四十六話 初めての護衛依頼
夜には村につくということなので、片道半日ほどの距離を、行商人さんを護衛して歩くことになる。
その際は周囲の警戒をしなきゃいけない。
なのに俺の新しい仲間たちは、ピクニック気分なように見えるんだけど……。
オレイショとティメニは並んで歩いていて、楽しげにお喋りしている。
「オレの教育係だった冒険者はな、とても強い男の人だったんだ。でっかい剣で魔物をズバッと斬って、得た報酬は当たり前のように仲間たちと均等に分ける。オレは見習いだったから、食事代ぐらいしかもらえなかったけど。でも、教育期間の終わりに、この革鎧を買ってくれたんだぜ」
「それは良かったですね。わたしの教育係の人は女性でしたけど、魔物と戦うのは専門じゃなくて、あまり戦闘は熱心には教えてくれませんでした」
先輩冒険者から受けた教育を題材に、話を弾ませている。
コケットは会話に参加していないけど、風景を眺めたり、髪を指で弄ったり、指の爪を見たりしている。
そんな三人のお気楽な様子に、護衛されている行商人さんは苦笑いを浮かべていた。
俺は申し訳なく思って近づき、あの三人には聞こえない程度の小声で喋りかける。
「近くに敵意みたいなのは感じませんから、心配しないで下さい」
「あははっ。君だけでも、そう言ってくれると助かるよ。まあ、この道は人通りが多くて危険はほどんどないから、心配はしていないけどね」
前世の価値観だと全く人がいないように思えるけど、たしかにちらほらと道の上に人影がある。
けどそれとは別に今の言葉は、行商人さんから俺たちは飾りだと表明されたように感じた。
その指摘にさらに申し訳なく思っていると、行商人さんが話を続けてきた。
「そう言えば、名前を聞いてなかったね。僕の名前はマチェントだよ」
「バルティニーです」
握手を交わすと、行商人のマチェントさんはじっとこっちの顔を見てきた。
「バルティニーくんだね、覚えておくよ。それで君は装備を見ると、斥候か弓専門なのかな?」
「いえ。弓矢と鉈の使い方を猟師に教わったので、狩人みたいなものですね」
「狩人か。それなら……」
行商人さんは、ちらりとまだお喋りしているオレイショとティメニ、そしてやる気がなさそうなコケットに視線を向ける。
その後で、俺に耳打ちしてきた。
「少し先を歩いて、周囲の偵察をしてくれないかな」
「偵察ですか? それに少し先って、どのぐらいですか?」
「うーん、そうだな。道の先に二頭立ての馬車が見えるよね。あのぐらいか、もう少し先の位置で、お願いしたいんだけど」
指された先を見ると、平原の道の五百メートルぐらい先に馬車が見えた。
「あんなに先で、ですか?」
「商人の中には、危なそうな地点に差し掛かる前に、冒険者に見てきてもらうことがあるんだ。その練習だと思ってよ。それで異常を感じたら、こっちに戻って報告して。なんなら、あの馬車の商人を護衛している人たちに、偵察のことについて聞いてきてもいいから」
「は、はぁ……」
困惑しながら変な提案を受けようとして、テッドリィさんに言われたことを思い出した。
自分の働きに応じた要求をすることは重要なんだった。
「……他の三人とは違う役目なんですから、報酬に上乗せなんかあったりしませんか?」
新米っていう負い目を感じてしまって、あまり強く要求できずに、最後はなんか提案っぽくなってしまった。
すると、行商人さんは微笑ましい顔を向けてくる。
「あははっ。そうだなぁ、お金は増やせないけど、干し肉ぐらいなら上げてもいいかな」
オマケねって感じに言われてしまって、恥ずかしくて少し顔を赤くなってしまった。
「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきますね」
走って離れようとして、とりあえずはオレイショたちにも伝えておいた方がいいかなと思い直した。
相変わらず、オレイショとティメニは喋っている。
邪魔して怒ってこられて、偵察に遅れるのも嫌なので、コケットだけに伝えておこう。
「ねえ、コケット。ちょっといい?」
「ん~、なにか用?」
「用じゃないんだけど。行商人さんの要求で、俺が偵察しに先に行くことになったから、知らせておこうかなって」
「そうなんだ~。分かった、いってきなよ~。こっちはテキトーにしておくからさ~」
ひらひらと手を振る姿に、あまり頼もしさは感じない。
大丈夫かなと思いつつも、偵察に出る俺がちゃんとすれば良い話かと考え直した。
そして周囲の警戒は続けながらも、道の先にいる馬車を目指して走り出したのだった。
俺が近づくと、馬車が止まり護衛の人たちが警戒し始めた。
慌てて走る速さを落としてから、敵意がないことをジェスチャーで示す。
「あの。この馬車の近くか、ちょっと先の道で、偵察してこいって言われてきました。なので、襲い掛かるつもりはありません」
近づいた理由を説明すると、護衛の人たちは俺の姿を観察してから、戦意を薄れさせた。
馬車は再び動き出し、そしてある一人の護衛が、周囲の人たちに声をかけてから、こっちに近づいてくる。
「悪いな、坊主。こっちも商売なんでな、近づくヤツは全て警戒対象にしなきゃならん」
「いいえ、誰とも知らない人が近づいたら、警戒するのは当然ですし」
「理解してくれて助かる。それで偵察ということだが、坊主の雇い主はどこだ?」
「ちょっと離れた後ろにいますけど?」
後ろを指し示すと、二頭立ての馬車の方が歩みが速いのだろうか、五百メートルよりももっと離れた場所にあった。
護衛の人は手でひさしを作って、マチェントさんたちの居場所を確認する。
「ふむ。危険な場所はこの付近にないから、偵察の意味は薄いんだが……まあ妥当な距離か」
独り言のように呟いてから、再び俺を注視してきた。
「坊主。お前、冒険者になりたてか?」
「はい。ちょっと前に教育期間が終わったぐらい、新米です」
「ははん、なるほどな。やっぱりそうか」
一人で納得しているので、俺はどういうことだろうと首を傾げる。
しかし護衛の人は説明する気はないみたいで、話を変えてきた。
「それで偵察と言っていたが、どういうことをやるか知っているのか?」
「いえ、そのぉ……森で狩りをしたことがあるので、そのときのつもりでやろうかなって」
言葉を濁しながら答えると、苦笑いを返された。
「そんなことだろうと思った。だがこうして話しているのも何かの縁だ、本職でなくて悪いが、注意点を教えてやってもいいが?」
「えっ!? あ、ありがとうございます! お願いします!!」
予想外の提案に驚きながら、このチャンスを逃したらもったいないと、急いで頭を下げた。
この態度を気に入ったのか、護衛の人は道を共に進んでくれながら、かなり丁寧に注意点を教えてくれる。
「いいか。平原で気にするべき点は、大きく分けて二つ。一つは道の上に何かが落ちていないか。もう一つは道の脇に隠れられる場所がないかだ」
「なるほど……けど、ちょっと遠くの道の脇に、高い草が生えているから、隠れられる場所なんてどこにでもありそうですよ?」
「草に隠れているヤツを見つけるのは、確かに難しい。でもな、注意していれば見つけることはできる。風に揺れる草の動きが違っていたり、逆に風がないのに草が動いたりする。強盗なら刃物の光が目に入ったりもするな」
こんな調子で、あれこれと説明してくれることを、俺は頭に刻み込むようにして覚えた。
そうしてしばらくすると、急に二頭立ての馬車が止まった。
そして護衛たちは、わざとらしく装備の点検を始める。
一通り終わると、再び馬車が動き出した。
理由は分からないけど、何かしらの意味がありそうな行動だった。
「いまのは、何なんですか?」
「装備の確認と、こっちは気付いているぞって潜んでいるヤツに伝えたんだ。普通の盗賊なら、この動きを見たら諦める。こうやって戦闘を回避することも、護衛としちゃ重要な役割だ」
そう言いながらも、護衛の人の顔つきは険しい。
「もっとも、今回は魔物のようだったら、意味がないんだが――ちょうどいい教材か。この先に隠れているから、ちょっと見破ってみろ」
急に言われても困るけど、やってみろと言うのならやってみよう。
先ほど教わった見破り方を思い出して、周囲を観察する。
相手が魔物だからだろうか、森で鍛えた気配を感じる力が働き、居場所は大まかに特定できた。
しかし今はその感覚に全て頼るんじゃなくて、草むらの動きに違いが中を周囲と比較して見ていく。
すると、潜んでいそうな場所に違いがあるような、やっぱりないような、微妙な感じを受けることができた。
あやふや過ぎる判断基準に、思わず難しい顔になってしまう。
隣にいる護衛の人は、俺のその顔を見て、男臭い笑みを浮かべる。
「薄っすらとでも、なにかが分かったようだな。ならそれでいい」
「けっこう、あやふやな感じなんですけど?」
「こっちは高い物を扱う商人の護衛だからな、危険になりそうなものについては、全て注意するぐらいでちょうどいいのさ。もっとも、何もないときに気を緩めることも、かなり大事だがな」
茶目っ気を含んだ言葉を受けながら、オレイショとティメニがお喋りしていたことも、まんざら理に適ってはいたみたいだ。
――いや、あれは気を緩めすぎだったから、アウトだろうけど。
「さて、坊主。きっと俺たちは戦闘になる。お前さんはどうするよ?」
「どうするって、このまま一緒に進んで行ったら駄目なんですか?」
「悪くはないが、戦闘には参加させられんぞ。予定外の戦力は、こちらが不利なとき以外は、邪魔者でしかないからな」
それもそうか。
倒した魔物は、護衛の人たちの臨時収入になる。
戦いに横入りしてきた他の冒険者がいたら、その分だけ得るお金が少なくなっちゃうな。
けど、今からこの人たちと離れて、マチェントさんとオレイショたちの方に戻るのも危険な気もするんだよね。
「じゃあ、大人しく見ています。今から急いで仲間の元に戻ったりしたら、俺一人だけ襲われたり、魔物が追ってきて行商人を危険に晒しちゃうかもしれないですし」
「まあ、そう言う考えもあるな。じゃあ馬車の付近で大人しくしていろ。身を守るためだけだったら、戦ってもいいからな」
「はい。なにからなにまで、ありがとうございました」
「いいってことだ。しかし、戦闘が終わったら、雇い主のところに戻るといい。他の商人が魔物に襲われていたと知らせるのも、偵察の重要な仕事だからな」
「分かりました。そのときは、ちゃんと魔物は倒し終わっているとも伝えます」
「くくっ。まだ戦ってもいないのに、気が早いことだ」
可笑しそうにしてから、色々と教えてくれた護衛の人は、彼の仲間たちのところへ戻っていった。
それから一分も経たないうちに、草むらから魔物たちが出てきた。
それは魔の森にいたダークドックに似ている、土色い犬の魔物だった。
数は十匹ほど。
戦い方は、人間の手足と首への噛み付きだ。
しかし護衛の人たちは焦らない。
むしろ、手や足を差し出すように前に出して、攻撃を誘発させようとする。
そして不用意に噛みついてきた魔物の急所を攻撃して、一匹一匹確実に仕留めていく。
俺も念のために鉈を抜いて構えていたのだけれど、活躍する場所なんて全くなかった。
瞬く間に、全部の犬の魔物を倒し終えて、護衛の人たちは討伐を証明する部位を切り取りにかかった。
その手際の良さに驚きと感動を覚えながらも、俺はさっき言われたとおりに、マチェントさんにこの出来事を伝えるべく、道を引き返していったのだった。




