五十一話 依頼はそれぞれ
初めての護衛依頼を終わらせた次の日、俺は一人でヒューヴィレの町の外へとやってきていた。
少し街道を進んで畑のある場所を越え、その先に広がる草むらの中へと分け入っていく。
そして採取依頼にある、草花や動物がいないかを探していく。
やっぱり街道近くは取り尽くされているようで、草むらの奥へ奥へと、周囲を警戒しながら進んでいく。
さて、こうして一人で行動しているのは、なにもパーティーを解散したからというわけじゃない。
そもそも一ヶ月間、オレイショたちと組まなきゃいけないのは、冒険者組合が決めたことなので反故にはできないしね。
なのに、こうして俺が一人で草むらにいるのは、どこにどんなものがあるかを把握する、採取依頼の『下見』だからだ。
職員さんにも、下見での単独行動の許しは得ている。
ちょっと困った顔をされて、危ないところに行かないよう釘を刺されたけどね。
まあ、単なる下見で終わらせずに、色々と持ち帰って依頼を後受けできるか試そうって、俺が考えていると見抜いていたからだろうけど。
ちなみにオレイショたちは、町の中でお手伝い系の依頼を受けている。
三人とも違う職種の依頼を受けていたはずだけど、報酬はそれぞれが受け取ることに決めてからは興味なかったし、いま何をしているか詳しくは知らないけどね。
しかしこうして一人で行動していると、俺って意外と単独行動派な性格なんだなと思ってしまう。
前世ではチビでからかわれやすくて、親しい友人っていうのがあまりいなかった。
今世の故郷でも、使用人や荘園の奴隷の人たちと接するとき以外では、俺の人付き合いは一対一なものが多かった。
そんな多くの人と常に一緒にはいなかったからだろう、こうして一人だけで行動しても、さほど寂しいとは感じない。
むしろ、気楽な感じがある。
自分の行動だけが、今後の結果に繋がるってことが、シンプルで分かりやすいと思ってしまう。
こんな考え方は、自分一人じゃどうにもならないことを仲間と突破しなきゃいけない、冒険者としてはいけないんだろうけどね。
それに、魔の森を開いて新しい荘園を開くことが目標の一つだ。
なら、多くの人と付き合うことに、慣れていないといけないだろうしね。
前途多難な気が少ししつつ、俺は発見した野うさぎを弓矢で仕留める。
回収しながら周りを探し、森にはなかった種類の薬草だけを、見つける端から集めていく。
もちろん、全て取ったりはしない。
前世のテレビ番組で、野草は少し残しておくとまた生えてくるって言っていたし、故郷で猟師のシューハンさんにそう教わってもいたからしね。
街道から離れ過ぎていないここら辺までで、ここらの下見は終わりにしよう。
あと何ヶ所か違う場所を見て調べてから、ヒューヴィレの町に帰ろうっと。
冒険者組合で、集めた薬草と獲物を売却する。
これらで依頼を後受けできないかなと、少しだけ期待している。
担当してくれるのは、いつもの女性の職員さんだ。
「バルティニーくん。やっぱり色々と集めてきたわね」
「下見ですから、森にはなかった草と動物を持ってきて、ちゃんと売れるものなのかを確かめないといけませんしね」
「……もう。そういうことに、しておいてあげる」
仕方がないと態度で語ってから、職員さんは俺が持ってきた物を確認し始めた。
「森で活動していただけあって、薬草や獲物の扱いは上手よ。品質落として、値引きされることもないでしょうね」
そう言いながら、とある花のついた草――前世のペンペン草を少し大きくしたような植物を、職員さんは脇に退けた。
「けど、これは薬草に似た毒草だから、買い取り不可よ。本物は――あったあった、はいこれ。よく覚えて、次は間違えないようにしてね」
他の冒険者が採ってきたらしき本物の薬草と、俺が採ってきた植物とを見比べる。
花の色と形、茎の色と太さは、葉っぱの色と形は、どう見ても一緒だった。唯一違っていたのは、手のような種のある部分。薬草がハート型で、毒草が四角形だった。
そんな微妙な違いを頭に入れていると、職員さんが忠告してきた。
「バルティニーくん。今日みたいに全員がバラバラな依頼を受けられると、君たちを組ませた意味がなくて困っちゃうんだけど?」
それについては申し訳なく思いながらも、俺には俺の理由がある。
「組合がどんな考えで組ませたか、俺は知りませんし分かってません。けど、採取とお手伝いの依頼しか出来ないなら、四人固まっているほうが困ることになるんでしょ?」
薬草や獲物の単価は安いので、人数が多いと分配するだけ一人の手に残る報酬は少なくなる。
お手伝いには男性向け女性向けがあって、しかも人数が決まっている。俺たちみたいに男女二人ずつだと、全員が一緒の依頼を受けるのは難しいのだ。
だから、全員バラバラに依頼を受けた方が、仕事にありつけるし手元にくるお金も多くなる。
そう昨日オレイショたちに語ったのと同じことを伝えると、職員さんは目をそらした。
「それは……そうなんだけどね。だからこそ、四人で話し合って一つの依頼を決めて、協力して仕事をこなして、絆を深めていって欲しかったのよ」
「仲良くなることも重要だとは思いますけど、仲間の装備を整えることが先ですよ。そのためには、お金をより多く稼がなきゃ。組合の借金奴隷になると大変そうなのは、テッドリィさんを見て知ってますしね」
「それもそうなんだけど……はぁ、分かったわ。装備が整うまでは、目を瞑っていてあげる。どのぐらいかかりそうなの?」
「うーん。最低でも、オレイショに金属製の剣、コケットとティメニに革鎧を持たせたいので、かなりかかるんじゃないですか?」
「……その三つなら、露店で探せば手ごろなのが手に入るから、そんなに時間はかからないわよ?」
「整備が必要な剣と、体に合わない革鎧が、でしょ?」
「新米の冒険者なら、普通はそこから始めるものよ。バルティニーくんみたいに新品の良い武器をいくつも持つなんて、たくさん依頼をこなした人でようやくよ。それこそテッドリィみたいに、借金奴隷にならなきゃいけない人だっているんだから」
恵まれていると自覚しろって、言外で言われてしまった気がした。
言わないけど、いまある武器はほぼ自作だから、大してお金はかかっていないんだよね。
そう考えると、故郷で鍛冶魔法を教えてくれたスミプト師匠には、より頭が上がらなくなっちゃうな。
「でもそれって、装備の質をどこで妥協するかを話し合え、ってことでもあるんでしょ?」
「荷積みと荷下ろしの依頼を終わらせたオレイショくんには、装備が整ったら護衛依頼をまた受けられるかもって、もう伝えてあるわ。露店のこともね」
「うわぁ、ずるい。『かも』ってあたりが、特にずるい」
「それでオレイショくんから、君と女の子二人に伝言があるわ。明日の朝に顔を合わせて話し合いたいことがあるだって。まとめ役の命令だ、なんてことも言っていたわね」
昨日今日依頼をこなし始めたばかりで、オレイショたちにはお金がない。そしてお手伝い系の依頼は、鍛冶屋とか工芸屋での制作補助以外では、報酬が少ない。
だから護衛依頼を受けたがっているオレイショが、明日にいきなり決まった話し合いで装備が整わないと駄々をこねて、報酬が高い依頼を受けたがるような気がしてきた。
いやな焚きつけ方をした職員さんに半目を向けるが、頑張ってねと言いたげに微笑まれてしまったのだった。
翌日の早朝、オレイショの求めに従って、俺たちは集まった。
今回は私的な話し合いなので、部屋ではなく組合の建物内の空いている場所にいる。
オレイショは全員集まったところで、張り切って提案をしようとした。
しかしその前に、コケットが朝だからか普段より気だるそうな様子で喋りだす。
「あたしぃ、一日中食堂を手伝う依頼、今日の分も昨日に受けちゃってんの~。だからさぁ~、朝から仕事あって、時間とられると本気で困るんだけどぉ~」
言おうとしていた言葉を遮られたからか、オレイショは口を開け閉めするだけで発言しない。
仕方なく、俺はコケットに話を振った。
「食堂の手伝いって、どんなことをしているの?」
「給仕係と、野菜の皮むきが、だいだいかな~。皮むき、実家の手伝いで慣れていたけど、けっこう上手いって褒められたんだよね~。あと、報酬はやっすいんだけどさぁ、すんごくまかないが美味いんだよね~」
よっぽど美味しいのか、コケットの顔がうっとりしているように見える。
その食堂でご飯食べてみようかなと考えていると、オレイショが怒り出した。
「ええい! ここに集まってもらったのは、装備を買う話をするためで、手伝い依頼なんかの話をするためじゃない!」
なんかとは失礼だなと思ったけど、指摘すると無駄に話が長くなりそうなので、黙ることにした。
その代わりに、オレイショへ話をどうぞとジェスチャーしてやった。
「ふんっ。いいか、オレたちはこのままでは、楽に稼げる護衛依頼を受けることができない。革鎧すらなく武器が金属でない冒険者など、そもそも商人に相手にもされないしな!」
昨日に職員さんから聞いた話と、ちょっと違っているように感じた。
口ぶりからすると、オレイショは昨日、商人に護衛について話を聞きにいったみたいだ。
それで、相手にされずに、追い払われたと見える。
「それでだ。早急に装備を整えるために、今日からは採取依頼で報酬の高いやつを、四人で受けるぞ。さっき金額を調べたが、一つこなせば露店で一つ装備が買えるぐらいの報酬があるみたいだからな。五日も受け続ければ、すぐに護衛依頼を受けられるようになる!」
ぶっ飛んだ皮算用に、俺は呆れ果ててしまった。
採取で報酬が高いなんて、滅多に採れないからに決まっている。探し回っても、何日かかるか分かったもんじゃない。
それはまだいい。時間だけ浪費するだけだし、もしかしたらすぐに見つかるかもしれないしね。
けど、露店で装備を整える問題点に気付いてないことが、もっとも困る。
下手に武器や防具を買って、一、二回使って壊れんじゃ、お金を捨てるようなもの。
それに、護衛依頼を依頼するのは商人だ。
装備の良し悪しを判別できるだろうから、見た目だけ整えても、見抜かれて追い払われるだろう。
そもそも、質の悪い装備の冒険者に護衛依頼を受けさせるほど、ここの職員は甘くないと思う。
結論。オレイショの都合のいい考えは、ほぼ絶対に実現しない。
面倒ながら、そのことを語って聞かせようとして、コケットとティメニに邪魔された。
けど、俺にとって都合のいい邪魔だった。
「ばーか~。あたしぃ、依頼受けたって言ったよねぇ~? 今日からなんて、完璧にムリだしぃ~。それにぃ食堂の手伝いは、理由ができるまで受け続ける予定だから、オレイショの話、やる気ない~」
「残念ですけど、わたしも拒否させてもらいます。装備を整えるのは重要ですけど、依頼を受けてお金を貯め続ければ、いつか買えます。危険を冒してまで、急ぐことじゃないと思います」
二人の拒絶に、俺も乗っかる。
「俺は装備を整える必要がない。だから、必要なコケットとティメニが拒否するなら、俺もその話に乗る気はない」
「なッ!? バルティニーやコケットはともかく、ティメニまで!? どうしてだ!」
驚きながら、オレイショはティメニに詰め寄る。
かなり怒っているようだったが、ティメニが優しくオレイショだけに聞こえる小声で言葉をかけると、だんだんと落ち着き始めた。
やがて、すっかり説得されてしまったようで、オレイショは冷静な顔になっていた。
「取り乱して悪かったな。三人の意見はよく分かった。だが、装備を早急に買い換える必要があるという、オレの意見も知っておいて欲しい」
オレイショに急に真摯な態度になられると、なんか気持ちが悪い。
その原因であるティメニに顔を向けると、小首を傾げながら微笑まれてしまった。
嫌な物を見た気がして、話し続けているオレイショに視線を戻す。
「それでだ。各自が頑張って働き、依頼の報酬をより多く得られるように努力して欲しい。そしてバルティニーには新しい装備は買わなくて良さそうだからな、オレたちへの資金援助を頼みたい」
「……援助っていうけど、お金を貸すのか、それともみんなにあげるのか。どっちだ?」
「ふんっ。やっぱりケチなやつだな、お前は。だが、貸してくれるだけでいい。今後に依頼を受けたとき、多く報酬を配分していって返済するからな」
若干不機嫌そうになりながらも、オレイショは神妙な態度を崩さなかった。
ティメニの助言のおかげなのだろうけど、妙な気がする。
けど、貸すことにも、返済方法にも、問題はなさそうな気がする。
うーん。だけど、貸すときは返ってこないと思って貸せって、前世のドラマで聞いた気もするんだよね……。
「……分かった。これから俺が受けた依頼の報酬の一部を、次に装備を買う資金として貸すことにする」
「おお、そうかそうか。そう言ってもらえて助かる!」
大げさにオレイショは喜ぶ姿を見せる。
そのとき俺は、彼の視線がティメニがいる方に向かったことを見逃さなかった。
なんの目的でこんな芝居を打ったのかは知らないけど、最低限の防衛手段はとったし、貸すお金は戻ってこないと思っていれば騙されたとしても腹は立たないはずだ。
さて、どうなるかなと思いながら、この日もそれぞれが別の依頼を受けて、仕事に向かうために解散したのだった。




