四十九話 不和と依頼の終わり
マチェントさんに晩ご飯の件を相談すると、薄い干し肉を二枚手渡してくれながら、苦笑いされてしまった。
「バルティニーくん。冒険者なら普通の家庭と交渉するんじゃなくて、村の権力者――村長とか鍛冶師なんかに持っていって、顔を覚えてもらうように働きかけなきゃ」
「そうなんですか?」
「君の教育係の人は、そうしていなかったのかな?」
どうだっただろうかと思い出す。
テッドリィさんは、村長に会いにいくこともあれば、ないときもあった。
なので、村長とかにあう必要があるとは、思わなかったことに気がついた。
そうマチェントさんに伝えると、肩をすくめられてしまう。
「君の教育係は、よっぽど豪胆な人だったか、警戒心が強い人だったんだね」
「うーん、気が強いかったですけど……」
テッドリィさんは豪胆とまで言えるかは謎だし、人付き合いが得意だったから警戒心は薄いような気もするし。
いや、教育係の話は置いておいて、野うさぎの交渉相手を村長さんにすればいいって分かったんだから、早速向かわないと。
「その助言に従って、村長さんのところに行ってみます」
「じゃあ場所を教えようか――あの、ちょっと大きな家、分かるよね。あれが村長の家だから」
指し示された家は、他の家よりも大きいように見えたけど、それは大きな蔵が併設されているからだった。
たぶんだけど、税金で払う畑の収穫物を入れておくための、蔵じゃなんじゃないかな。
故郷の荘園にも、似た形の蔵があったし。
行き先を教えてくれたマチェントさんに礼を言ってから、俺は村長の家へ向かった。
そして扉をノックすると、少しして村長らしき皺くちゃなお爺さんが出てきた。
「はいはい。おや、確か君は、行商人の護衛だったかの。それで、何用かな?」
「野うさぎを獲ってきたので、晩ご飯か食材と交換できないかなと思いまして」
「ほうほう。なかなかに良い野うさぎだの」
顔を綻ばせる村長だったけど、なんでか考え始めてしまった。
「うちが買い取ってもいいのだが……そうだの。それがええの」
一人で納得している様子に首を傾げると、お爺さんは少し遠くにある家を指差した。
「あの家に腹に子がいる奥さんがおってな。性をつけさせてやりたい。肉と食料の交換を申し出るなら、あそこがええ」
「そういうことでしたら、あっちに持って行きます。教えてくれて、ありがとうございました」
交換先を紹介してくれたことにお礼を言うと、お爺さんはなんのなんのと首を横に振った。
「なに。村長からの紹介と、一言添えてくれるだけで、ええ」
紹介先を伝えるのは、俺の身分を保証するためなのかな?
とりあえず、言われたとおりに指定された家にいき、あのお爺さんから教えてもらったと伝えながら、お腹がやや大きな女性に野うさぎと食料の交換を申し出る。
大変に喜ばれて、紫キャベツっぽいものと短くてより太い大根ような野菜をそれぞれ数個と、交換することになった。
どれも生で食べられる野菜なようで、水洗いして土を落としてから、よく噛んで食べるようにと言われた。
けど、抱え持つぐらい渡されても、俺一人では食べきれない。
どうしようかと思っていると、チチックの存在を思い出した。
大根っぽい野菜は無理としても、紫キャベツっぽい方は食べられるんじゃないかな。
早速、マチェントさんに聞くことにした。
「うん。そのヴィオッジは、チチックが好んで食べる野菜の一つだよ。けど、君が上げるのは駄目だ」
「どうしてですか?」
「あのね、僕は商人だよ。余所さまからタダで施しをもらったりしら、沽券に関わるよ。だから――はい、買い取ってあげる」
紫キャベツ――ヴィオッジを二つ俺の腕から取り上げて、代わりに銅貨を五枚くれた。
二つで五枚って、数学で考えるとちょっと変に感じるかな。
けど、前世でも一笊でいくらで野菜を売る、商店街の八百屋さんもあったから、不思議ではないのかも。
俺が考えながら銅貨を見続けたからか、行商人さんが苦笑いを向けてきた。
「ちゃんと、この村で買い取る相場通りだから。払いをケチったわけじゃないからね」
「えっ!? あ、そういうことを考えていたわけじゃないんです」
誤魔化しながら残りの野菜を抱え、売り子をしながら羨ましそうに見てくるティメニを無視して、寝泊りする厩舎へと向かう。
道の途中で、オレイショが大きな木剣を持ちながら、歩いてくるのが見えた。
手に獲物がなくて、服も体も汚れていないので、グレードックとは戦えなかったみたいだ。
その事実を知ってから考えてみると、昨日にグレードックの群れの一つを、商隊の護衛の人たちが潰したばかりだった。
ということは、この村の付近にグレードッグが出てくる確率は、かなり低いことになるんじゃないかな。
さてはマチェントさん、同じ予想をしながらも、俺にグレードックのことを教えてくれたんじゃ……。
意外に人が悪いのかも。
そんな風にマチェントさんの評価を変えていると、オレイショが俺に気がついて寄ってきた。
何か言われる前に、こちらから喋りかけることにした。
「あれ、グレードックは?」
「ふんッ! このオレを怖がって、出てこない。もうそろそろ日も落ちそうだからな、切り上げたのだ」
「そうなんだ。じゃあ、俺は厩舎に戻るから」
通り過ぎようとしたところで、オレイショの手が俺の抱える野菜に伸びてきた。
予想していたので、横にステップしてその手をかわす。
空振りしたオレイショは、もう一度手を伸ばそうとする。
けど、すでに俺は、手が届く距離の外まで逃げ終わっていた。
オレイショは少し憮然とした表情になる。
「それだけ持っているなら、一つ二つこちらに渡せよ。仲間だろうが」
「何も言わずに取るのは、仲間じゃなくて泥棒っていうんだよ。仲間だからといっても、この野菜が欲しけりゃ頼み方があるだろ?」
まだ抱えなきゃいけないほど野菜はあるから、素直に頼めば一つぐらい恵んでやってもいいのは本心だった。
けど、オレイショは頭を下げるのが嫌だったのか、身構えるとこっちに突進してきた。
「いいから、寄越せ!」
俺を押し飛ばしてでも野菜を奪おうとしてくることに、ちょこっとだけ驚いた。
けど、オレイショよりも、森にいるゴブリンの方が素早い。
対応は簡単だった。
「ふん。ノロマッ!」
避けながら足を引っ掛けると、オレイショは面白いように転んだ。
「どああッ!――くぅ、よくもやったな!」
木剣を両手に持って向けてくるのを見て、俺は右腕で鉈を握った。
野菜が何個か落ちたけど、洗ったら食べられるので無視する。
「力ずくで盗むっていうのなら、容赦しないよ。盗賊は殺したっていいみたいだし」
少しだけ鉈を鞘から抜いて威嚇すると、鉄の鈍い輝きに怯んだみたいだった。
オレイショは視線を泳がせると、構えを解く。
けど、俺は鉈に手をかけたままだ。
すると、オレイショから舌打ちが飛んできた。
「チッ。野菜一つぐらいに、ケチケチしやがって」
「残念だけど、この野菜は俺が稼いだ報酬だ。どう使うかは、俺が決めるさ」
あっちに行けと顎で示すと、オレイショは苦々しそうな顔で、のしのしと怒った足取りで去っていった。
十分に離れたことを確認してから、鉈から手を離して、落としてしまった野菜を拾い上げる。
少し表面がデコボコになっちゃったけど、ちゃんと食べようっと。
野菜を持ちながら厩舎に入ると、コケットは宣言通りに寝ていて、チチックは俺の腕の中にある野菜を見て目を輝かせる。
その様子に、俺は苦笑してしまう。
「俺が上げちゃ駄目なんだってさ。マチェントさんに二個売ったから、もう少し後で食べられるだろうから、我慢してて」
俺の言葉を理解したのか、チチックは不満げな様子になった。
少し可哀想に思うけど、飼い主が駄目だと言ったのだから仕方がない。
俺は厩舎の外で、生活用の魔法で手から水を出して食べる分の野菜、そしてテッドリィさんに上げたものと同じ形のナイフを洗った。
切り分けて食べてみると、紫キャベツに似たヴィオッジは、甘みの強いキャベツだった。
大根に似た野菜の方は、辛味がワサビに変わったカブみたいな味だった。
こうして素材そのままに野菜を食べることは、この世界でやったことなかったなと思いながら、野菜を堪能していったのだった。
早朝に二泊した村を離れ、ヒューヴィレの町への帰路につく。
ここでも、俺は一人だけ偵察として先行することになった。
あの護衛の人たちに教わったことを復習しながら、周辺を警戒しつつ、一人旅のように道を歩いていく。
といっても、特に変わったこともなく、昼と夕方の間ぐらいの時間にヒューヴィレの町についてしまった。
「じゃあ、これで護衛依頼は終わりだね。これ、依頼終了を証明する印だから」
ニコニコと笑うマチェントさんが、俺に木片のような板を渡そうとする。
受け取ろうとして、横からオレイショに取られてしまった。
「ケチなやつに持たせると、依頼料を全部取られかねないからな!」
勝ち誇るように踏ん反り返りながらの言葉に、他のみんなは不思議そうな顔をしている。
それもそうだろう。みんなは、俺とオレイショのいざこざを知らないんだから。
付け加えるなら、今日の朝に村で食事をしたとき、野菜を食べたいと頼んできたコケットとティメニに、俺はちゃんと必要分を配った。それにマチェントさんにチチック用にと、ヴィオッジを売ってもいる。
ちなみに、オレイショは要らないと拒否したので、上げていないけどね。
そんな理由で理解を得られなかったオレイショだったのだけど、気がついていない様子で先に冒険者組合へと歩きだした。
ティメニはマチェントさんに軽く目礼をしてから、慌ててオレイショの後を追う。
対して俺とコケットは、マチェントさんと話しをするべく残っていた。
「初めての護衛依頼だったのに、色々と教えてくれてありがとうございました。助かりました」
「あたしぃ、チチックのふわふわな羽、気にいっちゃったから~、これからいなくなると思うと寂しぃ~」
「あはははっ。こちらも、四人とも『個性的』だったから、結構面白かったよ。次の護衛依頼を頼むかは確約できないけど、チチックも気に入っている、バルティニーくんとコケットさんのことは覚えておくよ」
じゃあ、とマチェントさんとチチックが去るのを見送ってから、俺たちも冒険者組合へ向かった。
中に入ると、不思議なことにオレイショとティメニの姿が見えない。
首を傾げていると、いつもの女性の職員さんが近寄ってきた。
「四人全員から、初めての依頼を終えた感想などを聞きたいの。個室に案内するからついてきて」
そうして連れられて入った部屋には、オレイショとティメニがすでに座っていた。
「お二人も席に座ってね。そうしたら感想を、それぞれから聞いていくから」
職員さんに言われて、空いている椅子に座った。
「ではまず、オレイショくんから、初めての護衛依頼をこなした感想をどうぞ」
「ふん、実に退屈だった。単に歩いて行き、帰ってくるだけの依頼だったからな。それ以外の感想はない」
本当につまらなさそうに喋っているが、職員さんは軽く頷いただけだった。
「そうなの。では、近くにいるティメニさん、どうぞ」
「危険がなかったので、とても楽にこなせました。それと、護衛依頼を受ける注意点に気づけたことが、収獲だと思います」
「気付いたって、どういうことかしら?」
「えっと。今回の依頼では、道中の護衛のみが依頼内容で、村の中の護衛は含まれていませんでした。ですので、依頼の報酬と仕事内容に見合ったものを見つけることが、重要じゃないかなと思いました」
「そうね。依頼の内容は、吟味したほうがいいわ」
優等生といった感じのティメニの報告にも、職員さんは軽く頷いて一言付けただけだった。
なんとなく違和感を感じるけど、それが何なのかは分からないまま、俺の番がくる。
「では、バルティニーくん。どうぞ」
「この依頼では、偵察の仕方とか、村人とご飯について交渉することとか、ティメニの言った護衛の内容とか、色々と得るものがありました。受けてよかったと思っています」
「そうなの。じゃあ最後に、コケットさん」
「特になしぃ~。あっ、チチックがふわふわで寝心地いいから、一羽欲しいって思った~」
「そ、そう。なかなか、独創的な感想ね……」
コケットの感想だけは予想外だったのか、少しだけ反応が違った。
感想を全員言い終わったから、これで終わりかなと思いきや、この部屋の中にもう一人職員さんが入ってきた。
手には何か書いてある紙があり、それを部屋にいた方の職員さんに手渡す。
「ありがとう――やっぱり、こうなっちゃったかー」
紙を見て、職員さんは悩ましげな表情になった。
そして、俺たちの方へ視線を向ける。
「これは、護衛依頼を出してくれた行商人に、四人がどうだったかの感想を、大雑把にでも書いてもらったものよ」
マチェントさんが書いた紙!?
俺は驚きながら、いつ書いたのかという、変なことが気になった。
道中と村にいたときは、俺たち四人の誰かの目があったはずなので、護衛が終わって分かれてすぐに書いたんじゃないかなと予想した。
って、予想している場合じゃない。何が書いてあるのか、気にしないと。
オレイショたちも何て書かれたか気になるのだろう、軽く前のめりになって職員さんが持つ紙を見ていた。
視線が集まっていることを承知しているのだろう、職員さんは紙を掲げてピラピラと振る。
「どう書かれているかを発表する前に、あらかじめ言っておくけど、良いことはあまり書かれていないわ」
そう釘を刺してから、職員さんは顔をコケットに向ける。
「コケットさん。色々と自分本位なようね。村の滞在中、食事が出ないと知ると、一日中寝る選択をしたとか」
「そうですけど~、自由な時間だったのに、問題でもある?」
「悪いとは言わないけど、良くもないわ。何で村人と交渉して食事を取ろうとしなかったの?」
「だってぇー、装備のためにお金貯めてるからお金払いたくなかったしぃ~。それに、バルティニーからご飯もらえたから、結果的にはあれで正解だったと思うしぃ~」
コケットから名前が出たからか、職員さんの顔が俺に向く。
「バルティニーくん。貴方には、冒険者とそれ以外にも才能はありそうと褒めてあるわ。けど、仲間と協調する気が薄そうだって注意が入っているわね」
その評価を聞いて、首を捻ってしまう。
「出会って数日の人と行動するんだから、少しは距離感があって当たり前だと思いますけど?」
「冒険者を普通に考えちゃ駄目よ。昨日今日会った人に、命を預けなきゃいけないこともある仕事なの。出会ってすぐに仲良くなるぐらいに、もっと心を開いていかないといけないわ」
そういうものなのかと理解して、心の隅に置いておくことにした。
職員さんは俺たちを見て、軽く悩ましげな顔になる。
「二人の教育係が単独行動派だったから、協調性を学んでいないのは少し仕方がないとは思うわ。けど、この四人で組む間に調整してね」
「はい。やってみます」
「は~い。やりま~っす」
俺とコケットの返事を受けて、職員さんはオレイショとティメニに顔を向ける。
「そして仲良くなることは大事だけど、二人は仲良くしすぎ。護衛そっちのけで、お喋りに夢中だったって書かれているわよ」
指摘を受けて、オレイショは顔を真っ赤にする。
「ば、馬鹿なことを言わないでくれ。オレは、折角仲間になったのだからと、積極的に声をかけただけだ」
「そうです。それに教育係の人からも、とても仲良くなることは良いことだって教わりました!」
ティメニも援護するように言ったけど、職員さんは首を横に振る。
「二人が教育してもらった、それぞれの冒険者の一団のように、依頼をちゃんとこなしながらやる分には文句はないわ。そして依頼外で『精神的と肉体的に』仲良くしようと、二人の問題だから関与もしない」
そこで一度言葉を切り、無表情になりながら、職員さんはオレイショとティメニを見つめる。
「けど、依頼そっちのけで仲を深められちゃうと、貴方たちを斡旋する組合の面子に関わってくるわ。あまりに酷いようだと、登録抹消も視野に入るから気をつけてね」
二人を静かな目で見ながら脅した後で、職員さんは一転して笑顔に変わった。
「はい。というわけで、四人の評価は護衛依頼としたら低かったわ。これからも受けるなら、いま言ったことを注意して励んでね」
そう話を締めくくった職員さんは、小さな革袋を一つ出した。
「じゃあ、これが今回の報酬よ。本来だと、あまりに酷いと減額されたりするから気をつけてね。依頼完了の印を持っているのは誰かしら?」
「それなら、オレイショが持ってます」
指差すと、オレイショが木片を持ち上げる。
職員さんは木片を受け取って調べてから、オレイショに革袋を手渡した。
そのとき、ぐっと彼の手を握った。
「お金の分配は、喧嘩になってもいいから、ちゃんと皆が納得するよう話し合って決めてね。依頼完了の印を奪ったときのように、自分勝手にしちゃだめよ?」
至近距離で睨まれて、オレイショはムスッとしながらも、ゆっくりと頷いたのだった。




