五十話 話し合い
職員さんの勧めで、報酬を分配することになった。
けど、これが色々と面倒だとすぐに分かってしまう。
俺以外の三人が一斉に、言い合いを始めたのだ。
「仲間と報酬を分けるのは当然だが。今回の依頼では、オレは頑張ったんだから、多くもらう権利がある」
「おーぼーだー。あたしぃだって、けっこう頑張ったし、装備買いたいから多くもらいたい~」
「わたしも色々と働いたので、報酬を多く欲しいです」
そう主張して始まったんだけど、自分が少しでも多く欲しいと、少し経っても一向に歩み寄ろうとすらしない。
本当なら俺もここに参加して、自分の働きに応じた分を得ようと頑張らないといけない場面だ。
けど、言い合いの不毛っぷりに呆れてしまい、一歩引いた立場から提案をする。
「まずは中身の確認でもしたら。割り切れるようなら、等分配でいいじゃないか」
真っ当な意見だと思うんだけど、オレイショたちはよく分かっていなさそうな顔をしていた。
「等分?……よく分からないことを言いやがって。オレたちは、、どれだけ貰えるかで忙しいんだ」
「でもぉ、中身を見るぐらいはいいんじゃない~?」
「そうですね。初依頼でどれだけのお金が入るか、興味があります」
女子二人が同意したことを受けて、しぶしぶとオレイショは空いている椅子の上に革袋の中身を乗せた。
報酬は全て銅貨で、数は――
「――二十三枚かな」
目で数えて言った俺に、三人は驚きの顔を向けると、数を一枚ずつ数えて確かめ始めた。
二ずつとか三ずつで数えないのは、オレイショたちが数え慣れていないからなのかな?
そんな事を考えているうちに、三人は銅貨を数え終えたようだ。
「バルティニーが言ったように、二十三枚だな」
「なんか、少なくない~?」
「予想していたより、だいぶ低いですね……」
三人が銅貨を見ながらの意見に、俺はちょっと賛成できないでいた。
開拓村で、魔物が出る森の中で命懸けで篭に野草や茸を集めて、銅貨五枚の報酬だった。
安全な街道を歩いての、二泊三日のピクニックのような依頼で二十三枚――約一人六枚もらえる上に、道中の食事も出してもらったんだから、十分過ぎるような気がする。
それはまあいいとして。
等分配するには、一枚だけ銅貨が足りないというところに、作為を感じちゃうんだけど。
なんか、必ず言い争いになるように、仕向けられているみたいだよね。
けど、そんな俺の予想を覆すのが、オレイショたちだった。
「二十三枚もあるんだ。十枚はオレで、他はお前らで分ければいいだろ」
「なんでオレイショが十枚も取るのか、ぜんぜん分からないしぃ~。革鎧もデカイ木剣も持っているんだから、装備が貧弱な人に多くくれたっていいっしょ~」
「そうですよ。十枚なんて大よそ半分じゃないですか、取りすぎですよ」
最後の一枚が取れる取れないで、言い争うんじゃないんだ。
そんな異世界カルチャーショックを受けていたのだけど、こここそ働きに応じた報酬を求める場面だと、気合を入れる。
お金にはまだ余裕があるし、ちょっと強気に要求しよう。
「三人には悪いけど、俺は銅貨十三枚を要求する」
「なッ!? 十三枚だと! 半分以上じゃないか!」
オレイショの声と同じく、コケットとティメニも、俺がそんな主張をすると思わなかったのか、驚いているようだった。
「それがどうしたんだよ。その報酬は、街道を行き来した働きで得たものだろ。なら一人だけ偵察って重要な仕事をしていた俺が、より多くもらえるのは当然な流れだろ?」
「それならこっちだって、あの行商人の護衛をしていたんだ。お前だけが重要だったわけじゃないだろ!」
「違うね。俺が危険を承知で先行して安全を確かめたから、オレイショは暢気にティメニとお喋りできていたんだよ。危険だった分、多く欲しいって思って何がいけないんだ?」
そう主張はしているものの、正直言うとお金には余裕があるので、銅貨数枚ぐらいにケチケチする必要はあまりないんだよね。マチェントさんからも、偵察の特別報酬として干し肉もらったし。
けど、テッドリィさんに要求するべきものは求めろって教わったから、手加減する気はない。
それと、ここで譲ってしまうとオレイショたちが調子に乗って、後々の報酬まで俺の分を減らそうとしてくるかもしれないしね。
さて、俺の主張を聞いて、コケットとティメニは反対意見を出してきた。
「バルティニーが働いたのは分かるけどさぁ~。十三枚は取りすぎ~」
「そうですよ。バルティニーくんは、弓矢や鉈、それにナイフも持っていて、装備が充実しているじゃないですか」
「そうだそうだ! 恵まれているんだから、多くこっちに報酬を寄越せ!」
オレイショも尻馬に乗って、どうにか俺の主張を退けようと必死だ。
ふーん、なら三人に聞いてみよう。
「じゃあ、俺の働きは銅貨何枚分だと、三人は思うんだ? そして装備が良い分、銅貨何枚を引いて欲しい?」
この切り替えしに、三人は一斉に言いよどんだ。
しかし、オレイショが一番最初に言い返してきた。
「ふん。安全な場所だったんだ、お前の働きなんて銅貨一枚の価値もない。装備も充実している。だから分け前なしだ!」
予想外な馬鹿な答えに、呆れよりも哀れに感じてしまった。
「……オレイショ。少しは考えてモノを言ったら?」
「なんだと!」
「だってそうだろ。俺の偵察働きに価値ないなら、より安全だったオレイショたちの働きは無価値以下じゃないか。だから、その分の分け前はなしになっちゃうぞ。そうなったら銅貨二十三枚の報酬は、装備が劣っているコケットとティメニが分けることになるんだけど?」
「どうしてそんな話になる!」
「どうしてって、いま説明したばかりだぞ。けど、より分かりやすく言い換えると。一番働いた俺の報酬をケチると、その分だけそっちの報酬が減るってことになるってことだよ。そして浮いた報酬は、装備の劣る二人に向かうってことだ」
懇切丁寧に説明してあげて、ようやくオレイショは失言だったと気がついたようだ。
一方で、コケットとティメニが理解したかは分からないけど、彼女たちの取り分が増えそうな状況だからか何も言ってこない。
なのでどうするのかと、俺はオレイショに視線で問いかけた。
「い、今のは、ちょっとした、言い間違いだ。取り消す」
「ならもう一度聞こうか。俺の働きは、銅貨何枚なんだ?」
オレイショはどう言ったらいいか悩んでいるようで、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。
仕方なく視線を、コケットとティメニに向ける。
二人ともオレイショと同じように悩み、何も言わない。
結論が出るまで待とうと思っていると、コケットが自分の赤髪を掻き始めた。
「もう面倒だからさぁ~、今回一番働いたバルティニーが取り分を決めちゃえば、いいんじゃない~?」
考えることを放棄した言葉に、全員が驚いた。
そして最初に反発したのは、俺とあまりソリの合わない、オレイショだった。
「なッ! こんなケチなやつに、そんなこと任せられるか!」
怒鳴られても、コケットは気だるそうな態度のままだ。
「そう~? バルティニーって、なんだかんだ優しいしぃ~、悪いようにはしないと思うんだけど~?」
「そんなのは、お前の勝手な考えで――」
「というかさぁ~、悩んで考えてお腹減ってきちゃったしぃ、言い合いにも飽きちゃった~。不満少なく報酬分けてくれるなら、バルティニーじゃなくて、組合の職員さんでもいいしぃ~」
投げやりな意見に、オレイショが噛み付こうとする。
けど、言葉が発せられる前に、ティメニがコケットの意見に同意した。
「それぞれの主張はもう言いましたし、そうしましょう」
ティメニが同意するのがよほど以外だったのか、オレイショは目を剥いて驚いている。
その様子に構わずに、彼女は続ける。
「バルティニーくんの公平さを試す、いい機会ですしね」
これは上手い言い返しだと思った。
三人に俺の働きが何枚分かと尋ねたように、ティメニは俺に三人の働きの値段をつけろと言ってきたんだ。
話の流れはコケットから唐突に出たものなのに、上手く利用してみせるなんて、ティメニってけっこう強かな性格っぽい。
そしてこの提案に、オレイショはしぶしぶと納得する姿を見せる。
「ティメニがそう言うなら、今回だけはバルティニーに報酬を分けさせてやろうじゃないか」
こうして流れが決まってしまったので、俺が二十三枚を四人で分けることになった。
なら、公平に分けることはできないので、不満が少なくなるように説明しながら行うことにしよう。
「じゃあ、分けていくよ。まず、今回の依頼でのそれぞれの働きによって、分けていくから。まずは俺の分ね」
少し前に十三枚取ると言ってしまったので、その分を椅子の上で取り分けた。
余った十枚を、オレイショとティメニに三枚ずつ、コケットに四枚。
もちろん、不満があると三人の態度で分かるので、理由を付け加えていく。
「俺が一番危険な仕事をしたことは、さっき言ったよね。そして三人の差は、道中でお喋りして仕事に真面目じゃなかったかどうかで分けさせてもらった」
「それにしても、十三枚は――」
「分かっているって。まだ分けている途中だから、オレイショは黙ってて」
文句を押し止めてから、俺は自分の分から銅貨を八枚抜き出す。
「俺の装備が充実していて、三人には装備の更新が必要だって分かっている。だから俺は報酬の大半を返却して、三人に分けることにする。ただし、オレイショは革鎧もあるし、木剣といっても攻撃力がありそうな大きさだから、その分だけ差し引くよ」
言いながら、オレイショに二枚、コケットとティメニに三枚ずつ配る。
そうやって配った結果、俺とオレイショが五枚、コケットが七枚、ティメニが六枚、銅貨を得られるようにした。
「えへへ~。なんでか知らないけど、一番銅貨が多いしぃ~」
「分け方の理由に納得ですし、これ以上の枚数を求められませんね」
銅貨一、二枚の差だけど、一番働いたと主張する俺より多く報酬が得られるんだから、コケットとティメニは全く不満はないようだ。
一方で、オレイショは少し不満げだ。
「オレがまとめ役だというのに、一番安いだと……」
聞こえてきた独り言から、どうしてかオレイショの考えでは、彼がこのグループのリーダーなのに、報酬が低いのが不満らしい。
リーダーが誰か決めた覚えはないけど、不満というのなら仕方がない。
「これで嫌なら、俺がオレイショに上げた分、返してもらいたいんだけど?」
建前では、装備の変え替えを支援するという善意で、俺は報酬を分配したことになっている。
なので嫌なら、分けた銅貨を返してもらっても、何の不都合も起きない。
そう考えながら手を差し出すと、オレイショは自分の分を椅子から掴んだ。
「ふ、ふん! これで納得しておいてやる! だが次は、オレが一番働いて、一番多く報酬を分けてもらうからな!」
「はいはい。それはそのときに、分配する役をやる人に言ってね」
こうして報酬の分配は決着したので、それぞれが自分の分の銅貨を椅子から取る。
その後で職員さんが、手を一つ叩いて、俺たちの注意を集めた。
「はい、分配が殴り合いもなく納まったところで、次の依頼をどうするかに話題は変更ね」
職員さんが提案した議題に、オレイショが首を傾げる。
「護衛依頼を続けるままで、いいんじゃないのか?」
「残念だけど、最低評価の貴方たちに、斡旋できるような護衛依頼はいまのところないの。だから、採取系かお手伝い系の依頼を受けるように、変更してもらいたいの。でも、貴方たちが受けられそうな護衛依頼がくるまで、お休みにするっていう手もあるわよ?」
また話し合わなきゃいけないのかと、俺たち全員がげっそりとした表情をする。
けど、この部屋の扉の前に職員さんがいるので、話し終わらないと外に出られそうもない。
仕方がないと気合を入れようとして、ふとした考えが脳裏に閃いた。
「依頼の種類を変更しなきゃいけないならさ、どっちもやってみない?」
どういうことかと、オレイショたちが視線を向けてきたので、思いついたことを詳しく語って聞かせた。
すると、全員がそれがいいと納得して、職員さんも困った表情だったけど受け入れてくれたのだった。




