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四十五話 新たな仕事

 ヒューヴィレの町を拠点にして依頼を受ける場合、仕事は大別して三つに分けられる。

 一つ目は、町の中にあるお店の手伝い。鍛冶屋やガラス工房での作業がこれに当たる。

 二つ目は、町の外にある平原で、薬になる草花の採取をしながら、弱い魔物の倒すこと。

 三つ目は、町から出て村や集落を回る商人の護衛だ。

 この三つのどれにするかを話し合うはずだったのだけど、オレイショが勝手に決めようとしていた。


「商人の護衛をやるぞ。ついて歩くだけで金が入るし、襲ってきた魔物や盗賊を倒せば、その分だけ収入が増える。稼げて名も上げられるんだ、これ以外の依頼なんて考えるまでもないな!」


 オレイショのおいしそうに聞こえる話に、コケットとティメニは反対する気はなさそうに見える。

 けど、この話の問題点に気付いていないのかなと思い、俺は忠告することにした。


「調子のいいこと言っているけど、そんな上手くいくわけがないだろ」

「なんだよ。なに難癖つけてんだよ」

「難癖じゃない。魔物や盗賊がそう簡単に倒せるもんか。それに俺が行商人だったら、冒険者になりたての新米、特に装備が貧弱な人に命を預けるのなんて、ごめんだね」


 オレイショは薄い革鎧を着ているけど、武器は木剣。コケットは防具なしで、ナイフ。ティメニも防具はなく、フレイルだ。

 こんな見るからに貧弱な装備しかない冒険者を護衛にしたら、盗賊に襲ってくれと言っているようにしか見えない。

 もっとも、武器はともかく防具の貧弱さという点では、俺も同じようなものだけどね。

 そう説明したのに、オレイショは納得しなかった。


「ふん! 商人でも色々いるだろうが。中には、新米でもいいって言う人だっているはずだ!」

「ああ、いるだろうね。けど、他と比べて報酬が低かったり、戦闘になったら使い捨てにされるかもしれないけどね」

「そんなこと、あるわけがないだろう!」

「俺に吠えてないで、職員さんに本当か直接聞けば?」


 話を振られた職員さんは驚き、オレイショたちの視線を受けて、にこやかに説明を始めた。


「バルティニーくんの言ったことは、大まかに合っているわ。実績が少ない冒険者を雇う利点は、依頼料が低いからよ。そして商人の中には、襲われたときに数人を殿にして逃げる方法を取る人もいるわ。けど、新米の冒険者の手助けをしたいからって、護衛を依頼する商人もいるから、全員が沿うってわけじゃないからね」


 予想通りの答えが返ってきた。

 オレイショもこれで考え直すだろう。

 そう思っていた俺は、大分甘かったみたいだった。


「なら、その手助けをしたいという、良い商人の依頼を回してもらえばいい。出来るんだろう?」


 ぞんざいな言葉で問いかけた先は、もちろん俺ではなくて、冒険者組合の職員さんだ。

 失礼なやつめ、と職員さんの表情をうかがうと、笑顔がやや引きつっている。

 少し怒っているみたいだ。


「ええ、出来ますとも。ただし、報酬は低いですし、回る場所もこの近辺の村に限定されているわ。日数で言うと、片道で一日もかからないぐらいね」


 近くに限定されている理由は、ヒューヴィレの町の周辺が比較的安全だから、新米に経験を積ませるため。

 それと、なにかあったときに手助けする人を得やすいからかな。

 新米の手助けをしたいって気前のいい商人でも、品物を盗賊や魔物に奪われたくないのは当然だしね。

 だけど、オレイショはあまりいい顔をしなかった。


「そんな近くを行き来するんじゃあ、採取系の依頼と変わらないじゃないか!」

「あら。物を探す採取系と違って、商人について歩くだけでお金が貰えるんだから、割りのいい仕事じゃない?」


 職員さんに笑顔で言われて、オレイショは考え直す素振りを始める。

 話を聞いて俺自身は、あまり割りがいいとは思えなかった。

 商人を危険から守っているんだから、歩くだけでお金が貰えるのは当然なことだ。

 それに危険と報酬を天秤にかけたら、盗賊に狙われる心配がなくなる分、採取系の依頼に軍配が上がるんじゃないかなって思う。

 いつかヒューヴィレの町を離れるとき、商隊の護衛として出て行きたいなら、護衛をしていた経験はあった方がいい。

 でもそれは、装備を整えてからでも出来ることだし、急ぐことはないはずだ。

 そう説得する前に、コケットとティメニも、護衛依頼を受けることに乗り気になってしまった。


「もうさ~あ、護衛の依頼を受けるってことで、い~いんじゃない?」

「そうですね。難しいことをしなくても、お金が得られそうです。それに、危険が迫ったときには、オレイショくんが守ってくれるんだよね?」


 ティメニが少し怯えた表情で頼られて、オレイショは張り切りだす。 


「おおともさ! 魔物が襲ってきたって、女性二人に怪我なんてさせないぜ!」


 安請け合いにもほどがある約束だけど、それでコケットとティメニは少し安心したみたいだ。

 そんな護衛依頼を受けることに決定しそうな空気だけど、俺はあえて壊すことにした。


「悪いけど、俺は護衛をするのは反対だ。この仲間では危険が大きいし、守りきれるか自信がない」


 故郷からヒューヴィレの町にくるとき、盗賊と戦った経験から、オレイショたちには荷が重いと感じるからだ。

 そして、守る対象は商人のつもりで話したのだけど、オレイショたちはそうは思わなかったみたいだった。


「なんとも情けない。男なら嘘でも守ってやるって言えよな」

「ふ~ん。アンタには、あまり期待しないでおく~」

「ヒドイです! 襲われたとき、わたしたちを見捨てる気なんですね!」


 ……なぜ護衛依頼の話で、女子二人に守る重点を置かなきゃいけないんだろうか?

 俺が変なのだろうかと、チラリと横目で職員さんをうかがう。

 その表情は笑顔だったけど、頭痛がしているかのように、額に指を当てていた。

 しかし口を挟むつもりはないのだろう、少しして指を離して元通りの体勢に戻る。

 その後、俺は一番安全に稼げる町中でこなせる依頼を受けるよう説得を始める。

 だけど、三人は護衛依頼を受けると決めているようで、耳を傾けることはなかった。




 結局は護衛依頼を受けることに決まってしまった、その翌日。

 俺とオレイショたちは冒険者組合の前で、護衛する商人を待っていた。


「オレイショくん、危険があったらお願いね?」

「ふふん、任せておけ。木剣とはいえ、この硬さと大きさだ。このオレが力の限り振るえば、魔物だろうと盗賊だろうと一撃だ!」


 ティメニとオレイショが掛け合いをしているのを、俺は無視し手に握っているものに目を向ける。

 それは顔ほどもある少し硬いパンを割って、中に焼いた肉と軽く茹でた野菜を入れたサンドイッチ。

 宿で出された朝食では足りなかったからで、昨日オレイショにチビだと馬鹿にされたからでは、決してない。

 齧ると、肉の脂の味と野菜のほんのりとした甘さ、そして強い小麦の味が口に広がって、たまらない。

 ぱくぱくと半分ほど食べ終えた頃、ふと視線を感じた。

 コケットが物欲しそうな顔をして、こっちを見ている。


「なに? これ欲しいの?」

「そりゃあ、朝食とってないし~」


 この異世界の女子も、ダイエットをしているのだろうか?

 いや、このサンドイッチを欲しがっているんだから、そうじゃないよな。


「なんで食べてないんだよ。これから商人を護衛して移動するんだよ?」

「装備を買うためにお金を貯めているんです~。昨日一人だけ冒険者組合じゃなくて宿に泊まったような、裕福な人には分からないだろうけど~」

「裕福って……俺が依頼で稼いだ金をどう使おうと、こっちの勝手だろうに」


 聞いていられないと、俺は目を外してサンドイッチを一齧りする。

 けど、コケットは羨ましそうな目を止めようとしない。


「それはそうだけどさ~。い~な~、ご飯い~な~」


 さらには口でねだってきた。

 気にせずに口に押し込もうとしたけど、コケットから可愛らしいお腹の音が聞こえてきたところで断念し、手のサンドイッチを差し出す。


「……食いかけでいいんなら、どうぞ」

「おお、やりぃ。あんがと~。うわぁ、久々のお肉だ~」


 コケットはサンドイッチを両手に持つと、一口一口を大事そうに食べ始めた。

 普段はギャル風な態度だけど、食を楽しんでいる姿は普通の少女にしか見えないことが、少し不思議だ。

 サンドイッチを取られて、半端に空いたままの胃を埋めるべく、革の水筒から水を飲んでいく。

 すると、横からコケットが水筒を奪い、遠慮なしにごくごくと飲み始めた。

 慌てて奪い返すが、もう中身はほとんど入っていない。


「なんだよもう。パンだけじゃなくて、水まで飲むなんて!」

「あははは、ごめんごめん~。ちょうど喉渇いていたからさ~」


 悪気はないと身振りするコケットを無視する。

 そして俺は、体内にある魔貯庫と名づけた場所にある魔力の固まり――魔塊を回し始める。

 その影響で、細胞にある魔力の生産場所――魔産工場を活性化し、生み出された魔力が魔塊へ向かっていく。

 すでに回復しきって限界量の魔塊に弾かれ、魔力は体外へと排出されてくる。

 この魔力を使い、生活用の魔法――いまは飲み水を生み出す魔法を使用した。

 ちょろちょろと流れるぐらいに勢いを調節しながら、指先から生み出した水を水筒に溜めていく。

 その様子を見ていたコケットの目が、キラリと光ったような気がした。


「なに? まだ水を飲み足りないとか?」

「いやいや~。本当に魔法が使えるんだな~って思っただけだよ~」

「……そう自己紹介したはずだけど?」


 意味が分からずにいると、コケットは唇の下に人差し指を当てて、思い出すような仕草をし始めた。


「あたしぃ、教育係だった人が女性の冒険者だったんだけど~。男の冒険者の言うことは半分ぐらいしか合ってないって思っておけ~、って言われててさ~。ちょっとって言ってたから、全く使えないんだろうなって思ってたんだよね~」


 そういうことはテッドリィさんから教わってなかったので、コケットの教育係は同じ女性の冒険者でもタイプが違う人なんだろうな。

 けど、話半分に聞かれるとなると、俺の自己紹介って全く駄目なやつだったんじゃ……。

 これからは、倒した魔物の数と生活用の魔法が使えることを、ちゃんと言っておこう。

 そんな決意をしていると、商人風の青年がこちらにやってきた。

 手には手綱を持っていて、その先にを辿っていくと、荷物を括りつけられた巨大化した青いヒヨコみたいな生き物だった。


「……はぁ?」


 前世では見たことのない生き物に、俺は困惑した声を出してしまう。

 すると、その生き物の手綱をもつ人――恐らく行商人が近寄ってきた。


「おはようございます。冒険者組合の前で待っているから、君らがボクの護衛をしてくれる冒険者でいいんだよね。それで驚いている君は、『チチック』を見るのは初めてかな?」


 すらすらと流れる耳障りの良い声を受けて、俺は慌てて頷く。


「は、はい。荷車を引く馬は見たことがあるんですけど。えっと、チチックでしたよね? この大きな鳥を見たのは初めてです」

「そりゃそうだろうね。荷車を引くなら馬を、背に荷物を積ませるならチチックを。っていうのが行商人の鉄則だから、荷車を持つ人はチチックを駆っていないはずだよ」


 そうなのかと、この世界に来て魔物の次に衝撃的だった、デカいヒヨコみたいなチチックを見る。

 チチックも俺を円らな瞳で見返すと、唐突に額を嘴で軽くつつかれた。


「痛ッ!? え、何で攻撃されたの?」


 額を押さえて慌てていると、周囲から笑い声が上がった。

 しかし、オレイショたちは見下すような笑い方に対し、行商人さんと歩行者の多くは違う印象だった。

 その理由は、行商人さんが教えてくれた。


「あはははっ。それは攻撃じゃなくて、親愛を示す行動だよ。君はこのチチックに気に入られたんだよ。撫でてやってごらんよ」

「ええぇ~……」


 怖々と顔のふわふわな毛を撫でると、もっとと求めるように、チチックは体を押し付けてきた。

 仕方なく、両手でわしゃわしゃと撫でると、クルクルと喉が鳴り始める。

 そんな俺とチチックを見て、ティメニが近寄ってきた。


「いいなぁ。手触りよさそう」


 そう言いながら手を伸ばすと、急にチチックはティメニに顔を向けて、嘴を大きく開いた。


「ケケキィィー!!」

「きゃっ!? なになに!?」


 大声で威嚇されて、ティメニは慌てふためいて距離をとる。

 行商人さんはとっさに、チチックをなだめだした。


「よーしよしよし――チチックが嫌っているようだから、君はあまり近づかないほうがいいね」

「そうさせてもらいます。オレイショくん、あの鳥怖いよぉ」

「大丈夫だ。近づかなければ、大人しいようだからな」


 ティメニを慰めるオレイショを見て、行商人さんは苦笑いを浮かべた。

 

「チチックはそんなに危険な動物じゃないから、安心してよ。それよりも、もう出発しても大丈夫なのかな?」


 順に視線を向けながらの質問に、オレイショは力強く、コケットはやや気だるげに、ティメニは可愛らしく頷く。

 最後に回ってきた俺も、軽く装備を確かめてから、しっかりと首を縦に振った。


「よし。これから向かう村には、今日の夕方か夜に着く予定だよ。行きと帰りの護衛、頼むからね」


 チチックの手綱を持ちながら、行商人さんは歩き始める。

 合わせて、俺たちは彼の後ろについて歩き出す。

 やがて門からヒューヴィレの町の外へと出たことで、本格的に護衛の依頼が始まったのだった。


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