オレイショに詰め寄っている。


「なにしてくれるんだよー。あたしぃ、食堂の仕事があるって言ってあったっしょー」


 そうじゃないだろう。

 いや、事前に受けた依頼を反故することも問題だけどさ。

 しかし、オレイショは自信たっぷりな態度を崩さない。


「ふふっ。そこも抜かりはない。護衛の話をつけてすぐに、食堂に言ってきたからな。コケットは今日からこの町を離れる予定になったとな」

「はぁあ~!? なに余計なことしてくれてるしぃ! それにオレイショはきたことないのに、なんで食堂の場所知っているしぃ?!」

「そんなもの――簡単に調べれば分かることだ」

「ああうぅ……。まかないが、あの美味しいまかないが、食べられないよぉー……」


 コケットはよほどショックだったのか、がっくりと肩を落とし、背まで丸めてしまう。

 そしてオレイショは偉そうに言っていたけど、視線がティメニの方に揺れたのが見えていた。

 どうやら彼女が、コケットの働き場所を教えたらしい。

 いや、もしかしたら――


「――ティメニ。オレイショと一緒に、その商隊と交渉しにいったでしょ?」

「はい。空いた人員の埋め合わせで雇っていただけました。そうそう、ちゃんとした商隊の人たちでしたので、安心してください」


 あっさりと肯定してきたことに驚きながらも、俺は半目を向けてしまう。


「……よく『ちゃんとした』商人の護衛を勝ち取れたね」

「それはオレイショくんのお蔭です。護衛隊長さんと木剣で戦ってみせて、剣の腕があると認められたんです。わたしも、それなりの腕はあると、評価されましたけど」


 ふーん、そういう事情なわけか。

 もしもオレイショだけで交渉したのなら、騙されていないかかなり不安だった。

 けど、抜け目なさそうなティメニもついていたのなら、案外まともな商隊の護衛なのかもしれない。

 でも、不安要素が大きい話だっていう気分は、全く晴れない。

 断れないかな、いや断れないんだろうな。なんて思っていると、オレイショがこちらを指差してきた。


「バルティニー。なにこそこそとティメニと話しているんだ!」

「なにって、この仕事に対する意見を聞いたんだよ」

「ふん! オレが取り付けた仕事だぞ、ティメニが反対するわけがないだろう!」


 その自信はどこからくるのかと、思わず考え込みそうになる。

 そしてオレイショは、俺が黙ったことを言い負かしたと勘違いしている様子で、意気だかに言ってくる。


「では、早速その商隊が待っている場所へいくぞ。出発は昼からだが、早いうちに護衛たちが顔合わせして連携について話をするのは、護衛仕事としては当然のことだからな!」


 きっと教育係の人からの受け売りだろうなって思いながら、一つだけオレイショに言わなければならないことがある。


「分かったよ。でもその前に、事情が良く分かっているオレイショが、組合の職員さんに話しをしてきてよ。護衛の仕事を取ってきたって、理由も込みでさ」

「ふふん。もちろんだとも。話を伝えれば、よくやったと褒めてくれることだろうさ!」


 自信満々に、事情を説明しに向かっていった。

 もちろんオレイショの予想とは真逆で、建物内に響くほどの怒声で職員さんからがっつりと怒られたことは、言うまでもなかった。

 それでも、最終的には仕事を請けることに同意してくれたようだったのは、オレイショの働きを尊重したからなのか、それとも俺たちを含めて見放したからなのか。

 そんな心配を、思わずしてしまったのだった。





 オレイショに連れられて、商隊に会ってみた。

 頭の中ではうさんくさい人たちを想像していた。

 けど、頑丈な作りの馬車が五台もあり、商人や御者は身奇麗で、護衛の人たちは装備が充実しているようだった。

 はっきり言って俺たちの格好は、場違いなほど安っぽい。

 俺はそんな居心地の悪さを感じているんだけど、オレイショは気にする様子もなく護衛の隊長と思われる中年の男性に歩み寄っていく。

 いつも通りに無駄に自信ありげに話し出すんじゃないかと思っていると、唐突に最敬礼してみせた。


「今日から二十日間、よろしくお願いします!」

「おお、昨日のお前か。それで、後ろにいるのが仲間だな」


 中年の隊長は、じろじろとこちらを値踏みしてきた。

 そしておもむろに、俺だけを手招きする。

 何の用かと思って近づき、途中で殴られそうな予感がして、一歩後ろに下がった。

 近くにこいと再び手招きされるが、予感はしたままなので、この場から挨拶することにする。


「初めまして。バルティニーです。得意なのは弓矢で、森では狩人、護衛の仕事では偵察役になってます」

「ふむ……この商隊の護衛隊長、ヤルパル――だッ!」


 挨拶を返してくれている最中に、大きく踏み込んで、拳で殴りかかってきた。

 けっこう距離を離していたのに、あっという間に詰められて驚いたけど、さっと後ろに跳んで逃げる。

 空振りした腕を引き戻しながら、隊長のヤルパルさんは顔を歪めるほどの笑みを浮かべた。


「どうやら感は鋭いようだな。新米だから人数合わせと雑用程度に思っていたが、まあまあ使えそうで安心した」


 言い返してこいって目をしているので、期待に応えてよう。


「ありがとうございます。今の勢いで殴られたら一発で気絶しそうなので、殴られないようにがんばります」

「あはははっ、そうしてくれ。もっとも、偵察役なら別のやつに世話を任せるからな、ヘマをしてそいつに殴られろ」


 どうやら冗談と話が分かる人っぽいので、もう少し踏み入ったことを言ってみたくなった。


「なら代わりに、ヤルパル隊長さんはオレイショを殴ってやってください。ちょっとやそっとじゃへこたれない、強い心を持ってますから、鍛えがいがありますよ」

「お、おい! なんだいきなり!?」


 俺に話を向けられて、オレイショが慌てて止めようとしてくる。

 それより前に、ヤルパルさんはすでに大きく頷いてくれていた。


「剣の腕はそこそこありそうだったからな、休憩の際には軽く指導してやるつもりだった。期待してくれていいぞ」

「えっ!? そ、そんなことまで、してもらわなくても!?」


 オレイショは慌てながら遠慮するけど、ヤルパルさんに睨まれて言葉を止める。


「なんだ、軽くじゃ不満なのか? なら、どっしりと重く――」

「いえ、あ、はい! 休憩中に軽くで、お願いします!」

「うむうむ、軽く可愛がってやるから、そのつもりでいろ」


 二人のやり取りをしのび笑いしながら見ていると、オレイショが密かに睨んでくる。

 余計なことを言いやがってって顔だったので、こっちの了解を得ずに護衛の仕事を入れた仕返しだという思いを込めて、舌を出して馬鹿にしてやった。

 その後、ヤルパルさんが仲立ちになって、護衛の人たちと顔合わせを行い、ちょっとした説明もしてくれた。

 護衛人数は、俺たちを抜いて、二十人。いつも五人ほどを臨時で雇って、二十五人で護衛するんだそうだ。

 馬車が五台あるので、一台に五人の護衛がつく計算だ。

 だからか、俺たちだけで一台を護衛することになった。

 だけど、俺たちが担当する最後尾の馬車にある商品は、道中の村に滞在するときに売るための、安価なものだけらしい。

 では、他の四つの商品はどこに売る気なのかというと、俺とテッドリィさんが行った場所とは違う、魔の森近く村なんだって。

 でもこの商隊が向かうのは一つ手前の村で、とある商会に荷物を全部売ってしまうのだそうだ。

 前後の話のつじつまが合わない気がしていると、ヤルパルさんが理由を教えてくれた。


「かなり長いこと森と接する村だからな。決まった商会が利権をがっちり守っていて、よその商会はその村に入れもしないからだ。なのでその手前で、森と接する村の利権をもつ商会に売り払うのさ」


 この方法は、どちらの商会にも利点はあるそうだ。

 俺たちが護衛するほうは品物の運搬賃を上乗せした代金を貰って利益を上げ、利権を持つほうはその村までにある道中の損失を怖がらなくて済むらしい。

 そんな、この世界のちょっとした常識を学んだところで、護衛たちで雑談することになった。

 オレイショたちがヤルパルさんと戦闘役の人たちと話す横で、俺は偵察役という二人の人たちと喋る機会をもらった。

 この護衛ではどんな偵察をすればいいかを軸に、あれこれと話を聞いているうちに、商隊が出発する時間になった。

 これほどしっかりとした護衛の人たちがいるなら、心配することはないと思う。

 けれどなにか、理由のない漠然とした不安感が俺の胸にあることは、どうしても否定できなかった。

 そんなことを理由に護衛を抜けられるわけでもないので、オレイショが突然に決めた仕事だからだろうと判断して、あまり気にしないことにすることに決めたのだった。

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