四十七話 村に着いてみて
別の商人とその護衛の人たちが魔物に襲われた後、マチェントさんに言われて、俺も護衛として一緒に進むことになった。
それからは、特に事件みたいなものはなく、日が暮れる直前ぐらいに目的の村に到着した。
ここまで休みなく歩き通しだったので、少し足がだるく感じる。
コケットも普段よりけだるそうな感じで立っているし、お喋りを続けていたオレイショとティメニはより疲れた顔をしていた。
マチェントさんもやや疲れた表情をしているけど、まだまだ元気そうだった。
「さあ、これから僕が懇意にさせてもらっている家に向かって、寝泊りの交渉してくるよ。村は安全だから、入り口付近で待っててよ」
マチェントさんはチチックと共に、村の中へ進んでいく。
待てと言われたからには、ここで待った方がいいだろう。
けど、他のみんながここで休むなら、偵察の報酬を隠れて受け取るチャンスな気がした。
「俺は念のために、マチェントさんについていくから」
「おー、頼むわ。オレはここで待ってるから」
「はい。わたしも、ここで待たせてもらいます」
オレイショとティメニから返事を受けて、俺はマチェントさんを追った。
まだ近くにいたので、すぐ合流する。
するとマチェントさんは笑顔を向けてきた。
「やっぱり、バルティニーくんはきましたね」
「安全そうでも、一応は護衛はいた方がいいですしね」
そう喋っていると、コケットが追いかけてきて、しれっとした態度で一緒に歩き始めた。
俺はどういうことかと思って、問いかける。
「コケットも、あっちで一緒に待っていてよかったんだよ?」
すると、ゆるゆるとした動作で、首を横に振ってみせてきた。
「あの二人ぃ~、なんだかいい感じっぽいからさぁ~。あたしぃ、お邪魔っぽいんだよねぇ~」
そう聞いて、少し遠くにいるオレイショとティメニの方へ振り返った。
道中ずっと喋っていたのに、まだ話題が枯れないのか、二人は楽しげに喋り合っている。
しかも、かなり体を接近させていて、このまま手を握り合いそうに見えた。
あんな雰囲気の二人の近くに、たしかに居たくはないだろうなと、そう思えてしまう。
マチェントさんも苦笑いして、コケットの同行を許してくれた。
マチェントさんが一件の家の扉を叩くと、中から中年の女性が顔を覗かせる。
すると、懇意にしているというのは本当みたいで、嬉しげな表情になった。
「まあまあ、いつもの行商人さんじゃないの。あら、今日は可愛らしい護衛をつれているわね」
視線を向けられて、俺はしっかりと、コケットはけだるそうに軽く礼をした。
その後でマチェントさんは、この女性に笑顔で喋りかける。
「はい。この子たちに、経験を積ませようと思いましてね。この村とヒューヴィレの町を往復するんです」
「あら、そういうことなら、今日は商品を持ってきていないのかしら?」
「いえいえ、僕だって商人です。村を訪れるからには、商売をしないとご飯が食べられませんよ」
「うふふふっ、それもそうね。今日はもう遅いし、販売は明日になるのよね?」
「はい。なのでいつものように、家の一角をお借りできないかと思いまして」
「もちろんいいわよ。でもその代わり、いつもみたいにしてくれるのよね?」
「いつも通り、他の皆さまよりも先に、僕の商品を見て買うことができます。そして、ちょっとしたお値引きも」
二人は静かに笑い合い、女性は軽く礼をしてから家の中へ戻り、マチェントさんはチチックと共に家の裏手へと回っていく。
俺とコケットもついていくと、牛舎みたいなものがあった。
今は何も飼っていないのか、中は空っぽだ。
マチェントさんはその中にチチックを入れ、荷解きを始めた。
俺も手伝うと、コケットも仕方がないといった感じで荷物をおろしだす。
そうしている間に、先ほどの女性が子供を連れてやってきて、下ろして広げた荷物を見始めた。
マチェントさんはその対応をしつつ、俺とコケットに囁きかける。
「今日と明日はこの厩舎で寝泊りするから。食べ物も保存食を提供するよ。それが嫌なら、自分で他の家に話をつけにいってね」
商人一人とチチック一羽の護衛にしては、十分に破格に感じた。
「俺は構いませんよ」
「あたしぃも、雨風しのげて食べれれば十分だしぃ~。あー、でも井戸で水浴びはしたいかなぁ~、汗かいちゃったしぃ~」
コケットが目をちらりと買い物をしている女性に目を向けると、くすりと笑う声が返された。
「冒険者っていっても女性ですものね。もう少しこの前の道を行くと共同井戸があるから、そこで水浴びすればいいわ。けど、あまり汚くしちゃダメよ」
「わかってま~っす。ありがとうござ~した~」
すたすたと家の外へと出て行くコケットを見送ると、マチェントさんが軽く肩を叩いてきた。
「村の入り口に置いてきた二人を呼んできてよ。それとさっき僕が言ったことを伝えておいて」
「寝場所はここで、食べ物は保存食をくれる、ってことをですか?」
質問に頷いて答えてから、マチェントさんはこの家の女性に商品の説明に戻っていった。
仕方なく呼びに行くと、オレイショとティメニは寄り添って腕を絡ませて、恋人のような雰囲気になっていた。
出会って二日目のはずなのに手の早いことだと思いつつ、用件を済ませるために二人に近づく。
「なあ、ちょっといいかな?」
「――な、なんだ! いきなり声をかけるな、驚くだろ!」
「ひゃっ!? なんだ、バルティニークンじゃない。もう、脅かさないでよ」
ひしっと抱き合う二人を見て、知ったことかと思いつつ、マチェントさんの伝言を聞かせた。
すると、やっぱりというか、二人はちょっとごねた。
「厩舎だと! そんなところに寝泊りする上に、村にいるのに保存食なのか!?」
「えぇ……。ちゃんとした、お家の中で普通のご飯が食べたいなー」
テッドリィさんと二人で開拓村からヒューヴィレの町まで戻ったとき、俺は家の軒下でも借りられたら十分って教えられたんだけどなぁ。
なんというか、当たり前の要求のように語る姿を見ると、この二人の教育期間はとても優しいものだったんじゃないかって気になる。
それこそ、野宿での見張りすらやったことがないんじゃないか、って気がしてきた。
どうでもいいことかって考えを切り替えて、厩舎に泊まるのが嫌なら交渉は自分ですることと伝える。
そうすると、人と交渉するのも嫌なのか、二人して小難しそうな顔になった。
「むむむっ。いや、今回は厩舎で寝よう。なにごとも経験しておいた方がいいしな」
「むぅー。しょうがないよね。今日と明日我慢すれば、ヒューヴィレの町に帰れるんだし」
渋々って感じで納得した二人は、俺に寝場所を案内しろと言ってくる。
我がままだなぁと思いながらも、先ほどの家の厩舎まで先導した。
商売は終わっていたらしく、厩舎の中にいるマチェントさんは後片付けをしていて、隣には座って目を閉じたチチックがいる。
そして水浴びを終えたらしき赤髪が半渇きなコケットが、チチックに寄りかかりながら、薄切りにされた干し肉と硬そうなパンを食べていた。
マチェントさんは片付け終わると、俺たちに顔を向けて同じ干し肉とパンを差し出す。
「あ、やっと来たね。じゃあこれがご飯ね」
俺はありがたく受け取って、さっそく干し肉を裂いてから、欠片を口に入れた。
塩気が強くて唾液が出てきたところで、硬いパンを一口大に引き千切ってから食べる。
香りが強い割りに甘みが薄い小麦のパンだったようだけど、塩気で甘さが引き立って十分に美味しい。
けど、オレイショとティメニは質素な食事だからか、あまり嬉しそうじゃなかった。
それでもマチェントに軽く頭を下げると、二人は厩舎の端っこに座り、仲良さそうに食べ始める。
俺もどこかに座って食べようかなと厩舎の中に目を向けると、急に襟首を誰かにつかまれ引き倒された。
慌てて後ろを振り向きながら、鉈に手をかける。
けど、襟首を掴んでいる――いや啄ばんでいるのがチチックと分かり、鉈から手を離す。
「もう、いたずらはやめてよ」
大きいけどヒヨコみたいな顔を撫でると、襟から嘴から放してくれた。
一連の出来事を見ていたらしいチェントさんから、笑い声が上がった。
「あははっ。どうやら本当に気に入られたみたいだね。隣に座れって言っているんだよ」
そうなんだって納得して、コケットとは反対側の位置に座ると、軽くチチックに寄りかかった。
ふわふわな羽毛がクッションになり、意外と寝心地はいい。
チチックは俺に寄りかかられると、嬉しげに喉をクルクルと鳴らし始めた。
しかし食事を終えても、チチックは俺を横に置きたがった。
なので、俺はチチックに寄りかかった状態で、就寝することになってしまったのだった。
村についた次の日は、マチェントさんが村の中央で商売を一日中するらしい。
チチック一羽に乗せられる量しか持ってこれないから、商品は売れ筋ばっかりらしい。
見てみると、塩とか乾燥させたハーブとかの調味料、ナイフやフォークに小皿など小さい食器、火打石や鎌の穂先などなど、生活に密接したものが多いみたいだ。
腐るようなものがないあたり、売れ残ってもいいようにしている感じだ。
「さあさ、見てって寄ってって。売っている物は代わり映えはないけれど、物は確かなものばかり! お値段も少しは勉強させてもらうよ!」
そんな軽快なトークと共に、村人たちを呼び込もうとしている。
俺たちは護衛としてその横についていようとしたのだけど、当のマチェントさんから待ったがかかった。
「この村の人たちは顔なじみで危険はないよ。それに君たちが若いっていっても、護衛が四人もいたんじゃ、お客に警戒されちゃって商売にならないよ」
理由は当然なものに聞こえた。
けど、そうすると――
「――今日一日は、俺たちのうち何人か自由にしていい、って事ですか?」
「いや、今日は全員自由にしてて、あの厩舎に夜までに戻ってくればいいから。でも護衛の任務を一時的に解くから、今日はご飯は出さないので、自分たちで調達してね」
なるほど。
商売を円滑に進めるのと同時に、俺たちに使う経費を削減するのが狙いっぽい。
マチェントさんも、商人としての強かさを持っているみたいだ。
しかし、昼飯がでないことに対して、他三人から苦情が上がった。
「えぇー困る~。あたしぃ、当てにしてたんだけど~」
「そうだ。護衛の依頼を受けているんだから、その間の食事の提供は雇い主に責任があるはずだ!」
「そうです。急に知らない村の中に放りだされても、困っちゃいます」
けどその苦情は予想していたのか、マチェントさんは強気だ。
「いや、僕が頼んだのは、ヒューヴィレの町からこの村の往復するときの護衛だよ。この村に滞在中の間は、こっちに責任はないから」
「なっ! 詐欺だ! 横暴だ!」
とオレイショが騒ぐ横で、俺はなんとなく仕組みを理解した。
道の行き来だけに限定して護衛期間を短くして依頼料を低く抑えつつ、村の滞在しているときの経費も浮かせられる。
俺たちのような実績のない冒険者を使うことで、さらに依頼料は下げることができる。
そう考えると、チチック一羽の行商人にとってメリットが多い。
けど予想でデメリットをつけ加えると、たぶん依頼者が村で襲われて仮に死んだりしても、俺たちに責任はないな。だって、村の中での出来事は依頼に含まれていないんだから、責任の取りようがないしね。
そんなあれこれを考えてから、俺はまだ騒いでいるオレイショを押さえて、マチェントさんに顔を向ける。
「俺たちは今日は自由なんですよね。じゃあ、村の人を手伝ったりして、お金を貰ったりしてもいいわけですね?」
「うん、構わないよ。ああでも、お金じゃなくてご飯を奢ってもらう方が、話がまとまりやすいと思うよ」
その助言を聞いて、なんとなくマチェントさんと冒険者組合がグルになっている感じを受けた。
手ごろな距離にある村で、護衛依頼の予行演習をさせてもらっているような気がする。
でも、そういうことなら、俺は自由にやらせてもらおうかな。
「分かりました。なら、村の人たちに用事がないか聞いてきますから、俺はこれで失礼させてもらいますね」
「うん、いってらっしゃい。死ぬような危ないことは、しちゃだめだからね」
俺が聞き分けよくマチェントさんから離れると、オレイショたちが追ってきた。
そしてオレイショが代表して、俺に詰め寄ってくる。
「おい、何で勝手に話を進めたんだ」
「何でもなにも、あのままマチェントさんの商売の邪魔していたら、依頼を打ち切られる可能性もあったんだけど?」
「そんなのは分かっている。だが依頼を切られるとしても、不等な扱いを受けたからには抗議しなきゃならんだろ。それこそ実力行使をしてまでも!」
勇ましいことを言っているけど、あいにく俺は不等とは思っていないので、心に全く響かない。
「なら、そうすればいいんだろ。マチェントさんが言っていただろ、今日は自由だって。だからオレイショは自分がやりたいことをやればいい。俺は言い争いなんて不毛だから、村の人に何か手伝えないか聞いて、報酬にご飯を奢ってもらうけどね」
他に何かあるかと睨みつけて、オレイショからの言葉がないことを確認する。
それから俺は、手近な村人に声をかけに向かった。
その途中で後ろを振り向くと、コケットもどこかに行くようで離れ、オレイショとティメニだけがなにやら喋り続けていたのだった。




