四十八話 村で過ごす
皆と離れてから村人に手伝えることがないか、あったら食事を報酬に請け負うと言葉をかけていく。
けど、上手くはいっていない。
「手伝いって言われても、特には思いつかないわ。ごめんなさいね」
「食事を奢るだけで手伝ってくれるなら頼みたいが、あいにく畑仕事は終わらせたばかりだしなぁ」
この村では住民たちだけで上手く仕事を回しているようで、人手が足りないっていうことはないみたいだ。
もういっそお金を払って食事にありつこうかとも考えたけど、諦めずに声をかけていく。
すると、声をかけたある男の人が、俺の弓矢を指差す。
「なあ、兄ちゃん。弓矢が使えるなら、村の外で狩りをしてみたらどうだい。獲物の一つでも交換条件に出せば、大体の人はこころよく食事を奢ってくれるだろうに」
その言葉を聞いて、目から鱗が落ちた気分だった。
そうだよ、なにも村の中の仕事に固執することはなかったんだ。
「その通りですね。教えてくれて、ありがとうございました」
「いや、いいってことさ。そうそう、大物が獲れたら村長の家に持っていくといい。食事を奢るどころか、買い取ってくれるだろう」
助言に感謝しながら別れると、俺はまずマチェントさんのところへ戻った。
お客は数人いて、塩を片手に値段交渉をしているみたいだ。
そこで、意外に思ったことが一つある。
マチェントさんの隣で、ティメニが売り子をしていたのだ。
そのことに軽く驚いていると、ちょうどお客が商品を手に帰っていき、二人が俺に気がついたみたいだった。
ティメニが、気安く声をかけてくる。
「バルティニーくん、どうかしたの?」
「マチェントさんに用があってね。そっちはなんで売り子をしているの?」
「女性がいたほうが、お客が寄り付きやすくなると思ってね。販売を手伝う代わりに、パンと干し肉をもらう約束をしたんです」
村人じゃなくて、マチェントさんを手伝うという手もあったなと、ティメニに感心した。
けど、ちょっとだけ不思議に思ったことがある。
「あれ? オレイショは一緒じゃないの?」
「もうバルティニーくんってば、わたしとオレイショくんがいつも一緒なわけないでしょー」
それもそうだなと納得して、俺はマチェントさんに顔を向ける。
「俺、村の外に狩りに行くつもりです。なので一言、声をかけておこうかと思いまして」
「やっぱり、村の人に食事を奢ってもらうのは厳しかったみたいだね。それで食料調達しにいくのかな?」
微妙に尋問っぽい言い方に引っかかりを覚えたけど、気にしないことにした。
「村の人に言われたんですよ。獲物を差し出せば、誰でも食事を奢ってくれるだろうって。あと、大物が獲れたら村長の家に持っていけとも、教えてもらいました」
「そういうことだったんだね。じゃあ少し獲物について助言しておこう。ここら辺は、よく野鳥や野うさぎなんかが獲れるね。けど、一番の獲物はグレードックって魔物なんだよ」
ダークドックと名前が似ていることから、ピンときた。
「もしかして、ここまでの道で見た、前に居た商隊を襲ったあの魔物ですか?」
「そうそう、あの犬の魔物だよ。多少クセがあるんだけど、専門で狙う人がいるほど、この近辺では食肉として人気があるね。冒険者なら、証明部位の交換と肉の販売で、それなりの小金が稼げちゃう、美味しい相手だよ」
「へぇ~、そうなんですか」
なら、ちょっと狙ってみるかなと思いつつ、村の外へと狩りに出かけたのだった。
草むらに隠れて矢を放ち、穴から顔を出していた野うさぎを仕留める。
鉈で首を切って簡単な血抜きをしつつ、平原にいる野うさぎの狩りやすさに驚いていた。
一定距離以内に近づくまで、巣穴から平気で顔を出しているんだよね。
たぶん、耳の良さを生かして周辺を警戒しながら、草とかを食べているんだと思う。
接近戦しかできない野生動物や、知能の低い魔物相手だったら、それで大丈夫なんだろうね。
けど、矢を射るとか投石とか出来る相手だと、その習性が欠点になってしまっているみたい。
誰かがいるけど爪や牙は届かない距離だから大丈夫、って野うさぎが油断しちゃっているようなんだよね。
森の中にいるウサギは、もっと警戒心が強かったはずなんだけどなぁ。
俺からしてみると、野うさぎの警戒心の薄さは、助かることだけどね。
少し探して、また巣穴から顔を出している野うさぎを見つけた。
しっかり狙って、矢を当てる。
これで野うさぎを、二匹確保した。
お昼ご飯と晩ご飯を村人にご馳走になるなら、これで十分だ。
これ以上狩りをする理由も、グレードックと無駄に戦う理由もなあくなったので、村に帰ろうっと。
道を歩いて戻っていくと、オレイショが大きな木剣を片手に、のしのしと歩いている姿が目に入った。
向こうも俺に気付いたらしく、少し早足に近づいてきた。
「村の外まで狩りをしにいったと聞いたが……ふん、それなりに弓矢は使えるみたいだな」
オレイショが俺の手にある二匹の野うさぎを見ながら、不機嫌そうに言い放つ。
なんで機嫌が悪いのかよく分からないけど、牽制しておこう。
「言っておくけど、この獲物は渡さないから」
そのためには実力行使も辞さないと、鉈に軽く手をかける。
オレイショも手にある木剣を握り直したけど、すぐに力を抜いてみせてきた。
「単なる腕比べなら付き合ってやるけどな、いまはグレードックって魔物を倒しにきているんだ。お前に関わっている暇はない」
「……なんでグレードックをわざわざ狙っているんだ?」
「村長の家に持っていけば、食事にありつける上に、お金も貰えると話を聞いたからだ。一匹も獲っていないところを見ると、お前は知らなかったみたいだけどな」
いや、知っていたし。
というよりも、その情報源の大本は、たぶん俺と誰かの会話だろうし。
でも、勘違いは正さないでおこう。
知っていた、いないで、言い争いになると面倒なだけだし。
「ふーん。じゃあ、グレードック狩り、頑張って」
「言われなくても、頑張るさ。がっつりと獲って売って、木剣ではない本物の剣を手にするためにな。あーははははっ」
高笑いするオレイショを放って、俺は村へと歩いて戻っていった。
村に入ってどの村人に、野うさぎと食事の交換を提案しようかと考える。
やっぱり、厩舎に泊まらせてもらっている家の人を、優先しようかな。
家の扉をノックすると、昨日と同じ女性が顔をだした。
「どうかしたの? それとも何か用かしら?」
「野うさぎ一匹と、食べ物を交換してもらえないかと思いまして」
一匹を掲げ見せると、嬉しそうな顔をした。
そのあとで、俺の提案を受け入れるように、野うさぎを両手で抱え持つ。
「まあまあ、重くて立派なウサギだこと。今日の晩ご飯は、ウサギのシチューにしようかしら。あらやだ、食べ物よね。ちょっと待っててね」
家の中に引き返し、少しして顔ぐらいに大きなパンが二つ入ったバスケットと、野菜が色々あるスープが入った深い木皿が二皿差し出された。
全て受け取りながら、明らかに二人分の食事なので、意味が分からず首を傾げる。
すると、説明してくれた。
「片方は、厩舎に寝ている子の分ね。ちょっと心配していたんだけど、無償で助けるのはダメだって夫に言われてて、もんもんとしてたのよ。あのウサギなら、二人分の食べ物と釣り合うから、夫に怒られずに済むわ」
「厩舎に誰かいるんですか?」
「あら、知らなかったの? あなたの仲間の女の子よ。そうそう、食べ終わったら、食器は返しにきてね。お皿は、軽く洗っておいてくれると助かるから」
女性は家の中へ戻っていき、俺は食べ物を持ちながら、さらに首を傾げる。
仲間の女の子ってことは、ティメニはマチェントさんのところにいたから、コケットだよね?
疑問に思いながら厩舎に向かう。
やがて、静かに地面に伏せているチチックに寄りかかり、眠るコケットの姿が見えた。
村の人に手伝いをしにいったかと思っていたけど、サボっていたみたいだ。
呆れていると、コケットが目を覚ました。
そして俺の方へ、寝ぼけた顔を向ける。
「なんだ~、いい匂いがしてきたって思ったたら~、バルティニーの分か~……」
再び寝ようとするので、慌てて呼び止める。
「なんだとはなんだよ。というか、なんでここで寝ているんだよ。ご飯をもらうために、村の人の手伝いに行ったんじゃなかったの?」
「ご飯が出ないならって、出る明日の朝まで寝ておくことにしたんだよね~。チチックって温かくて、すっごく眠れるからちょうどいいしぃ~」
もぞもぞと羽毛に顔を埋められて、チチックが助けを求めるような目を俺に向けてくる。
仕方がないと、手にあるスープが入った深皿を、コケットに差し出す。
「これ、この家の人から、コケットの分だって」
「えッ、マジ!? うわ~、やった~! ご飯~、ご飯~♪」
飛び起きてすぐに、深皿を奪い取ろうとしてきた。
予想できていたので、俺は自分の腕を上げて、その手を避ける。
すると恨みがましい目をされたので、釘を刺しておくことにした。
「俺が野うさぎを獲ったから、食事にありつけるんだから、感謝して食べてよ」
「もっちろん、感謝するって~。バルティニーさま~、ありがとう、バルティニーさま~」
これでいいでしょと手を差し出してきたので、ため息混じりに深皿を一つ渡しながら、もう一つだけ小言を放つことにした。
「はぁ~……心配してくれていたようだから、この家の人にもお礼を言っておいてよ。昨日、顔を見せてくれた、あの女の人だから」
「もっち。ご飯をくれる人はいい人だから、ちゃんとお礼はいっておくって~。んんぅ~、すきっ腹にスープが染みるぅ~~」
とても幸せそうに食べるコケットの姿を見て、なんだかどうでもよくなってしまった。
俺も厩舎の中に座り、バスケットのパンを一つ手渡してから、一緒に食べることにした。
食事が終わると、スープの皿を水筒の水で簡単に洗い、コケットにバスケットともども持って行かせた。
お礼はちゃんと伝えたようで、気にしないでいいと言われたらしい。
「つーことで、食べてお腹が膨れたしぃ~。あたしぃ、明日の朝まで寝るから~。おやす~」
コケットの自由人ぶりに呆れつつ、俺はもう一匹の野うさぎを片手に立ちあがり、どの家に晩ご飯の交渉をしようかと考える。
そこで、まだマチェントさんから、偵察の特別報酬である干し肉を貰っていないことを思い出した。
なら報酬を貰うついでに、交渉相手を誰にするか助言もしてもらおうかな。
そう決めた俺は、マチェントさんに会いに向かうことにするのだった。




