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四話 魔法の授業

 五歳になった。

 もちろん、もう言葉は分かるようになっている。

 だが、言葉を話し始めるタイミングが分からなくて、単語ばっかり使っていたので、母親――名前はリンボニーだ――にとても心配をかけたらしい。

 いまではことあるごとに笑い話にしているあたり、当時は本当に気にしていたらようだ。

 余計な心配をかけて申し訳ないと、反省している。


 そうそう、俺の今生の名前だが、バルティニーという。

 愛称はバルトって、三国集まってそうな呼称だ。

 それで、父はマノデメセン。二人の兄は上から、ブローマイン、マセカルクだ。

 愛称はそれぞれ、マニー、ブロン、マカク。

 もっとも、父の愛称を呼ぶのは母だけだ。

 ちなみに、母の愛称はボニーだった。

 もっとも、俺ら兄弟は『お母さん』という言葉で呼びかけるし、父は『愛する人』――前世でいう『ハニー』とか『スイートハート』って感じの言葉を使っている。なので、親しい使用人だけしか呼ばないみたいだった。


 そんな家族と、俺は三歳頃から赤ん坊部屋を出て、生活空間を共にしている。

 どうやら、前世の七五三に似た概念が、こっちにもあるらしい。

 三歳頃に大人たちと生活を共にし、五歳頃で家業の手伝いをさせて、七歳頃から本格的に働かせる。といった感じのようだ。

 なので、使用人の子供なんかが後ろについて、えっちらおっちらと働いている光景もよくあるわけだ。

 もっとも、うちの家業はどうやら農園の経営主――荘園のような仕組みの元締めらしいので、この仕組みには当てはまらないようだ。

 まあ、五歳児や七歳児が荘園の経営を手伝ったところで、猫の手以下の役にしか立たないのは当たり前だろう。

 でも代わりに、五歳から勉強をするのが、うちでのしきたりらしい。

 なので俺も、兄二人――やっぱり十四歳と十二歳で年が離れている――の勉強会に参加することになった。

 騒ぐなと言い聞かせられたし、授業内容も俺に合わせているわけではないので、おまけ扱いだけど。

 そこで、文字の読み書きや、貴族を相手にするときの礼儀作法、荘園の経営などを学ぶのだ。

 兄たちが木の板に木炭で各種の先生――秀でた使用人がすることが多く、荘園については父親が教える――の言ったことを書き写していく。

 だが、おまけの俺には、そんな道具は支給されない。

 なので、文字だけはしっかりと覚え、他は教育や情報番組を見ている感じで、なんとなく聞くだけで済ませている。


 魔法の授業の日もあるようで、先生は例の魔法を使える使用人の女性――ソースペラさん。

 彼女は使用人であるのと同時に、優秀な魔法使いなのだそうだ。


「いいですか。魔法を扱うには、体の各所にある『魔産工場』を活性化しなければなりません。その方法をお教えしましょう――」


 俺が初参加しているからか、基礎の基礎から教えてくれるようだ。

 この魔産工場っていうのは、正確にソースペラさんが言った意味を記すなら、『体の各所にある魔力を生産するための小さな工場たち』となる。

 だが、一々長ったらしいので、脳内で短くする。ネーミングセンスがないのは、まあ俺が分かればいいだけなので無視だ。


「まずは、体のどこかにある魔力の塊を感じます。額の真ん中、心臓の上、胃の中、股間部。人によって場所は違いますが、必ずあります」


 赤ん坊の頃から場所を把握してきたので、いまでは目を開けて考え事をしながらでもバッチリだ。

 兄二人も、いままでの勉強の成果か、出来て当たり前という顔をしていた。

 ソースペラさんは、俺のほうをチラチラと見て、なんでか残念そうな顔をした後で授業を続ける。


「その魔力の塊を、回転させてください。動かし易い方へ回すように心がければ、上下左右どの方向でも構いません。そうすれば、魔産工場が動き始めます」


 なんと、回転させるなんて発想はなかった。

 早速、魔力の塊――個人的には魔力の貯蔵庫と思っている場所を回そうとする。

 しかし、形を伸ばせはするが、固定されているような感じで動かない。

 ちらりと兄たちの様子を見ると、出来ているようで、体温が上がってほんのりと赤い顔をしているのが見えた。

 むむむっ。これは不味い。このままでは魔法が使えないという事態になる。

 そんな風に難しい顔をしていると、ソースペラさんが微笑みを向けてきた。


「習い始めて直ぐには出来ませんよ。毎日根気強くやることが、成功の近道です。では、バルトちゃんは回転させるのを頑張ってください。ブロン君とマカク君は前の授業の続きをしますよ」

「「はい! よろしくお願いします!」」


 兄たちの元気な声と共に、俺そっちのけで授業を再開させるソースペラさん。

 ときどき彼女は、俺が苦戦しているのを見て、なぜか満足げだ。

 サドの気があるのだろうか。そして俺は、その対象になっているのかもしれない。

 いやいや。今は、魔力の塊を動かすことが重要だ。

 目を閉じて、ヘソに意識を集中させる。

 そして、あれこれと試してみる。

 相変わらず形は変わるが、回転させることは出来なかった。

 片側を引っ張ってから、ぐるりとまきつけるようにしても、やっぱり回転はしない。

 魔産工場というものを活性化するだけなら、これを限界まで引っ張れば出来はするが……。

 いや、先達が言い、実践していることには、ちゃんとした理があるはず。

 再び、試行錯誤をする。

 ふと、魔力の塊と俺が貯蔵庫と思っているものは、別のものではないかと思えた。

 その思いつきを確かめるべく、俺はヘソの奥の奥へ意識する。

 すると、魔力の塊は二重構造になっている気がした。

 どうやら、俺が伸び縮みさせているのは外側――いわば貯蔵庫の壁で、内側に魔力の塊が別にあったみたいだ。

 そして、ソースペラさんが回せといっているのは、この中身のほうに違いない。

 これからは区別し易いように、貯蔵庫は『魔貯庫』、塊のほうを『魔塊』と、個人的に呼ぶことにしよう。

 そうと分かれば。内側にある魔力に意識を集中させながら、回してみようと試みる。

 ――上手くいかない。回す感覚が分からない。

 こうなったら外側から押して回してみるっきゃない。

 魔貯庫の壁を引っ張ったり押しこんだりして、不意に回ったりしないか試してみる。

 結果が出なくて自棄になり、こうすれば魔産工場は動くのにと限界まで引き伸ばした。

 そのとき、ほんの少しだけ中身が回り、そのまま遅々とした動きで回転していき、細胞の魔産工場が動き始める。

 どうして引っ張ったら回るか理由は分からないが、回転する感覚を掴むチャンスだと、深く深く意識を集中させていった。

 頑張って続けていると、ふとした拍子に自転車にこけずに乗れてしまったときのように、自分自身ではよく分からないのに魔力を回転させるコツを掴んでしまったようだった。

 一度出来るようになれば早いもので、魔貯庫の壁を引っ張らなくても、ぐるぐると回すことが出来るようになった。

 さっき、自転車を例えにしたからか、なんとなく上下回転の方がやりやすい。

 なので車輪のように回転させ、その速度を速めていく。

 すると、体の――恐らく細胞内にある魔産工場が、今までに体験したことのない力強さで働き始めた。

 作られた魔力が、俺の血管とはまた違った道を通って、ヘソにある魔貯庫へと向かってくる。

 そして、魔貯庫の壁に生み出された魔力の先端が触れる。

 すると、自分では引き伸ばしていないのにもかかわらず、一気に魔貯庫の壁が膨れ上がった。

 破裂寸前の風船を目の前に突きつけられたような気分になり、ビックリして集中を止めてしまう。

 すると、魔貯庫はゆっくりとしぼみ始め、魔塊は段々と回転が収まっていった。

 魔貯庫に大量に入った魔力は、魔塊の中に取り込まれ、縮んでいく壁に押されて圧縮される。

 この現象はなんなのかと驚いていると、唐突に頭をぴしゃりと叩かれた。


「あ痛ッ!」


 顔を上げると、ソースペラさんが目の前に立っていた。


「駄目でしょう、居眠りなんかしちゃ」

「…………寝てないよ」

「何か言いましたか?」

「魔力を感じてたんだから、眠ってないし」


 当然の主張に、またソースペラさんに頭を平手で叩かれた。


「嘘つきはいけないことですよ。初めての授業で、魔力を感じられるはずがないでしょう。寝ていた拍子に体がビクンッて硬直したところを、見逃してませんからね」

「……嘘ついてないし。さっきのは魔力に驚いただけだし」

「まだ言いますか」


 再び平手で叩かれた。

 どう言っても、こっちの話をわかってくれる気はないようだ。

 そのことが分かると、俺の意識に反して体が泣き出そうとする。

 だが、もう五年も付き合っているので、体の制御方法も分かってきた。ぐっと泣きたい感情を動かさないようにして、涙が出るのを堪える。

 でも、目の前に原因であるソースペラさんがいると、きっとすぐに限界がきてしまうはずだった。

 なので立ち上がると、この部屋を出ていこうとする。

 

「まだ授業は終わってませんよ。座りなさい!」


 ソースペラさんの怒声に、目から涙が溢れかける。

 ああ、もう。こっちは体の感情の制御で手一杯なのに、余計な真似をしてくれちゃって。

 そもそも、あなたが耳を少しでも傾けてくれれば、こんなマネをしなくて良かったのに……。


「――キライだ!」


 イライラとした意識に引きずられたように、意図せずに口から言葉が出た。失言にハッとする。

 しかし、ソースペラさんも驚いたような顔をしているし、言ってしまったことは引っ込められない。

 あと、どうせこの場にいたって怒られるだけなので、立ち去ってしまおう。

 魔産工場の動かし方も分かったし、あとはどうにかなる!


「あっ、ま、待ちなさい!」

「ヤダッ!!」


 さっさと部屋から出て、屋敷の玄関の外までくる。

 その階段に腰掛けて、魔産工場を動かす方法を試しながら、時間を潰すことにした。

 恐らく、俺が授業から逃げ出したことを知って、何かしらの通達があったのだろう。使用人たちとその子供たちは、伺うように見てくるが、言葉をかけようとはしてこない。

 まあいいさ。回転速度と魔産工場の稼動力の関係性を調べたり、魔貯庫の壁が膨らむのを押し止めながらどこまで高速回転出来るか試したり、やりたいことは沢山あるしね。

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ハッハッハッ、こんな駄洒落よく思いソース!!
A「『魔産工場』を活性化すれば魔法を使えるようになる。」 B「ソースどこだよ?ああん?ペラさん?ああ、うん。そーっすね!!」
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